週のはじめに考える 「お伊勢さんと持続可能」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013012702000095.htmlより、
東京新聞【社説】週のはじめに考える お伊勢さんと持続可能
2013年1月27日

 伊勢神宮の「式年遷宮」の年です。正殿などを丸ごと造り替え神さまに引っ越し願う二十年に一度の祭典は、私たちの生き方を見直す機会ともなります。
 人びとから親しみを込めて「お伊勢さん」と呼ばれる伊勢神宮。全国の神社の“聖地”とされ、正式な名を「神宮」といいます。
 愛知県春日井市の吉川尚夫さん(73)と、お伊勢さんとの結びつきは、十八年前にさかのぼります。一九九五年一月十八日。阪神大震災が起きた翌日でした。
 地元の会合の席で、急に胸が激しく締め付けられ、うずくまってしまった。心筋梗塞でしたが、一命を取り留めました。
 その年から吉川さんの、お伊勢さんへの“お礼参り”が始まったのです。「おかげさまで」と、一年の無事を報告し、感謝します。毎年、大みそかに家族そろっての参宮を欠かしません。「近くの氏神もだけど、やはり、お伊勢さんにお参りしないことには」と、話してくれました。

◆古くて、かつ新しい
 先の大みそかは朝六時に自慢の紺色の乗用車で向かい、二時間ほどで着きました。十八年のうちに道路も景色も経済や社会情勢も、めまぐるしく変わりました。
 変わらないのは、広大な神宮の敷地を覆う森の深緑と、はるか昔の古い様式を保ちながら、それでいて新しさを失うことのない社殿でしょうか。
 人びとには、国土のほぼ真ん中で、文化や食の発達した地だからこそ、伊勢へのお参りと旅は、あこがれだったと考えられます。
 北から南から全国の老若男女が伊勢を目指した「おかげ参り」が周期的にはやりました。最盛期の文政年間(一八三〇年ごろ)の参詣者は五百万人とも。江戸から歩いて十五日はかかったそうです。
 さて、今年で六十二回目となる式年遷宮です。年に千五百もの祭りがある神宮。最も重要で、その永続性をも左右する祭りが、二十年に一度の、遷宮なのです。
 式年とは「定めの年」という意味。千三百年ほど前、持統天皇の代から続く制度とされます。
 内宮、外宮の社殿をそっくり造り替えて、神さまに東西入れ替えで、お引っ越し願う。内宮は、太陽に例えられる天照大神が祭られています。外宮に祭られているのは、米をはじめ衣食住の暮らしをつかさどる豊受大神です。
 神々の服飾品や調度品とされる御装束・神宝もすべて、かつての優れた技術、素材で替えます。その数は千六百点余。携わる宮大工や工匠、芸術家らは数え切れないほどの人数に上るでしょう。

◆そっくり造り替える
 では、なぜ二十年ごとなのか。
 諸説ありますが、今の私たちが置かれた時代状況と重ね合わせると、宮大工などの伝統技術を次代に継承するには二十年周期が適切な区切り、との考え方がとても説得力があるように思われます。
 神が新しい社殿へ遷(うつ)られる、もっとも重要な儀式「遷御の儀」は十月の予定です。お伊勢さんの遷宮は、実に八年前から始まっており、三十二の祭りと行事を重ね、やっと一回果たされるのです。
 書物などに目を通すと、お伊勢さんを訪ねた国内外の人たちの多くが「懐かしさ」を口にしていることがわかります。
 作家のC・W・ニコルさんも二十数年前、初めて神宮の森に包まれたとき「生まれる前の感覚になった」と言います。英国ウェールズ生まれですが、ケルト人の血が流れています。宗教は土着信仰のドルイド教です。「森とか水とか太陽とか、先祖とかの中に神を知覚していた」
 自然との共生こそが神宮の、そして遷宮の基本的姿勢でしょう。「だから受け入れられる。それが何世代も延々と続く例はそうはない」と、ニコルさんは話します。
 社殿は、ヒノキの白木造りで屋根もかやぶきと、いたって簡素な造り。いわば古代のお米の倉の形で、南方に多い高床式です。
 内宮、外宮の古い柱は宇治橋の鳥居となり、さらに二十年後には「桑名の七里の渡し」の鳥居に生かされるなど、用材は可能な限り再利用されます。全国の神社などからも引く手あまたです。
 成熟した私たちの社会。別の面から見れば低成長や閉塞(へいそく)感に悩む社会ともいえます。次代に、たすきが渡しにくい社会です。東日本大震災も手ひどい契機となり私たちは日本人としての生き方、ありようを問い直し始めています。

◆繰り返す生命の循環
 そんなとき、二十年ごとに繰り返される遷宮から、開けるべき扉の鍵が浮かび上がってくる。
 それは、繰り返し、つまり「循環」の大切さであり、循環による「再生」です。その鍵で開ければ社会、経済、環境や、人間自身の「持続可能性」が見えてくるともいえるのではないでしょうか。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中