アルジェリア人質事件 「23人死亡」制圧作戦終了

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013012000030より、
人質23人と犯人32人死亡=救出作戦終結受け発表-アルジェリア

 【カイロ時事】アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で起きた外国人人質事件で、アルジェリア内務省は19日、軍の人質救出作戦終結を受け、4日間に及んだ事件で人質23人と犯人グループ32人が死亡したと発表した。依然安否確認が取れていない日本人は10人に上るが、死者23人の国籍は不明。国際テロ組織アルカイダ系のイスラム武装組織が起こした事件は、大きな犠牲を出す結末となった。
 内務省は声明で、作戦により107人の外国人人質と685人のアルジェリア人人質を解放したことも明らかにした。
 アルジェリアを訪問中の城内実外務政務官は19日、ユスフィ・エネルギー・鉱業相と会談し、「人命尊重を最優先として対応を求めてきたにもかかわらず、日本人の安否に関して厳しい情報に接することになったことは残念だ」と指摘。その上で、早急な安否情報の伝達を要請した。ユスフィ氏は、情報提供に努め、最大限の協力を行いたいと述べた。(2013/01/20-11:44)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013012001001187.htmlより、
邦人10人の安否依然不明と日揮 人質23人死亡と内務省
2013年1月20日 11時35分

 アルジェリア人質事件で、プラント建設大手の日揮の広報担当者は20日午前、横浜本社で記者会見し、日本人駐在員17人のうち無事が確認されたのは7人で、10人の安否が依然不明だと語った。日本人の死亡情報については「政府、現地事務所の情報を総合して判断すると、厳しい状況だ」と述べた。
 一方、アルジェリアのテレビによると、同国内務省は19日、これまでに人質23人と武装勢力メンバー32人の計55人が死亡したと明らかにした。また、同日の作戦により16人の外国人が新たに救出された。いずれも、日本人が含まれるかどうかは不明。(共同)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130120/k10014922771000.htmlより、
“安否確認に全力”政府が対策本部で確認へ
1月20日 10時2分

政府は、北アフリカのアルジェリアで日本人らが拘束された事件で、午前10時から総理大臣官邸で関係閣僚らによる対策本部の会合を開き、関係国と連携しながら、情報の収集と日本人の安否の確認に全力を挙げることを確認することにしています。
アルジェリアで日本人らが拘束された事件で、安倍総理大臣は、20日未明、アルジェリアのセラル首相と電話で会談したあと、記者団に対し、「邦人の安否について厳しい情報に接している」と述べました。
これに関連して、菅官房長官は記者会見で、「まだ死亡と確認した日本人はいない。アルジェリア政府から死亡などの複数の情報を提供された。そのことについて、私たちはまだ確認していないということだ」と述べました。
政府は、午前10時から、総理大臣官邸で関係閣僚らによる対策本部の会合を開き、関係国と連携しながら、情報の収集と日本人の安否の確認に全力を挙げることを確認することにしています。
政府は、依然として現地の情報が錯そうしていることから、引き続きアルジェリア政府に対し、協力を求めるとともに情報の分析と確認を急ぐことにしています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130120/k10014921391000.htmlより、
“人質23人死亡確認”アルジェリア政府
1月20日 6時39分

北アフリカのアルジェリアにある天然ガスの関連施設で、日本人を含む外国人などがイスラム武装勢力に拘束された事件は、アルジェリア軍が武装勢力を制圧して作戦を終了し、内務省は19日、声明を通じてこれまでに人質23人の死亡が確認されたと発表しました。
アルジェリア東部のイナメナスで今月16日、天然ガスの関連施設がイスラム武装勢力によって襲撃され、日本のプラント建設大手「日揮」の日本人関係者を含む外国人が拘束された事件で、アルジェリア軍は19日、武装勢力を制圧し、作戦を終了しました。
アルジェリア内務省は、19日午後7時半前(日本時間の20日午前3時半前)、国営通信を通じて声明を出し、これまでに外国人を含む人質23人が死亡したことを確認したと発表しました。
内務省は、死亡した人質の国籍についてはほとんど明らかにしていません。
また、声明は、この作戦で武装勢力のメンバー32人を殺害したほか、外国人の人質107人とアルジェリア人685人を解放したとしています。
さらに声明は、作戦によって武装勢力から機関銃や手投げ弾など大量の重火器を回収したとしています。
今回の作戦では少なくとも23人の人質が死亡し多くの犠牲を伴いましたが、アルジェリア政府は100人を超える人質と天然ガスの関連施設を守るために必要な作戦だったとして成果を強調しています。

作戦急いだ背景は
今回の作戦が急がれた背景には、アルジェリア政府を取り巻くいくつかの事情があると指摘されています。
まず、イスラム過激派の徹底した取締りを掲げるブーテフリカ政権としては、事態が長期化すれば国民に対し、弱さを見せることになるという懸念がありました。
また、ほかのイスラム過激派の活動も活発なことから、同じような事件が繰り返されることを防ぐため圧倒的な軍事力をもって短期間で制圧することで、力を誇示したい思惑もあったものとみられます。
さらに、事件が長期化して西側諸国が支援を申し出た場合、アルジェリア政府が主導権を維持することが難しくなると懸念したのではないかとも指摘されています。
こうしたなか、ドバイを拠点に中東の軍事問題を研究するリヤド・カハワジ氏は、NHKのインタビューで、武装グループが人質を連れて施設を離れようとしたことが作戦の引き金になったとの見方を示しました。
カハワジ氏は「アルジェリア政府にとっての『悪夢のシナリオ』は、人質がいくつかのグループに分けられて別々の場所に連れて行かれ、広大な砂漠地帯で戦力が分散してしまう事態だった。このため、武装グループが施設を離れようとした動きを見せたときには、作戦に踏み出すことを判断せざるをえなかったのではないか」と話しています。

http://mainichi.jp/select/news/20130120ddm001030045000c.htmlより、
アルジェリア:日本人拘束 日本人人質、死亡か 安倍首相「厳しい情報」 軍、武装勢力制圧
毎日新聞 2013年01月20日 東京朝刊

 北アフリカのアルジェリア南部イナメナス近郊のティカントリにある天然ガス関連施設で、プラント大手「日揮」(本社・横浜市西区)の日本人従業員らがイスラム武装勢力に拘束された事件で、安倍晋三首相は20日未明、アルジェリアのセラル首相と電話で協議した。安倍首相は協議後の20日午前0時53分ごろ、首相官邸で記者団に「アルジェリア政府からの情報で、邦人の安否について厳しい情報に接している。全力で確認するよう現地で努力する」と述べた。菅義偉官房長官はその後、記者会見し「厳しい情報」の意味について「死亡と、いまだに生存が確認できていないという情報だ」と説明した。
 これに先立ち、安倍首相は19日、英国のキャメロン首相、ノルウェーのストルテンベルグ首相ともそれぞれ電話協議した。安倍首相はキャメロン首相に「関係国が一致して、アルジェリア政府に人命最優先での対応を働きかけることが重要だ」と述べ、邦人の安否を含む情報提供を英国に要請。両首相は「事件はまだ予断を許さず、多数の犠牲者が出ていることを憂慮する」との認識で一致し、緊密に連携することを確認した。
 安倍首相は協議後、記者団に「最新の情報についてキャメロン首相から話があったが、中身は言えない」と述べるにとどめ、日本政府関係者も「情報に邦人の安否が含まれるかどうかを含めて、コメントは控える」としていた。
 安倍首相はキャメロン首相との協議後、ストルテンベルグ首相とも電話で協議し、引き続き連携を図ることで一致した。【鈴木美穂】

 ◇「殺害後に自爆」情報も
 【カイロ秋山信一、パリ宮川裕章、ローマ福島良典】国営アルジェリア通信は19日、政府軍が最終的な掃討作戦を実施し、武装勢力のメンバー11人を殺害したと報じた。複数の現地メディアによると、拘束されていた日本人1人を含む外国人の人質7人が武装勢力に殺害されたという。アルジェリアのセラル首相は近く記者会見を開く予定で、詳細を明らかにするとみられる。
 AP通信によると、ハモンド英国防相は「すべての責任はテロリストにある」と指摘、人質問題は終結し、さらなる命が奪われたと述べたという。

http://mainichi.jp/select/news/20130120ddm001030045000c2.htmlより、
 武装勢力は16日にガス関連施設を襲撃し、国営アルジェリア通信によると、施設で働く外国人132人が人質になったが、うち100人近くは18日までに脱出した。政府軍は19日も関連施設に立てこもる武装勢力への攻撃と人質の救出作戦を続け、武装勢力のメンバー11人を殺害した。軍の掃討作戦で追い詰められた武装勢力が人質の殺害を開始したため、特殊部隊が突入し、武装勢力は自爆を図ったとの情報もある。
 現地メディアによると、拘束されていた外国人は日本人1人と米国人2人、英国人1人など計7人で、特殊部隊の突入前後に武装勢力に殺害されたという。一方、中国の新華社通信は治安筋の話として、19日の作戦でノルウェー人ら外国人4人が救出されたと報じた。ロイター通信によると、19日には米国人やドイツ人など外国人16人が新たに救出された。地元メディアは、18日夜〜19日未明に外国人の人質6〜7人が無事救出されたと報じた。一方、約20人の外国人の遺体が19日までに現場から約50キロ東のイナメナス病院に搬送されたとの情報もある。
 また、アルジェリアメディアによると、事件で負傷し、首都アルジェの病院に入院していた日本人1人が19日午前に退院した。日揮は17人の日本人従業員のうち7人の安全を確認したとしているが、退院が伝えられた日本人が含まれるかは分かっていない。
 武装勢力は16日以降、ガス関連施設に人質をとって立てこもり、フランスのマリへの軍事介入停止や、アルジェリアで服役中のイスラム過激派メンバーの釈放を要求。政府軍が攻撃すれば、人質に危害を加えると脅迫したが、政府軍は17日にはヘリコプターによる空爆作戦を強行した。脱出した人質の証言によると、人質を乗せて施設内を移動していた武装勢力の車両4台が爆撃され、多数の外国人が犠牲になったとみられる。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130120ddm003030137000c.htmlより、
クローズアップ2013:アルジェリア拘束事件 「死亡」情報、衝撃走る リスク伴う救出強行(その1)
毎日新聞 2013年01月20日 東京朝刊

 アルジェリアで日本人らが拘束された人質事件は19日、国軍特殊部隊が現場を急襲、立てこもっていた武装勢力を殺害したが人質も死亡したと報じられ、スタッフの無事を祈って対応を続けていたプラント大手「日揮」や情報収集に追われていた日本政府に衝撃が走った。アルジェリア軍は周到な準備を行ったと見られる実行犯に警備網を突破されたうえ、「人質救出作戦」の強行が、過去の同種作戦のように人質の死傷を招いた可能性もある。

 ◇政府の危機管理、痛手
 アルジェリアの人質事件は「危機管理」を内閣の最重要課題に掲げる安倍晋三首相にとって大きな痛手になった。
 アルジェリアのセラル首相から電話で報告を受けた安倍首相は20日未明、記者団に沈痛な表情を浮かべた。
 19日深夜、安倍首相とアルジェリア首相との電話協議に備えて官邸に入った外務省の河相周夫事務次官は険しい表情のまま、記者団の問いかけに無言で通した。
 事件発生を受け、首相は東南アジア3カ国歴訪の日程を短縮し、19日未明に帰国。そのまま首相官邸に入り、陣頭指揮にあたった。同日の政府対策本部では、邦人の無事の確認と救出に全力を尽くすよう関係閣僚に指示。英国、ノルウェー首相にも、アルジェリア政府に人命優先の対応を求めるよう電話で働きかけた。
 ただ、日本政府が主体的にとれる手段はほとんどなく、各国からの情報収集と分析に追われたのが実情だ。海外での邦人保護の課題が浮き彫りになる中、小野寺五典(いつのり)防衛相は19日、民放テレビの番組で「日本の場合、さまざまな制度の縛りがあるので外交ルートでの交渉が中心になる。法律の制限を緩やかにするには、乗り越えなければならない壁がある」と述べ、自衛隊派遣に関する法整備の必要性を指摘した。【中田卓二】

 ◇両国関係に影響
 日揮と資源大国アルジェリアとのほぼ半世紀にわたる関係に大きな影響を与えることは避けられない。
 日揮が本格的な海外進出を果たしたのは、ペルーやアルゼンチン向け製油所建設プロジェクトを相次いで受注した1965年。アルジェリアへの進出は69年で、北部地中海沿岸のアルズー製油所建設プロジェクトを受注したことが始まりだった。
 プロジェクトはそれまでの日本からのプラント輸出史上最大規模で、当時の年間受注総額の3割に及ぶ大型案件だった。76年には、首都アルジェから南約600キロのハッシルメルで天然ガス処理施設を受注した。
 さらに進出は危険とも言われる南部に延びていき、02年には今回の事件の舞台となるイナメナスでガス田開発プロジェクトを受注した。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130120ddm003030137000c2.htmlより、
 この間には、イスラム過激派の活動が活発になったが、関係を絶やすことはなかった。アルジェリアに勤務経験があるOBの多くは砂漠に近い過酷な環境の中での事業にもかかわらず、「アルジェリアの発展に貢献してきたという思いがある」と口をそろえる。
 日揮のホームページでは長年のアルジェリアとの関係について「信義を重んじる国、アルジェリアから得た大きな信頼は、日揮にとって何物にも代え難い財産」と紹介されていた。

 ◇作戦強行に「拙速」批判
 17日に続いて「人質救出作戦」を強行したアルジェリア軍特殊部隊は、国営テレビによると立てこもっていた武装勢力11人は排除したが、日本人1人を含む可能性がある人質7人の殺害を許したという。事件発生以来4日間の人質の死者は25人超との地元治安筋の情報もあり、関係国からのさらなる「拙速」批判に直面する事態となった。
 アルジェリア当局者によると、国軍は最初の救出作戦後、「平和的決着」を模索したとされる。犯人側を説得し人質を解放させようと試みた可能性がある。しかし、選択されたのは結局は強行策だった。治安当局者はAFP通信に対し「人質は報復で殺害された」と発言。今回の作戦が人質「処刑」の引き金となった可能性もある。
 安否が確認されていない外国人は現在も多数残り、広大な施設のどこに残っているかは不明だ。立てこもり現場とされたガス関連施設だけでも東西約1キロ、南北約700メートルだ。
 今回の事件前、現場の天然ガス関連施設周辺は国軍が厳重な警備態勢を敷いていたとされる。
 しかし、アラブメディアによると、内通者を確保するなど綿密な準備をしていたとされる重武装の武装勢力約40人は16日早朝に侵入に成功、約1時間で居住区を制圧し、外国人らを人質にした。
 実行犯のリーダー格は2人とされる。国軍で訓練経験がある30代アルジェリア人と、犯行声明を出した国際テロ組織アルカイダ系の武装組織「イスラム聖戦士血盟団」指導者ベルモフタール司令官の側近とされるニジェール人アブドルラフマン・ナイジリ容疑者だ。アルジェリア人は政府軍に殺害され、ナイジリ容疑者が19日に軍が急襲した施設で人質を拘束していた模様だ。
 事件を起こした目的に関する主張は変遷。当初マリへのフランスの軍事介入に報復するためと主張したが、その後アルジェリアで服役する過激派約100人の釈放も求めた。さらに、米国人の人質と引き換えに、米国で服役するイスラム過激派の解放を求め売名を狙った形だ。【カイロ秋山信一、ローマ福島良典、パリ宮川裕章、ロンドン小倉孝保】

 ◇アルジェリア人質事件の経過
16日
http://mainichi.jp/opinion/news/20130120ddm003030137000c3.htmlより、
午後6時  日本人5人を含む計6人をイスラム武装勢力が拘束とロイター通信
  7時  プラント建設大手、日揮のアルジェリア事務所が日本人拘束確認
  8時  国際テロ組織アルカイダ系グループが犯行を認めたと仏メディア

17日
  未明  犯行グループがマリでの仏軍事作戦停止要求とモーリタニアの通信社
午後9時  駐アルジェリア英大使から日本政府にアルジェリア軍が人質救出作戦開始と連絡

18日
午前3時  アルジェリア政府が人質死亡確認と国営通信
  4時  アルジェリア国営通信が「作戦終了」
  6時  日本人2人含む人質30人死亡とロイター通信
  8時  日本人3人無事、14人安否不明と菅官房長官
午後5時  英政府は作戦終了連絡受けずとロイター通信
9時20分 日揮が新たに日本人4人の無事確認と公表
11時過ぎ 犯行グループがイスラム過激派と人質の交換を要求したとロイター通信
(日本時間)

http://mainichi.jp/opinion/news/20130120ddm002030101000c.htmlより、
クローズアップ2013:アルジェリア拘束事件 「死亡」情報、衝撃走る リスク伴う救出強行(その2止)
毎日新聞 2013年01月20日 東京朝刊

 ◇人質に多数犠牲者も
 アルジェリアの事件で国軍が強行したように、海外で過激派グループが人質を取り政治的要求をする事件は、武力行使に至った事例が少なくない。テロリストの要求を受け入れず解決を図るためだが、今回同様、人質に多数の犠牲者が出た場合もある。
 72年9月、ミュンヘン五輪の選手村が急襲された事件は、パレスチナ・ゲリラがイスラエル人選手9人を人質に収監中のパレスチナ人の解放を要求、警察と銃撃戦に。複数のゲリラが射殺されたが、人質全員が死亡する惨事となった。
 79年11月に起きたイランの米大使館人質事件では、米軍が80年4月に外交官ら約50人の救出作戦を強行したが、ヘリコプターと輸送機が衝突し失敗。人質は殺害されなかったが、米兵8人が死亡した。人質解放は、その約9カ月後の81年1月まで持ち越された。
 ロシアでは南部チェチェン独立を求める勢力による人質事件が続けて起こり、多数の死者が出た。02年10月、ミュージカル上演中のモスクワの劇場を約40人の独立派武装勢力が急襲し観光客らを人質に占拠。3日後に特殊部隊が意識を失わせるガスを用いて強行突入し犯人を殺害したが、人質約800人のうち130人が死亡した。
 北オセチア・ベスランの学校では、児童や保護者ら約1200人が人質となり、治安部隊が突入。武装勢力と銃撃戦となり、約330人が死亡する悲劇的な結果を招いた。
 一方で、人質の犠牲者が少なかった事例としては、96年12月にペルーの首都リマの日本大使公邸でのレセプションが左翼ゲリラに襲われ、日本人ら72人が人質になった事件がある。
 収監中のメンバーの釈放を求めるゲリラ側との交渉が難航し、ペルーのフジモリ政権は97年4月、軍特殊部隊による突入作戦を実行。ペルー人の人質1人と特殊部隊の2人が死亡したが、ゲリラ側14人全員を射殺して解決した。【田中龍士】

 ◆武力で解決を試みた海外の主な人質事件
 ◇72年9月 ミュンヘン五輪選手村襲撃事件
西ドイツ警官隊とゲリラが銃撃戦、人質9人全員死亡
 ◇80年4月 イラン米大使館人質事件
米軍の救出作戦失敗、人質約50人の解放は81年1月に
 ◇97年4月 ペルー日本大使公邸占拠事件
ペルー特殊部隊が突入、人質72人のうち1人死亡
 ◇02年10月 モスクワ劇場占拠事件
ロシア特殊部隊が突入、人質約800人のうち130人死亡
 ◇04年9月 北オセチア学校占拠事件
ロシア治安部隊が突入、人質約1200人のうち約330人死亡

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013012000010より、
「対テロ」盾に早期解決優先=欧米、人命懸念も作戦黙認-アルジェリア

 【カイロ時事】アルジェリア南東部の天然ガス関連施設で起きた外国人人質事件で、アルジェリア軍は「テロとの戦い」を盾に、最終的な人質救出作戦を断行した。イスラム過激派には譲歩せず、テロを容認することは決してあり得ないとの断固たる立場を明確に示した。人命尊重の観点から作戦に強い懸念もあったが、欧米は対テロでは意を共にしており、事件の早期解決を優先させたアルジェリア軍の実力行使を事実上黙認した格好となった。(2013/01/20-01:14)

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