民法改正「中間試案」 利用者の視点忘れるな

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO52360280T00C13A3PE8000/より、
日経新聞 社説 経済の姿を正しく映す債権法の改正に
2013/3/3付

 企業や個人の取引などに関する包括的なルールが、約120年ぶりに書き直される。民法の中で1896年(明治29年)に定められた債権法と呼ばれる部分で、法制審議会(法相の諮問機関)が改正の中間試案をまとめた。
 改正の目的は、時代の変化に合わせて民法を現代化することにある。経済や社会の姿を正しく映す改正とすべきだ。
 中間試案によれば、支払いの遅れた債務の返済などに用いる法定利率を、現在の年5%から、市場の実勢を参考に年1回見直す方式に改める。長らく固定されていた金利を変動制にする案は、市場の時代に合わせた民法の現代化を象徴している。
 インターネットの普及に伴い、個人が膨大な量の約款に目を通したことを前提にしたモノやサービスの売買契約が増えた。そこで中間試案は、民法に約款の規定を新設し、消費者に著しく不利な内容を無効とできるようにしてはどうか、と提案している。
 消費者保護を強める方向性は時代の流れだ。しかし、消費者契約法など消費者を守る法律はすでにある。他の法律では不十分なのかどうかといったことも検討し、個人に役立つ内容にしたい。
 中間試案には、丁寧な実態把握がなお必要と思われる点もある。代表的なのは、金融機関が主に中小企業にお金を貸す際に求める、個人保証に関する改正だ。
 事業が失敗し、経営者以外の保証人の生活も破綻するケースは後を絶たない。そこで中間試案は、個人保証を原則として経営者に限ることを検討課題とした。
 銀行が融資の焦げつきを恐れるあまり、多くの保証人をつけさせる慣行は改めるべきだ。一方で、懐に余裕のある個人が善意から、企業の保証人になるといった場合もある。保証人の規制を一律に強めることで、企業を支援するお金の流れが滞る副作用も考慮すべきだ。この点は貸し手と借り手からの実例報告が不足している。
 中間試案の改正項目は、難しい条文の書き直しや判例の取り込みも含め、約300に及ぶ。法務省は意見を2カ月間募った後に議論を再開し、早ければ2015年の国会に法案を提出する。
 大量の試案を読んで考えをまとめるには、2カ月では短いとの声は多い。期間を延ばし、平易な解説も添えるなど、多くの意見を集めるための工夫が必要だ。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年2月28日(木)付
民法改正―利用者の視点忘れるな

 私たちの日々のくらしに深くかかわる法律が、大きく変わろうとしている。
 民法のうち契約や取引に関するルールを定めた条文を、時代にあったものにしようと検討を重ねてきた法制審議会の部会が「中間試案」を公表した。
 だが、部会の中で意見が対立する事項が数多く残る。中間試案を見ても、「改正は不要」をふくめ、別の考え方が併記されているものが少なくない。
 これをまとめるのは容易な作業ではないだろう。しかし個人であれ、企業であれ、経済活動をおこなうときに必ず関係する法律である。ねばり強く調整を進め、ぜひ、いいものに練りあげてもらいたい。
 論点は多岐にわたる。中でも次のような案に注目が集まる。
 ▽賠償金を払うときなどの金利を、年5%から引き下げ、市場金利と連動させる。
 ▽不動産などの担保がない人が融資をうけるときに使われ、しばしば重い負担となる「個人保証」を原則無効とする。
 ▽企業が不特定多数と取引をする際に用いる「約款」について、どんな条件を満たせば有効か、ルールを明文化する。
 これらの方向は支持できる。
 だが、モノやカネの動きが鈍くなり、経済活動の足を引っ張ることになっては逆効果だ。どこに、どこまでの網をかけるか知恵をしぼってほしい。
 忘れてならないのは、今回の改正の根底にある「民法を国民一般にわかりやすいものにしよう」という考えである。
 19世紀末の明治時代にできたいまの法律は、構成も用語も難解なうえ、条文数は諸外国にくらべて極端に少ない。その穴を判例や学説で埋めてきた。
 しかし「わかっているのは判例に通じた専門家だけ」というのは明らかにおかしい。人々に身近な法律だからこそ、人々が読んで理解できるものにする。当然のことわりではないか。
 一部の弁護士や学者のなかには、「現行法のままで問題はない」として、民法の見直しそのものに異を唱える声が依然としてある。そこに、習得した知識や権益を守りたいという、よこしまな考えはないか。
 実務に重大な支障がおよぶ。いま考えられている条文案は、判例の趣旨を正しく反映していない――。そういった本質にかかわることで意見をたたかわせるのは意義がある。だが「自分たちの利益」が顔を出せば、説得力をいちじるしく欠く。
 法律は国民のためにある。この原点に立って、専門家の使命を果たしてほしい。

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