記者の目:厳しくなる世論調査 三岡昭博氏
http://mainichi.jp/opinion/news/20130110k0000m070086000c.htmlより、
記者の目:厳しくなる世論調査=三岡昭博(世論調査室)
毎日新聞 2013年01月10日 00時10分
◇存立は寛容な社会あってこそ
名古屋市に住む年配の男性から猛烈な抗議を受けた。
「寝ようとしたら電話がかかってきた。人の迷惑を考えないのか?」「どうして電話番号が分かったのか?」
先月8日から3日間、毎日新聞が実施した衆院選の中盤情勢を探る特別世論調査への抗議だった。「無作為に選んだ方にご協力いただいている」と説明したが、「無作為に電話をかけること自体、人権侵害だ」と収まらなかった。
突然家に電話がかかり、「世論調査にご協力を」と言われ、「どの政党を支持しますか」と質問されれば誰でも警戒する。「おれおれ詐欺」もあるし、家族だんらんの時や忙しい時間帯ならなおさらだろう。不審を募らせ、怒りを覚えて当然かもしれない。間もなく新政権の支持率や経済政策に対する有権者の意識を探る調査を実施するが、世論調査が成り立つのは、寛容な社会と多くの人々の協力があってこそ、と改めて感じている。
日本で暮らす私たちにとって世論調査のデータはありふれたものだ。新聞の全国紙だけでも各紙月に1回は実施・公表し、国政選挙になれば毎週のように世論のトレンドを追う新聞もある。過剰と感じる人も多いに違いない。新聞やテレビの調査の数字が政界を揺さぶり時に内閣退陣の引き金になってきたのも事実だ。
◇世論が分かれば余裕ある対応も
しかし、世論を把握する手立てがなければどうだろう。例えば中国。日本による沖縄県・尖閣諸島国有化後の荒れた隣国を見ると、13億人のほとんどが日本に牙をむいているかのように思えてしまう。日本に暮らしていると、権力者と過激な人々の顔しか見えず、不気味さが対中強硬論を刺激し、らせん状に日中関係を悪化させていく。
常軌を逸した同胞に「理性を取り戻そう」とインターネットで呼びかけたという中国人作家、崔衛平(さいえいへい)さんは、毎日新聞の北京特派員にその理由をこう語った。
「政府は日本批判を続けていますが、民間人には理性的な意見を持っている人が少なくないことを、国内外に発信すべきだと感じたのがきっかけです」(2012年10月28日付朝刊)
だが、それを数値化できないから、実際に「少なくない」がどれくらいかが分からない。仮に、反日デモや日本企業への破壊行為の是非を問う世論調査が行われ、結果が公表されて「行き過ぎだ」が、「当然だ」や「理解できる」を上回れば、日本政府も日本人も今よりは余裕を持って対応できるだろう。もっとも、現在の中国では、民間による中立な調査は望めないのが現実だ。
◇民主主義のバロメーター
http://mainichi.jp/opinion/news/20130110k0000m070086000c2.htmlより、
そう考えると、世論調査は言論の自由が保障された社会でしか成り立たないことが分かる。どんな社会にもタブーはあるが、少なくとも政府の批判を口にすれば身に危険が及ぶような国では存立しようがない。その意味で、きちんとした世論調査ができることは、民主主義のバロメーターとも言えるだろう。
日本でも、内閣の支持や不支持を聞く類いの調査が始まったのは1945年の終戦後だった。日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)が、統治上の必要から新聞社などに調査を奨励し、日本政府も国民が自由な意思を表明できることを示そうと力を入れ、世論調査が定着していった。新聞社の場合、主な調査手段は面接から固定電話へと移ったが、社会の輪郭=顔を描き出す公共財としての機能を果たしてきたと思う。
ところが、冒頭で紹介したように、その世論調査が困難になりつつある。かつては7割、8割が当たり前だった回収率は低下し、最近は面接だと5割台、電話では6割台だ。都市部ではオートロックのマンションが増え、面接調査に行っても部屋の入り口にすらたどり着けなくなった。携帯電話が一般化し、固定電話に知らない番号や「非通知」が表示されると、「良くない電話かも」と身構えてしまう。調査のサンプル抽出に必要な住民基本台帳の閲覧に難色を示す自治体が増え、台帳閲覧料も高く設定されるようになった。
これらは、プライバシーや安全に対する国民意識の高まりと無関係ではないだろう。個人情報への感度が高くなれば、世論調査のハードルも上がる。民主主義の進展が、民主主義のバロメーターとしての世論調査を難しくしているとすれば皮肉だが、そうした面は否定できない。だが、顔が見えない社会はつかみどころがないし、外から見れば不気味だ。調査への協力を得られるよう、一層の工夫と丁寧なアプローチに努めたい。