大晦日に考える 山中教授「仕切り直しの朝」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012123102000103.htmlより、
東京新聞【社説】大晦日に考える 山中教授の朝のように
2012年12月31日

 「仕切り直しの朝です」。そう言ったのはノーベル賞授賞式翌朝の山中伸弥教授でした。聞いて、思わず気を引き締めた人もいたのではないだろうか。
 その言葉は、日本の記者たちを前に飛び出した。いよいよ新型万能細胞の臨床応用が始まるし、もう仕事の連絡も来ている、これからです、と教授は言うのです。実にまじめで、また良き日本人気質をうかがわせる一言でした。
 前日の晩餐(ばんさん)会では、白いドレスのマデレーン・スウェーデン王女をえんび服姿で導いていました。

◆神戸ビーフを話題に
 千三百人もの祝宴で着いた座席は、中央の栄光のテーブルと呼ばれる場所のさらに真ん中。前菜の北極イワナ、主菜のキジ肉と食事を進めつつ、関西育ちは神戸ビーフを話題にしたそうです。
 何だか痛快じゃありませんか。
 政治の行方はこれからのこととしても、よくないことばかりが続いたような今年。その中で山中教授受賞のニュースは、日本人を少しほっとさせた。まだまだ日本は捨てたものじゃない。そう思い直させたのではないでしょうか。
 失われた二十年という。
 しかし、そう言っているばかりでは安穏にすぎます。格差拡大はとどまらず、未来に踏み出す高校生や大学生の就職内定率は、低すぎる。それは彼らを受け入れるはずの大人が自らの社会的責任をあまりにおろそかにしているからだ。冒険せよとは言わないが、挑戦する精神と活力を忘れかけているからではないか。
 半世紀前、日本の世界的繁栄を予見した英誌エコノミストは、今年、世界の二十年後や四十年後を占って、日本は急速に存在感を失うと予測した。
 新興国の経済が伸びる一方、日本は超高齢化と少子・人口減が進み、二〇五〇年には一人当たりの国内総生産(GDP)が韓国の半分、独仏の七割、中国を少し上回る程度というのです。

◆落胆でなく「警告」と
 だが、欧州の例を見るまでもなく、世界の動向は資源の多消費ではなく少消費の持続可能型、節約型に向かいつつあります。
 エコノミストの予測に落胆するのではなく、それを未来を考える警告と受け取りたいものです。
 山中教授とはむろん、状況が異なりますが、「仕切り直しの朝」こそが今の私たちそれぞれに必要なのではないでしょうか。
 記念講演で、教授は、細胞初期化の先人で共同受賞者の英国人ジョン・ガードン氏らへの謝意とともに、こう述べました。
 「私は(万能細胞を)受精卵からではなく、患者さん自身の体の細胞からつくりたかった」
 受精卵という命のもとを使う、あるいは壊すのではなく、患者の体細胞を用いるということです。
 ここには生命倫理のハードルを越えるというよりも(もちろんそれはあるにせよ)人の命に対する畏敬、また優しさが強く感じられます。より多くの患者をより簡便な方法で救うという医師の使命感をうかがわせるのです。
 それが実に率直に示されたことに、世界は感動し、日本人は感動とともに大きな誇りを感じたのです。つまりわが事のようにすら思ったのです。
 日本は東日本大震災、福島原発事故という大きな不幸に遭った。しかも、その被害はまだ続いている。そういう過酷な現実の中での山中教授の栄誉でした。研究は広く応用の利くもの、また優しさのあるものでした。
 ここに、新しい日本の未来、新しい科学技術の芽は見つからないものでしょうか。
 日本は、欧州などのように少数の超エリートを育てるというよりも、みんな一緒に向上するというほうが、どうも似合うようです。日本には、日本のやり方があり、良さもあるのです。
 引き合いに出すのは、少々気が引けるのですが、山中教授とは、そういう私たちの素晴らしきモデルなのです。

◆町工場に育った少年
 彼自身、自分は科学者というよりも技術者である、と言ったことがある。父親はミシン部品の町工場を営み、その息子は機械に魅せられた少年でもあったということです。
 そう考えてくると、そのノーベル賞とは、天才のひらめきのゆえというよりも、日本のよき土壌、歴史、精神風土から生まれたのではないか。もしかしたら、教授のノーベル賞とは日本人全体に贈られたのではないか。そんなふうにも想像されてくるのです。
 もう一度、思い起こしてみましょう。「仕切り直しの朝」という実直で気迫のこもった教授の言葉を。そこに、私たちの失われし時を超えて、思い出すべき、また奮起すべき、何ものかが潜んでいるのではないだろうか。

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