「はだしのゲン」誕生から40年 松本博子氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130213k0000m070119000c.htmlより、
記者の目:「はだしのゲン」誕生から40年=松本博子
毎日新聞 2013年02月13日 00時27分

 ◇「怒れるヒバクシャ」伝えたい
 広島の被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」で知られる中沢啓治さんが昨年12月、73歳で他界した。70年生まれの私は小学校でゲンと出会い、08年初夏から中沢さんの取材を続けた。ゲンは「週刊少年ジャンプ」(集英社)での連載開始から今年6月で40年になる。戦争や原爆の本当の姿を漫画で伝えただけでなく、最後まで講演や取材を引き受け、「怒れるヒバクシャ」の代表格であり続けた中沢さんの誠実さに、私は打たれた。

 ◇「原爆忘れるな」訴え続けた作者
 「言いたいことは漫画に描いたから、読んだ人がそれぞれ考えてくれたらいい」

 作品の強い印象とは裏腹に、実際の中沢さんは職人気質で、聞かれたことに短く答える人だった。居酒屋でビールを飲みつつ、主人公「中岡元」の名字の由来を聞いたことがある。中沢さんは「中岡慎太郎だよ」と、坂本龍馬と共に刺客に襲われた幕末の志士の名を挙げた。

 「実務家として優れた人物だったんじゃないか。大きな夢があったのに、志半ばで討たれた。生きていたら明治も変わっていただろう」

 中岡は「時勢論」で、「一技一芸アル者ハ其ノ技芸ヲ尽クシ」などと、国難にあたり一人一人が行動するよう呼びかけた。名もなき民衆の力を信じていたのだろう。東西冷戦と核軍拡の時代に、漫画の腕一本で「原爆を忘れるな!」と訴え、核兵器や戦争のない世界を求めた中沢さんと重なるように思えた。

 中沢さんは、戦争を知らない子どもに分かりやすいように、ゲンで原爆以前の生活の様子や戦争に至る道筋をもっと描きたかったそうだ。だが6月に連載が始まり、編集部から8月に原爆シーンが間に合うよう求められ、折り合いをつけた。原爆の被害も、苦情を受けて「子どもが『気持ち悪い』と言って読んでくれなければ意味がない」と思い、目に焼き付いている光景を和らげた。「描きたいことがいっぱいあるけど、みんな捨てていくんだよな。もったいないな」。ゲンを描きながら時折うめく声を、妻ミサヨさん(70)は聞いていた。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130213k0000m070119000c2.htmlより、
 中沢さんは晩年の講演で、原爆で亡くなった家族、特に父晴海(はるみ)さんの思い出に憲法の大切さを絡め、熱く語っていた。ゲンの父の教え「麦のように 踏まれても 踏まれても 強くなれ」は晴海さんの言葉だ。京都で日本画と蒔絵(まきえ)を学び、広島で演劇をしていた父は、後に劇団民芸を結成した滝沢修らとも交流があった。治安維持法違反で投獄され、塩抜きの粗末な食事でやせ衰え、歯がグラグラになり箸も持てないほど痛めつけられても、「この戦争は負ける。子どもらにはいい時代が来る」と希望を捨てなかった。父の教えは作品を明るく照らし、困難の多かった中沢さんの実人生も支えた。

 ◇海外へ翻訳本を広めた若者たち
 ゲンを「翻訳したい」というボランティアの申し出も相次いだ。昨年夏にも「絵本 はだしのゲン」のモンゴル語訳が出たが、最初の英訳の申し出は77年、中沢さんの自宅に押しかけたフリーターや学生たちからあった。細かいことは一切聞かずに「頑張ってね。協力できることは何でもするから」と励ましたのが、いかにも中沢さんらしい。

 当時、中心となった大嶋賢洋さん(63)は76年、米国で平和行進に参加し、核兵器がどんなに非人間的かが米国で知られていないことに驚く。日本からゲンを取り寄せて見せると、英語版をせがまれた。

 帰国後、仲間とコピーを切り張りし、手書きでセリフを書き換えて4巻まで出版した。米国人翻訳家のアラン・グリースンさん(61)もその一員で、中沢さんの自伝的短編漫画「おれは見た(ISAWIT)」を米国で出版。金沢市のグループが09年にゲンを米国で10巻完訳出版した際にも監修した。訃報に接し、アランさんは「人生で一番意義のある仕事だった」と涙を浮かべて振り返っていた。「ISAWIT」は、ハリウッドのジェームズ・キャメロン監督が温める原爆映画構想と中沢さんをつなげた。

 私がゲンで一番泣いたのは、被爆直後に生まれ、まだ赤ん坊だった妹友子の死だ。浜辺で荼毘(だび)に付す遠景に、人間のはかなさを諭した蓮如の「白骨の御文(おふみ)」が添えてある。「僕は原爆を見たから、神も仏もないけど……。人間の真理だから」と中沢さんは言った。乳の匂いがする柔らかな妹の弔いほど、核兵器のむごさを伝えるものはない。

 広島市の若者たちは、ゲン誕生40年を盛り上げようと、イベントを計画している。ゲンと共に平和を求める人々のつながりを、これからも伝えていきたい。(奈良支局)

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