風知草:レ・ミゼラブル 山田孝男氏
http://mainichi.jp/opinion/news/20130107ddm002070058000c.htmlより、
風知草:レ・ミゼラブル=山田孝男
毎日新聞 2013年01月07日 東京朝刊
安倍晋三首相(58)の正月の息抜きは映画「レ・ミゼラブル」だった。2日午後、昭恵夫人(50)と東京・六本木のシネコンを訪れ、全編2時間38分に及ぶ大作を見ている。
この選択は興味深い。人気ミュージカルを映画化した話題作だから見た−−というだけのことかもしれないが、返り咲きの自民党首相には、とりわけ示唆に富む一編だったろう。
なぜなら、この映画は今、猛烈な勢いで観客動員数を伸ばしている。老若男女の涙を絞っている。無償の愛、報われざる徳行が、いつか人を変え、社会を動かすというビクトル・ユゴーの原作の主題が、大震災後の日本人を揺さぶっている。
しかも、物語の背景は復古政治だ。フランス革命に疲れた民衆は、ナポレオンの帝政と戦乱を経て王政復古に安定を求めたが、うまくいかない。
1814年、ルイ18世が即位したが、時の首相タレーランの言う「なにひとつ(経験に)学ばず、なにひとつ(特権を)忘れぬ」王族の時代錯誤が次の暴動を呼ぶ。「民主党革命」からようやく政権を奪還した自民党にとって、これほど教訓に満ちた史劇はあるまい。
配給元の「東宝東和」によれば、昨年12月21日の日本公開以来、正月三が日までの観客は137万人で、興行収入が既に16億7600万円。ヒット作品の目安である10億円をあっさり超えた。私も2日、近所のシネコンで見たが、深夜11時半終映の最終回でも最前列まで満席。パンフレットは売り切れ、増刷につぐ増刷という盛況だ。
暮れの27日、「感動しないはずの私まで泣いた」という仏文学者、鹿島茂(63)の映画評が読売新聞に出た。私はそれにつられて映画館へ行った。
ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイら、オーディションをくぐり抜けた人気俳優たちが演じながら熱唱し、ナマで収録する。作品の迫力が増した大きな理由はその手法にあろうが、原作の力もあずかって大きい。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130107ddm002070058000c2.htmlより、
「19世紀前半のフランスは産業革命が加速し始めた時で、格差社会が生まれた。貧困にあえぎ、犯罪に巻き込まれるレ・ミゼラブルを、ジャン・バルジャン(主人公)に象徴される<だれか>が、見返りを求めぬ無償の愛によって救わなければならない。現代においてはその<だれか>は<あなた>でなければならないというのがユゴーの主張の核心です。だれもがグローバル資本主義の矛盾を感じている今、ユゴーの訴えが共感を呼ぶのは当然でしょう」
「国土強靱(きょうじん)化」にせよ、原発回帰にせよ、「矛盾はカネで解決」の復古調はもはや通用しない。選挙で自民党が勝った以上、経済さえ上向けば何をしたっていいはずもない。「レ・ミゼラブル」の人気は単なる娯楽作品のヒットにとどまらず、国民意識の変化の底流に触れていると私は思う。(敬称略)(毎週月曜日掲載)