安倍政権の外交 「アジアでの足場固めを」
http://mainichi.jp/opinion/news/20130108k0000m070134000c.htmlより、
社説:安倍政権の外交 アジアでの足場固めを
毎日新聞 2013年01月08日 02時30分
安倍外交の輪郭が明確になってきた。日米同盟が一方の柱なら、インドや東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリアといった自由や民主主義などの価値観が同じである国との連帯が片方の柱だ。
これは、第1次安倍内閣で安倍晋三首相と麻生太郎外相が外交の軸とした「自由と繁栄の弧」構想を下敷きにしたものとみられる。麻生氏が今回入閣し、当時の外務次官で構想の推進役だった谷内正太郎氏を内閣官房参与に起用したのも、安倍氏が再びこうした「価値観外交」を看板にしたい意欲の表れだろう。
安倍氏は昨年末の就任直後にインドやオーストラリア、ベトナム、インドネシアなどの首脳と電話で相次ぎ協議した。年明けには麻生副総理がミャンマーを訪問して円借款供与を伝えた。岸田文雄外相は近くフィリピン、シンガポール、ブルネイ、オーストラリアを歴訪する。
こうした外交展開には二つの意味がある。一つは日米同盟強化のためのアジアでの足場固めだ。安倍氏の祖父・岸信介元首相が就任後まずインド、ミャンマーなどを歴訪して米国を訪れたのも、その意図からだった。安倍氏は初外遊先を米国としたい意向だが、その前にアジア太平洋諸国との連携強化を印象づけることは米国と戦略的な話し合いをする環境づくりにも有益なはずだ。
もう一つは日中関係の視点だ。中国を取り囲む諸国と連帯を強めることは、対中外交で日本の立場を有利にするためにも重要である。
ただし、こうした外交には慎重さも求められる。中国との安定的な関係構築を考えれば、露骨な中国包囲網と受け取られないことが肝心だ。「価値観外交」などのスローガンを再び強く押し出すよりは、首脳、外相会談実現など対話のメッセージを送り続け、中国を責任あるパートナーとして地域の秩序維持に関与させる努力をすることが大切だ。
過去の植民地支配と侵略を謝罪した95年の村山富市首相(当時)談話を踏襲する一方、新たに安倍談話を検討するとされているが、村山談話からの後退とみられる内容と映るようだとアジア太平洋諸国との関係強化にも水を差す。歴史認識を巡る問題は注意深く賢明に扱うべきである。
相手につけこまれるスキを見せないと同時に、言うべきことははっきり言う必要がある。韓国政府は従軍慰安婦問題に抗議して靖国神社に放火した中国人の男を日本に引き渡さなかったが、歴史認識を理由にした放火犯を「政治犯」とする主張はあまりにも筋違いだ。安倍政権がこれに抗議したのは当然である。歴史認識にからむ問題では韓国側にも理性と常識ある対応を強く望む。
http://www.asahi.com/paper/editorial.htmlより、
朝日新聞 社説 2013年1月7日(月)付
激動期の日本外交―しなやかに、したたかに
年明け早々、安倍首相が切った外交カードは韓国への首相特使派遣だった。
竹島問題をめぐって冷え込んだ日韓関係の改善は、安倍政権が引き継いだ重い宿題だ。2月に就任する朴槿恵(パククネ)次期大統領に親書を手渡し、大統領訪日に向けた調整に入ることになった。
関係修復への第一歩がしるされたことを歓迎したい。
首相は、早い時期の訪米にも意欲を示す。
民主党政権下で傷ついた日米同盟の修復などの懸案について、2期目に入るオバマ大統領とじっくり話しあうことは時宜を得ている。
世界も東アジアも大きく動いている。その現実を見据え、日本外交の針路をしっかりと定めなければならない。
日米同盟を深化させ、友好国との連携を深めて中国に向き合う――。安倍政権の外交戦略を一言でいえばこうだろう。その方向は間違っていない。
■多極化する国際社会
ただし、国際政治を国家間のパワーゲームと見る従来の視点だけでは、いま世界で起きていることの意味を十分にとらえることはできない。
国際政治の世界に、歴史的ともいえる新しい潮流が渦巻いているからだ。
その第一は、「多極化」の流れである。
昨年12月に米政府機関である国家情報会議がまとめた未来予測が波紋を広げている。
「2030年の世界は、今日とは一変した世界であろう。そのときまでに、米国も中国も、その他のいかなる大国も、覇権的な国家ではなくなっている」
米国が圧倒的な力を誇った時代が終わるだけでなく、中国の成長も減速する。
20年以内に、世界を単独で牛耳る力を持った国はなくなるというのだ。
報告は、パワーは国家間で拡散するだけでなく「非公式のネットワーク」にも広がるとも予測する。国家と並び、NGOや多国籍企業も国際政治に大きな影響力を持つようになる。
多極化し、利害関係が複雑に絡まり合う不安定な世界を生き抜くには、柔軟でしたたかな外交戦略が必要だ。
■硬軟両様の構えで
たとえば、いまの米中関係は、冷戦時代の米ソのような単純な敵対関係ではない。軍事面では競いながらも、経済面ではわかちがたく結びつく。
だからこそ、米国の中国政策は、もしものときの軍事的備えと、中国を国際秩序に積極的に取り込もうという関与政策のふたつの面をもっている。
日本の対中外交も、こわもてだけではなく、硬軟両様の構えが不可欠だ。
日中間で緊張が続く尖閣問題については、長期化を覚悟せねばなるまい。それを前提に、不測の事態が起きた場合の危機管理体制を両国で早急に築く。
同時に必要なことは、この対立とは切り離して、経済関係や人的交流を拡大することだ。
安倍首相が「世界地図を俯瞰(ふかん)するような視点で戦略を考えていくことが必要だ」と言うように、多角的な外交がこれまで以上に重要になる。
「極東重視」を打ち出しているロシア、経済成長著しい東南アジアやインド。そうした国々や地域と連携を深めるなど、新しい発想で外交のネットワークをどう築いていくのかも問われている。
■針路を自ら切り開く
国際政治のもう一つの潮流も忘れてはならない。世界各地で吹き荒れているナショナリズムの高まりである。
経済と情報のグローバル化は、少数の人の手に膨大な富を集積する一方、格差を生み、社会を不安定にした。
欧州で排外主義的な政治勢力が勢いを増しているのは、緊縮財政に苦しむ人々が、ナショナリズムに不満のはけ口を見いだしているからにほかならない。
東アジアには、これに加えて歴史問題がある。
日本と中韓が対立する領土問題は、過去の植民地支配や戦争の記憶が絡む、きわめて複雑な問題だ。昨年の中国の反日デモを見ても分かるように、扱いを誤れば可燃性の高いナショナリズムに容易に火がつく。
国境を超えた様々なレベルでの対話によって、和解の努力を重ねていくしかない。
振り返れば、戦後日本はじつに恵まれた国際環境を享受してきた。
米ソ冷戦時代には、米国の庇護(ひご)の下、復興と経済発展に励むことができた。外交の基本も沖縄返還や、近隣との国交正常化など、敗戦で失ったマイナスを取り戻す道のりだった。
いまや世界は様変わりした。
相互依存の高まりは各国が繁栄を共有できる可能性をもたらしたが、同時にそれぞれの利害が錯綜(さくそう)する。
いま求められるのは、そんな世界で針路を切り開いていく外交力である。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130107k0000m070097000c.htmlより、
社説:2013年を展望する 「外交の勘」を磨きたい
毎日新聞 2013年01月07日 02時30分
新しい年の外交が始動する。それを担う首相・安倍晋三氏は岸信介元首相の孫、安倍氏を支える麻生太郎副総理兼財務相兼金融担当相は吉田茂元首相の孫だ。戦後日本の発展と安定の基盤をなしてきた日米安保条約は吉田元首相が結び、岸元首相が改定して現在の形にした。外交危機が叫ばれる今、2人の血を受け継ぐ孫がコンビを組んで難局打開にあたることになったわけである。
岸元首相は国家を運営する基礎を安全保障に置いた。吉田元首相は自著「大磯随想」で「外交の『勘』のない国民は亡(ほろ)びる」とのウィルソン元米大統領側近エドワード・ハウス大佐の言葉を紹介している。
◇対症療法外交は限界だ
賢明な外交は単に国家の生存にとどまらず、経済再生や社会保障、教育などの内政課題に政権が全力を注ぐためにも不可欠な条件であろう。また、外国との摩擦が激しくなれば国民の不安感が強まり排他的なナショナリズムが勢いを増しかねない。そうした状況を作り出さないためにも、外交が国の安定を支える根幹であることをまず確認したい。
そのうえでここ数年を振り返るなら、領土で係争を抱えた近隣諸国すべてと緊張が高まり、国難とも言うべき外交危機が続いてきた。今年はその局面転換に国の知恵を総結集する年にしなければならない。
尖閣諸島や竹島、北方四島の領土摩擦や普天間飛行場移設をめぐる日米同盟の迷走などを安倍首相は「外交敗北」と厳しく批判し、政権を奪還した。確かに「外交の勘」のない民主党政権の不手際がこうした混乱を招いた面は否定できない。
だが、自民党なら外交敗北はなかったと言い切れるだろうか。
今日の外交危機は、長年の自民党政権のあいまいな外交がもたらしたものでもあろう。中国が92年に領海法を制定して尖閣諸島を自国の領海に組み込み、今に至る挑発行為の先触れとしたのは自民党政権の時代だった。沖縄の問題も、経済支援を組み合わせて重い米軍基地負担を事実上固定化する懐柔策のツケがここにきて噴出しているのである。
世界の動きは速い。今の国際情勢は自民党が政権を担ってきた数年前までと同じではない。米国の国力が相対的に落ち、日本を抜いて世界第2の経済大国となった中国が軍事面でも野心を隠さず、韓国はかつてほど日本を必要としなくなっている。地域の新しいプレーヤーとしてロシア、インドの存在感も大きくなってきた。周囲の変化や米国の意向に合わせた対症療法的な外交では、もはや日本は立ち行かないのだ。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130107k0000m070097000c2.htmlより、
よって安倍首相は自民党時代の焼き直しではなく、新しい時代に合わせた発想と行動で外交の立て直しと安定に取り組む必要がある。再三強調する日米同盟強化についても、何のための同盟かを常に自問自答することから始めるべきである。
吉田元首相は日米安保を「アメリカがただ日本が可愛くて結んだものではないだろう。アメリカの太平洋の戦略的必要から、またアメリカの国策的な見地から結んだものであろうと思う」として、「日本も、日本自身の防衛と、国策的な考え方から結んだものである」「この条約を実施して行く上に、もっと率直にいろいろ話し合っていいのではないか」と書いた(「大磯随想」)。
◇歴史問題でつまずくな
日米が互いに必要だと考える限り日米同盟は強力であり、どちらかが国益にプラスにならないと判断すればその命運は尽きる。尖閣諸島への対処も沖縄の基地移設も、まずは日本側の方針を明確に示し、率直な話し合いを通じて日米双方の国益と地域全体の平和と安定にプラスとなるような道を探るべきだ。米国の言いなりでも、日本が一方的に頼るのでもない同盟のあり方を、改めて作り上げることが求められよう。
同時に、国際社会との連帯をいっそう深めたい。尖閣諸島の問題では中国の乱暴な振る舞いに世界のメディアが「中国が差し控えるべきことは武力で現状を変えることだ」(米紙)、「日本は外交解決を追求し続けているが中国は軍事力の行使を好む」(イタリアの通信社)などとして懸念と批判を強めている。
日本の立場と主張は国際社会に支持されている。その背景にあるのは日本が外国との係争を平和的に話し合いで処理する国であり、偏狭なナショナリズムより、相手と共存を図るナショナリズムを大事にする国だという世界の理解であろう。
こうした国際世論を大事にしなければならない。軍事力を国力のバロメーターにしない日本の強みは国際社会との絆の深さである。敵を減らし、味方を増やしながら、付き合いの難しい国家との関係をいかにうまく管理するかが肝心である。
一国の政治指導者がどのような国際イメージを浸透させるかは、その国の国益を左右するほど重要だ。衆院選を受け日本の右傾化を指摘する声もあるだけに、歴史認識問題では慎重さが大切である。閣僚の軽率な言動が結果として国益を損なってきた歴代自民党政権の失敗は繰り返してはならない。注意深く賢い振る舞いで「外交の勘」を働かせ、局面を打開する一年にしてほしい。