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http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/dbps_data/_material_/localhost/kansaiinjimukyoku/jumin/H221119.pdfより、
宇都宮市監査委員告示第8号

地方自治法第242条第1項の規定により、平成22年9月24日に提出された宇都宮市職員措置請求について監査した結果を、同条第4項の規定により、次のとおり公表する。
平成22年11月19日
宇都宮市監査委員 五井渕 治夫
同 佐藤 千鶴子
同 中山 勝二
同 熊本 和夫

宇都宮市職員措置請求監査結果

第1 請求の受付
1 請求人
住所 (略)
氏名 (略)

2 請求書の提出日
平成22年9月24日

3 請求の内容
請求人から提出された宇都宮市職員措置請求書による主張要旨及び措置請求は、次のとおりである。
(1) 主張要旨
・ 平成21年9月30日、栃木県に対して市有地の売買を行った際、市が所有権を持つべき忠魂碑や銀杏、桜などの樹木を遺族会の所有物としたため、損失補償を受けられなかった。
・ 忠魂碑等は、旧国本村が村会一致をもって建設したものであり、銀杏や桜などの樹木は、在郷軍人会国本村分会の労力奉仕により植樹したものである。
忠魂碑が建立された大正15年5月には遺族会は存在していなかったにもかかわらず、建立当初から遺族会に所有権があると誤認し、県の担当者にその旨を伝えたため、不当にも遺族会に対して損失補償がなされた。
・ その結果、忠魂碑等が移設され、宇都宮市の木とされる銀杏を含む樹木が切り倒され処分されたが、これらは本来旧国本村の公有財産であり、宇都宮市との合併後は、宇都宮市が保存維持管理すべき市有財産と考えるべきである。
歴史的遺産として後世に残していくべきものが、原状回復できない状態となってしまったことは、本市にとって経済的文化的価値を著しく毀損するものである。地元住民にとってもまちづくりのシンボルを失った精神的ショックは甚大である。
(2) 措置請求
・ 大正15年建立の忠魂碑等が、当時存在していなかった遺族会の所有物となった経緯について説明責任を果たすよう措置請求する。
・ 市民及び地元住民が納得できる説明がない場合には、原状回復のための費用を市長及び管財課職員が負担するよう措置請求する。ただし、原状回復が不可能と思われるので、損害賠償請求の措置を請求する。

4 請求書の要件審査
本件請求については、地方自治法第242条に規定する要件を具備しているものと認められたので、平成22年10月5日に受理を決定した。

第2 監査の実施
1 監査対象事項
請求人が宇都宮市に所有権があると主張する忠魂碑及び戦役記念碑(以下「忠魂碑等」という。)並びに銀杏及び桜等(以下「樹木」という。)の管理を、宇都宮市が違法又は不当に怠ったか否かを、監査対象事項とした。ただし、国本地区遺族会の所有物となった経緯について説明責任を果たすよう求める措置請求については、地方自治法第242条に規定する住民監査請求の要件を欠くため、監査対象事項としなかった。

2 監査対象部局
監査対象部局を理財部管財課とした。

3 請求人の証拠の提出及び陳述
請求人に対し、地方自治法第242条第6項の規定により、平成22年10月18日に証拠の提出及び陳述の機会を与えた。
この際、新たな証拠として、1 平成22年10月14日付け宮広第516号(市長から請求人あての回答)の写し、2 移設前の忠魂碑等及び伐採前の樹木の写真2枚が提出された。

4 監査対象部局職員の陳述
監査対象部局から、監査対象事項に関する資料の提出を求め、書類審査を行うとともに、平成22年10月18日に理財部長、同部次長、管財課長、同課長補佐、同課財産グループ係長等から陳述の聴取を行った。
監査対象部局の説明は、以下のとおりである。
忠魂碑等は、昭和3年11月発行の図書『國本村誌』(以下「村誌」という。)第10章在郷軍人組織の記述から、大正15年に村も巻き込んで地元の軍人組織が先頭に立って建立したものと推定できる。
当時その敷地は、個人が所有する土地であった。忠魂碑等及び樹木が旧国本村の所有物であったのか否かは確認できない。
当該土地所有者は、忠魂碑等の建立に係る費用を負担したとの話も確認された。
忠魂碑等の所有については、請求人は請求の要旨1の記載の中で「本来市が所有権を持つべき忠魂碑や銀杏、桜などの樹木を「遺族会」の所有物としたため、損失補償を受けられなかった。」ことを主張しているが、市には所有権がないと考える。
その理由は以下のとおりである。
・ 一般的に、忠魂碑や忠霊塔と言われる施設は、戦前は軍人組織が、戦後は遺族など地域の住民が中心となり、戦没者ないし戦争犠牲者を世に顕彰し、記念するために建立されたものと言われている。請求の忠魂碑等も、大正15年に、軍人組織を先頭に地域住民の手で建立されたものと推定できる。
こうしたことから、これらの施設は、地域住民のものである性格が強く、市が所有の意思をもつものではない。
・ 忠魂碑等の敷地は、昭和57年4月に前所有者から寄附を受けている。その寄附申込書等から、忠魂碑等や樹木を除いた土地のみの寄附であることは明らかである。
・ 寄附を受けた土地については、忠魂碑等の建立以前から昭和57年に寄附されるまでの間、土地所有者に課税されていた。
・ 忠魂碑等及び樹木の管理については、国本地区遺族会や地元の人々の手により落ち葉拾いや樹木の剪定などが行なわれている。
・ 今回の忠魂碑等移設に類似した事例として、次のような事例がある。
市では、平成12年に、国本地区市民センターを建設するに当たり、市有地である同センター建設用地にあった忠霊塔(第2次世界大戦による戦没者を慰霊する施設)を移設する必要が生じ、その際に、国本地区遺族会と移転補償契約を行った。
忠霊塔の補償に当たっては、政教分離や所有権などの課題に対し、当時の市顧問弁護士に相談した経過があり、「忠霊塔は遺族会が所有を目的に管理しているものであり、所有権は遺族会に帰属する」との見解を得ている。
・ 仮に、忠魂碑等の敷地の所有権移転に伴って、忠魂碑等及び樹木の所有権が宇都宮市に移転したとしても、国本地区遺族会が昭和25年の設立以来忠魂碑等及び樹木の維持管理を行っており、60年以上もの間所有の意思を持って平穏に、かつ公然と他人の物を占有していたということができるので、所有権の取得時効を援用できる。
以上の理由から、忠魂碑等及び樹木については、国本地区遺族会に所有権が帰属し、市には所有権がないものと考える。従って、忠魂碑等及び樹木の所有権のない市が、移設により損害を受けた事実はなく、請求人が主張する原状回復の損害賠償請求には理由がない。

第3 監査の結果
1 事実関係の確認
監査対象部局等に対する監査の結果、次の事項を確認した。
(1) 事実の経過
大正15年 忠魂碑及び戦役記念碑(大)が建立された。
樹木が植栽された。
敷地は民有地であった。
昭和 3年 国本村青年団が村誌を編集、発行した。
昭和 4年 同土地内に戦役記念碑(小)が建立された。
昭和20年 第2次世界大戦が終結した。
昭和21年 帝国在郷軍人会が解散した。
昭和25年 国本地区遺族会が設立された。
昭和29年 宇都宮市が旧国本村を編入合併した。
昭和57年 宇都宮市に対し、同土地の寄附申込みがあり、宇都宮市は寄附を受け入れた。
平成16年 同土地周辺における道路改良事業について、栃木県が住民説明会を行った。
平成21年 栃木県による道路改良工事に伴い、宇都宮市は、同土地(144.23平方メートル)の一部を分筆(78.20平方メートル)の上、栃木県に売却した。国本地区遺族会により忠魂碑等が残地(66.03平方メートル)に移設され、樹木が伐採された。
(2) 関連する事項の詳細
ア 忠魂碑等及び樹木について
・ 村誌の記述によると、忠魂碑等は村会一致をもって大正15年に建立され、樹木は帝国在郷軍人会国本分会員の労力奉仕により植え付けられた。工事総経費は、1,052円84銭であった。
・ 現地調査により、忠魂碑等については、 1基の忠魂碑及び大小2基の戦役記念碑を確認した。忠魂碑には、西南の役から日露戦争までの戦病傷死者名が刻まれている。戦役記念碑(大)には、西南の役からシベリア出兵までの従軍者名、戦役当時吏員名、建設委員名等が刻まれている。また、村誌に記述のない戦役記念碑(小)には、戦役記念碑(大)に追加する形で、日清戦争、日露戦争及びシベリア出兵の従軍者名が刻まれている。
樹木については、伐採の痕跡であると思われる切り株3株を確認した。
・ 忠魂碑等及び樹木の管理については、第2次世界大戦以前の状況は確認できないが、地元からの聞き取りにより、戦後は国本地区遺族会や地元の住民が落ち葉拾いや樹木の剪定などを実施してきたことが窺える。
イ 帝国在郷軍人会国本分会について
村誌の記述によると、日露戦争(明治37年から38年まで)の後に、全国各地に軍人団が組織された。明治43年、軍人団は在郷軍人会と改称し、伏見宮貞愛親王を総裁として帝国在郷軍人会が組織され、各連隊区に支部が、町村に分会が設置された。
旧国本村においては、明治40年に軍人団が組織され、その後、名称を帝国在郷軍人会国本分会(以下「在郷軍人会国本分会」という。)とした。
帝国在郷軍人会は、第2次世界大戦の終結により昭和21年に解散したことが史実として確認できる。在郷軍人会国本分会についても、帝国在郷軍人会の解散に伴い、ほぼ同時期に解散したものと推定される。
ウ 国本地区遺族会について
国本地区遺族会は、昭和25年に設立され、会長及び会員約50名で構成されている。
なお、財団法人日本遺族会、宇都宮市遺族会連合会、地区遺族会等は、戦没者遺族の相互扶助、福祉の向上と英霊の顕彰を主たる目的として設立された団体である。
エ 土地について
・ 忠魂碑等が所在する宝木本町2549番8の土地は、忠魂碑等の建立前から民有地であり、建立後も、引き続き土地台帳及び土地課税台帳に登録され、宇都宮市に寄附されるまでの間、長年に渡り課税されていた。
・ 昭和57年、宇都宮市は、民有地であった当該土地の寄附を受け入れた。寄附受入れ時の起案文書に添付された寄附申込書及び寄附受領書には、寄附財産としての記載は、土地の項目についてのみであり、建物及びその他の財産の項目には斜線が引いてあることが確認できる。
オ 道路改良工事について
平成21年、宇都宮市は、栃木県による県道大沢宇都宮線の道路改良工事のため、当該土地の一部を分筆し栃木県に売却した。
同年、国本地区遺族会は、当該道路改良工事のため、栃木県と忠魂碑等に係る移転補償契約を締結した。その後、忠魂碑等は、残地に移設され、樹木は伐採された。

2 監査委員の判断
宇都宮市が忠魂碑等及び樹木の管理を違法又は不当に怠ったか否か、所有と管理の実態について検討する。
・ 村誌の記述及び国本地区住民からの聞き取りからは、忠魂碑等及び樹木の所有者についての確証は得られなかった。
・ 忠魂碑等及び樹木の管理については、戦前の状況は確認できないが、地元からの聞き取りにより、戦後は国本地区遺族会や地元の住民が落ち葉拾いや樹木の剪定などを実施してきたことが窺える。一方、昭和29年の市村合併以後、宇都宮市が管理を行ってきた事実は見当たらない。
・ 当該土地の寄附受入れについては、昭和57年の寄附申込書及び寄附受領書の記録から、当該土地のみが寄附されたことは明白であり、忠魂碑等及び樹木が寄附されたと判断すべき事実は認められない。
・ また、当該土地については、土地台帳及び土地課税台帳によれば、宇都宮市が寄附を受け入れる昭和57年まで、土地に係る税が課されていた。仮に、請求人が主張するように、忠魂碑等及び樹木の所有権が市村合併によって旧国本村から引き継がれ、宇都宮市がこれらを所有したとするならば、宇都宮市は、当該土地に係る借地料の支払い、あるいは市税の減免を行ったと思われるが、それらの事実は認められない。
以上のことから、宇都宮市が忠魂碑等及び樹木の所有権を有しているとはいえず、管理する義務もない。
よって、宇都宮市が忠魂碑等及び樹木の管理を違法又は不当に怠った事実はない。

3 結論
以上、市長及び管財課職員に対し、忠魂碑等及び樹木の原状回復のための費用負担又は原状回復が不可能と思われるので損害賠償を請求する旨、勧告するよう求めるとの請求は理由がないものと判断し、棄却する。

宇都宮市職員措置請求書
宇都宮市長及び管財課職員に関する措置請求の要旨

1 請求の要旨
1 宇都宮市長及び管財課職員、平成21年9月30日、栃木県に対して市有地売買を行った際、本来市が所有権を持つべき忠魂碑や銀杏、桜などの樹木を「遺族会」の所有物としたため、損失補償を受けられなかった。
2 この忠魂碑等は旧國本村が村会一致をもって建設したものであり、銀杏や桜などの樹木は当時の在郷軍人会國本村分会の労力奉仕により植樹したものである。忠魂碑は大正15年5月に建立されたものであり、当時「遺族会」なる団体は存在していないにもかかわらず、具体的な事実や根拠を示すことなく、建立当初から「遺族会」に所有権があると誤認し、県の担当者にその旨を伝えたため、不当にも「遺族会」に対して損失補償がなされたものである。
3 その結果、忠魂碑等が移設され、宇都宮市の木とされる銀杏を含む樹木が切り倒され処分されたが、これらは本来旧國本村の公有財産であり、宇都宮市と合併後は、当然宇都宮市が保存維持管理すべき市有財産と考えるべきで、歴史的遺産として後世に残していくべきものであったが、もはや原状回復できない状態となってしまったことは本市にとっても、経済的文化的価値を著しく毀損するものである。地元住民にとっても「まちづくり」のシンボルを失った精神的ショックは甚大である。
4 大正15年5月建立の忠魂碑等が、当時存在していなかった「遺族会」の所有物となっ た経緯についての説明責任を果たすよう措置請求します。市民及び地元住民が納得できる説明がない場合は、原状回復のための費用を市長及び管財課職員が負担するよう措置請求します。ただし、原状回復が不可能と思われますので損害賠償請求の措置を請求します。

2 請求者
住所(略)
職業(略)
氏名(略)
地方自治法第242条第1項の規定により、別紙事実証明を添え、必要な措置を請求します。
平成22年9月24日
宇都宮市監査委員 殿
添付資料(略)

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