時代の風:復興と「まちづくり」 増田寛也氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130310ddm002070117000c.htmlより、
時代の風:復興と「まちづくり」=前岩手県知事・増田寛也
毎日新聞 2013年03月10日 東京朝刊

 ◇女性・若者の声、生かして
 東日本大震災の発生から早くも2年の歳月が流れ、3度目の春がめぐってくる。この冬も、被災地は静まり返っていた。まち特有のざわめきや人の気配がない、眠ったままの姿で時間ばかりがむなしく流れてゆく。被災地に復興のつち音が高く響きわたるのは、いつの日になるだろうか。

 先日、岩手県大槌(おおつち)町長に会った。大槌町は、今回の津波で首長が死亡した唯一の町である。約140人いた職員も幹部職員を中心に40人近くが犠牲となり、町役場の機能が大打撃を受けた。一昨年8月の選挙で新しく碇川(いかりがわ)豊氏が就任し、復興の遅れを取り戻すべく懸命の努力を続けている。「今一番苦労していることは」という私の問いに、町長は「用地問題。土地の所有者に膨大な相続関係が発生し、相続人の居住は全国、さらには海外にまで及ぶ。他に適地がないため、消防署を公園に移転しようとすると、用途変更に煩雑な手続きを要する。土地確保でこんなに苦労するとは」と、うなった。

 自身の苦闘ぶりを、本月5日発売の著書「希望の大槌〜逆境から発想する町」にまとめた町長は、前立腺がんの告知を受け経過観察中の身でありながらも、日夜、走り回っている。まちづくりはあくまで地元の責任で進めるべきだが、地元の努力の範囲を超える問題が山積している。

 高台移転を計画している229地区のうち85%が大臣同意手続きを終えている。用地問題にめどが付いた地区は、今春から動き出すだろう。しかし、すんなりとは高台に移転できそうもない。この一年間、被災地では建設工事の人手と資材の不足が目立つ。このため、自治体が工事を発注しても入札が不調となる件数が急激に増加した。今後、高台移転事業が本格化すれば、不足にさらに拍車がかかる。しかも、政府の緊急経済対策で、全国で公共事業が実施される。これは、被災地の復興の足を引っ張りかねない。最近、生コンクリートの不足と値上がりが、特に目立つ。広域運搬ができないので、被災地に新たにプラントを建設して現地生産するしかないが、かなりの時間がかかる。事業を進めるためには、まだまだ相当な準備が必要となる。国や自治体は事業の工程管理をしっかりと行って、少しの無駄も生じないように対応してもらいたい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130310ddm002070117000c2.htmlより、
 まちづくりの計画がまとまるまでに長時間を要した。これには、地域での伝統的合意形成システムが壊れたことも関係している。地域では、意見のまとめ方にそれぞれのやり方がある。これまで集落内で大きく意見が割れることがあっても、長老や顔役がこのやり方に従って最終的に話をまとめた。今回の震災では、まとめ役が亡くなり、そもそも合意形成のシステムから作り直さなければならなかったという声が多かった。

 一方で従来のシステムは、女性や若者、さらには外部の声が反映されにくかった。地域の次世代継承がやりにくい部分もあった。まちづくりの意見対立や難航した合意形成は、むしろ地域を変えるきっかけとなりうる。これからは地域内の声だけでなく、外部の知恵をより大胆に取り入れる柔軟さも必要だろう。悲惨な出来事を通してではあるが、女性や若者たちがまちづくりの合意形成に主体的役割を果たすようになれば、これが将来への大きな財産となる。

 地域コミュニティーをどう維持するかでも、意見が割れた。都会の生活からは想像もつかないが、過疎地域でコミュニティーの果たす役割は実に大きい。用水路のそうじ、道路の草刈りなど地域総出でやる作業にはじまり、高齢者の見守り、買い物の手伝いなど隣同士で助け合いながら生活している。財政力の弱い自治体が多い過疎地域では、このように社会のセーフティーネットの役割をコミュニティーが代替している。匿名性が優先される都会では、もはや隣近所の付き合いは希薄だが、一方で財政力があるが故に、セーフティーネットの維持は行政の施策として公費で賄うこともできる。

 このコミュニティーが持つ共同体的価値を理解することが重要で、被災地を襲った今回の津波被害の深刻さは、この共同体的価値を完全に破壊した点にある。壊された家は、誰かがお金さえ出せばすぐに建て直すことができる。しかし、新たにコミュニティーを作り出すには長い時間が必要で、お金ですぐに進むというものではない。

 元の場所で従来のコミュニティーを基礎にまちを再建するのか、それとも新しい場所で新しいコミュニティーを選ぶのか、両者の中間で行くのか。目の前の選択の岐路に住民は揺れた。世代間の対立も生まれた。しかし、津波被害の場合には、この対立は避けて通れない。異なる意見でも、相手の言い分を聞かざるを得ない。全員が一致しなくても、相互理解が進む。東北の被災地では、難航したまちづくりの議論を通じて、10年後には、民主主義の基盤とその上に成り立つ市民社会がより強固になっていると期待している。=毎週日曜日に掲載

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