安倍時代始まり、小沢時代しぼむ 岩見隆夫氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20121226org00m010001000c.htmlより、
サンデー時評:安倍時代始まり、小沢時代しぼむ
2012年12月26日

 ◇岩見隆夫(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
 選挙あけの新聞各紙川柳欄、目立ったのが次の句である。

 またかいな一兵卒が糸を繰る(産経)

 小沢氏の小の字小さく見えてくる(読売)

 聞こえてこない いっちゃんの声(朝日)

 みなさん、本物党首よりも〈影の党首〉の小沢一郎さんが気になっていた。策士策におぼれたな、とみてとったらしい。無理もない。衆院四十五人を抱える第三党、国民の生活が第一の代表だった小沢さんが突然消え、寄せ集めの日本未来の党が誕生して、党首に嘉田由紀子滋賀県知事が納まったのだ。

 ほら、ご婦人が帽子を取り換えてイメチェンをはかるあの手、とだれもが気づいた。あまりにもみえみえなので、興醒めもいいところだった。次の二つの数字をご覧いただきたい。

 一列目が序盤の選挙情勢(十二月六日付『毎日新聞』の各党推定獲得議席数)、二列目が実際の獲得議席だ。

 自民  民主 維新 公明

 293 69  46  27

 294 57  54  31

 未来 みんな 共産 社民

 15  15   8  2

 9  18   8  2

『毎日』推定はいい線をいっている。自民はほぼ的中、共産、社民はぴったり、的中率がいちばん低いのが未来。公示前勢力(61)の4分の1と予測したのだが、実際はわずかに九人、7分の1に激減した。民主の惨敗は公示前(230)の4分の1で、壊滅的と言っていいが、未来はその上を行っている。

 民主の野田佳彦代表は直ちに引責辞任を表明したが、未来の嘉田代表は辞任のそぶりもない。

「参院選に向けて……」

 なんて呑気なことを言っている。一体どうなっているんだろう。裏ですべてを仕切ったはずの小沢さんは例によって雲隠れだ。冒頭の川柳になってしまう。

 とはいえ、未来は比例代表で三四二万票(得票率五・六九%)、かつて小沢さんが自由党代表のころと同じくらいの票を稼いだ。シャッポ替えの細工とわかっていても、これだけの小沢ファン票が出るのは、大したものとも言えるのじゃないか。

 当選議員一覧で、未来の九人の顔ぶれをつくづく眺めてみる。小選挙区の当選は小沢さんと亀井静香さんの二人だけ。名誉ある最多の十五回当選は全体でも小沢さん一人、同期の羽田孜、森喜朗、渡部恒三はそろって引退してしまったから。

 亀井さんは十二回当選、小沢さんより六歳年長の七十六歳だ。

「政治を変えてみせる」

 と老骨にムチ打ち、自民党を離れて東奔西走したが、思うにまかせない。国民新党、反TPP、脱原発と移って、未来に至る。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121226org00m010001000c2.htmlより、
 あとの七人は比例、小沢ガールズは週刊誌をにぎわせた青木愛さん一人になった。社民党から流れてきた、テレビでお馴染みの阿部知子さんの顔もみえる。小沢さんと阿部さんがなぜ同じ党なのか。未来の九人衆は迷走政治を凝縮しているようで、なんとなく痛々しい。

 ◇自民の半分の得票率で民主の当選者は九分の一
 もう一、二指摘しておきたいことがある。衆院定数四百八十人のうち、新人が小選挙区九十三人、比例代表九十一人、計百八十四人当選した。全体の三八%。しかし、民主党の新人候補はほぼ全滅、当選は長野三区の寺島義幸さん一人だけだった。自民党新人は百十九人、この差は想像以上に深刻だ。第二党の民主党には新しい血が入っていない。

 また、死に票問題は選挙後から多くの人が取り上げている。だが、現行の小選挙区比例代表並立制のもとでの衆院選は今回で六度目、そのつど死に票が多い不合理は指摘されながら、すぐに忘れてしまう。

 今回も、小選挙区は自民党の得票率四三%に対し民主党は二三%、約半分である。ところが当選者は自民二百三十七人、民主二十七人、約九分の一だ。このアンバランスはただごとでなく、大量の死に票が出た。

 自民党の得票数を当選者数で割ると約十一万票。次に民主党の得票数をこの十一万票で割ると百二十五人。しかし、実際は二十七人である。一区一人の小選挙区制は民意からあまりにも離れすぎている。早急にやめて、中選挙区制に戻さなければならない。

 さて、ぼやいてばかりいても仕方ない。自民党の安倍晋三総裁はまもなく第九十六代の首相に選ばれる。すでに始動しているが、毎日、テレビに映し出される安倍さんの面相はかなり引き締まって見える。

「私は五年前に一度政治生命をほぼ失った、いわば政治家としては一度死んだ人間なんです」

 と語っていたが、それだけ決死の覚悟で国難的状況に立ち向かうということだろう。意気は買いたい。

 まず、党・内閣の人事である。最初の内閣の布陣は不評、若さもあったのだろう、人事上手とはいえなかった。今回はまだ固まっていないが、両翼に副総理として麻生太郎元首相(当選十一回、七十二歳)、副総裁として高村正彦元外相(当選十一回、七十歳)の両長老を配するらしい。年寄りをオモシに据え、知恵を借りるのは結構なことだ。

 一月には訪米するという。メリハリのある共同声明を出すことだ。キーワードが大切である。役人でなく、政治家が知恵を絞らなければならない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121226org00m010001000c3.htmlより、
 日米関係の節目となった一九六〇年の日米安保改定騒動を想起する。あの時、小沢さんの父親の佐重喜さんが衆院日米安保特別委の委員長として強行採決を取り仕切り、窮地の岸信介首相を助けたのだった。半世紀を経て、岸さんの孫の安倍さんの時代が始まろうとしているが、小沢さんの影は薄く、明暗を分けている。

 政界の常とはいえ、浮き沈みが激しい。

<今週のひと言>
 二〇一二年の日本を代表する人、やっぱり山中プロフェッサー。
(サンデー毎日2012年1月6・13日合併号)

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