開放と孤立の間で揺れる英国 坂井隆之氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130208k0000m070176000c.htmlより、
記者の目:開放と孤立の間で揺れる英国=坂井隆之
毎日新聞 2013年02月08日 00時52分

 英イングランド銀行(中央銀行、BOE)の次期総裁に、カナダ人のカーニー・カナダ銀総裁の就任が決まった。318年のBOEの歴史で外国人総裁は初めて。先進国では極めて異例だ。英メディアは「優秀な人材に、常に門戸を開いていることが証明された」(フィナンシャル・タイムズ)と好意的で、発表から2カ月たった現在も同氏の動向が紙面をにぎわせている。

 ◇人種も企業も進む多国籍化
 確かにロンドンにいると、多様性に驚かされる。人種のるつぼというと、米国を指すことが多いが、英国でもいわゆる「英国人」という定義はあいまいで、日々の生活でさまざまな人種の「英国人」と接するのが当たり前の光景になっている。地下鉄に乗れば、インド、中東、アジア、アフリカ出身の人々が入り交じり、それぞれ発音の違う英語を話している。私は英国に赴任してわずか4カ月だが、繁華街で地方出身らしい英国人から何度か道を尋ねられて面食らった。日本人が国内で道に迷っても、白人男性に道を尋ねるだろうか。「誰が外国人で、誰が英国人か」ということに、この国の人たちはあまり頓着していないようだ。
 それは、経済活動により強く表れる。米国はリーマン・ショック後の経済危機の時、自国を代表する産業として大手自動車メーカーを公的資金で救済した。自動車産業は部品メーカーや販売店を含めると非常に多くの雇用を抱えているからだ。一方、英国には自国資本の自動車メーカーが存在しない。かつてはロールス・ロイスやジャガー、ローバーなどがあったが、全てドイツやインドなどの企業に買われてしまった。英国の原発事業会社も昨年10月、日立製作所が買収。公益事業である電力やガス事業すらドイツなど他国の企業が運営している。
 英国籍のメーカーでなくても、トヨタ自動車や日産自動車は英国内に工場を置き、多くの雇用を生み出している。電力、ガス会社もそうだ。よりよいサービスや製品を提供し、雇用と税収を生み出してくれるのであれば、国籍はどこでもかまわない。カーニー氏のBOE総裁就任の根っこには「役割を果たしてくれれば国籍は問わない」との合理性がある。

 ◇広がる孤立論と内向き志向
http://mainichi.jp/opinion/news/20130208k0000m070176000c2.htmlより、
 だが、ロンドンでは「開かれた英国が急速に変わっている」という声もしばしば聞く。例えば、10年に政権を奪還した保守党政権が、移民数を大幅に圧縮する目標を掲げ、ビザ発給の要件を厳しくした。驚いたのは、労働ビザを申請する外国人に、英語の検定試験で一定以上の点数を取ることまで義務づけたことだ。英語を話せない移民が治安を乱し、社会保障のただ乗りをしているという不満が背景にあるが、日本に来る外国人に日本語試験を義務づけることを想像してみてほしい。そんな画一的な指標で、人材の質を測れるのだろうか。
 内向きになっていると感じる例は他にもある。欧州債務危機で、単一通貨ユーロに加盟する大陸欧州諸国は銀行監督の一元化など統合深化の作業を進めているが、英国は背を向けている。議会では「統合強化で、ギリシャなどにカネを持って行かれてはかなわない」といった不満が語られ、世論調査では「EU(欧州連合)を離脱すべきだ」との答えが半数に達している。キャメロン首相は1月、保守党強硬派に押される形で、EU離脱の是非を問う国民投票を17年までに実施すると公約。感情的な孤立論は過熱する一方だ。
 偏狭な孤立論に危機感を持つ人は多い。在ロンドンのシンクタンク「欧州改革センター」のホワイト上級研究員はEU離脱論の高まりを「ドイツが経済力を背景に欧州の盟主として存在感を高めていることへの反発心も背景にある」と分析。「EU離脱論を唱える人は英国がどれだけEU加盟で利益を受けているか忘れている」と話す。英国の輸出の半分はEU向けで、ロンドンの繁華街は大陸からの買い物客であふれている。ロンドンの国際金融センター・シティーには欧州の主要金融機関が拠点を置き、EUの経済規模の拡大がシティーの繁栄に直結している。英国こそヒト・モノ・カネの自由な移動の恩恵を最も受けているのだ。
 開放と孤立の間で揺れる英国の姿は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や日中韓FTA(自由貿易協定)参加でヒト・モノ・カネの移動をより自由にすべきかを巡って論争している日本と重なり合う。同じ島国から来た記者として、英国にはこれからも世界に開かれた魅力を保ち続けてほしい。カーニー総裁誕生に沸く英メディアや、多様な人種の行き交う盛り場に触れ、その思いを強くしている。(欧州総局)

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