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月別アーカイブ: 3月 2013

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013033101001301.htmlより、
日モンゴル関係発展で一致 安倍首相、議長と会談
2013年3月31日 17時58分

 【ウランバートル共同】モンゴル訪問中の安倍晋三首相は31日(日本時間同)、日本の国会に当たる国民大会議のエンフボルド議長とウランバートル市内で会談し、両国関係の発展を目指すことで一致した。首相は「両国の議会間交流がさらに活発に進められることを期待する」と強調。議長は「関係を包括的に発展させたい」と応じた。
 続いて首相は第2次世界大戦後に抑留された日本人死亡者の慰霊碑を訪れ、献花した。
 首相はモンゴルでの一連の日程を終え、31日夕、政府専用機で羽田空港に帰国した。天候の影響で、現地からの出発が予定より約1時間半遅れた。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130331/k10013572661000.htmlより、
安倍首相 モンゴルから帰国
3月31日 17時32分

モンゴルを訪問していた安倍総理大臣は現地での日程を終え、31日夕方、政府専用機で帰国しました。
2日間の日程でモンゴルを訪問していた安倍総理大臣は、30日、アルタンホヤグ首相と会談し、モンゴルの資源開発で協力していくことなどを確認するとともに、経済成長を続ける双方の隣国、中国を念頭に、アメリカを含めた3か国で政治や安全保障など幅広い分野の懸案を巡って事務レベルの協議を始めることなどで一致しました。
また、安倍総理大臣がモンゴルが北朝鮮と国交を結んでいることから、拉致問題の早期解決に向けた協力を要請したのに対し、アルタンホヤグ首相も日本の立場を支持する考えを示しました。
安倍総理大臣は、31日、戦後、旧ソビエト軍によってシベリアで抑留された日本人のうち、モンゴルに移送されて都市の建設に従事し、帰国できずに亡くなった人たちの慰霊碑を訪れ、冥福を祈りました。
モンゴルでの日程を終えた安倍総理大臣は、政府専用機でウランバートルをたって帰国の途に就き、31日夕方、羽田空港に到着しました。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013033101001548.htmlより、
モンゴル、「脱中国」明確に 習指導部は警戒
2013年3月31日 17時06分

 【ウランバートル共同】日本の首相として約7年ぶりとなった安倍晋三首相の訪問を受け、モンゴルが日本との連携強化に着手、「脱中国」の姿勢を明確にし始めた。民主化が進む中、隣の大国に対する過度の依存を避ける狙いがあるが、習近平指導部は警戒を強めている。
 「安倍首相は数カ国の歴訪ではなく、モンゴルだけを目的にやって来た」。モンゴルの有力メディアは3月31日、安倍氏の訪問を好意的に伝えた。
 モンゴルの輸出の約9割が中国向けだが、中国企業はここ数年、モンゴル内の鉱山の経営権を持つ企業の買収に向けた取り組みを加速。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130331/k10013568731000.htmlより、
首相 モンゴルの日本人慰霊碑に献花
3月31日 12時7分

モンゴルを訪れている安倍総理大臣は、戦後、旧ソビエト軍によってシベリアで抑留された日本人のうち、モンゴルに移送されて都市の建設に従事し、帰国できずに亡くなった人たちの慰霊碑に花を供えました。
安倍総理大臣は2日間の日程でモンゴルを訪れており、30日、アルタンホヤグ首相と会談し、モンゴルの資源開発で協力していくことなどを確認するとともに、経済成長を続ける双方の隣国、中国を念頭に、アメリカを含めた3か国で政治や安全保障など幅広い分野の懸案を話し合う事務レベルの協議を始めることなどで一致しました。
安倍総理大臣は31日午前、首都ウランバートルの郊外にある日本人墓地の跡地に建てられた抑留日本人の慰霊碑を訪れました。
モンゴルには、戦後、旧ソビエト軍によってシベリアで抑留された日本人のうち、およそ1万4000人が移送されて都市の建設に従事し、およそ2000人が帰国できずに亡くなりました。
安倍総理大臣は、慰霊碑に花を供えて、亡くなった人たちの冥福を祈りました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130331/k10013566251000.htmlより、
「米・モンゴルと事務レベル協議を」
3月31日 6時54分

モンゴルを訪問している安倍総理大臣は、30日、アルタンホヤグ首相と会談し、モンゴルにおける資源開発で協力していくことなどを確認するとともに、双方の隣国、中国を念頭に、アメリカを含めた3か国で政治や安全保障など幅広い分野の懸案を話し合う事務レベルの協議を立ち上げることで一致しました。
モンゴルの首都ウランバートルを訪れている安倍総理大臣は、30日夕方、アルタンホヤグ首相と会談しました。
会談で、安倍総理大臣は、ウランバートルの大気汚染対策への技術協力など、幅広い分野にわたる支援策を盛り込んだ、モンゴル語で“活力”という意味に当たる「エルチ・イニシアチブ」を示しました。
そして、両首脳は、両国間のEPA=経済連携協定の締結に向けた協議を加速していくことや、石炭をはじめとしたモンゴルにおける資源開発で協力していくことを確認しました。
また、経済成長を続ける双方の隣国、中国を念頭に、アメリカを含めた3か国で政治や安全保障など幅広い分野について話し合う事務レベルの協議を立ち上げるとともに、日本とモンゴルの間で次官級の戦略対話を定期的に行っていくことで一致しました。
さらに、安倍総理大臣は、沖縄県の尖閣諸島を巡り中国との関係が悪化していることについて、「重要な2国間関係であり、難しい問題があるが、日本からエスカレートさせるつもりはなく、冷静に対処していく方針だ」と述べ、日本の立場に理解を求めました。
会談のあと、安倍総理大臣は、アルタンホヤグ首相と共同で記者会見を行い、両国の経済協力について、「モンゴルは資源大国で、日本には資源はないが、高い技術力がある。両国はウィンウィンの関係だ」と述べました。
これに対し、アルタンホヤグ首相は「日本とモンゴルの『戦略的パートナーシップ』をすべての分野で発展させ、経済の分野で新しい形にするよう話し合った。両国の協力関係を拡大させていきたい」と述べました。
また、安倍総理大臣は、北朝鮮による拉致問題について、「『安倍政権で必ず解決する決意だ』と伝え、理解を求めた。アルタンホヤグ首相からは、理解と支持の表明があった」と述べたのに対し、アルタンホヤグ首相は「モンゴルは、北朝鮮の核問題を巡る6か国協議や2国間の協議の復活を、支援したいという立場だ」と述べ、問題解決に協力する考えを示しました。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130331/plc13033103120008-n1.htmより、
産経新聞【主張】首相モンゴル訪問 中国には「価値観の輪」で
2013.3.31 03:12 (1/2ページ)

 中国とロシア、北朝鮮をもにらんだ手堅く有益な首脳外交といえる。
 安倍晋三首相が、中露に挟まれた内陸国モンゴルを訪問し、政治、安全保障分野を含む同国との関係強化を確認した。
 安倍首相は2月に訪米し、民主党政権下で弱体化した同盟関係の立て直しに着手した。それに先立ち、東南アジア諸国連合(ASEAN)3カ国を訪れている。
 モンゴル訪問も、自由と民主主義、市場経済などを共有できる国々を引き寄せ、中国の覇権主義を価値観の輪で取り巻くという外交の一環である。安倍政権には、今後とも日米同盟を基軸に、この路線を推進してもらいたい。
 首相はアルタンホヤグ首相、エルベグドルジ大統領らと会談し、両国関係の基礎として、「平和、自由・民主、助け合い」の3つの精神を強調した。経済、エネルギー分野の協力拡大も表明した。
 モンゴルは、長く中国の支配を受けソ連の衛星国にも甘んじた。1992年に社会主義を放棄し、市場経済を導入して民主化を進めた。中露双方に距離を置く。
 その中露は先頃、習近平国家主席とプーチン大統領との会談で蜜月ぶりを演じ、尖閣諸島や北方領土で対日連携・牽制(けんせい)に出た。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130331/plc13033103120008-n2.htmより、
2013.3.31 03:12 (2/2ページ)
 日本とモンゴルの友好関係にはそのような演出は不要だ。安倍首相は訪問に先立ち、モンゴル出身の横綱白鵬と面会した。両国民は大相撲が取り持つ縁もあって、互いに親近感を抱いている。
 日本は、モンゴルに対する最大の援助供与国であり、「第3の隣国」と期待を寄せられている。安倍首相の訪問を機に、交流をさらに活発化させるべきだ。
 モンゴルの貿易は、輸出の大半が中国向けで、輸入も3割を中国が占める。過度の中国依存からの脱却に日本は貢献できる。
 安倍首相は首脳会談で、北朝鮮による日本人拉致の問題解決に支援を求め、理解と支持を得た。北には国連安保理決議に沿った対応が必要との認識でも一致した。
 モンゴルと北は、冷戦時代に同じ東側陣営にあった長年の友好国であり、昨年11月の4年ぶりの日朝局長級協議も、ウランバートルで開催されている。
 モンゴルがどの程度、北に影響力を行使できるかは明らかではないが、あらゆる機会を捉えて拉致問題解決を模索する安倍政権の姿勢を評価したい。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013033001002105.htmlより、
首相が白鵬の手形渡す モンゴル大統領に
2013年3月30日 23時53分

 【ウランバートル共同】モンゴル訪問中の安倍晋三首相は30日、エルベグドルジ大統領との会談で、大相撲の横綱白鵬から託された手形やサイン入りの色紙を渡した。
 会談ではモンゴル出身の力士の活躍が話題となり、安倍首相は両国の友好関係に積極的に貢献していると評価。人的、文化的交流を推進し、相互理解を深めることの重要性が話し合われた。
 白鵬は28日、安倍首相を官邸に訪ねて最多9度目の全勝優勝を果たしたと報告した際、手形や色紙を託していた。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013033001001941.htmlより、
日モンゴル首脳、資源開発で協力 安全保障でも戦略的関係
2013年3月30日 21時40分

 【ウランバートル共同】安倍首相は30日午後、モンゴルのアルタンホヤグ首相とウランバートルで会談し、石炭など鉱物資源開発や環境分野での協力を進展させるほか、経済連携協定(EPA)交渉を加速させることで一致した。台頭する中国をにらんで安全保障分野でも戦略的関係を強化する。
 両首脳は、EPAの早期締結に向けて、4月2~5日に3回目の会合をウランバートルで開くことで合意。世界最大の石炭埋蔵量とされるタバン・トルゴイ炭田の開発への日本企業の参加に向け、協力していくことも確認した。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130330/k10013560631000.htmlより、
モンゴルと資源開発協力を確認
3月30日 20時48分

モンゴルを訪問している安倍総理大臣は、首都ウランバートルで、アルタンホヤグ首相と会談し、モンゴルにおける資源開発などで協力していくことを確認するとともに、モンゴルが北朝鮮と国交があることを踏まえ、拉致問題の解決に向けた協力を要請しました。
安倍総理大臣は、30日午後、モンゴルの首都ウランバートルに到着し、日本時間の午後5時すぎから、モンゴルの政府庁舎でアルタンホヤグ首相と会談しました。
会談で、安倍総理大臣は、ウランバートルの大気汚染対策への技術協力や地下鉄建設に向けた調査など、幅広い分野にわたる支援策を盛り込んだ、モンゴル語で“活力”という意味に当たる「エルチ・イニシアチブ」を示し、モンゴルの経済成長を後押しする方針を伝えました。
そのうえで、両首脳は、両国間のEPA=経済連携協定の締結に向けた協議を加速していくことや、石炭をはじめとしたモンゴルにおける資源開発で協力していくことを確認しました。
会談のあと、安倍総理大臣は、アルタンホヤグ首相と共同で記者会見を行い、「モンゴルは資源大国で、日本には資源はないが高い技術力がある。この点で協力関係は、両国にとって有益だ」と述べました。
また、安倍総理大臣は、北朝鮮についても意見を交わしたことを明らかにしたうえで、「『北朝鮮による拉致問題は、安倍政権で必ず解決する決意だ』と伝え、理解を求めた。アルタンホヤグ首相からは、理解と支持の表明があった」と述べました。
さらに、安倍総理大臣は中国との関係について、「日中関係は重要な2国間関係だ。難しい問題があるが、日本からエスカレートさせるつもりは全くない。冷静に対処していく方針だ。個別の問題はあっても、日中関係全体に影響を及ぼさないようにしていくべきだ。われわれとしては、対話のドアは常にオープンだと申し上げている」と述べました。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013033001001449.htmlより、
首相がモンゴルへ出発 エネルギー確保狙う
2013年3月30日 11時22分

 安倍晋三首相は30日午前、モンゴルに向けて政府専用機で羽田空港を出発した。午後に現地に到着し、エルベグドルジ大統領やアルタンホヤグ首相らと会談。石炭など豊富な鉱物資源の開発に協力する意向を伝え、エネルギー供給源の確保を目指す。安全保障分野でも協力関係を強化したい考えだ。
 出発に先立ち羽田空港で記者団に「政治、安全保障、経済、人的交流という分野について大統領らと意見交換し、日本とモンゴルの戦略的パートナーシップを発展させたい」と述べた。
 31日午前には、エンフボルド国民大会議議長と会談後、第2次世界大戦後に抑留された日本人死亡者の慰霊碑を訪れて献花する。(共同)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130330/k10013553511000.htmlより、
首相 きょうモンゴルに出発
3月30日 5時0分

安倍総理大臣は、30日から2日間の日程でモンゴルを訪れ、大統領や首相らと会談し、モンゴルでの資源開発やEPA=経済連携協定の締結に向けた協議を加速させることなどを巡って意見を交わし、両国の関係強化を図りたい考えです。
安倍総理大臣は、30日から2日間の日程で、総理大臣としては7年ぶりにモンゴルを訪問し、エルベグドルジ大統領やアルタンホヤグ首相らと会談することにしています。
一連の会談で、安倍総理大臣は、石炭の輸入を含むモンゴルでの資源開発や、EPA=経済連携協定の締結に向けた協議を加速させることなどを巡って意見を交わし、両国の関係強化を図りたい考えです。
また、安倍総理大臣は、モンゴルが北朝鮮と国交があることを踏まえ、拉致問題の早期解決などに向けて協力を求めることにしています。
これに関連して、菅官房長官は29日の記者会見で、「これだけ円安になり、原発が停止しているなかで、戦略的にエネルギーの調達方法を考えることが必要だ」と述べました。
安倍総理大臣としては、沖縄県の尖閣諸島を巡る問題で、日中関係の悪化した状態が続いているなか、中国と隣接するモンゴルとの関係強化を図ることで、中国をけん制するねらいもあるものとみられます。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130329k0000m070145000c.htmlより、
社説:日本とモンゴル 地球儀を眺めるように
毎日新聞 2013年03月29日 02時30分

 安倍晋三首相がこの週末にモンゴルを訪問する。それに先立ち28日には横綱・白鵬関が首相官邸に安倍首相を表敬訪問し、モンゴルの満天の星の美しさなどについて語り合ったという。大相撲のモンゴル人力士の大活躍や蒙古(もうこ)斑など、日本とは古くからつながりもゆかりも深い国だ。その絆を一層深めたい。
 かつて社会主義国家として旧ソ連の影響下にあったモンゴルは、90年代初めに自由選挙を実施して民主化した。日本は支援を続け、10年度までの政府開発援助(ODA)供与額2114億円は対モンゴル援助国中第1位。モンゴルの対日感情は極めて良く、モンゴル国立大学が04年に実施した世論調査で、日本は「最も親しくすべき国」のトップだった。日本語学習熱も高い。
 中国とロシアに南北をはさまれた草原の大国モンゴルは、地政学的に極めて重要な位置にある。また、石炭やレアメタルなど資源も豊富で、良質な原料炭があるタバン・トルゴイ炭田開発計画には日本も参画する方向で話が進んでいる。
 そのモンゴルは今、中露両国の間に埋没しないためにも西側への接近を強めている。とりわけ日本のことは「第3の隣国」と呼び、初の経済連携協定(EPA)を日本と結びたいとして既に交渉入りするなど、対日期待感は非常に強い。
 最近では、政治・安全保障の分野での連携強化も日本に求めてきている。昨年秋に日朝政府間協議がウランバートルで開かれたのも、単なる場所貸しを超えた、モンゴルの対日協力姿勢の表れである。
 こうしたモンゴルからの「ラブコール」に、日本はもっと積極的に応える必要がある。日本はモンゴルと10年に戦略的パートナーシップの構築で合意し、政治や経済の分野だけでなく文化・人的交流を進めているが、まだ十分とは言えない。日本からは7年ぶりの首相訪問となる機会を、この大事な親日友好国との関係強化につなげてほしい。
 安倍首相は「外交は単に2国間関係だけを見つめるのではなく、地球儀を眺めるように世界全体を俯瞰(ふかん)して戦略的な外交を展開していく」(所信表明演説)と強調している。その観点から言えば、今回の首相のモンゴル訪問は4月末に見込まれるロシア訪問と5月に想定される日中韓サミットにつながる、対外戦略の一環だ。日露、日中関係をにらむ、大きな外交ゲームの布石でもある。
 国際社会で信頼できる仲間を増やし、外交の裾野を広げれば、対外的影響力も高まるし、近隣諸国との2国間関係にもプラスになる。モンゴルの民主化を支えることは、まさにそういうことであろう。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130328/k10013510671000.htmlより、
首相 白鵬の全勝優勝記録をたたえる
3月28日 15時14分

大相撲春場所で歴代単独1位、9回目の全勝優勝を果たした、横綱・白鵬が、28日、総理大臣官邸を訪れ、安倍総理大臣は「心技体が備わっていないとできない、すばらしい記録だ」とたたえました。
大相撲春場所で歴代単独1位となる9回目の全勝優勝を果たした、横綱・白鵬は、28日昼すぎ、総理大臣官邸を訪れ、安倍総理大臣に記録達成を報告しました。
安倍総理大臣が「大鵬と双葉山という2人の力士の記録を破ったことはすばらしい。全勝優勝9回というのは、簡単な記録ではなく、まさに心技体が備わっていないとできないものだ」とたたえたのに対し、白鵬は「尊敬する2人の記録を破っていいのかなという気持ちもあったが、本当に光栄に思っている」と答えました。
安倍総理大臣は、30日から2日間の日程で白鵬の出身地・モンゴルを訪問し、エルベグドルジ大統領らと会談する予定で、白鵬は、手形とサインを記した色紙を大統領に手渡してほしいと安倍総理大臣に託しました。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013033102000119.htmlより、
東京新聞【社説】週のはじめに考える 新入生よ、本を読もう
2013年3月31日

 小学校、中学、高校、そして大学の新入生の皆さん、おめでとう。入学を祝うとともに、本を読もうと呼びかけたい。新しい世界がそこにはあります。
 本はまさに知恵の宝庫です。ネットのことは、あとで述べるとして、まず図書館の有名な話をふたつ紹介しましょう。
 一つめは、あのマルクスです。思想の当否はともあれ、彼が大英博物館の図書館を仕事場としていたことはよく知られています。
 ある日、本をもった入館者が席を探していると、図書館員がこう話しかけたそうです。

◆図書館から生まれた
 「もしもし、ここは空けておいてください。ここはドクター・マルクスの席です。必ずお見えになりますので」
 入館者は驚いて、
 「あの『共産党宣言』を書いた人ですって」
 マルクスは、その席で毎日十時間仕事をしたそうです。経済学の本を読み、英国の工場内労働の年報を調べた。『資本論』などはそこから生まれたのです。
 もう一つの話は、二十世紀半ばのアメリカ人女性のことです。
 名はベティ・フリーダンさん。のちに女性解放運動の旗手となる人ですが、二人目の子の妊娠を理由に新聞社を解雇され、いわゆる専業主婦になっていました。
 経済的に不自由ではなかったが「理由の分からない空虚な気持ち」をもったそうです。一体何が女性を苦しめているのか。
 彼女はニューヨークの公立図書館へ行きました。
 参考図書を探し、過去の婦人雑誌を調べ上げ、本を書いた。題は「フェミニン・ミスティーク(邦題・新しい女性の創造)」。二百万部を売るベストセラーになり、世界で読まれました。

◆温故知新は古典から
 図書館の世話になった作家や学者は数え切れないのですが、この二人を紹介したのは、亡命中のロンドンで夜具や下着にも困るような赤貧のマルクス、あるいは生き方に疑問を持ち始めたフリーダンさんを最後に助けたのは本だったという、単純だが重要な事実を知ってほしかったからです。
 ネットには大量かつ最新の情報が蓄えられています。引き出すのも簡単です。
 それに対して、本は長年の蓄積が豊富にあり、著者と出版社の名が明示されてもいます。中でも古典と呼ばれる人類の知恵は、時代とともに磨かれてきたのです。
 もし今、マルクスやフリーダンさんがいたのなら、ネットで最新情報を得て、発信もしたでしょうが、考察の深みへと進むには知識の蓄積に勝る本がやはり必要だったのではないでしょうか。
 温故知新といいます。過去の知識から新しい考えを得るのです。
 小中高の生徒は読書指導により読書量を増やしているのに、大学生のそれは減っているそうです。 大学生協の調査(二〇一一年)では、大学生の一日の読書時間は三十二分(前年比二・六分の減少)一カ月の書籍代は千八百五十円(同二百四十円の減少)だったそうです。ネットの影響もあるのでしょうが、要は知識欲です。それを満たすのはやはり本でしょう。
 さまざまな読書案内の中、たとえば東京大学出版会の宣伝誌「UP」は一九八八年以来「東大教師が新入生にすすめる本」という特集を毎年組み、二〇一一年までの二十四年間で延べ五百七十人の教師が約三千四百冊を紹介。その中で、印象に残った本、これだけは読んでおこう、として選ばれた数の多かった本は以下のようです。
 一位は三冊あって、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」、カール・マルクス「資本論」、高木貞治「定本 解析概論」。
 二位はルネ・デカルト「方法序説」とマックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」。三位はベネディクト・アンダーソン「定本 想像の共同体」。国民国家の成り立ちを説いています。
 小説では五位ドストエフスキー「罪と罰」、六位高橋和巳「邪宗門」、トルストイ「戦争と平和」、セルバンテス「ドン・キホーテ」、七位曹雪芹「紅楼夢」など。

◆まずは一冊手にとって
 懐かしい本があり、また読み損ねていた本もあるでしょう。
 私たちは情報過多時代に生きています。本は押し寄せてくるようです。しかし、この一冊という本にはめったに出合うものでもありません。それでも、その一冊を見つけるために、まずは一冊を読んでみようではありませんか。
 教訓めいたことは言いたくもありませんが、本を読むとは、未知なる自分を見つけることです。少々の忍耐を伴っても、それがきっと一番の近道なのです。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130331ddm002070077000c.htmlより、
時代の風:科学を究める意味=京都大教授・山極寿一
毎日新聞 2013年03月31日 東京朝刊

 ◇未知の扉、友と開く喜び−−山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
 先日、兵庫県西宮市で「第2回科学の甲子園全国大会」が開催された。2011年度に創設された科学好きな若い世代を育てる企画で、各都道府県の選考を経て選抜された高校生たちが、科学に関する知識とその活用能力を競う。筆記競技や実験競技にチームで挑み、総合点によって日本一を目指す。今年は愛知県立岡崎高校のチームが優勝した。

 その際、シンポジウムがあり、私もパネリストの一人として参加した。「一流の科学者に必要なモノとは何か」という恥ずかしくなるようなテーマだったが、それぞれ高校時代のころにもどって自分がたどった道を振り返った。面白いことに、パネリストの誰もが高校のときに描いていた道を歩んではいなかったし、研究者という職業に就くことを夢見ていたわけではなかった。

 現代は、多くの高校生が大学へ進学する時代である。大学院に進み、博士号を取って研究者の道を歩む若者も多い。しかし、高校生たちがもし、研究者という職業に憧れて科学をやろうと言うなら、それは間違いだと私は思う。科学は職を得るために志すものではないからだ。新しい発見をしたい、未知の世界を見たい、常識を変えたいという気持ちが科学への興味を高めるのであって、科学が職業を約束するわけではない。

 成績の優秀な者が一流の科学者になるとは限らない。誰も気がつかなかった現象に目をとめ、答えのまだない質問を立て、愚直にそれを追い求めた末に発見という栄誉に恵まれることになる。失敗を繰り返し、なかなか結果が出ずに落ち込み、自分の能力を疑うこともしばしばある。分野の違う人々の意見を取り入れながら長い試行錯誤を経て、結局何も新しいことを見つけられなかったということもある。

 でも、思いがけない発見や出会いをして、「そうだったのか」と未知の扉が開く瞬間に立ち会うことがある。その経験が科学者として至福の報酬である。それがこれまでの常識を塗り替えるような考えにつながればなおさらのことだ。

 ひょっとすると、大学入試をゴールとする小、中、高校を通じた受験勉強が、成績重視の競争意識を駆り立てているのかもしれない。出された問題の正解にいかに早くたどりつくかが成績を左右し、その競争に勝つことがいい進路と将来につながるという考えが蔓延(まんえん)している。いい成績は優秀な研究者の道を開き、個人に栄誉をもたらすとの錯覚を生み出してはいないだろうか。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130331ddm002070077000c2.htmlより、
 大学に入ってくると、これまで経験してきた学問と違うことに大きな戸惑いを覚える。大学では答えの分かっている問題よりも、まだ答えのない課題があることを教える。複数の答えがある問題もあるし、そもそも答えが求められていないこともある。必要なのは常識にとらわれずに自分の考えをまとめ、それを確固とした根拠をもって説明することだ。

 知識を広く正しく習得することだけが求められるのではない。ときには既存の学問世界に挑戦して自分で問いを立て、その答えを出すことが要求される。高校で学習した学問との違いに驚き、自分でどういう学習をしていいかわからずに悩む学生も多い。しかも昨今は、大学に入って友達ができずに悩んでいる学生が少なからずいると聞く。でもそれはおかしい。科学という学問は友達を作り、自分の思考を磨くものであるはずだ。

 科学の知識を生かすというのは、自分を高めて他者との競争に勝ち、多くの報酬を得ることではない。ときには異なる知識や違った能力をもつ人々がチームを組み、役割を分担して目標達成に挑む。その際は、自分が抜き出ることより、それぞれの能力を生かして助け合うことが必要になる。大学を出て企業に入ればチームの中で働くことが求められるし、実験室で研究をするときもチームでプロジェクトを組むことが多い。一流の国際誌に載る論文は、数十人の共著者が名を連ねることもまれではない。個人の競争ではなく、チームワークが良い結果につながるのである。

 日本の若者は国際競争力を高める必要があると言われている。その意味で科学の甲子園はいい試みであると思う。チームで科学力を競う大会だからである。チームの中で互いの能力や持ち分を生かし、知恵を寄せ合ってひとつの問題に取り組む。その競争力こそが日本の科学と技術の将来に必要なのだ。

 科学は文化や宗教の壁を越えて常識を作る。それはこれまで科学の道を志した人々の無数の問いによって更新されてきた。その世界は功名心ではなく、新しい発見と事実に基づいて未知の扉を開けたいという謙虚な心によって支えられてきた。科学は世界の見方を共有して友を作り、平和をもたらす大きな力となる。ぜひ、その真の魅力を現代の若者に知ってほしいと思う。=毎週日曜日に掲載

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO53431950R30C13A3PE8000/より、
日経新聞 社説 初外遊に込めた習氏の思惑
2013/3/31付

 1国の首脳の外国訪問に政治的なメッセージが込められるのは当然だろう。まして初外遊となればメッセージ性は強い。
 中国の習近平国家主席は、就任後初めての外遊でロシアとアフリカ3カ国を訪れた。伝わって来るのは、米欧主導の国際経済秩序を揺さぶり、新たな秩序を生み出したいという意欲だ。
 胡錦濤前国家主席の初外遊先もロシアだった。国際問題で米欧に対抗して共闘する局面が多いうえに、習政権が唱える「海洋強国」の実現にはロシアとの関係安定が欠かせない事情がある。太平洋やインド洋での存在感を高めていくための戦略的な布石として、対ロ関係を重視しているわけだ。
 胡前主席はロシアの後、カザフスタンとモンゴルを訪れた。習主席がアフリカに向かったのは、主要な新興5カ国(BRICS)の首脳会議が南アフリカで開かれたためだが、同時に、中国外交の軸足が近隣諸国からグローバル規模に広がったからでもあろう。
 中国とアフリカ諸国の経済関係は急拡大しており、アフリカでは「中国製品がアフリカの製造業の発展をそこなっている」といった不満も出始めている。習主席は配慮する構えを示したが、今のところ具体策は乏しい。
 新たな国際経済秩序をめざす中国の思惑が端的に表れたのは、首脳会議で合意した「BRICS開発銀行」の設立計画だ。米欧の強い影響下にある世界銀行や国際通貨基金(IMF)を揺さぶり、その存在感を相対的に弱めようという狙いがうかがえる。
 IMFや世銀は途上国の経済実態への配慮や柔軟性を欠いているとの批判を浴びてきた。BRICS開銀がこうした問題の是正に役立てば意義は小さくない。
 ただ中国の対外援助はかねて不透明と指摘され、人権や環境への目配りも足りない。BRICS開銀が透明性の高いルールづくりを阻害したり、やみくもな経済開発を促したりする心配は拭いきれない。注視していく必要がある。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 3月 30 日(土)付
BRICS―新興国が担う重い責任

 新たな開発銀行は、世界に貢献するものになるだろうか。
 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ5カ国(BRICS)の第5回首脳会議が開かれ、各国が出資、運営する開発銀行の設立で合意した。
 アフリカを中心に道路や橋などのインフラ建設を進め、陰りの見える成長に再び弾みをつける狙いなのだろう。
 主要新興国がつくる開発銀行によって貧困撲滅が進むのなら歓迎だ。しかし、先進国グループへの対抗姿勢ばかりでは、懸念を抱かざるをえない。
 これまで途上国への開発援助は、主に世界銀行や国際通貨基金(IMF)をはじめとする国際金融機関や先進国が担ってきた。成功談だけではないが、途上国の発展を助け、民間投資の呼び水にもなってきた。
 そうした開発援助では、住民の人権侵害や環境破壊、汚職が起きないよう注意を払うことが原則だ。そのことが途上国政府との対立を招くことも少なくなかった。
 最近では、バングラデシュを流れる大河パドマ川にかかる巨大橋の建設計画をめぐる汚職疑惑で、世銀と現地政府が対立。結局、政府は融資を辞退し、日本の円借款も棚上げになった。汚職への認識で、先進国と途上国との間には違いが残る。
 一方、アフリカでの資源確保に躍起になっている中国は、原油を有するスーダンなど非民主的な国や、コンゴ(旧ザイール)のように紛争がくすぶる国にも援助を続けている。
 開発銀行構想が、こうした支援を正当化するようであってはなるまい。
 「南の台頭」をテーマにした国連の人間開発報告書でも、経済のグローバル化を追い風にした途上国の発展を持続させるためには、貧富の格差の是正、国民が幅広く参加する政治の実現、女性の教育拡充といった取り組みが必要だとしている。
 BRICS内を見ると、各国は地球温暖化交渉などで独自の姿勢を打ち出しており、さまざまな分野で一致した行動がとれるのか疑問もある。
 中国やインドは世銀やアジア開発銀行の融資を受ける身でもある。今後、援助する側としての存在感を強めるなら、先進国との緊密な対話や政策調整が欠かせない。
 合わせれば世界経済の2割、総人口の4割を占める国々だ。G20のメンバーとして、世界経済の運営や国際政治上でも重要な役割を担う。
 その責任の重さを忘れないでもらいたい。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130327/k10013497511000.htmlより、
新興5か国 新銀行創設で合意
3月27日 23時11分

南アフリカで開かれていた中国やロシアなどBRICSと呼ばれる新興5か国の首脳会議は、新興国主導で途上国の開発を支援する銀行を創設することで合意し、具体的な協議を始めることになりました。
南アフリカのダーバンで開かれていたBRICSと呼ばれるブラジル、ロシア、インド、中国、それに南アフリカの5か国の首脳による会議は、27日、2日目の協議が開かれ、閉幕しました。
会議では、新興国が主導する形で途上国の開発を支援する銀行を創設することで合意し、来年のBRICS首脳会議までに具体的な協議を始めることになりました。
また、国際的な金融危機が起きたときに備えて、新興国同士で外貨を融通し合う仕組みづくりを進めることでも合意しました。
こうした取り組みは、これまで世界銀行やIMF=国際通貨基金などを通じ、欧米の先進国が主導する形で行われてきましたが、リーマンショックやヨーロッパの信用不安など、先進国の経済的な基盤が揺らぐなか、新興国がいわば自衛策に乗り出したものと受け止められています。
また、今回の会議では、中国から就任したばかりの習近平国家主席が出席して、新興国同士やアフリカ各国との連携の強化を訴えており、今後もBRICS会議などを足場に、先進国中心の国際経済秩序の在り方に一石を投じていくものとみられます。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013032701067より、
開発銀行設立で正式合意=詳細は協議継続-BRICS首脳

 【ロンドン時事】ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国(BRICS)首脳は27日、南アで開催している会合で、途上国のインフラ整備資金を支援する「BRICS開発銀行」の設立で正式合意した。ただ詳細はなお未定で、9月に開催する予定の次期会合に向け協議を継続する。(2013/03/27-22:51)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013032701002071.htmlより、
BRICS銀行設立へ 途上国支援で5国基本合意
2013年3月27日 22時28分

 【ダーバン共同】中国やロシア、インドなど新興5カ国(BRICS)の首脳会議は27日、南アフリカ東部ダーバンで、発展途上国のインフラ整備支援を目的とした「BRICS開発銀行」設立で基本合意した。
 5カ国は新銀行の設立により、国際通貨基金(IMF)や世界銀行を中心とする米欧主導の経済秩序に直接対抗する構えだ。アフリカやアジアへの支援強化を通じ、国際政治の場で影響力を拡大する意図もうかがえる。
 議長を務めた南アフリカのズマ大統領は声明で、5カ国が「BRICS主導の開発銀行設立へ向け、正式交渉入りすることを決めた」と表明した。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013032701000804.htmlより、
BRICS首脳会議が開幕 開発銀行設立が焦点
2013年3月27日 10時29分

 【ダーバン共同】中国やロシア、インドなどの新興5カ国(BRICS)の首脳会議が26日、南アフリカ東部ダーバンで開幕した。27日までの日程で、発展途上国支援を目的とする「BRICS開発銀行」の設立でまとまるかが焦点。中国の習近平国家主席は就任後、初の国際会議への出席となった。
 5カ国は昨年の首脳会議で、発展途上国のインフラ整備などに融資する開発銀行の創設に向け、詳細を検討することで合意。南アのゴーダン財務相らは今年の首脳会議開幕に先立ち、5カ国の財務相が銀行設立で基本合意したと認めた。ただ出資金など詳細ではまとまらなかったとの報道もある。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130327/k10013475881000.htmlより、
「BRICS」新興5か国の首脳会議
3月27日 6時51分

中国やロシアなどBRICSと呼ばれる新興5か国の首脳会議が南アフリカのダーバンで始まり、先進国中心の国際経済秩序に対し新興国がどこまで連携を強化できるか注目されています。
BRICSと呼ばれる、ブラジル、ロシア、インド、中国、それに南アフリカの5か国の首脳による会議は、26日から南アフリカのダーバンで始まり、初日は、歓迎の式典と夕食会が催されました。
会議には、就任したばかりの中国の習近平国家主席も出席し、会議に先立って行われた南アフリカのズマ大統領との会談で、「互いの核心的利益に関わる問題では、支持しあうことが必要だ」と述べ、沖縄県の尖閣諸島をはじめ領土を巡る対立などを念頭に中国への支持を求めました。
これに対してズマ大統領は、「南アフリカにとって中国は最大の貿易相手であり、これからも中国企業がより多くの投資を行うことを希望する」と述べ、今後も中国との関係を強化していく考えを示しました。
首脳会議では、金融危機などの際に経済を安定させるため新興国どうしで外貨を融通しあう新たな枠組み作りや、新興国主導で途上国の開発を支援するための銀行の設立など、先進国中心の国際経済秩序に一石を投じる議論が行われる見通しで、新興国どうしの連携をどこまで強化できるか注目されています。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013032601086より、
南アフリカと戦略協力強化=習主席、ズマ大統領と会談-中国

 【北京時事】南アフリカ訪問中の中国の習近平国家主席は26日、首都プレトリアでズマ大統領と会談した。中国外務省によると、習主席は「両国関係はより一層、戦略的意義と世界的影響を有するようになった」とした上で、「相手の核心的かつ重大な利益問題でお互いに理解・支持し続けなければならない」と述べ、双方は国際・地域問題で戦略的協力を強化することで合意した。
 習主席は「両国は重要な途上国であり、南アフリカを対外関係における優先国」と位置付け、「中国とアフリカの新たな戦略パートナー関係や、大規模な途上国同士の団結・協力の模範にする」と強調。中国と共に新興5カ国(BRICS)の一角を占める南アフリカとの関係を特別視する方針を示した。(2013/03/26-22:59)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013032601002465.htmlより、
世銀に対抗する開銀設立を確認 中国主席と南ア大統領
2013年3月26日 20時58分

 【ダーバン共同】中国の習近平国家主席は26日、南アフリカの首都プレトリアで同国のズマ大統領と会談した。国営通信、新華社が報じた。26、27両日に同国ダーバンで開かれる新興5カ国(BRICS)首脳会議での設立合意を目指している「開発銀行」について、両国の考えを最終確認したとみられる。
 開発銀行の設立は、発展途上国のインフラ整備が最大の目的。欧米主導で途上国に融資してきた世界銀行の枠組みに対抗する狙いもある。中国は成長が見込まれるアフリカ市場を念頭に、開発銀行での主導権を握りたい考えだ。
 習、ズマ両氏はBRICS首脳会議に参加する。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130326/k10013449901000.htmlより、
習主席 新興5か国首脳会議に出席へ
3月26日 4時58分

中国の習近平国家主席は、就任後初めて臨む国際会議として、26日から南アフリカで開かれるBRICSと呼ばれる新興5か国の首脳会議に出席し、新興国との一段の関係強化を図るものとみられます。
BRICSと呼ばれる、ブラジル、ロシア、インド、中国、それに南アフリカの5か国の首脳による会議は、26日から南アフリカのダーバンで2日間にわたって開かれます。
ロシアとタンザニアへの訪問を終えた中国の習近平国家主席は、この首脳会議に出席する予定で、習主席にとっては、就任後初めて国際会議に臨むことになります。
会議では、先進各国が大規模な金融緩和を行うなかで資源や穀物が値上がりし、新興国の経済に影響を与えている問題や、世界経済が混乱した際に、新興国の金融システムを守るため、互いに外貨を貸し出す協定を結ぶことなどが話し合われる見通しで、習主席は、新興国との一段の関係強化を図るものとみられます。
また、今回は、BRICSとアフリカの発展途上国の首脳どうしの会談も行われる予定です。
中国は、アメリカなど先進国と渡り合っていくために、新興国や発展途上国との関係強化を外交政策の柱の一つに掲げており、習主席がどのような外交手腕を見せるかに関心が集まっています。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO53431920R30C13A3PE8000/より、
日経新聞 社説 海洋資源をいかす開発技術の育成を
2013/3/31付

 政府は愛知・三重県沖の海底地層に広がるメタンハイドレートから、世界で初めて天然ガスを取り出すことに成功した。南鳥島沖の海底の泥には、携帯電話やハイブリッド車の生産に欠かせないレアアース(希土類)が高い濃度で含まれていることもわかった。
 商業生産には割高なコストなど課題が多く、輸入に頼る日本の資源自給率がすぐに改善するわけではない。だが、日本を取り巻く広大な海洋には豊かな資源が眠る。国産資源の利用に向けて開発技術を育てていくことが重要だ。
 メタンハイドレートは天然ガスの成分が地中深くで水と結びついた氷状の物質だ。日本周辺の海域には日本の天然ガス消費量の100年分が存在するという。
 ハイブリッド車のモーターに使うジスプロシウムも、海洋研究開発機構などの調査で日本近海に国内消費量の230年分を超える量が存在する可能性が出てきた。
 海底から噴き出した熱水に含まれる銅や亜鉛、金などの金属成分が積もってできる熱水鉱床も伊豆諸島や小笠原諸島などの周辺に分布することがわかっている。
 夢は膨らむが、過大な期待は禁物だ。現状ではどれも採算の確保が難しい。メタンハイドレートは日本が輸入する液化天然ガス(LNG)の価格に比べて何倍も高い。中国に輸入の大半を依存するレアアースでは代替技術の開発や調達先の分散が先行する。
 それでも海洋資源を効率良く探したり、掘り出したりする技術の確立に取り組む意義は大きい。
 原子力発電所を代替する火力発電用のLNGや原油の輸入が急増し、年間3兆円規模で国富が流出する要因となっている。国産資源という選択肢を持つことが、資源国に足元を見られずに、調達交渉を進める材料になる。
 メタンハイドレートはカナダの永久凍土層などでも埋蔵が確認されている。海外では海底の金属資源を掘り出す民間プロジェクトが動き出している。世界各地で本格化する競争に日本企業が加わるには技術が不可欠だ。
 メタンハイドレートでは地中から取り出す際に水とガスに効率的に分け、安定して生産する方法を確立しなければならない。そのためには当面、資金面などで国の支援が必要だ。政府は近く、新たな海洋政策の柱となる「海洋基本計画」を策定する。豊かな資源をいかす長期戦略が欠かせない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013031402000145.htmlより、
東京新聞【社説】海底メタン 眠る未来を掘り出そう
2013年3月14日

 「燃える氷」と呼ばれ、海底に埋まる次世代資源メタンハイドレートから、国が天然ガスの取り出しに初めて成功した。高いコストが課題となるが、国産エネルギー資源の早期活用を実現したい。
 メタンハイドレートは、天然ガスの主成分のメタンと水が低温高圧の環境で結合した氷状の物質。今回、試験採取が行われている愛知県・三重県沖には、国内の天然ガス消費量の十年分以上が埋蔵され、これを含め日本近海の海底には百年分に当たる量が埋まっているとの推計もある。
 日本が、メタンハイドレートの開発に成功すれば、将来の経済発展やエネルギーの安全保障につながる大きなチャンスとなる。
 国がこれまで、原発の使用済み燃料を再処理して使う核燃料サイクルにこだわってきたのも、国産のエネルギー資源を確保したいという悲願があったからだ。
 核燃料サイクルが行き詰まり、原発事故を転換点に、新たなエネルギー政策を模索する今、再生可能エネルギーとともに、メタンハイドレートの存在は重みを増している。
 ただ、国は二〇一八年度までに採取の技術の確立を目指す方針だが、商業化はまだその先。実現に向けては高いコストが最大の課題となる。
 試験採取では、深さ千メートルの海底にパイプラインを通して、さらに三百メートルの井戸を掘って水をくみ上げ、メタンハイドレート層の圧力を下げて水に分解して取り出す技術を用いた。生産コストは、日本が輸入している割高な液化天然ガス(LNG)の少なくとも二~三倍とされる。商業化は困難を伴うことが予想されるが、せっかく有望な資源が目の前の海に眠っているのだから、挑戦する価値は十分ある。
 鍵を握るのは技術革新だ。
 米国ではかつては採掘が困難とされた天然ガス「シェールガス」が、技術の進歩で採掘できるようになり、国内での天然ガスの生産量が大幅に増え、安価になった。その結果、経済を活気づかせ、中東へのエネルギー依存度も低下させる変化をもたらし「シェールガス革命」と呼ばれている。
 メタンハイドレート開発も、もちろん同様の可能性がある。新しい技術の挑戦はレアアース(希土類)など他の海洋資源開発にもつながるだろう。産官学の協力で一つ一つ課題を克服し、一日でも早く、眠れる海洋資源を日本の未来に生かしたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013031201001452.htmlより、
次世代ガス産出に成功、世界初 愛知沖海底、メタンハイドレート
2013年3月12日 12時21分

 経済産業省資源エネルギー庁は12日、次世代エネルギーのメタンハイドレートが埋まる愛知県沖の東部南海トラフ海域の地層からメタンガスを分離して取り出す試験に成功したと発表した。海洋でガス産出は世界初となる。資源の少ない日本にとって、貴重な国産エネルギー資源となる可能性がある。
 作業は経産省の委託を受けた独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)や産業技術総合研究所が実施している。
 昨年、地球深部探査船「ちきゅう」の特殊なドリルで水深約千メートルの海底を約300メートル掘り進めてガス産出の井戸を構築した。(共同)

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 3月 31 日(日)付
法律家の養成―「利用者のため」を貫け

 法律家のため、ではない。あくまでも市民、利用者の視点から考える。その姿勢を見失うことなく、いまの厳しい局面を乗りこえたい。
 政府の法曹養成制度検討会議が中間提言案を公表した。
 法科大学院を出たのに司法試験に受からない。合格して弁護士になっても仕事がない。法律家をめざす若者は年々減る。
 こんな悪循環を何とかしようと議論してきた。提言案には、教育体制が十分でない法科大学院の統廃合を進める、司法試験の合格者数を「年3千人程度」としている政府の目標を取りさげる、などが盛りこまれた。
 「3千人」は一連の司法改革の旗印だが、私たちは社説で、こだわる必要はないと書いてきた。合格者数はこのところ約2千人で推移していて、事実上、意味を失っている。
 ただし、今回の提言が改革の理念の放棄や後退につながるようなことがあってはならない。
 身近で頼りがいのある司法を築くには、質量ともに豊かな法律家が必要だ。そして、そんな人材を世に送りだすために、一発勝負の司法試験という「点」による選抜ではなく、教育の過程を大切にする。この考えはいまも色あせていない。
 法律家が力をふるう場は法廷だけでない。国際ビジネス、福祉、地方自治、犯罪者の社会復帰支援といった新しい分野で、能力とやる気のある弁護士が活躍する例が増えている。
 問題は、こうした潜在的な需要をすくいあげ、うまく目に見える形にできていないことだ。
 費用が心配で弁護士を頼めない人が出ないよう、政府は十分な予算をつける。条例づくりや政策の立案、コンプライアンス体制の確立などに法律家をもっと活用する。弁護士もまた、意識と仕事のやり方を見直し、さまざまな現場に積極的に飛び込んでいく必要がある。
 法律家という仕事の魅力を人びとに再認識してもらうためにも、活動領域の拡大は全力でとり組まねばならない課題だ。
 一方で、能力に欠け、あるいは倫理にもとる行いをした者に退場を迫ることも必要だ。
 最近、大幅にふえた若手弁護士の質が問題にされる。だが問われるべきは若手だけか。
 弁護士に関する詳しい情報を開示したり、第三者による評価制度をとり入れたりして、市民が弁護士を適切に選べるようにする。かねて提案されながら、話が進まないのはなぜか。
 互いに競い合い、多くのたくましい法曹を育てる。その土壌の上に、司法改革は実を結ぶ。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO53392110Q3A330C1EA1000/より、
日経新聞 社説 法曹養成は改革の理念貫け
2013/3/30付

 法曹界を担う人材を養成する制度について、見直しを議論していた政府の検討会議が中間提言案をまとめた。司法試験の合格者数を年間3千人程度まで増やす政府目標を「現実性を欠く」として撤廃することや、法科大学院の統廃合を促すことが主な内容だ。
 合格者数が3千人に至らない今でさえ、数が急増したために弁護士が就職難に陥り、法曹の質の低下が懸念されている。当初の政府目標の数値が現実とかけ離れてしまったのは事実であろう。
 だからといって、現状を追認するような見直しを進めるのではなく、司法改革の理念であった「身近で使いやすい司法」を実現するための打開策を、さらに検討していくべきだ。
 政府は2002年、年間千人程度だった合格者数を「10年ごろに3千人に増やす」と決めた。だが一定のレベルを維持する観点から実際の合格者数は頭打ちとなり、2千人程度で推移している。
 その大きな原因は、人材育成を担う法科大学院にある。一部で統廃合があったものの、約70校が乱立する状況は変わっていない。単年度での合格率は平均で2割台に低迷し、法科大学院離れが進んでいる。改善の見込めない大学院は退場させ、全体の教育水準を高める必要がある。
 合格した後の問題も大きい。2千人台の合格でも、弁護士の数は10年間で1.7倍に増えた。一方で法律にかかわる仕事の需要は当初見込んだほど広がらず、就職できない弁護士が増えている。
 法曹の世界を志して法科大学院に入ったのに、司法試験に通らない。合格して弁護士になっても就職先がない。改革のはずが、悪循環に陥って、法曹が魅力のない世界になりかけてしまっている。
 提言案からは現状への危機感がにじむが、法科大学院の再生や弁護士の活動領域拡大に向けた対策について、十分な議論がなされたように思えない。最終提言をまとめる今夏までに、踏み込んだ具体策を提示していくべきだ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130329/plc13032903100001-n1.htmより、
産経新聞【主張】法曹検討会議 弁護士過剰は本当なのか
2013.3.29 03:09 (1/2ページ)

 政府の法曹養成制度検討会議が中間提言案で、司法試験の年間合格者数を3千人とした政府目標の撤回や、成果の上がらない法科大学院の統廃合を求めた。
 目標数値が現実性を欠き、教育機能を発揮できない学校がある以上、現行の在り方を見直すのは当然だ。ただ、これを安易に、司法制度改革の柱であった法曹人口の拡大という大目標の放棄につなげるべきではない。
 提言案も「全体としての法曹人口を引き続き増加させる必要があることに変わりはない」とクギを刺している。
 昨年の司法試験では過去最多の2102人が合格したが、政府目標の3千人にはほど遠い。
 合格率は25・1%で、法科大学院が開設された平成16年当時に想定された「7、8割」からもかけ離れている。経済的事情で進学できない人などのために始まった予備試験の合格率が、全体の平均を大きく上回る68・2%となる皮肉な結果も出ている。
 責任の多くは、乱立した法科大学院にある。昨年実績では全74校中20校で合格率が1割に満たず、ゼロの大学院もあった。
 改善の見込めない大学院を存続させる意味はない。
 弁護士になっても就職できない現実もあるという。事務所に入ることができず、携帯電話1本で独立する新人弁護士もいる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130329/plc13032903100001-n2.htmより、
2013.3.29 03:09 (2/2ページ)
 日弁連によれば、12年からの10年間で弁護士数は約1万8千人から3万人に増え、平均的な年間所得は1300万円から959万円に減少した。日弁連などは、数を増やすことは質の低下につながると訴えてきた。
 実際に、着服や詐取など耳を疑うような弁護士による事件も頻発している。だが、それを数の増加のせいだけにするのはどうか。
 日弁連などには弁護士増を背景に、若手を中心に地方に派遣する取り組みを進め、全国253カ所の地裁・地裁支部管内で弁護士が0か1人だけの「ゼロワン地域」をほぼ解消させた実績もある。
 法曹人口増はそもそも、国民の権利擁護を目的としたものだ。弁護士数だけを急増させた経緯に問題はあるが、大きな方向性に誤りはない。併せて裁判官・検察官の充実も進め、企業での雇用や、福祉、教育分野への関与など、社会を挙げて、法曹有資格者の活用を図ることを検討すべきだ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130328k0000m070146000c.htmlより、
社説:司法制度 改革の理念は捨てるな
毎日新聞 2013年03月28日 02時33分

 司法制度の見直しを議論している政府の法曹養成制度検討会議が中間とりまとめ案を公表した。
 司法試験の合格者数を「年間3000人程度に増やす」とした02年の閣議決定の目標を「現実性を欠く」として撤回することや、法科大学院の統廃合促進などが盛り込まれた。
 現在の司法制度の骨格を作ったのは、01年にまとめられた司法制度改革審議会の意見書だ。
 「法の支配」に基づく開かれた司法の実現を理念として掲げた。その上で、国民が利用しやすい制度面での基盤作り▽それを支える法律家の育成・拡充など人的体制作り▽裁判員制度創設に象徴される国民の司法参加−−が三つの柱だった。
 年間3000人の合格目標は、二つ目の柱の中核であり、それを支えるのが法科大学院のはずだった。今回の見直しは、司法改革の行き詰まりを端的に象徴する。
 司法試験の合格率は近年、20%台に低迷し、70校に及ぶ法科大学院間の実績のばらつきも大きくなった。「5年で3回以内」と限られている試験に合格できず、社会に放り出される学生が数千人規模で生まれた。
 それでも07年以降は毎年2000人を超える合格者が誕生し、多くの法律家が世に出た。だが、その大半の受け皿となる弁護士を取り巻く環境は厳しい。
 事務所に就職できず、いきなり独立を余儀なくされる新人が増えている。一方、ベテランも新人急増による競争環境の変化に音を上げる。
 訴訟の数などが当初の想定より増えていない。公務員や企業などへの進出も限られ、弁護士の活動領域も拡大していない−−。そんな声がある。確かにそういった側面は否定できない。だが、国民は以前より弁護士にアクセスしやすくなり、選択も可能になったのは確かだ。裁判以外で紛争を解決する手段も増えた。
 中間とりまとめ案も「法曹人口を引き続き増加させる必要がある」と結論づけた。弁護士が活動できる未開拓分野がまだまだあるということだ。さまざまな貿易交渉が国家間で進む中、経済取引など海外業務での対応もその一つだ。国内に目を向ければ、成年後見人など福祉の分野での役割を期待する声は強い。
 開拓努力は、弁護士だけが負うものではない。司法改革の三本柱の一つである国民が利用しやすい制度作りは政府の役割だ。地方都市での弁護士活動を活性化させるためには、地裁支部や簡裁にもっと人の手当てをすべきだろう。経済的理由で国民が法的な問題解決をあきらめることがないよう、弁護費用立て替えなど法律扶助の予算も拡充すべきだ。そういった取り組みを進めてほしい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130331k0000m070066000c.htmlより、
社説:主権回復式典 祝う日より考える日に
毎日新聞 2013年03月31日 02時32分

 政府が4月28日に開催する主権回復記念式典に対し、沖縄県の反発が強まっている。この日はサンフランシスコ講和条約が発効し米国の占領が終わった日だが、同時に沖縄、奄美、小笠原が切り離されて米国の統治下に置かれたため、沖縄では4・28を「屈辱の日」と呼んでいるからだ。式典開催にあたっては、同じ国内にこうした歴史認識の違いがある現実を忘れてはならない。
 戦争に敗れた日本は、7年近い連合国軍総司令部(GHQ)の占領統治を経て1952年の4月28日に正式に独立を果たし、やっと一人前の国家として世界から認められた。近代国家が独立の節目の日を大事にするのは自然なことだろう。
 講和条約発効によって日本は戦前の植民地などの領土を放棄し、東京裁判を受諾した。同時に日米安保条約も発効し、吉田茂首相の下で西側自由陣営の一員としての一歩を踏み出した。吉田ドクトリンとも呼ばれる軽武装・経済成長路線は、日本の平和と繁栄の礎となった。
 その一方、取り残された沖縄はその後20年に及ぶ米国統治を経て、72年5月15日にやっと本土復帰を果たした。今に至る米軍基地の過度な集中とそれに対する沖縄の怒りの原点は4・28にある。その意味では戦後日本の明も暗も、すべてがこの日から始まったと言っていい。
 であるなら、4・28を単に米国の占領のくびきから解き放たれた日として祝うのは、思慮に欠ける振る舞いだ。ましてや、憲法など占領期に形づくられたものを否定するためのような、保守イデオロギー色の強い式典であってはならない。
 むしろ、なぜ米国の占領統治に至ったのか、なぜ戦争を防げなかったのか、なぜ戦前の日本は世界から孤立したのかを考える日であるべきではないか。その反省を踏まえ、二度とあのような失敗を繰り返さないためには何が大切なのかを深く自問自答する日にするのである。
 世界から見るなら4・28は、戦前の軍国主義と一線を画して平和主義の国、自由・人権・民主主義を基本とする国際協調的な国に生まれ変わった日本を迎え入れた日である。その視線を忘れず、常に国際社会の中の日本であり続けなければならない。
 若い世代には米国に占領された歴史も、講和条約と日米安保条約が同時に発効した事実も、知らない人が増えているという。歴史に学ぶことが必要である。4・28は私たち一人一人が過去の出来事と真摯(しんし)に向き合い、若い世代も含む全ての日本人が過ちなき未来を思い描く機会にしたい。そのためにも式典はできるだけ簡素が望ましい。祝う日ではなく、静かに考える日にしたい。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-204587-storytopic-11.htmlより、
琉球新報 社説 「主権回復」首長意向 「祝賀」式典は中止を
2013年3月30日

 県議会が4月28日の「主権回復の日」式典開催への抗議決議を全会一致で可決した。県内の市町村議会でも、式典への抗議決議や意見書を可決する動きが顕著だ。
 琉球新報が県内41市町村の全首長を対象に実施した「主権回復の日」に関する緊急アンケートでは、式典開催については約8割が反対し、賛成はいなかった。
 沖縄は民主主義の手法を尽くして、式典の見直しを求めているのだ。政府はこの事実を重く受け止めるべきだ。
 サンフランシスコ講和条約で、日本の独立と引き換えに沖縄が日本から分離され、米軍統治下に置かれることになった。条約が発効した1952年4月28日を、沖縄では「屈辱の日」と呼ぶことを知らない首長はいまい。「主権回復」と肯定的に捉える式典に賛成する首長がいないのは当然だ。
 安倍晋三首相に問いたい。この結果を見ても式典を開催するのだろうか。このまま式典を強行すれば、どんな言葉で取り繕うとも、沖縄差別は決定的となる。「主権」の現状について徹底検証することこそ先決であり、式典開催を強行すべきではない。
 日本が真の民主国家であり、沖縄の声に理解を示す気持ちがあるならば、式典開催を見送るのが筋だ。式典は「国際社会復帰60年」を記念したものでもある。対米追従外交を繰り返し、日米地位協定の不平等性を放置しているのに、果たして「主権回復」と胸を張れるのか。
 政府が国会議員に参加を呼び掛けた案内状は、沖縄や奄美、小笠原が米国の施政権下に置かれたことにも、いびつな主権国家としての現実にも触れず「わが国の完全な主権回復」などと記述する。全く理解に苦しむ。
 安倍首相や菅義偉官房長官は「沖縄県の苦難の歴史を忘れてはならない」と繰り返していたが、あれは一体何なのか。結局、沖縄への配慮はうそなのか。こうした場当たり的な姿勢に、どれだけ県民が失望し、憤っているかを想像してもらいたい。
 アンケートでは仲井真弘多知事の式典出席には6割以上が「出席すべきでない」としている。知事が当初、式典を「全く理解不能」と批判したことに、多くの首長が共感していると見ていい。知事は毅然(きぜん)と欠席を表明し、抗議の意思を伝えるべきだ。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-204360-storytopic-11.htmlより、
琉球新報 社説 4・28抗議提案へ 全会一致の意思表示に意義
2013年3月24日

 政府が4月28日に開催する「主権回復の日」式典に対し、県議会の野党・中立会派と与党の公明県民会議が、抗議決議を提案することで大筋合意した。 1952年4月28日に発効したサンフランシスコ講和条約によって沖縄は日本から分離され、米軍統治下に置かれた。今日の基地過重負担の源流だ。
 その4月28日に政府が「主権回復の日」として式典を開催する。これに対し、沖縄の意思を示す必要がある。与党最大会派の自民は抗議決議への対応を保留したままだが、当然、違和感を覚えていよう。異議申し立てをためらうことはあるまい。全会一致での決議を望みたい。
 安倍晋三首相は式典開催を表明した当初、沖縄に全く言及しなかった。沖縄の「主権剥奪」を許したことをきちんと認識し、後ろめたさを感じていたのなら、なぜ言及しなかったのか。「祝賀」行事のことで頭がいっぱいだったのではないか。どう言葉を取り繕っても、本音が「祝賀」式典であれば、どうして沖縄が賛同できよう。
 政府と自民党に沖縄への配慮を求めた自民党県連は「歴史的な事実を否定することはできない」と式典中止までは求めなかった。腰が引けていないか。日本の独立のために沖縄が切り捨てられた歴史事実への認識を厳しく問いただすべきではなかったか。
 式典開催を閣議決定した安倍政権は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古沖への移設に向けた公有水面埋め立て承認申請書を提出した。知事をはじめ、県内全41市町村長の反対にもかかわらず、辺野古移設を強行する構えだ。民意を踏みにじる暴挙だ。
 「主権回復の日」式典の開催も辺野古埋め立て申請も沖縄に過重負担を強いる「構造的差別」に根差しており、それぞれが沖縄にとっては過酷な仕打ちだ。
 基地の過重負担の元凶となった日の祝賀行事も、非民主的な政府の施策も、沖縄は甘受しない。民主的に異議申し立てを続けるほかないだろう。
 自民県連が政権与党に毅然(きぜん)とした態度で沖縄の立場を主張することは、結果としてこの国の民主主義の成熟にプラスとなるはずだ。民意の支持なき辺野古移設についても、態度を変えるべきは日米合意に固執する党本部であって、県連ではない。ぶれずに沖縄の立場を貫いてもらいたい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 3月 21 日(木)付
主権回復の日―歴史の光と影に学ぶ

 一人ひとりに忘れられない日があるように、国や社会にも記憶に刻む日がある。
 たとえば、東日本大震災がおきた3月11日、阪神・淡路大震災の1月17日――。国内外に多大な犠牲をもたらした先の大戦にまつわる日も同様だ。
 安倍内閣は4月28日を「主権回復の日」と位置づけ、政府主催の式典を開くと決めた。1952年のこの日、サンフランシスコ講和条約が発効し、連合国による日本占領は終わった。
 「経験と教訓をいかし、わが国の未来を切りひらく決意を確固なものとしたい」という首相のことば自体に異論はない。
 自分たちの考えで、自分たちの国があゆむ方向を決める。その尊さに、思いをいたすことは大切である。
 だが、外国の支配を脱した輝きの日という視点からのみ4・28をとらえるのは疑問だ。
 独立国として再出発した日本に、奄美、小笠原、沖縄はふくまれていなかった。最後に沖縄が復帰したのは72年5月15日。それまでの間、米軍の施政権下におかれ、いまに続く基地の過重負担をもたらした。
 4・28とは、沖縄を切りすてその犠牲の上に本土の繁栄が築かれた日でもある。沖縄で「屈辱の日」と呼ばれるゆえんだ。
 屈辱を味わった人はほかにもいる。朝鮮・台湾の人々だ。
 政府は条約発効を機に、一片の法務府(いまの法務省)民事局長通達で、旧植民地の出身者はすべて日本国籍を失うと定めた。日本でくらしていた人たちも、以後、一律に「外国人」として扱われることになった。
 領土の変更や植民地の独立にあたっては、国籍を選ぶ権利を本人にあたえるのが国際原則とされる。それをないがしろにした一方的な仕打ちだった。
 この措置は在日の人々に対する、法律上、社会生活上の差別の源となった。あわせて、国際社会における日本の評価と信用をおとしめる結果も招いた。
 こうした話を「自虐史観だ」ときらう人がいる。だが、日本が占領されるに至った歴史をふくめ、ものごとを多面的、重層的に理解しなければ、再び道を誤ることになりかねない。
 日本人の忍耐づよさや絆をたたえるだけでは、3・11を語ったことにならない。同じように4・28についても、美しい物語をつむぎ、戦後の繁栄をことほぐだけでは、首相のいう「わが国の未来を切りひらく」ことにはつながらないだろう。
 影の部分にこそ目をむけ、先人の過ちや悩みに学ぶ。その営みの先に、国の未来がある。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-204107-storytopic-11.htmlより、
琉球新報 社説 4・28 まずは歴史を知るべきだ
2013年3月18日

 人は誰しも過ちを犯す。とりわけ、歴史を正しく認識しないときに過ちを犯すものだ。 安倍晋三首相は1952年のサンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」とし、記念式典を開催すると発表した。だが歴史を調べると、とても祝える代物ではないことがよく分かる。首相もきちんと経緯を把握した方がよい。式典を取りやめ、まずはこの日の意味を徹底検証すべきだ。
 当時、米国の対日外交を主導した国務省顧問のダレスは日本との交渉に先立つ1951年1月、スタッフにこう述べた。「日本に、われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保できるか、これが根本問題だ」
 その後、「岡崎・ラスク交換公文」には、日米間で協議が整うまで米国は希望する場所に、基地を置き続けていい、という趣旨の文が盛り込まれた。ダレスの宣言通りの結果になったのだ。
 日米地位協定により、今、米軍は基地の「排他的管理権」を持つ。基地の使い方は常に米軍が勝手に決め、日本側に発言権はない。日本の空に何を飛ばそうが日本政府は事実上、口を挟めない。主権のまるでない今日の対米従属の源流はこの時の交渉にあったのである。
 外務事務次官を務めた寺崎太郎氏は講和条約について自伝でこう記す。「時間的には平和(講和)条約-安保条約-行政協定(地位協定の前身)の順でできたが、真の意義は逆で、行政協定のための安保条約、安保条約のための平和条約でしかなかった」
 ダレスは講和条約の立役者だが、その狙いは、日本を独立させることで占領のコストを削減すること。そして再軍備を進めさせて共産主義への防波堤にすることだった。外交関係者らの論文でそれが明らかになっている。
 その際の最も重要な前提条件が「米軍の基地の自由使用権」であり、交換公文に潜り込ませ、行政協定で保証した。日米安保条約を結んで基地存続を明記し、その上で、講和条約で日本の独立を認めたのだ。
 講和条約は沖縄を「質草」に差し出して独立した条約だ。その施政権切り離しが今日の基地集中を招いた。そして交換公文と地位協定で主権を売り渡したために、県民の人権・尊厳を脅かす結果となった。これを祝えるわけがない。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130313/plc13031303250003-n1.htmより、
産経新聞【主張】独立回復の日 主権守り抜く覚悟新たに
2013.3.13 03:24 (1/2ページ)

 サンフランシスコ講和条約の発効から61年の今年4月28日を「主権回復の日」とし、政府主催の式典を開くことが閣議決定された。式典には、天皇、皇后両陛下も出席される。
 敗戦国の日本が占領体制から脱し、独立を回復した日である。この事実を思い起こし、国際社会での日本の責任ある貢献の意義を再確認しようという安倍晋三政権の姿勢を評価したい。
 主権とは、自国の意思で国民や領土を統治するという国家が持つ絶対的な権利を意味する。近年、日本の主権を脅かされる深刻な事態が国の周辺で起きている。
 日本固有の領土である尖閣諸島の奪取を狙う中国は、領海、領空侵犯に加え、今年に入り、中国艦が海上自衛隊の護衛艦に危険なレーダー照射を加えてきた。
 民主党政権は尖閣諸島を国有化したものの、沖縄県の無人島で予定されていた日米合同の離島奪還訓練をやめさせたり、中国艦を警戒する海自艦艇の行動を控えさせたりして、中国に過度の配慮をしてきた。それがかえって、つけ入るスキを中国に与えた。
 安倍政権は、海自艦や海上保安庁の巡視船による領域警備をさらに強化してほしい。尖閣周辺の守りを固め、中国の尖閣奪取の狙いを封じることは、国家の重要な主権行使の一つである。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130313/plc13031303250003-n2.htmより、
2013.3.13 03:24 (2/2ページ)
 安倍首相は「奄美、小笠原、沖縄が一定期間、わが国の施政権の外に置かれた苦難の歴史を忘れてはならない」と述べた。特に、沖縄は潜在主権が残されたとはいえ、講和条約発効後も20年間、米国の施政権下に置かれた。戦争末期の地上戦で多くの県民が戦死した事実と合わせ、国民が記憶にとどめておくべき歴史だ。
 講和条約で日本は朝鮮、台湾、千島列島など旧領土を放棄した。だが北方四島は放棄した千島列島に含まれず、竹島も放棄した「済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮」に含まれない。にもかかわらず、北方四島はロシア、竹島は韓国に不法占拠されたままだ。
 横田めぐみさんらが北朝鮮工作員に拉致され、主権を侵害された問題が長年、放置されてきたのも、多くの政治家や外務官僚の主権意識が希薄だったためだ。
 日本が固有の領土を取り戻し、完全に主権を回復できるまでに取り組まねばならない重要課題は山積している。

http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-03-14_46499より、
沖縄タイムス 社説[主権回復式典]屈辱の日になぜ政府が
2013年3月14日 10時02分

 安倍内閣は12日、サンフランシスコ講和条約が発効した4月28日に政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を開くことを閣議決定した。天皇・皇后両陛下が出席し、全国の知事にも出席を要請するという。
 1952年4月28日、講和条約が発効し、敗戦国日本は、占領状態から解放され、主権を回復した。
 式典では、主権回復を祝って参加者が万歳を三唱するのだろうか。
 講和条約によって主権を回復したのは、いわば「マジョリティーの日本」である。沖縄、奄美、小笠原という本土から離れた「マイノリティーの日本」は、条約第3条によって主権(施政権)を奪われ、米軍の統治に服したのだ。
 米国は、沖縄を併合した場合に予想される国際社会からの批判をかわすため、日本の潜在主権を認めた。だが、これはあくまでも形式的なもので、米国は「日本に対して真の主権を行使するいかなる権利も与えていない」という立場を堅持した。
 沖縄の膨大な米軍基地は、日本の主権を排除した米軍の排他的な統治の下で、強制的な土地接収によって建設されたのである。
 復帰前の69年4月28日、北緯27度線洋上で開かれた「海上大会」。参加した沖縄の青年はこう嘆いたという。
 「いま別れたあの人たちは、そのまま日本の生活に戻り、僕たちは米軍基地の島に戻る」(朝日新聞社編『沖縄報告』)。
 式典開催は本土と沖縄の深い溝を浮かび上がらせる。
    ■    ■
 沖縄の人びとは、米軍統治の下で、帰属のはっきりしない国籍不明の生活を強いられた。沖縄出身の詩人・山之口貘は、58年に『正月と島』の中で書いている。「日本みたいで/そうでもないみたいな/あめりかみたいで/そうでもないみたいな/つかみどころのない島なのだ」
 佐藤栄作首相が戦後初めて沖縄を訪問した65年、那覇市で中高生らによる「平和を祈る大行進」が開かれた。女生徒の掲げる横断幕に書かれていたのは「私達は日本人です」という切ない一文だった(森口豁『米軍政下の沖縄 アメリカ世の記憶』)。
 石川市に生まれ、65年に亡くなった中屋幸吉さんは、琉球大学に入学した59年に、宮森小学校へのジェット機墜落事故でめいを失った。「米軍飛行士は故障したZ機を空中に放したまま落下傘で逃げ生き延びた。無人飛行機は、舵手を失って空を乱舞した揚句、学園につっこんでいった」(中屋幸吉『名前よ立って歩け』)。
    ■    ■
 憲法は、天皇の地位を「国民統合の象徴」だと位置づけ、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定している。国民を分断しかねないような、評価の分かれる政治的式典に出席を要請するということ自体、違和感を禁じ得ない。
 式典に出席するというのは果たして本意なのだろうか。
 政府主催の式典開催を機に、本欄で随時、「検証4・28」を掲載する。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013031302000122.htmlより、
東京新聞【社説】主権回復式典 心の底から祝えるのか
2013年3月13日

 一九五二年に講和条約が発効した四月二十八日。安倍内閣は「主権回復の日」として政府主催式典の開催を決めたが、米軍統治が始まった沖縄県では「屈辱の日」に当たる。心の底から祝えるのか。
 「主権回復の日」式典を政府主催で開くのは今年が初めてだ。安倍晋三首相はその理由を「(終戦後に)七年という長い占領期間があったことを知らない若い人たちが増えている。節目の日を記念し、わが国による国際社会の平和と繁栄への貢献の意義を確認する」と説明した。
 敗戦後の占領からの再独立、主権回復を祝うのは、日本国民なら当然といえる。焦土から驚異的な復興を成し遂げた先人の労苦をしのぶ機会になるかもしれない。
 しかし、唐突感が否めない。
 安倍総裁率いる自民党は二〇一二年十二月の衆院選で、政府主催式典の開催を公約したが、それ以前の選挙公約には見当たらない。
 政権奪還に向け、保守層の支持を得ようと公約に入れ込んだのなら、党利党略が過ぎないか。
 主権回復の日を強調することで占領下に制定された日本国憲法の正統性に疑問を呈し、憲法改正の機運を高めようという狙いもあるとしたら、素直には祝えない。
 日本の不可分の一部である沖縄県、奄美群島、小笠原諸島にとっては、この日が本土から分離され、苛烈な米軍統治の始まりだったことも、忘れてはなるまい。
 特に沖縄県内には本土復帰後も在日米軍基地の74%に当たる基地が残り、米軍の排他的な使用、管理が続く。在日米軍の軍人・軍属が事件、事故を起こしても、特権的な法的立場が認められている。
 これらは日米地位協定に基づくが、あまりにも治外法権的と言えまいか。日本政府は民主党政権時代を含め、運用改善に努めても、改定を提起しようとすらしない。
 安全性に疑問が残る垂直離着陸輸送機MV22オスプレイや米軍機が、日本提供の訓練空域でないルートを飛び回る姿は、日本がいまだに領空の主権を完全には回復していない現実をも見せつける。
 安倍内閣がこれら「半主権」的状況の改善に本腰を入れるのならまだしも、放置しながら主権回復を祝うのは独善的に過ぎないか。
 主権行使できない状況が続く北方領土や竹島が日本国民の手に戻る。地位協定が改定され、沖縄の米軍基地負担も抜本的に軽減される。そうした「真の主権回復」の日が来るまで祝うのは待ちたい。