原子力規制委 「原発安全の理念が見えない」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年2月20日(水)付
原発推進派―規制委批判のピンぼけ

 自民党やメディアの一部から原子力規制委員会に対する批判が急速に高まっている。
 原発敷地内の活断層評価や安全基準づくりで「公正さに欠ける」という。批判の出どころは、もっぱら原発の再稼働を急ぐ人たちだ。
 やれやれ、である。規制委の創設にあたって「独立性を高めよ」と強く主張したのは自民党だ。脱原発に動く民主党政権の影響力を排除するためだった。
 ところが、実際に動き始めた規制委は、科学的な見地に判断基準を絞り込み、厳格な姿勢を貫いている。
 原発推進派からすれば、計算外だった。これでは再稼働がままならない。そんな危機感が、規制委攻撃につながっているとしか思えない。
 批判の中身が薄いことからもそれは読み取れる。
 例えば、「人選や評価に偏りがある」という批判だ。評価会合の専門委員は活断層学会など関連する学会の推薦を受けている。公開原則のもと、科学者同士が議論を続けている。
 学者によって判断には幅があるが、学会側から結果に対する異論が相次いでいるわけでもない。何をもって「偏り」というのだろう。
 「経済への影響を無視している」も、おかしい。福島の原発事故は、経済性を重んじるあまり安全規制の手を抜いてきた原発行政の延長線上で起きた。
 経済の問題それ自体は重要だが、別途、対策を講じるべきであり、規制委に「手を緩めろ」と求めるのはお門違いだ。
 むろん規制委に課題は少なくない。ことに事務局である原子力規制庁のあり方だ。
 職員の多くは旧原子力安全・保安院や文部科学省からの横滑り。前審議官が電力会社に事前に報告書案を見せるなど、従来の考え方や行政手法がしみついている面が多々ある。
 真に独立性・中立性を確保するには、職員の採用や人事、予算の面でも、より自由度をもたせるべきかもしれない。組織の改善に向けた議論は必要だ。
 そもそも、田中俊一委員長は脱原発派から「原子力ムラの住人」と指弾されてきた。原子力の役割を重視しているのも確かだ。「将来的に原発をゼロにすべきだ」とする朝日新聞の社説とは立場が違う。
 ただ、規制委は少なくとも事故の反省にたち、信頼回復の第一歩として厳格に原子力と向きあっている。そんな専門家たちの営みを、原発推進派がつぶそうとしている。
 なんとも不思議な光景だ。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年2月19日(火)付
原発政策―課題を先送りするな

 朝日新聞の世論調査で、原発の今後について尋ねたところ、「やめる」と答えた人が計7割にのぼった。
 「すぐにやめる」「2030年より前にやめる」「30年代にやめる」「30年代より後にやめる」「やめない」という五つの選択肢から選んでもらった。
 全体の6割は30年代までに国内で原子力による発電がなくなることを望んでおり、「やめない」は18%にとどまる。
 政権交代を経ても、原発への国民の意識は変わっていないことが確認されたといえよう。
 気になるのは、政治の場から原発に依存しない社会に向けて議論を深めようという機運が失せていることだ。
 安倍政権も「脱原発依存」を掲げている。実際には、民主党政権が決めた「原発ゼロ政策」の見直しを表明するなど、巻き戻しの意図が濃厚だが、何をどう見直すかについてはあいまいにしている。
 当面、新たな安全基準や活断層評価などを進める原子力規制委員会の動向を見守る姿勢を示すのは、「参院選まではじっとしている」戦略なのだろう。
 国会でも、原発政策をめぐる論戦は低調なままだ。
 原発政策の転換は、経済や社会に大きな影響を与える。
 だからこそ政策変更に伴って生じる負の側面をできるだけ軽減し、新たな成長や構造転換のきっかけとするよう、周到な準備と合意形成に向けた取り組みが不可欠だ。
 例えば、規制委による審査の厳格化で、廃炉になる可能性が高い原発や再稼働までに時間のかかる原発が増えることが確実視されている。
 廃炉までの段取りをどう進めるのか。地元経済や電力安定供給への影響をどう軽減するか。使用済み燃料や放射性廃棄物の保管をどうするか。
 どれも、待ったなしの課題である。政府が課題を洗い出したうえで、国会で議論を始めるべきだ。
 国会には先月末、原子力問題調査特別委員会が設置された。規制当局が「原子力ムラ」にとりこまれないよう、国民の目で監視するべきだとする国会事故調査委員会の提言でできた。
 その趣旨を踏まえたうえで、もっと広く脱原発依存に向けた政策全体を議論する場にしてはどうだろう。
 昨夏の「国民的議論」のように、市民自身による議論の場を設けるのも一案だ。
 政治が面倒なことから逃げ、課題を先送りすれば、後の混乱が大きくなるだけである。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO51872020Z10C13A2EA1000/より、
日経新聞 社説 しっかりせよ原子力規制委
2013/2/19付

 原子力規制委員会の田中俊一委員長と4人の委員の人事を衆参両院が認め、規制委は発足後5カ月で「仮免許」の状態を脱した。これまでの規制委の動きは試行錯誤の感がぬぐえない。原子力安全の重い責任を担う組織だ。いつまでも「試運転」は許されない。
 委員の任命は国会同意が必要だが、昨年9月に規制委が発足した際、当時の野田政権は国会に諮らず首相権限で任命して変則的な船出となった。
 この5カ月間、4つの原子力発電所で敷地内の活断層の再評価に取り組み、東京電力福島第1原発事故の教訓を踏まえた新安全基準づくりを急ピッチで進めてきた。その労は多としたい。
 しかし放射能の拡散予測で初歩的な計算ミスを犯し原発の地元自治体を混乱させた。また規制委の事務局である原子力規制庁の幹部職員が報告書案を事前に電力会社に手渡す不祥事も起こした。
 活断層評価では、調査にあたる専門家から「原子力ムラ」を排した結果、専門分野が偏り科学的な妥当性を欠くと指摘する声があがった。批判を受け規制委は評価の進め方を修正した。こうしたことは規制機関としての未熟さを露呈するものといわざるを得ない。
 原発の再稼働をめぐり推進・反対の両勢力から規制委に対する社会的・政治的な圧力が高まるだろう。規制委は科学的な判断に基づく原発の安全確保が使命だ。筋の通らない圧力に屈することがあってはならない。規制委に対する国民の信頼醸成が原子力全般の信頼回復への第一歩だからだ。
 規制委をより強くしたたかな組織にするため、安倍政権は無用な政治介入を避けつつも、規制委を予算や人員面でしっかり支える責任がある。
 規制委自身も原子力や地震など関連学会の専門家の知恵を糾合し、自らの科学的な判断をより確固たるものにするよう努めるべきだ。法制度や原発の地元への目配りも大事だ。規制庁にはそうした方面にたけた職員がもっと要る。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130217/plc13021703120002-n1.htmより、
産経新聞【主張】規制委「承認」 健全運営なお見極めたい
2013.2.17 03:12

 この5人に任せたままで、原子力安全行政に対する国民の信頼を回復できるのか。原発の再稼働はどうなるのか。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長と委員4人の国会同意人事が衆参両院で事後承認された。
 国会同意がない「仮免許」状態にようやく終止符が打たれたが、肝心の規制委が目指す方向性がはっきりしていない。
 昨年9月の発足から約5カ月の規制委の運営は、脱原発に向けての暴走を危惧させるような言動が目についた。
 例えば、原発敷地内の活断層調査である。島崎邦彦委員長代理とともに現地調査にあたった研究者は、いわゆる「原子力ムラ」の人材を排除し、学術団体からの推薦をもとに人選された。その結果、専門分野が偏り、科学的な妥当性や中立性について有識者の間から疑問の声が上がっている。
 地震・津波対策は原発の安全性を高めるうえで重要な柱だが、規制委の活断層評価では、期間を40万年に拡大するなど現実的な安全対策からかけ離れた議論になる傾向もみられた。
 原子力規制委の委員には、専門知識だけでなく原子力の規制と活用を冷静に見極める見識も求められている。経済、社会的な要請を無視するかのような姿勢では、国民生活や日本経済再生を脅かす存在になりかねない。
 規制委は放射性物質の拡散予測でも初歩的なミスを繰り返し、原発周辺自治体や住民を混乱させた。これまでの取り組みでは発足時の期待に応え、国民の信頼を得つつあるとは言い難い。
 残念なのは、国会が田中委員長以外の4委員から意見聴取をしていないことだ。委員の判断は、原発の再稼働や存続、日本のエネルギー政策に影響を及ぼす。個々の委員が原子力の規制と利用についての考え方を表明し、国会と国民に改めて納得してもらう機会を設定すべきだ。
 原子力規制委は高い独立性と権限が保障された組織である。外部の声を遮断すると、独断に陥りやすい。委員各人が批判や疑問に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢を示すことが「信頼される組織」への第一歩となるはずだ。
 規制委の健全性の維持のためには、国会に新設された原子力問題調査特別委員会に、その監視役を強く期待したい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013021602000121.htmlより、
東京新聞【社説】規制委人事同意 設置の理念を希求せよ
2013年2月16日

 昨年九月に発足した原子力規制委員会の事後承認人事が国会同意された。異常事態は脱したが課題は山積だ。目に見えない圧力も増すだろうが、国民の安全と環境を守るという使命に徹してほしい。
 国の原発政策に重大な影響力を持つのに国会の同意を得ていない異常な事態。「仮免許」のまま、高速道を走り続けるような状態が五カ月も続いていたのである。
 田中俊一委員長と規制委委員四人の人事案は、昨年七月に当時の野田佳彦首相が国会に提示した。しかし、「原子力ムラ出身ばかり」との批判が上がり、脱原発を主張する議員も多い民主党から造反が出るのを恐れて採決を先送りしたままになっていた。政権交代後、安倍政権が速やかに事後承認を国会に求めたのは評価する。
 ただし、内実はそう単純でもない。規制委が策定中の新たな原発規制基準は田中委員長自らが「世界最高水準」と胸を張るように相当に厳しい。再稼働を急ぎたい自民党内の勢力にとっては不満が募り、委員の差し替えを求める声が出たほか、実際の国会採決では党の方針に反して棄権も複数出た。
 規制委は気をつけないと、七月までの規制基準づくりの中で規制を骨抜きにする「猶予措置」の拡大や、運用面の抜け道などを求める圧力が強まる可能性は大である。国会には一月に国会事故調の提言を受ける形で、規制委を監視する目的の「原子力問題調査特別委員会」が自民党主導でできた。
 事故調提言は、かつての原子力安全・保安院のような政官業なれ合いをけん制する狙いだった。しかし、自民党からは、出席を義務づけられる田中委員長らへの“政治的圧力”の場と勘違いする声も漏れ聞こえてくるのである。
 電力業界の海千山千ぶりも要注意なのは言うまでもない。田中委員長は昨年八月の衆院議院運営委員会で「独立性、透明性を守ることで事業者と一線を画した規制行政ができる」と所信を述べたが、半年もたたないうちに、規制委の事務局である原子力規制庁の幹部が敦賀原発の活断層評価報告書案を公表前に事業者に渡していた問題が発覚した。
 絶大な権限を握る以上、高い倫理観が欠かせないことは言をまたない。国会同意で「本免許」となったのを機に、規制委はいま一度「何ものにもとらわれず、科学的・技術的な見地から、独立して意思決定を行う」とうたった原則を見つめ直すべきだ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130216k0000m070118000c.htmlより、
社説:規制委人事承認 信頼される組織たれ
毎日新聞 2013年02月16日 02時30分

 原子力規制委員会の田中俊一委員長をはじめ委員5人の人事を衆参両院が可決した。5人は昨年9月、原発の緊急事態を理由に首相権限で任命されていた。国会同意を得ないまま活動するという仮免許状態から、やっと抜け出したことになる。
 規制委の権限は強大だ。原発の新安全基準作りや防災対策強化など仕事は山積している。田中委員長は参院の所信聴取で「人と環境を守ることが規制委の使命。世界で最も高いレベルの安全を確保する規制を目指す」と述べた。その言葉を忘れずに重責を果たしてほしい。
 国会同意は得たものの、規制委が国民から信頼される組織たり得るかは、今後の取り組み次第だ。意思決定過程を透明化し、判断の根拠を国民に分かりやすく説明していくことが大前提となる。安全基準作りや原発の活断層調査で、審議過程を公開してきたことは評価できるだろう。
 活断層調査では、原発敷地内に活断層が存在する可能性が高いとする規制委側の判断に、電力会社側が反論する事態も起きた。だが、調査や審議過程を公開したからこそ対立も明らかになったのであり、規制委と事業者が議論を闘わせることは、水面下で意見をすり合わせるよりも、よほど健全なことだ。
 その最中、規制委の事務局となる原子力規制庁の審議官が、日本原子力発電敦賀原発(福井県)の活断層評価報告書案を事前に原電側に渡していたことが発覚した。東京電力福島第1原発事故で、旧原子力安全・保安院や原子力安全委員会が事業者ともたれあう構図が指摘された。規制庁の職員も保安院や安全委からの転籍組が多い。新組織も体質は同じだ、と思われても仕方あるまい。
 規制庁は今後、独立行政法人「原子力安全基盤機構」を統合して専門性の向上を図る予定だが、徹底した意識改革が必要だ。先月、衆院に設置された原子力問題調査特別委員会は、規制委や規制庁に対するチェック機能を発揮してほしい。
 もちろん、規制委の判断が、政治や経済的圧力に左右されてはならない。国会の採決では、与党・自民党で原発立地県の議員らが欠席した。規制委は7月以降、新基準に従い原発の安全審査をするが、「科学的なジャッジ」(田中委員長)がよりどころとなるのは当然だ。
 田中委員長は参院の所信聴取で、電力事業者に対し「自ら積極的に安全対策に取り組むよう意識改革を促していきたい」とも述べた。これは規制委自身にもあてはまる。海外の規制機関とも交流しながら、常に最新の情報を取り入れ、規制を深化させていくことが、原子力安全行政への信頼につながるはずだ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130211/plc13021103410005-n1.htmより、
産経新聞【主張】原子力規制委 全員の所信聴取が必要だ
2013.2.11 03:41 (1/2ページ)

 原子力規制委員会の田中俊一委員長と委員4人の国会同意人事の事後承認が近く行われる。
 承認手続きを踏むことに反対はしないが、国会は何か大切なことを忘れていないか。島崎邦彦委員長代理ら4人の委員について規制職務に対する考え方の確認である。
 国会は田中委員長から所信の聴取を終えたが、他の委員からはまだ聴取していない。
 規制委は、原発の安全確保や規制に関して絶大な権限を有している。その判断は、原発の再稼働や存続の可否に直結するほどの影響力を持つものだ。日本の原発の運命そのものが規制委の運用一つに握られているともいえる。
 その意味で、委員会を構成する4委員の責任は委員長に劣らず重い。各委員はそれぞれの専門の立場で、原子力エネルギーについてどのような考えを持っているのだろうか。それを確認しないまま承認するのは、国会と各議員にとって使命の放棄にならないか。
 中でも島崎委員長代理に対しては、昨年11月以降の活断層調査の進め方や判定方法について、確認しておくべきことが多々あるはずだ。電力会社だけでなく、地震学者や地質学者の間からも、同氏の姿勢の中立性と立論の妥当性について疑問の声が上がっている。
 夏の参院選を前に、同意人事で波風を立てたくないとの思惑が安倍晋三政権にあり、穏便に進めようというのなら大きな誤りだ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130211/plc13021103410005-n2.htmより、
2013.2.11 03:41 (2/2ページ)
 規制委には高い独立性が付与され、恣意(しい)的に原発再稼働に背を向けるようなことがあれば、首相が目指す経済再生も震災復興も実現が一挙に遠のき、絵に描いた餅となる。そうした事態を回避するためにも、委員一人一人について国会での所信聴取が欠かせない。
 国会には国会事故調(黒川清委員長)の提言に基づいて1月末、原子力問題調査特別委員会(森英介委員長)が設置された。
 提言は規制組織の健全性を維持するため、国会が「その過程を監視する」よう求めている。特別委には、そうした監視機能の発揮が期待されているといえる。
 米国では、強力な原子力規制委員会(NRC)の下で約90%の原発稼働率を実現している。日本の規制委も、米国の取り組みを範として高い安全性と同時に高稼働率の両立を目指してもらいたい。健全な規制には、経済、社会的な国家的要請との整合性も必要だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130128/plc13012803080003-n1.htmより、
産経新聞【主張】規制委の人事 国会の意見聴取が必要だ
2013.1.28 03:08

 このまま安直に決めてしまってよいのだろうか。原子力規制委員会の人事のことである。
 28日からの通常国会で衆参両院に対して国会同意が諮られようとしているが、国の生命線であるエネルギー政策の根幹にも関わる極めて重要な人事案件だ。
 最終的な国会同意に当たっては、事前に田中俊一委員長と4人の委員の全員から原子力安全と国のエネルギーに対する考え方を、国会の場で表明してもらうべきだろう。
 規制委の人事は昨年9月、民主党政権下で同党内の意見がまとまらないまま、当時の野田佳彦首相の職務権限で任命されたにすぎない。いわば仮免許の位置付けなので、国会の事後承認が必要とされているのだ。
 前政権下で、しかも変則的な形で任命された人事である。このまま素通りさせるとすれば、国民に対する責任を期待通りに果たしているとはいえまい。
 現在の規制委については、すでにいくつかの問題点も顕在化している。まず第1に電力の専門家がいない。万一、原発の過酷事故が再発した場合、適切な判断が下せるのだろうか。
 現在、原子力発電所の敷地内で進められている活断層調査についても釈然としない部分がある。
 島崎邦彦委員長代理とともに現地調査に参加している研究者の人選に専門分野の偏りはないのだろうか。また、先の衆院選の最中に、日本原子力発電・敦賀発電所の破砕帯を活断層であると速断するなど、政治からの中立性を疑わせた行動も記憶に新しい。
 さらには、放射性物質の拡散予測マップ作りでも初歩的な誤りを繰り返している。
 原子力規制委は、高い独立性と権限を法律で保障された組織である。国会同意という最終的なお墨付きを、いったん与えてしまうと、民意や政治の意思による制御が難しくなる。慎重な手続きと見極めが不可欠だ。
 原子力規制委の任務は、専門的知見に基づき原子力利用の安全性を確保することである。原発を廃炉にしたり、再稼働へのハードルを高くしたりすることが役目ではないはずだ。
 その再確認のためにも、全員の所見と自覚を聞いておきたい。設置目的に反し、国の安全保障を脅かす規制委であっては困る。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO51011390W3A120C1EA1000/より、
日経新聞 社説 原発安全の理念が見えない
2013/1/26付

 原子力規制委員会は原子力発電所の新安全基準の骨子を今月末にも公表する。地震や津波、テロなど外部からの脅威に備えて、重要な設備の多重化などを電力会社に義務付ける。新基準づくりは規制委にとって最優先の仕事だ。しかし規制委の議論の進め方は、目指すべき安全目標など肝心な点を置き去りにしている。
 東京電力・福島第1原発事故では、地震で原発に電気を送る送電線が壊れ、津波によって非常用発電機が水没した。全電源喪失に陥り原子炉を冷却できなくなった。
 この教訓を踏まえ、新安全基準は安全設備を多重・多様化し、自然災害などへの対応力を増す。また炉心溶融などが起きても、放射性物質の放出を回避する手段を手厚く備えるよう求める。
 原案は原子炉から離れた場所に「第2制御室」を置き、今ある中央制御室が使えない状況下でも、遠隔で原子炉の安全を確保することなどを盛り込んだ。おおむね納得がいく内容だ。
 気になるのは、日本の原子力が目指すべき安全の目標や安全規制の基本理念については明快な議論が少ない点だ。例えば、安全の水準を「世界で最も厳しいレベルに維持する」と規制委は強調するが、具体性を欠く。福島事故までは重大事故の発生確率を100万年に1回程度に抑えることが目標とされた。これを引き上げるのかどうかすらはっきりしない。
 米国の原子力規制委は「信頼するがチェックもする」を基本姿勢とし、電力会社との信頼関係の上に厳格な検査態勢を築く。電力への不信が強い今の日本で同じ考え方を採るのは容易ではない。しかし安全を最優先する文化を育て根付かせるには、目標や理念について事業者や自治体の意見を聞き、徹底した議論が必要ではないか。
 活断層や安全設備などの各論が先行し全体像が曖昧なままでは、規制委がどのように原子力の安全確保を実現しようとしているのか、国民の目からわかりづらい。規制当局への不信も解けない。

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