どうする核のゴミ(1~6) 「危険とは知らなかった」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013012802000149.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<1> 危険とは知らなかった
2013年1月28日

 とび色の瞳に、不安がよぎる。
 「それは、知らなかった」
 首都ヘルシンキから北西へ約二百五十キロ。ボスニア湾へ突き出るように、短い橋で本土と結ばれた、オルキルオトは原発の島。隣接するラウマ市で専門学校に通うエウラ・ニエミネンさん(17)は、ふとその目を伏せた。もし島で原発事故が起きたらどうなるか。ほとんど何も知らされず、だから考えることもなく、これまで過ごしてきたという。
 フクシマの事故は知っていた。だが、自分の人生とは無関係だと信じ込んでいた。
 島のオルキルオト原発は、一九七九年に運転を開始した。エウラさんが生まれるずっと前から、風景の一部になっていた。完成すれば、最新鋭の欧州加圧水型炉(EPR)の初号機となる3号機の増設も、4号機の計画も。そして世界初の高レベル放射性廃棄物の最終処分場の建設も、抵抗なく受け入れてきた。深さ約五百メートル。「オンカロ(隠れ家)」という名の巨大な洞窟だ。
 ラウマ市のホテルに勤めるマリカ・キウルさん(60)は、割り切っていた。「仕事さえ与えてくれれば、それでいい」
 原発やオンカロは、人口六千人の地元エウラヨキ町を中心に、一万人の雇用を生み出した。フィンランドには、日本の電源立地交付金のような制度はない。ただし、自治体には不動産税が直接入る。
 原発を動かすTVO社も、オンカロを造るポシバ社も、それらがいかにいいものであるかは、教えてくれた。工期の遅れも知らせてくれた。ところが、それが抱える深刻な危険については、十分に伝えていなかったと、二人は言う。
 古い強固な岩盤に守られて、足もとの揺れることなど想像さえできない人たちに、フクシマは文字通り、別の世界の出来事だった。
 世界中が頭を悩ます核廃棄物の処分地を、フィンランドは、なぜ見つけられたのか。日本はどうするか。読者の皆さんとともに考えたい。(論説委員・飯尾歩)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013012902000119.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<2> “共存の歴史”が決めた
2013年1月29日

 オンカロは、なぜオルキルオト島にあるのだろうか。
 「それは長い物語」と、オンカロを建設するポシバ社コミュニケーション・マネジャーのティモ・セッパラさんは話し始めた。
 一九七九年、オルキルオト原発が運転を開始した。実はこの時、フィンランド政府は、五年間しか運転許可を出していない。その間に使用済み核燃料の最終処分計画を立てなさい。でなければ、許可は更新しない。つまり、運転の継続を認めないという強いメッセージを、電力会社に発していた。
 八三年、処分場選定までの行程表を政府が提示した。二〇一〇年までに、処分場を決めて、建設許可を取るように、と。
 電力会社は当初、核のごみは、海外で処分してもらえばいいと考えていた。もう一つのロビーサ原発は、十年にわたってロシアへ持ち込んだ。
 だが、九四年の原子力法改正で、その道を封じてしまう。使用済み核燃料の輸出入を禁止したのだ。背景には、長い間支配を受けた隣の大国ロシアに対する根強い不信があった。
 原発を運営する二つの電力会社はその翌年、ポシバ社を設立し、処分場建設の体制を整えた。
 電力会社による処分場の候補地探しは、八三年に始まっていた。フィンランド全土を五~十平方キロのブロックに分け、文献などから地質や周辺環境を考慮して百二カ所の調査エリアを決めた。
 ポシバ社が、そのうち五カ所でボーリング調査などを実施して四カ所に。その中で住民が受け入れに好意的だったのがハーシュトホルメンとオルキルオト、つまり原発のある自治体だった。
 九九年、最終的にオルキルオトが残った理由の一つは、オルキルオト原発の方が、廃棄物の排出量が多く、移送費用がかからないから、だったという。
 「原発との共存。それが決め手でした」と、セッパラさんは振り返った。本当にそれでよかったのだろうか。(論説委員・飯尾歩)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013013002000130.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<3> 権威が言えば信頼する
2013年1月30日

 核処分場オンカロのあるエウラヨキ町のハッリ・ヒーティオ町長は、口元に笑みを浮かべて言った。「オンカロを受け入れた最大の理由は、責任です」
 エウラヨキには、国内四基の原発のうち二基がある。三基目はすでに原子炉建屋が出来上がり、四基目の計画も進んでいる。町内から出るごみだから、その処理も町内でという姿勢は、一見潔い。
 処分場の候補地として文献調査に応じただけで、莫大(ばくだい)な補償が受けられる日本とは違い、直接の見返りは高率の不動産税だけしかない。それでも、雇用創出効果は高く、エウラヨキは税収の四分の一を原発関連に依存する。
 オンカロを引き受けたから4号機が誘致できたと、町長も認めている。オルキルオトにも原発マネーはめぐっている。やはり、きれいごとではすまされない。
 フィンランドには「原則決定」という制度がある。
 オンカロなど重要な原子力施設を造る時には、事業者からの申請で、政府がまずその計画の是非を判断し、国会の承認を仰ぐ。大筋は、先に決まってしまうのだ。
 自治体には拒否権がある。だが現実には政府の関与で比較的スムーズに事業は進むという。
 原則決定をする時は、独立した規制機関の放射線・原子力安全センター(STUK)が、事業の安全性を判断する。
 一九五八年設立のSTUKは「警察以上に信頼されている」(雇用経済省幹部)という。テロ・バルヨランタ所長は「隠し事がないからです」と言う。
 「STUKが安全だといえば、それを信頼するしかない。一番の権威ですから」と、ヒーティオ町長は笑顔を消して話した。
 信頼できる規制機関があるのはいい。でもどこか、日本とよく似た空気が流れていないか。(論説委員・飯尾歩)
 ◆ご意見、ご感想をお寄せください。
〒460 8511(住所不要)中日新聞論説室、ファクス052(221)0582へ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013013102000123.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<4> 日本でまねできるのか
2013年1月31日

 核のごみを埋めるオンカロ、正しくは「地下特性調査施設」の構造は、単純素朴。オンカロという名前の通り、巨大な洞穴、隠れ家というしかない。
 フィンランドでは使用済み核燃料を再処理せずにキャニスターと呼ばれる筒状の容器に入れて、地下約四百メートルの結晶質岩中に閉じ込める。キャニスターは腐食にも荷重にも強いよう、銅と鋳鉄の二重構造になっている。
 洞穴の坑道をバスで斜めに下っていくと、地下四百二十メートル地点に試掘の横穴がある。そこに五メートル間隔で、深さ八メートルの竪穴が並んでいる。キャニスターを差し込み、粘土で封をするための穴だ。
 洞穴の中には、岩盤に生じた亀裂を示す黄色い線が縦横に引かれている。驚くことに、地下水がしたたり落ちているところもある。
 竪穴は三種類。亀裂がなく、乾いた穴、多少水が染み出ていても何とか埋められそうな穴、水たまりができて使い物にならない穴=写真。水の出方は随分違う。水たまりができるようなところは、実際には使わない。
 地質は古い。十六億年前からほとんど動いていない。オンカロを運営するポシバ社の地質学者、ユルキ・リーマタイネンさんは「この岩盤ができたあとで、欧州とアメリカ大陸が二度くっついて二度離れたよ」と笑っていた。
 大地震の原因になるプレートの境界からもはるかに遠い。フィンランドの住人は、地面の揺れをほとんど感じた記憶がない。
 穴の視察には世界中からやって来る。日本人が最も多いそうだ。だがオンカロを守っているのは、特別な技術というよりも、フィンランド固有の地質である。世界有数の地震国日本では、まねのできないやり方だ。
 日本では二〇〇二年から、地層処分場を引き受ける自治体を公募しているが、適地は恐らく見つからない。
 その国の自然や社会に見合う処分技術、管理手法を工夫すべきだとオンカロは教えているようだ。(論説委員・飯尾歩)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013020102000123.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<5> オンカロは原発7基分
2013年2月1日

 核のごみ最終処分施設のオンカロがあるオルキルオト島では、仏アレバ社が開発した最新鋭の原発(EPR)オルキルオト3号機(百六十万キロワット)の完成が近い。欧州では二十年ぶりの増設となる世界最大級の原子炉だ。
 さらに巨大な4号機も、三年前に政府の承認(原則決定)を受け、着工を待っている。
 ヤン・バパーブオリ雇用経済相は「フクシマの事故後も、フィンランドの原発政策は変わりません」と力を込めた。
 緑の党から入閣したビレ・ニーニスト環境相は「現政府では、これ以上の新増設は認めません」と、自然エネルギーへの転換を図っている。だが中部で計画中の別の一基も含め、人口五百万余の国に将来的には原発七基。フィンランドはすでに十分原発立国だ。
 オンカロの容量は九千トン。今運転中の四基を六十年動かすとして、使用済み核燃料はすべて受け入れ可能という。オンカロがあるから新しい原発ができるのか。
 運営するポシバ社幹部は「七基までなら大丈夫」と話していた。
 世界初。その陰の部分を海の向こうのデンマークから見つめ続けて、映画にした人がいる。
 「100、000年後の安全」を監督したマイケル・マドセンさんだ。コペンハーゲン近郊で、マドセンさんの話を聞いた。
 「オンカロの是非は、ちゃんとした議論になりませんでした」と振り返る。フィンランドの上映会で「あれが何かを初めて知った」と憤る地元の人もいた。立地には、政府や電力事業者の意向が強く働いていたと、マドセンさんは感じている。
 七年前に映画のための調査を始め、多くの専門家にインタビューを試みた。
 その中の一人に「オンカロを掘ってはいけない国がありますか」と尋ねると、即座に「日本」と答えたという。地震国だから。
 「議論のない社会は危険です」と、マドセンさんは日本に向かって訴える。(論説委員・飯尾歩)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013020202000119.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<6> 増やさず、管理下保管
2013年2月2日

 使用済み核燃料を埋設するフィンランドのオンカロは、日本に何を教えてくれるのか。
 最大のメッセージは、日本にはまねが難しいということだ。
 オンカロは自然の地下要塞(ようさい)だった。技術の粋ではない。国土を覆う厚さ数十キロの巨大な岩盤が、危険な使用済み核燃料を地上の営みから隔て、万一の放射能漏れからも守ってくれる。
 オンカロを運営するポシバ社は二一〇〇年に核のごみの搬入を終えたあと、入り口を固く閉ざして、そこに何があるのかを忘れ去る方針という。その後の管理は“国土”が引き継ぐことになる。
 フィンランドは地震を知らない国である。オンカロのあるオルキルオト島の住民は何事もなく原発と共存し、原発の恩恵を受けながら、町を発展させてきた。
 繰り返すが、日本は世界有数の地震国である。地層処分の適地は見つかりそうもない。
 このような両国の違いを踏まえて提言したい。使用済み核燃料の「最終処分」という看板を、今は掲げるべきではない、と。
 日本学術会議は昨年九月、核のごみの「暫定保管」と「総量管理」を提案した。
 核のごみを数十年から数百年、いつでも取り出せる状態で、処分ではなく保管する。その間に最終処分の研究を進め、新技術が確立すれば保管したごみを取り出して、やり直す。
 一方で、核のごみの排出総量を規制する。つまり原発の稼働を減らす。原発ゼロなら、当然ごみも一切でない。
 オンカロを見た目で、これらの提案はもっともだ。
 保管場所は、民主的手続きを経て決めるしかない。保管には、止めた原発のプールの活用や冷却水の不要な乾式キャスクを用いたり、さまざまある。
 核のごみの存在を消費者が意識することも大切だ。これ以上増やさないような工夫なら、私たちにもできる。
 日本では、核のごみを“国土”に引き受けてはもらえそうもない。新技術が確立されない限り、その時代を生きる人間が面倒を見続けていくしかない。
 十万年先への責任を負うのは、むろん私たち自身なのである。(論説委員・飯尾歩)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013021102000151.htmlより、
東京新聞【社説】どうする核のゴミ<読者から> ともに考え続けたい
2013年2月11日

 貴重なご意見をたくさんいただき、心より感謝します。
 東京都八王子市の木村雅英さん(64)は「私は製造業に勤めていましたが、製造で出たごみの処理方法が決まっていない製品は造れませんでした。なぜ、原発は許されてきたのでしょうか」と、あらためて疑問を投げかけます。
 江戸川区の女性はその意味で「少なくとも『自分たちが出したごみは自分で片づける=生産者責任』のモラルを果たしています」と、核のごみの埋設施設を建設するフィンランドを評価します。
 そして「最終処分場は無理でも、最低限、放射性廃棄物の暫定的な安定保管に今すぐ取り組むべきではないでしょうか。廃炉への工程も、真剣に考えるべきではないか」と訴えます。
 たとえ原発が止まっていても、核のごみの貯蔵プールが天災などで破壊されれば、放射能が降り注ぐ危険は残ります。
 名古屋市北区の女性は「私は今まで見て見ぬふりをしてきたことを反省し、私の生活を支えてくれてきたエネルギーに対して感謝します。そして最終ではなく、これから私たちが核のごみをどうするのかを考えていきたい」と当事者意識をのぞかせます。
 核のごみを増やし続けてきたのは誰でしょう。核のごみ処理は、原発立地と同様、都会には無関係なのでしょうか。
 名古屋市中村区の佐藤秀夫さん(76)は「核のごみの存在を意識し、これ以上増やさないために、一市民一消費者として、なにができるのかを考え続けなければならないと、あらためて思ったような次第です」と、心中の決意を示してくれました。
 静岡市葵区の増井良夫さん(64)からは「日本学術会議が提案したという暫定保管、総量管理については、結局のところこれしか選択肢はないと考えるものの、肝心の『安全性』に加え『時間』と『場所』について言及されないのであれば説得力に欠ける」との指摘を受けました。
 どの文面からも未来の世代への責任感が、あふれ出てくるようでした。まったく同じ思いです。
 “先進地”と言われるフィンランドでも、残念ながら明確なヒントを見つけることはできませんでした。だからこそ、これからもずっと考え、提言してもゆこうと思っています。みなさんと、ともに。(論説委員・飯尾歩)

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