関東大震災90年 相模トラフに海底活断層か

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130105/k10014603751000.htmlより、
関東南岸「相模トラフ」で海底活断層か
1月5日 18時38分

10万人以上が犠牲者となった関東大震災から、ことしで90年になります。震災を引き起こした地震の震源域と考えられている関東南岸の「相模トラフ」と呼ばれる海底を、専門家が調査した結果、比較的新しい時代の地震でずれ動いた、活断層とみられる地形が新たに見つかり、この海域で起きる地震の解明につながると期待されています。
関東南岸の相模湾から房総半島沿岸にかけての「相模トラフ」と呼ばれる海底では、関東平野がのった陸側の岩盤の下に海側の岩盤が沈み込み、地下の岩盤どうしの境目では、90年前に関東大震災を引き起こした地震など、大地震が繰り返し起きてきたと考えられています。
活断層に詳しい広島大学の中田高名誉教授の研究グループは、去年11月、「相模トラフ」の真上に当たる三浦半島沖およそ20キロの洋上で、船から水深およそ1200メートルの海底に向けて音波を発射し、詳細な地形を調べました。
その結果、▽崖のように5メートルから8メートルほどの落差がある断層が新たに見つかったほか、▽周りには地下で地層がずれたために海底の表面が膨らんだ地形が複数見つかりました。
このうち、崖のような断層は、「相模トラフ」に沿って北西から南東へ走っていると推定されています。海底の地形は海流などに浸食され、年代を経るごとに変化していきますが、調査した付近の海底は、ほとんど浸食を受けていませんでした。
このため、研究グループは、今回見つかったのは、関東大震災など比較的新しい時代の地震で海底がずれ動いた痕跡で、「相模トラフ」の地下の岩盤の境目からのびる海底活断層ではないかとみています。
中田名誉教授は「活断層付近の地層をさらに調査することによって『相模トラフ』で起きる地震の規模や周期などを知ることができる。今後の地震の予測や防災対策に役立てたい」と話しています。

相模トラフと過去の地震
「相模トラフ」は、おととし3月11日に巨大地震が起きた「日本海溝」付近や、将来、巨大地震が想定されている「南海トラフ」と同じように、陸側のプレートという岩盤の下に、海側のプレートが沈み込んでいる場所です。
「相模トラフ」のプレートの境目では、90年前に関東大震災を引き起こした「大正関東地震」や、300年余り前の江戸中期に起きた「元禄関東地震」など、マグニチュード8前後の大地震や巨大地震が繰り返し起きてきたと考えられています。
将来の地震を予測するためには、過去にどのくらいの規模の地震がどれほどの周期で起きていたのか、詳しく知る必要がありますが、関東は西日本に比べて歴史的な記録が少なく、解明が進んでいませんでした。

海底活断層の意味
一方、近年の研究では、プレートの境目がずれ動いて地震が繰り返し起きると、海底が何度も盛り上がり、明瞭な活断層や崖のような地形ができることが分かってきました。おととし、巨大地震が起きた東北沖の「日本海溝」付近でも、南北およそ500キロにわたる巨大な崖のような地形が見つかっていました。
こうした地形がある海底でボーリング調査などを行い、地層を詳しく調べることで、過去の地震の規模や周期などを数百年以上さかのぼって解明できると考えられています。
今回見つかった断層付近で過去の地震についてさらに調査が進めば、関東で起きる大地震の想定などにも影響を及ぼす可能性があります。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130101/k10014549761000.htmlより、
関東大震災 200人超の証言テープ分析へ
1月1日 19時24分

10万人以上が犠牲になった「関東大震災」から、ことしで90年になります。
当時、震災を経験した200人以上の証言を録音した、膨大なカセットテープが、分析されないまま残されていることが分かり、NHKは、今後の防災対策に役立てるため、専門家と共同で、地震直後の火災の実態や、災害に巻き込まれた人々の心理状態などを分析することにしています。
災害時の情報を研究していた、東京大学大学院教授の廣井脩さん(故人)は、大正12年の「関東大震災」の教訓を風化させず、今後の防災に役立てようと、およそ20年前、震災を経験した人を探して、みずからテープレコーダーで証言を録音していました。
しかし、7年前に病気で亡くなり、およそ170本のテープの多くは分析されないまま残されました。
NHKが専門家と共同でテープの分析を始めたところ、関東大震災で犠牲になった人の数が最も多い、現在の東京・墨田区にあった「被服廠(ひふくしょう)跡」と呼ばれる広場にいた人の証言など、少なくとも200人以上の肉声が記録されていました。
当時9歳の女性は、「流れるままに押されて、被服廠に避難した。荷物がまきのように燃えて、火の回りが早く、逃げ惑ううちに竜巻が発生し、兄と弟も飛ばされた。母に引っ張られて、はうようにしてあちらこちらに行き、翌朝気がついたら生きていたんだと思った」と、避難や火災の実態を生々しく証言しています。
被服廠跡や周辺にいた人の証言は数十人に及び、当時の避難や火災の実態を多角的に解明できる可能性や、災害に巻き込まれた人々の行動や心理状態を分析できる可能性があります。
NHKは、テープを今後の防災対策に役立てるため、ことし9月に向けて、災害時の情報伝達に詳しい、東洋大学の関谷直也准教授と、廣井さんの長男で、都市の災害を研究している名古屋大学の廣井悠准教授と、共同で研究を進めることにしています。

今の都市の防災対策につながる可能性も
「関東大震災」は、今から90年前の大正12年9月1日に、東京や横浜など近代化した都市を初めて襲った災害です。
地震の揺れや津波のほか、その後発生した火災で、死者と行方不明者は10万5000人に上り、国内の災害では明治以降最大の被害をもたらしました。
このうち、現在の墨田区にあった「被服廠跡」と呼ばれた広場では、犠牲者全体の3分の1以上に当たる、およそ3万8000人が火災で亡くなりました。
このため、関東大震災以降、火災対策が大きな課題になり、防火対策や火災に強いまちづくりなどの研究が進んでいます。
しかし、災害時の情報伝達に詳しい専門家が、避難の行動や心理状態を大規模に調査した例は知られておらず、当時の証言を分析することは、はるかに過密になった今の都市部の防災対策につながる可能性があります。
都市の災害を研究している名古屋大学の廣井悠准教授は、「あの地震で何が起きたのかをもう一度整理して、それを現代の社会システムの中で置き換えて防災対策を進める必要があり、そのための重要なキーワードを探していきたい」と話しています。

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