3・11から2年 「人は必ず立ち直る」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013031002000139.htmlより、
東京新聞【社説】3・11から2年 人は必ず立ち直る
2013年3月10日
二年がたちました。だが、復興への充実の二年だったとは言えないでしょう。原発事故の福島はこれからです。そして、それでも人は立ち直るのです。
昨年の今ごろ、福島の地元紙福島民報の論説責任者は、こんなふうに言っていました。
「福島の人口が減っているのですよ。二百万県民が、原発事故後に三万人も減ったのです」
人口が減るという恐怖は、外からはなかなか分かりません。何か身の細るような、知らないうちに大事なものが消えてゆくような怖さなのでしょう。人口は、昨年も続けて減りました。
◆働き盛りが流出する
総務省の人口移動報告では、昨年の福島県の転出から転入を引いた転出超過は一万三千八百四十三人。前年の約半分。しかし、十四歳以下の子供と、その親世代に当たる二十五~四十四歳が計約七千人を占めた。福島の未来を支えるべき人たちです。人口減は全国最多、住民票を移さずに県外避難している人も多数います。
原発の事故前、少子化などで毎年五千人ぐらいずつ減っていたのですが、今の理由はもちろん放射線量です。
その怖さは住む者にしかおそらくは分からないでしょう。正しく怖がる、などというのは机上のことかもしれません。
福島市から太平洋へ至る県道を、車でよく通る住人に会いました。こう言いました。
「走っていると、涙が出てくるんです。かわいそうで」
同じ道を車で走りました。
緩やかな峠を越え、飯舘村に入ると景色の印象は一変します。
道沿いの田は無人の枯れ野、家々の縁側の大きなガラス戸には一様にカーテンが引かれている。庭に駐車場に車はない。理髪店も薬局もスーパーも閉まっている。
◆人の権利が侵される
いるべき人がいない。そういう姿を見て、住人は同じ県民として涙がわいてくるというのです。
そこにいるはずの人が避難を強いられ、狭い住宅に住み、慣れない土地で暮らしている。そんな無理と不公平は、本来は人間の権利にかかわるべき事柄です。憲法でいう人権や幸福追求権が奪われてしまっている状態です。我慢は強いられているのです。
昨年来、「仮の町」という言葉をよく聞きます。
放射線量が高いので町に住めない。だから一時的に別の場所に町をつくるというのです。
人口約一万五千人の富岡町は県内避難が一万一千人、県外に四千五百人。いわき市と郡山市の両市に仮の町をつくり、やがては本来の富岡町の低線量地区に町を戻そうとしています。
大熊や双葉、浪江の町も計画しています。人は町とともに、町は人とともに生きるのです。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では、住民は強制移住させられました。共産主義国家では土地は国家のものだから、移住は国家の意思でなされます。住民に選択の余地はありません。
日本では、もちろんそうはゆきません。国民には一定の権利があるのです。
飯舘村役場は現在、福島市に間借りしています。その臨時の役場で菅野典雄村長はこんなふうに言いました。
「国は机の上で計算しているばかりだ。実態はここに来てみないと分からない。例えば許容放射線量だって、厳密な数字ばかりでは測れない部分がある。人の暮らしを大事にせねばならないところだって出てくるのです」
村長が言いたいのは人間を優先してほしいということです。それが政治の原点だということです。
人の生き方はさまざまです。考え方も人それぞれです。
福島では、福島に残ろうとする人がいて、同時に仕方なく去ろうとする人がいる。その両方ともそれぞれに考え抜いた選択であり、そのどちらにも責められることなどあるはずもない。憎むべきは、そのどちらにも抱かれかねない外部からの差別です。差別とは人間の最も卑しむべき感情です。
◆前よりずっと強くなる
責められるべきは、実態を知らず、支援を不十分なままにしている国などでしょう。繰り返しますが、今の事態は人間の本然的な権利が侵された状態なのです。
復興は歯がゆいほど遅れています。岩手や宮城の津波被災地でも高台移転の合意などは容易ではありません。
しかし希望を見いだすのなら、住民の結束はより増し、住民の自治意識、デモクラシーはより強くなったのだと思いたい。
二年がたちました。被災者、また私たちは前よりずっと強くなったのではないでしょうか。つまり人は必ず立ち直るのです。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO52636210Q3A310C1PE8001/より、
日経新聞 社説 民間の力を使い本格復興へ弾みを 東日本大震災2年(上)
2013/3/10付
2万人近い死者・行方不明者を出した東日本大震災から明日で2年がたつ。今も30万人を超す人々が自宅を離れて暮らしている。ようやく復旧から復興に踏み出す段階に入ったが、災害公営住宅の建設は遅れ、放射性物質の除染も進んでいない。2年を機に被災地の復興をもっと加速させたい。
住宅再建に課題多く
岩手県陸前高田市の気仙町上長部で2月下旬、被災者の住宅を集団移転させる事業の起工式が開かれた。私有林を造成し、年内をめどに18区画を設ける。市内で第1号、県内では2番目だ。
津波で浸水した地区で住宅の建築を制限し、内陸や高台に移転させる事業は岩手、宮城、福島の3県の約190地区で予定されている。津波が再び押し寄せても人命を失わない街づくりは最優先すべき事業だが、土地や資材、人手が不足し、住宅再建は遅れている。
なかでも、自力で住宅を建てられない被災者に貸す災害公営住宅の整備が進まない。被災3県で現時点で2万4千戸程度が要るが、まだほとんど完成していない。
住宅再建の見通しが立たないと被災地からの人口流出がさらに進み、今後の復興の足かせになるだろう。仮設住宅での生活がさらに長引けば、被災者の健康にも悪影響を及ぼしかねない。
政府は2015年度までに2万戸近くを整備する方針だが、市町村の土木系職員は今も足りない。自治体が直接整備するだけでなく、民間業者が建てる集合住宅を買い上げる方式も導入すべきだ。
インフラ整備でも民間の力を活用したい。現在は市町村が事業ごとに設計や工事を発注している。複数の事業をまとめて建設会社などに発注して調整を委ねれば、事業はもっと前に進むはずだ。
現場に権限を移すことも必要だ。自治体に配分している復興交付金の使い道を拡充し、市町村が地域の事情に応じて柔軟に事業を進められるようにすべきだ。
住宅再建と並んで重要な雇用対策でも課題を抱えている。被災3県の1月の有効求人倍率はともに1倍以上になり、全国平均(0.85倍)を大幅に上回った。建設業や卸・小売業などが求人数を押し上げている。
一方、製造業の求人は低調だ。事務職を希望する求職者は多いが、求人は限られる。雇用のミスマッチが解消されていないうえ、非正規従業員の求人が多く、雇用が不安定という問題もある。
建設機械の運転や測量などの職業訓練を充実し、より多くの人が就業できるようにすることがまず大事だ。建設業や介護など特定の業種以外にも求人増の動きを広げるには、税制優遇策などで企業が進出しやすくする必要がある。
東北の将来を考えると、地元企業などを大震災以前の状況に戻すだけでは不十分だ。例えば、水産業では漁船や加工施設の復旧が進むが、競争力を高めるためには関連業者をできるだけ1カ所に集積させ、生産性を高める必要がある。農地の規模拡大も不可欠だ。
再生可能エネルギーなど新産業の立地を後押しすることも欠かせない。産業の復興なくして、安定した雇用は生まれないだろう。
着実に「減災」目指せ
大震災を機に日本列島は地震の多発期に入ったとみられる。今後の震災への備えも強めたい。バラマキ型の公共事業でなく、着実に「減災」を目指すことが重要だ。
中央防災会議は南海トラフ巨大地震の被害想定を公表し、沿岸部の自治体は避難ビルなどの整備に動きだした。一方で、被害が広域に及ぶ巨大災害で救助隊や支援物資をどこから送るかという広域支援の検討は後手に回ったままだ。
首都直下地震でも古い建物の補強や木造住宅密集地域の解消を急ぐだけでなく、過密になった都市で「想定外」の被害が生じないかを洗い出す必要がある。老朽化した高速道路は大丈夫なのか、津波で地下鉄が浸水する恐れはないかなど、改めて点検が要る。
首都に集中した機能を災害時にどう代替するかも、具体的な対策が遅れている。各省庁が独自に業務継続計画をつくるだけでなく、政府全体で取り組むべきだ。
安倍政権は5年間の復興予算を従来の19兆円から25兆円に積み増した。必要な事業をしっかりと見極め、民間の力を使いながら被災地再生と災害に備えた国土づくりに弾みをつけたい。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO52655590R10C13A3PE8000/より、
日経新聞 社説 福島の再生へ現実的な工程表を 東日本大震災2年(下)
2013/3/11付
東京電力・福島第1原子力発電所の事故で大きな被害が出た福島県の復興の足取りが重い。原発は廃炉の道筋が見えず、避難者はなお15万人を超える。住民が戻るために必要な除染も滞っている。
安倍政権ができて2カ月以上たつのに、民主党政権が決めた廃炉や除染の工程表はそのままだ。政府は現実を踏まえて工程表を作り直し、被災者が希望を持てるように、生活再建や地域再生を含めた大きな見取り図を示すときだ。
廃炉へ次の目標示せ
前政権が「原発敷地内で事故は収束した」と宣言してから1年3カ月。福島原発の状況に大きな進展はなく、むしろ廃炉への道のりの険しさを浮き彫りにした。
原子炉を冷やし続けるには大量の水を循環させる必要があり、毎日400トンもの汚染水が生じる。それをためるタンクが林立し、大雨などで敷地外に漏れる懸念も消えない。溶けた核燃料や建屋に残る使用済み核燃料を安全に取り出す技術の開発も手探りが続く。
廃炉は40年間に及ぶ長期戦になり、炉の冷却が不要になる時期も見通せない。それだけに、2~3年先に達成可能な目標が要る。それがないと、避難を強いられた住民は将来への不安を拭えない。被曝(ひばく)と闘いながら懸命に働く3千人の原発作業員の士気を保つためにも、政府と東電は新たな目標を示すべきだ。
汚染水対策では放射能をできるだけ除いて量を減らす。核燃料の取り出しでは遠隔操作やロボットを最大限活用する。これらの技術の確立に全力を挙げるときだ。国産技術にこだわらず、海外の知恵ももっと活用すべきだろう。
廃炉の費用も数兆円規模に膨らむとみられ、東電にとって負担は重い。福島で培った技術を国内外の他の原発の廃炉にも活用することを考え、政府と東電で費用の分担を真剣に探ってほしい。
周辺地域の除染も、現実を踏まえた計画の練り直しが必要だ。
原発から20~30キロメートル圏の田村市や楢葉町などでは昨年4月以降、警戒区域が順次解除された。住民は一時的に帰れるようになったが、除染が本格化しているのは一部の地域にとどまる。
最初に警戒区域が解かれ、村民の4割が戻った川内村は「2年間で住民の被曝量を半減(子どもは6割減)する」との目標を掲げ、独自の除染計画を作った。まず居住地とそれに近い森林、農地の順に除染し、学校や病院など施設ごとに優先順位もつけた。
こうした例は他の自治体にも参考になる。国は除染の目標として「(他の地域と同じ)放射線量年1ミリシーベルトに下げる」としたが、目標が高すぎて逆に足かせになっている面がある。段階的な目標を立て、達成状況を点検しながら除染できるよう、国が定期的な放射線計測の体制を整えるべきだ。
汚染土を最長30年間保管する中間貯蔵施設を早く造る必要もある。その場所が決まらないため自治体が仮置き場を確保できず、除染が遅れる悪循環に陥っている。立地に地元の理解を得られるよう政府全体で取り組んでほしい。
商業や医療の再建急げ
街の再生やインフラの復旧にも早く道筋をつけたい。
避難指示が解けた地域には、精密部品メーカーの菊池製作所や建材製造のコドモエナジー(本社大阪市)などが工場建設を表明し、産業再生の芽は出てきた。だが商業施設や病院などは再開の動きが鈍い。住民が「暮らし」を取り戻せるよう、進出を考える生活関連産業に国が支援を強めてもよい。
長期にわたり帰宅が困難とみられる住民に、十分な賠償と移住先での雇用・教育を含めた生活再建策を示すことも大事だ。
福島原発のある双葉郡からは約2万4千人が隣のいわき市に避難している。そこでは公共サービスの利用などをめぐり、市民と避難者の摩擦も生じているという。
受け入れ側にも立ちながら、同郷の避難者が集まって暮らせるような支援策が要る。国と被災地、受け入れ自治体が連携し、避難者が一定期間住み続ける「仮の町」を分散してつくるのも一案だ。
安倍晋三首相は施政方針演説で「除染や住民帰還に全力を挙げ、その先に希望を創らねばならない」と述べた。政府が責任を負うだけでなく、経済界や被災地以外の自治体、市民も力を合わせ、福島に希望の灯を早くともしたい。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130310k0000m070095000c.htmlより、
社説:震災から2年 復興の道筋 政治が決断し引っ張れ
毎日新聞 2013年03月10日 02時30分
山あいにある廃校を活用した校舎で30人の小学生が寄り添い合いながら学校生活を送っている。
福島県浪江町の浪江小学校だ。津波と福島第1原発事故で約2万1000人の住民は県内、そして全国に四散し、子供たちも離ればなれになった。校舎は役場機能を移した同県二本松市にある。12人の6年生が今月卒業するが、新入生はいない。
ホールに児童らが作った「未来のなみえまち」の立体模型がある。大きなタワーが建ち、住民は笑顔だ。
浪江町は来月1日付で避難区域の再編が決まった。町は4年後の住民帰還を目指し、第一歩を踏み出す。だが、子供たちの夢とは裏腹に、将来に向けたビジョンが明快に描ける状況にはない。
◇「心の分断」が心配だ
今年1月に住民を対象に行ったアンケートでは、「将来的に浪江町には帰らない」「判断がつかない」との回答がそれぞれ3割弱あった。
どのくらいの住民が戻り、どんな町づくりをするのか−−。「まだシミュレーションできる状況ではない」と渡辺文星副町長は話す。
除染はもちろん、津波被害によるがれきの処理や上下水道をはじめとするライフラインの整備など、当面取り組むべき課題だけでも目の前に山積している。ふるさと復興への強い思いを抱きながらも現実の前に立ちすくむ。それが福島の姿だ。
それでも、長期にわたり帰還が困難な地域の住民が他の自治体内に当面集住する「仮の町」構想が少しずつ動き出すなど前向きな動きもある。その際、十分に注意を払わなければならないのは、「心の分断」だ。
避難した人、残った人、避難生活が限界に達し地元に戻った人……。さらに避難指示区域の違いによる賠償格差の問題も加わり、福島県民のきずなは二重三重に切り裂かれた。
「仮の町」を巡って、受け入れ先住民との間で新たな「分断」が起きるようなことがあってはならない。
原発事故で大きな被害を受けた周辺市町村が抱える課題は一様ではない。双葉、大熊、楢葉の3町は、原発事故で出た汚染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設候補地になっている。建設反対の声はなお根強い。
だが、中間貯蔵施設建設のメドが立たなければ、県内各地で必要な汚染廃棄物の仮置き場が作れない。仮置き場予定地の住民が仮でなく恒久化することを懸念するためだ。そして、仮置き場が確保されねば、なかなか進まぬ除染がさらに遅れる。こうした悪循環をどう断ち切るのか。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130310k0000m070095000c2.htmlより、
復興庁の発足まで震災発生から1年近く要するなど、政治の機能不全は復興の足かせとなった。昨年発覚した復興予算がずさんに流用されていた問題は政府、官僚への信頼を根本から揺るがした。震災3年目の復興に当たっては、政治の決断と行動が何よりも求められる。
原発事故による被害者だけではない。家屋が津波で浸水した被災地でも集団移住が計画される。共同体を維持しつつ集団で移住する作業が困難を伴うのは当然だ。たとえ時間がかかっても住民がよく話し合い、できる限りの合意をはかりながら進めるしか道はあるまい。
◇腰を据えて支えよう
目の前の課題に政府が全力を尽くすのは当然だ。霞が関におうかがいをたてなければ被災地では物事が進まないとの不満が今もくすぶる。タテ割りの克服ももちろん必要だ。政治が遅滞なく進まなければ重大な支障を来しかねない課題が復興の前に立ちはだかっている。
住民の移住にあたり懸念すべきは高台への移転や賃貸の災害公営住宅(復興住宅)の整備が遅れ、仮設住宅での暮らしが長期化することだ。政府は3年の仮設入居期限の1年延長を検討しているが、とりわけ復興住宅の整備は用地確保が難航し、たちおくれている。
政府がまとめた工程表によると約1万5000戸の住宅整備が必要な宮城県の場合、16年3月までに整備が見込まれる住宅数は約1万1000戸にとどまる。
しかも1万1000戸のうち、用地確保まで進んだのは約5000戸で、完成の確たる道筋が描かれているわけではない。整備が遅れているような自治体は重点的に取り組む体制を構築すべきだ。
加えて復興のアキレスけんとなりかねないのがさまざまなノウハウを持つ自治体職員の不足である。
総務省の集計によると、被災した自治体は13年度に合計1490人の職員派遣を国に求めているが、めどがついたのは660人にとどまる。各自治体からの要員支援も息切れが指摘され始めているが、政府の対応は総務省任せの印象をぬぐえない。
安倍晋三首相や復興庁こそ先頭に立ち、地方6団体や経済界を通じて人材確保にあたるべきだ。
震災から2年を前に、私たちの心のどこかに惨禍を過去のものと捉えてしまう風潮がないだろうか。行政、民間企業、非営利組織(NPO)のみならず私たち一人一人が腰を据え、地域再生の長い道のりを支える決意を新たにする必要がある。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130311k0000m070114000c.htmlより、
社説:震災から2年−原発と社会 事故が再出発の起点だ
毎日新聞 2013年03月11日 02時30分
東京電力福島第1原発で、約3500人の下請け社員が、放射能の脅威にさらされながら作業を続ける。
あの事故から2年。水素爆発を起こした3号機の上層は、ひしゃげた鉄骨がむき出しのままだ。放射線量も高い。4号機脇の土手は津波でえぐられ、海岸側には横転したトラックが放置されていた。廃炉まで40年も続くとされる収束作業の出口は、まったくうかがえない。
安倍晋三首相は、民主党政権が掲げた「2030年代に原発ゼロ」という目標を見直すという。経済界を中心に早期の原発稼働を望む声も強まる。しかし、「原発ゼロ」からの後退は認められない。再出発する原子力政策の起点は、あの事故であることを忘れてはならない。 未来にツケを回すな 福島第1原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすための注水が続く。建屋からは放射能に汚染された水が毎時30〜40トンも排出される。汚染水は敷地内のタンクに貯蔵される。東電はタンク増設を計画しているが、それもあと2年あまりで満杯になる。
水素爆発で建屋の上部が吹き飛んだ4号機は、1500本余りの使用済み核燃料を入れたプールが露出している。プールから燃料を取り出す作業は11月にも始まるが、敷地内に一時貯蔵した後の処分方法は決まっていない。
こうした問題は、原発が抱える矛盾そのものだ。原発を稼働させるのであれば、放射性廃棄物の処分問題は避けて通れないはずだ。
安倍政権は、使用済み核燃料の再処理を国策として継続するという。しかし、再処理して原発の燃料にする「核燃料サイクル」は行き詰まっている。
日本原燃が青森県六ケ所村に建設中の再処理工場は、10月に完成予定だが、トラブル続きで工期は19回も延期されてきた。再処理で取り出したプルトニウムを使うはずの高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)も、トラブルで止まっている。技術や安全性、コストを考えれば核燃サイクルには幕を引くべきだ。
高レベル放射性廃棄物は、地下数百メートルの安定した地層に埋める考えだ。しかし、放射能が十分に下がるまでの数万年間、地層の安定が保たれるかは分からない。原子力発電環境整備機構が最終処分地を公募しているが、応じた自治体はない。
その結果、全国の原発には行き場のない使用済み核燃料がたまり続けている。未来にこれ以上「核のごみ」というツケを回さないためにも、できるだけ速やかな「脱原発依存」を目指すべきだ。
ところが、安倍政権は原子力・エネルギー政策を3.11以前に戻そうとしているかのようだ。象徴的なのが原発にまつわる審議会の人選だ。