2日、「スターリングラード」攻防戦終結70年

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013020201001943.htmlより、
激戦70年「不敗の象徴」 ロ大統領、戦跡を訪問
2013年2月3日 01時15分
(写真)1日、モスクワで第2次大戦の退役軍人と話すロシアのプーチン大統領(左)(AP=共同)
 
 【モスクワ共同】第2次大戦の独ソ戦で、ソ連がナチス・ドイツに勝利する重大な転機となったスターリングラード攻防戦が終結して2日で70年。戦後ボルゴグラードと改名されたロシア南部の激戦地では、軍事パレードなど各種の記念行事が催された。ロシアのプーチン大統領も参加し「この戦いはわが国民の団結と不敗のシンボルである」と演説した。
 大統領は退役軍人らと一緒に市街地を見下ろす戦跡ママイの丘の慰霊施設を訪れ、ソ連軍だけで50万人とされる戦死者に献花した。その後、記念コンサートで演説し「ロシアとその言語、文化と根源、国民の記憶を大切にすれば、ロシアは無敵だ」と述べた。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130202/erp13020219320002-n1.htmより、
「スターリングラード」復活 攻防戦勝利から70年 愛国心高揚 独裁者賛美に反発も
2013.2.2 19:31 (1/2ページ)

 【モスクワ=遠藤良介】第二次大戦の独ソ戦でソ連勝利への転換点となった「スターリングラード攻防戦」(1942年7月~43年2月)の終結から2日で70年を迎え、ロシア南部ボルゴグラードでは攻防戦勝利を祝う軍事パレードが行われた。同市議会はこれに先立ち、年間6日の軍事的記念日に限って当時の独裁者スターリンの名を冠した旧市名「スターリングラード」を復活させることを決定。プーチン政権の愛国心鼓舞に乗じ、独裁者賛美の機運が強まっていることに警戒の声も出ている。
 ボルゴグラードはロシア南部カフカス地方をにらむ要衝。帝政時代にはツァリーツィンと呼ばれ、革命後の25年にスターリングラードと改称された。独ソ戦では双方に200万人近い犠牲者を出す歴史的な激戦地だったことで知られる。
 同市は61年、「スターリン批判」の流れを受けて現在のボルゴグラードに改称された。ただ、ロシアでは「大戦での勝利をもたらし、ソ連を超大国に引き上げた」とスターリンを評価する見方が高齢層を中心に根強く、旧市名の復活運動もくすぶり続けた。
 市議会は1月末、退役軍人らの要望を受け、スターリングラード攻防戦勝記念日や対独戦勝記念日(5月9日)、事実上の対日戦勝記念日である「第二次大戦終結の日」(9月2日)などに「英雄都市スターリングラード」の名称を使うことを決議した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130202/erp13020219320002-n2.htmより、
2013.2.2 19:31 (2/2ページ)
 通算3期目のプーチン大統領はスターリンを全面的に肯定する立場でこそないものの、スターリン時代の工業化や第二次大戦勝利を評価し、国民の愛国心や団結を鼓舞してきた。
 ただ、大戦での勝利は2700万人ともされる自国民の犠牲も伴った。スターリンが戦前の大粛清で有用な人材を抹殺していたことや、戦争初期に判断を誤ったことの責任を問う立場から「スターリン評価」には反発も強い。「スターリングラード」の復活については、ルキン人権問題全権代表も「戦死者への侮辱であり、私は絶対に反対だ」(インタファクス通信)と語っている。

http://mainichi.jp/select/news/20130203k0000m030014000c.htmlより、
ロシア:「スターリングラード」の旧名復活
毎日新聞 2013年02月02日 18時28分

 【モスクワ田中洋之】ロシア南西部のボルゴグラード市で2日、旧ソ連の独裁者スターリンにちなんだスターリングラードの旧名が復活した。第二次大戦中の独ソ戦で最大の市街戦を繰り広げたスターリングラード攻防戦(1942〜43年)でナチス・ドイツ軍が敗北してから2日で70年になるのを記念して市議会が決めた。
 かつてツァリーツィンと呼ばれた同市はソ連時代の1925年にスターリングラード(スターリンの都市)となり、死後のスターリン批判を受けて61年に現在のボルゴグラード(ボルガ川沿いの都市)に改名された。地元ではスターリンを「外国の侵略から祖国を救った英雄」と評価する退役軍人や共産党などが旧名復活を求め、市議会は先月末、2月2日や対独戦勝利(5月9日)など第二次大戦に絡む年6日の記念日に限定して「スターリングラード」を使用することを議決した。一方、国内には「スターリン恐怖政治の肯定につながる」と批判的な意見も多い。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013020200208より、
「スターリンの町」名称復活=独ソ激戦終結70年-ロシア
(写真)2日、ロシアのボルゴグラード(旧スターリングラード)で行われた軍事パレード(AFP=時事)

 【モスクワ時事】第2次大戦の独ソ戦でソ連勝利への分岐点となったスターリングラード攻防戦(1942年7月~43年2月)の終結から2日で丸70年を迎えた。現在はボルゴグラードと改名されているが、市議会は当時の呼び名を一時的に復活させ、戦勝と愛国のムード演出に一役買っている。
 ボルゴグラードは、欧州最長のボルガ川下流に位置するロシア南部の要衝。帝政ロシア時代はツァリーツィンと呼ばれたが、25年にソ連の独裁者スターリンにちなんでスターリングラードと改称。死後のスターリン批判を受けて61年に「ボルガ川の町」を意味する現在の地名が付けられた。100万都市で、被爆地・広島市と姉妹提携する。
 70年の節目に先立ち、ボルゴグラード市議会は1月31日、年6日間「スターリングラード」の名称に戻すことを全会一致で決めた。ロシア国内で共産党を中心に署名運動など地名復活を求める機運が高まっていたものの、完全な変更は現実的でない。このため、2月2日のほか戦勝記念日(5月9日)や事実上の対日戦勝記念日「第2次大戦終結記念日」(9月2日)といった記念日を対象とした。道路標識の書き換えなどは一切行われない。(2013/02/02-15:34)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2013020202000102.htmlより、
「スターリングラード」復活 年6日間限定 ボルゴグラード
東京新聞 2013年2月2日 朝刊

 【モスクワ=原誠司】ロシア南部ボルゴグラード市議会は三十一日、旧ソ連時代の独裁者スターリンにちなむ旧市名スターリングラードを、攻防戦勝記念日の二月二日や対独戦勝記念日の五月九日など年六日間に限って使う法案を承認した。
 「ボルガ川の都市」を意味するボルゴグラードは一九二五~六一年、スターリングラード(スターリンの都市)と呼ばれていた。フルシチョフ・ソ連共産党第一書記がスターリン批判を行い、現在のように変えられた。
 第二次世界大戦中の四二年から四三年にわたるロシア史上最大の市街戦スターリングラード攻防戦で、旧ナチス・ドイツ軍敗北の流れを決める舞台となり、戦後は「英雄都市」とされている。
 スターリンをめぐっては、ナチス・ドイツによる侵略からロシアを救った英雄か、多くの国民を処刑した「恐るべき独裁者」か、ロシア国内でも評価が分かれる。ロシア連邦人権委員会のルキン代表はインタファクス通信などのインタビューに「旧市名使用の決定に反対する。攻防戦の戦死者への冒涜(ぼうとく)だ」と批判している。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130201/erp13020110220000-n1.htmより、
旧市名スターリングラードが復活 戦勝記念日など年6日限定
2013.2.1 10:20

 第2次大戦でナチス・ドイツ軍敗北の流れを決めた「スターリングラード攻防戦」のソ連勝利から2月2日で70年になるのを前に、戦地だったボルゴグラードの市議会は1月31日、戦勝記念日など年6日に限り、「(当時のソ連指導者)スターリンの都市」を意味する旧市名スターリングラードを使用することを承認した。
 旧市名使用は退役軍人らが要求。中立系世論調査機関レバダ・センターの昨年の調査では、市名変更賛成はロシア全土で18%にとどまったが、圧政を敷いたスターリンを否定的にみる人は1998年の60%から昨年は22%に減少。プーチン政権の愛国心鼓舞政策を背景に、国民のスターリン観は変わりつつある。
 ボルゴグラード市は2月2日の同攻防戦勝記念日や、5月9日の対ドイツ戦勝記念日などの演説やパレードなどの際、「英雄都市スターリングラード」と自称する方針。(共同)

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