金言:テロの最初の被害者 西川恵氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130118ddm003070089000c.htmlより、
金言:テロの最初の被害者=西川恵
毎日新聞 2013年01月18日 東京朝刊

 <kin−gon>

 アルジェリアと聞いて、60代以上の世代の日本人が思い浮かべるのは、フランスからの独立闘争を描いた映画「アルジェの戦い」(1966年、ベネチア国際映画祭金獅子賞)だろう。昨年はその独立50周年だった。しかし近年、同国には「無差別テロによって、国際社会で孤独な戦いを強いられた国」のイメージが刻印されている。

 91年の総選挙で、アルジェリアのイスラム原理主義政党は8割以上の議席を獲得した。危機感を抱いた軍は実権を握り、同党を非合法化。地下に潜ったイスラム過激派は無差別テロを展開する。文民政権が復活する99年までに殺害された人は、知識人、ジャーナリスト、政治家、外国人など実に10万人に上った。

 この間、米欧諸国は「テロはアルジェリアの国内問題」と距離を置き、原理主義政党を非合法化したアルジェリア政府に「非民主的だ」と厳しかった。国際社会で同国は孤立する。風向きが一変したのが2001年の米同時多発テロ(9・11)だ。「テロとの戦い」は国際政治の基準となり、遅まきながら「アルジェリアはテロの最初の被害者だった」との認識が共有されていく。

 いまも90年代の混乱は深いトラウマとなって同国に残っている。民主化を求める「中東の春」でチュニジア、リビアなど周辺国が沸いた時も、アルジェリアは比較的静かだった。「社会がアナーキー(無秩序)になることの警戒心から抑制が働いた」と言われる。

 今回の拘束事件は外部の過激派のほか、国内の過激派もかかわっていると報じられている。一昨年まで3年間、同国で外務省の専門調査員をした中部大学人文学部講師の桃井治郎氏(41)は2点で事件はこの国に打撃だという。

 「テロが終息したと思ったら再び事件が起きたことの国際的イメージダウン。それ以上に深刻なのが、国の生命線でもあるエネルギー関連施設が襲われたこと」。原油・天然ガスは同国の輸出額の99%を占める。桃井氏によると、エネルギー関連施設は厳重な警戒の下にあり、90年代のテロの時代、過激派もここだけは近づけなかった。それが襲撃を許し、経済・産業の動脈の一角を押さえられた。

 同国政府は「テロ集団とは交渉せず」が原則だ。しかし人質にとられた日米欧各国からの人命尊重の要請がある。「この板挟みで政府は極めて難しい立場にある」と桃井氏。周辺国と違い、自力でフランスから独立を勝ち取ったアルジェリア人は独立自尊で粘り強く、誇り高い民族だ。いまはその手腕に期待をかけるしかない。(専門編集委員)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中