今、平和を語る:アイリーン・美緒子・スミスさん

http://mainichi.jp/area/news/20130128ddf012070034000c.htmlより、
今、平和を語る:環境ジャーナリスト、アイリーン・美緒子・スミスさん
毎日新聞 2013年01月28日 大阪夕刊

 ◇プルトニウム、存在自体許すな 「準核保有」被爆国として汚名
 環境NGO「グリーン・アクション」(京都市)は、「プルトニウムは自然界に存在せず、しかも核兵器の材料になるので、原発のプルトニウム利用計画を終結させることが核拡散の防止につながる」と主張してきた。代表を務める環境ジャーナリストのアイリーン・美緒子・スミスさん(62)に、核兵器と原発の不可分な問題について聞いた。<聞き手・広岩近広>

−−東京電力福島第1原子力発電所の大事故が起きるまで、平和利用を掲げる原発と核兵器を結びつけて、脱原発を訴える声は少数でした。そのなかで1991年に結成された「グリーン・アクション」は早くから活動しています。
 スミス アメリカで核廃絶運動をしている友人のアリス・スレイターさん(米・環境保護グローバル資源行動センター所長)と話し合ったとき、彼女は「原発は核兵器工場」だと強調されました。両者の関係を的確に言い表していると思います。プルトニウムが長崎に落とされた原爆の材料であることを考えれば、被爆国としてプルトニウムの存在そのものに反対していくべきでしょう。しかし、日本の人々の反応は鈍いというのが、私の実感です。

−−一例をあげていただけますか。
 スミス そうですね、私が印象深いのは2005年5月に、NPT(核拡散防止条約)再検討会議の開かれたニューヨークで、「ノーモア・プルトニウム」「ストップ・六ケ所」を掲げてデモ行進をしたときのことです。核兵器を保有していない国で初めてとなる、プルトニウムの大規模な商業利用につがる再処理工場が2年後に青森県・六ケ所村で稼働するというのですから、黙っているわけにはいかずニューヨークまで駆けつけました。再処理工場については計画が遅れていますが、1年に7トンものプルトニウムを抽出できる工場なので、当時から大きな注目を集めています。そのとき、アメリカの「憂慮する科学者同盟」(UCS)がノーベル賞受賞者の4人を加えた27人の署名を添えて、六ケ所村の再処理工場の無期限延長を要請したのも、その表れでしょう。
http://mainichi.jp/area/news/20130128ddf012070034000c2.htmlより、
 私たちが「反対」のプラカードを配り始めると、趣旨を理解した欧米の人たちが次々とプラカードを持ってくれました。しかし、周りにいた200人以上の日本人は、「なに、なんで原発なの?」といった冷ややかな反応なのです。核兵器廃絶の集会だから、原発は関係ないということだったのでしょうか、プラカードを持ってくれる日本人は皆無でした。他国の人が、日本の核と原発の問題に関心を持ってくれているのに、この無関心って何だろうと考えさせられました。

−−「グリーン・アクション」のホームページに、アナン・前国連事務総長の次の言葉を掲載しています。<核燃サイクルのもっとも機敏な部分を何十もの国が開発し、短期間で核兵器を作るテクノロジーを持ってしまえば、核不拡散体制は維持することができなくなる。(略)最初のステップは、各国が燃料サイクル施設の開発を自発的に放棄するようにインセンティブを作り出す合意を促進することでなければならない>
 スミス プルトニウムはウランと違って濃縮しなくても核兵器の材料になるだけでなく、微量でも肺や骨に取り込まれると放射線を出し続ける猛毒です。半減期も2万4000年と非常に長い。私が何より悲しいのは、被爆国でありながら、プルトニウムを燃料にした原発の電気を使えば使うほど、長崎原爆の材料になったプルトニウムを生み出す計画を持っていることです。

−−六ケ所村の再処理工場では、今のところプルトニウムを抽出してMOX燃料にして使う予定です。また、プルトニウムを燃料にして、消費量よりも多くのプルトニウムを生産する構想が高速増殖炉です。高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は事故やトラブルが相次いで、現在、停止中です。商業ベースに乗せる計画があるものの、実現のめどは立っていません。
 スミス 日本の核兵器廃絶運動でもっとも大事なことは、広島と長崎の経験を伝えていくことだと思います。プルトニウムを保有する日本は準核保有国だと言われていますが、被爆国として、この汚名を返上すべきでしょう。そのためにはプルトニウムの商業利用の道を切り開く六ケ所村の再処理工場の稼働と高速増殖炉「もんじゅ」を止めることです。ソフトボール大の大きさになる、約8キロのプルトニウムが、長崎を破壊したことを忘れてはいけません。

http://mainichi.jp/area/news/20130128ddf012070034000c3.htmlより、
−−ところで、スミスさんの系譜には、戦争に遭遇した人が多くいます。母方の叔父・山口多聞さんは司令官として空母「飛龍」の指揮を執りミッドウェー海戦で戦死しました。お母さんの婚約者は終戦の年の春、海軍中尉として特攻機に乗り硫黄島で戦死しています。実父はGHQ(連合国軍総司令部)経済科学局の軍人として来日しました。夫だった世界的なカメラマンのユージン・スミスさん(78年に死去)は「ライフ」の従軍カメラマンとしてサイパン、硫黄島の上陸作戦を撮り、沖縄本島で日本兵による手榴弾(しゅりゅうだん)が至近距離で爆発し、顔に重傷を負いました。
 戦争については。
 スミス 私は戦争を知らないのですが、ユージンから沖縄戦の悲劇をよく聞かされました。洞窟から這(は)い出してきた子どもや老人の写真も撮っていて、彼は客観的な報道などあり得ない、主観的な自分が善良であり偽らずに取り組むことが大切だと言っていました。沖縄戦で背中に食い込んだ手榴弾の破片は摘出できず、ずっと痛みと闘っていました。だから身も心も戦争の痛みを知っており、戦争を憎むユージンから、私は多くのことを学びました。

−−お二人で3年間にわたって熊本県水俣市に住んで撮った共作写真集「MINAMATA」(75年に英語版、80年に日本語版が三一書房から刊行)は全米で出版され、公害の恐ろしさを世界に知らせました。
 スミス 私たちは水俣病患者でないので、いつでも逃げられます。でも、決して逃げられない人たちがいる。だから真実を知った私たちが、おかしいことはおかしいと大きな声で言い続けることが大切だと痛感しました。それが今、フクシマの問題なのです。

−−日本の指導者層は失敗を認める決断が遅いように思います。問題の先送りは、和をもって貴しとする国柄の弱点でしょうか。
http://mainichi.jp/area/news/20130128ddf012070034000c4.htmlより、
 スミス 和を尊重するのは素晴らしいと思います。ただし、リーダーがそのことを利用するのは別問題です。原発にしても、安全性を最優先する予防原則の考え方を守る必要があり、たとえば大飯原発3、4号機では、専門家が活断層の存在を指摘しているのですから、稼働を続けることは認めてはならないわけです。「まぁまぁ」主義の日本的な曖昧さで問題を引き延ばしにするのは許されません。「耐震安全性に関する安全審査の手引き」(2010年の原子力安全委員会)では、活断層と疑わしいものはクロとみなすと定めているのですから、リーダーは責任をもって廃炉を決断してほしいです。
 エネルギー計画として成り立たないプルトニウム利用計画をこのまま続け、福島第1原発事故が起きた後も事故前につくられたルール(手引)すら守れないとなれば、「誰も責任を取らない国だ」と批判されます。(専門編集委員)=次回は2月25日掲載予定

 ■人物略歴
 ◇Aileen・みおこ・Smith
 1950年東京生まれ。68年に米スタンフォード大入学、中退後に写真家ユージン・スミス氏と結婚して、71年から水俣市に住み、共作写真集「MINAMATA」を刊行。遠藤周作氏との共作「かくれ切支丹」(角川書店)がある。83年にコロンビア大で環境科学の修士号を取得、環境ジャーナリストとして原発の安全問題に取り組み、91年に「グリーン・アクション」を設立、講演や執筆活動を続けている。

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