時代の風:情報体制の改革 中西寛氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130217ddm002070110000c.htmlより、
時代の風:情報体制の改革=京都大教授・中西寛
毎日新聞 2013年02月17日 東京朝刊

 ◇十分な検討、積み重ねて−−中西寛(ひろし)
 先月アルジェリアで起きた天然ガスプラント襲撃事件は、日本の民間人が10人も亡くなるという痛ましい犠牲をもたらした。日本人以外にも世界各地からの関係者が約30人死亡したと伝えられる(正確な数は未確認)。こうした不幸な惨劇に伴う悲しみと怒りから、政府に対応を求める声があがることは自然なことであるし、政治家がそうした感情に寄り添って即座に対策を打ち出そうとするのも今日の民主政治においては普遍的な光景である。しかし感情と政治的思惑によって進められる政策は、たとえそれが善意にもとづくものであっても、賢明であるとは限らない。
 今回の事件を受けて政府は、情報体制を強化するために日本版国家安全保障会議(NSC)の設立を急ぐことや、自衛隊員の駐在武官制度の拡充や邦人救出任務の法制化を提起している。いずれの項目も、一般的には推進されるべき政策であると私は考えている。
 しかし今回の事件に対する対策としてこれらの政策を提示することには留保を感じざるを得ない。上述のように今回の事件は日本だけでなく多数の国が巻き込まれ、犠牲を出した事態であり、その経緯も今のところほとんど解明されていない。そうした段階で、これらの政策によって今回のような犠牲を防ぐことができるかのような先入観を国民に与えるのは、将来の政府に対する国民の期待を過剰に高めてしまう可能性を伴う。
 日本版NSCの下に、現状では政府の中で分散している情報を一元化し、官邸主導で対策を決めるという方針は美しく見える。アメリカが冷戦初期に本家のNSCを設立したのも、中央情報局(CIA)の設立とセットになっていた。しかしこうした仕組みが有効に機能したのは、当時は共産主義陣営という「敵」が特定されていたからという面を忘れてはならない。冷戦終焉(しゅうえん)後、脅威の多様化に伴い、9・11事件やウィキリークスによる情報流出という失敗を重ねており、いまだ現代に適した情報体制を模索中である。
 加えて、大統領制のアメリカと議院内閣制の日本では行政のシステムが違う。議院内閣制のイギリスでは情報部門の集約はしていたが、長らくNSCのような機構は設けていなかった。しかし2010年にキャメロン保守党政権は、英国版NSCを設置した。しかし2年余りたった今日、専門家の中でNSC設立そのものを批判する声は少ないものの、形式的な会議を増やしただけで有効に機能していないという評価が強い。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130217ddm002070110000c2.htmlより、
 大統領にすべての行政権限が集中するアメリカの大統領制(逆に議会への影響力は極めて限定的である)と、議会の多数派の信任を得て内閣が行政府を指揮する議院内閣制とでは、行政機構の基本的な構造が異なっている。今回のような事件が起きた時、情報集約という手続きに時間がかかってかえって迅速な対応が遅れる危険性はある。かといって日本版NSCが不要と言うわけではなく、政府としての一体的な外交安保政策の検討や情報の集約は追求されるべきである。しかし日本の現実の中で新たな制度を機能させるには、よほどの知恵がいる。
 自衛隊員の駐在武官の増強を含めた海外での情報体制の強化も一般論としては望ましい。日本の情報活動は弱すぎることは確かである。しかしそもそもアラブ地域で機微な現地情報を取得できるような人材がどの程度育っているかは疑わしいし、たとえ能力があっても公人であれば、相手国での活動範囲には限界があり、今回の事件のような都心から離れ、危険な地域で最新情報を集められる可能性はかなり低いと推測される。
 海外で危険に遭遇した邦人救出も、安全が確保された状況での輸送任務に限っている現在の制限は見直されるべきである。しかし今回の場合、仮に精強な特殊部隊をもっていても、アルジェリア政府が外国部隊の国内での活動を認める可能性は低かったであろう。それは威信や国家主権の問題でもあり、また、外国勢力が治安活動に関与することによって将来、圧力を受けることを恐れる心理も作用するであろう。外国の実力行使部隊の活動を認めることは現地政府にとってはリスクが高すぎる選択であることが多い。
 今回の事件に対して政府ができることがなかったわけではない。たとえば、隣国マリでの治安情勢悪化は以前から明らかだった。さらに、昨年9月にリビアで米領事館が襲撃され、大使らが殺害された事件は、アルジェリア、マリ、リビアにまたがる武装勢力の武装強化を示すものであった。政府がこうした情報を分析しつつ、現地情勢に詳しい人々、今回なら日揮関係者と情報を交換し、警備の強化や人員の縮小を勧告することはできたであろう。それ以上に何が可能であり、また何がされねばならなかったかは海外の専門的知見も踏まえた検討の上で、対策を積み重ねるべき事柄である。=毎週日曜日に掲載

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