今、平和を語る:美帆シボさん

http://mainichi.jp/area/news/20130325ddf012070013000c.htmlより、
今、平和を語る:仏在住の平和活動家・美帆シボさん
毎日新聞 2013年03月25日 大阪夕刊

 核保有国のフランスに住む平和活動家の美帆シボさん(63)は、30年間にわたり原爆被害の実相を伝えている。2月には「国民の命と健康、文化を守るために闘ってきた人」を顕彰する第24回久保医療文化賞を受賞した。フランス平和市長会議の顧問や長崎平和特派員を務める美帆シボさんに、これまでの活動を振り返ってもらい、核保有国の現状を聞いた。

 ◇保有国から叫ぶ反「抑止論」 原爆のむごさ、アニメで世界へ
−−フランスは1960(昭和35)年に、植民地にしていたアルジェリアのサハラ砂漠で核実験を行い、核保有国となりました。
 シボ 第二次世界大戦後、フランスには核兵器に反対する大きな勢力がありましたが、核保有国になると半減しています。さらに左派政権の誕生が可能だという世論調査を受けて、77年から78年にかけて共産党と社会党が核兵器を保持する政策に切り替えました。81年に誕生した左派政権は当初こそ「核防衛の現状維持」という姿勢でしたが、やがて「新型核兵器の開発」へと突き進みます。

−−著書「核実験とフランス人」(岩波ブックレット)に書かれました。<この頃(60年代初期)、政府は国民の警戒心を引き起こす「核攻撃力」という「使用」を想起させる表現から「核抑止」という「威嚇」を強調した表現に切り替えていった>
 シボ 無防備の市民が、ヒトラーのナチスに犠牲にされたフランスでは、国防による保護を必要としても、国民には「攻撃」という言葉に拒否反応があります。そこで核兵器は「威嚇」のためであり、米ソからの独立を保つためだと説明されると、核兵器の保有を認めてもよいだろうと思い始めたのです。

−−75年にフランス人の男性と結婚してから、核保有国で暮らしています。
http://mainichi.jp/area/news/20130325ddf012070013000c2.htmlより、
 シボ 結婚して5年後のことでした。8歳になるニコラという友人の男の子を1日だけ預かったとき、飛行機で遊びながら「だめだ、今度はボンブ・アトミック(原子爆弾)を投下だ!」と、彼が叫んだのです。私はあわてて書棚に眠っていた原爆写真集「被爆の記録」の英語版を取り出していました。ニコラに「原爆を落とすとどうなるか、見てごらん」と言って、震える指先でページをめくった覚えがあります。ニコラが帰ったあとで、8歳の子に見せてよかったのかと考えながら、一方で、核兵器を保有している国の政治と外交の現実的な戦略が、子どもの遊びにまで浸透していると思わざるをえませんでした。私は2歳の娘と生まれたばかりの息子を見ながら、日本人の血を半分受け継ぐこの子たちには、原爆のことを教えるべきだと痛感したのです。それから夫と一緒に原爆被害の実相を伝える活動を始めました。

−−そこで久保医療文化賞です。60年に小児マヒが大流行したとき、入手が困難だったソ連からの生ワクチンを母親や医師と運動して緊急輸入にこぎつけ、多くの子どもたちを救った故久保全雄(まさお)医師の遺産をもとに生まれました。シボさんの受賞理由にこうあります。<核兵器を持つフランスでは原爆についての認識が無いに等しい中で、こつこつと写真集「被爆の記録」仏語版を広め、原爆展を開催し、日本から被爆者を招いての証言や原爆映画上映運動を積み重ねてきた>
 シボ 久保医療文化賞の第8回受賞者で被爆医師の肥田舜太郎さんの証言をもとに、広島に投下された原子爆弾の名前をとったフランス語の原爆資料図書「リトル・ボーイ」をまず制作しました。肥田さんにはこれまで5回、フランスに来ていただき、各地で講演会を開きました。「核兵器は長期にわたって人を殺す兵器です。このような核兵器は一刻も早く廃絶すべきです」と訴えられ、被爆者を生涯にわたって苦しめる放射線の脅威を広めてくださいました。肥田さんの講演のあとで、「リトル・ボーイ」を12紙の全国紙が紹介してくれ、国営テレビにも3回出演しました。

−−ピース・アニメも制作しました。
http://mainichi.jp/area/news/20130325ddf012070013000c3.htmlより、
 シボ 教育者同盟が86年に開催した平和教育者会議で、原爆がまったく扱われていなかったので、子ども向けの教材が必要だと思ったのです。フランスの子どもたちが日本のアニメに夢中になっていることに注目して、93年に原爆アニメ「つるにのって」をつくりました。2歳の時に広島で被爆し、10年後に白血病で亡くなった佐々木禎子さんと「原爆の子の像」の建立にまつわる実話を基にしています。それまでは、この実話を広め、鶴の折り方を教える「千羽鶴キャンペーン」を続けていました。

−−ピース・アニメについて、久保医療文化賞の受賞理由から再び引きます。<サダコの運命をストーリーの軸として完成した「つるにのって」は仏語版・英語版・ヒンドゥー語版が作られて、国連をはじめ世界72カ国で上映されてきた>
 シボ 05年に、NHKの国際ラジオ放送が24の言語で「つるにのって」を世界に発信してくれました。核保有国に広めるために、ロシア語版や中国語版ができればうれしいです。

−−著書「フランスの空に平和のつるが舞うとき」(柏書房)のサブタイトルは「私のパシフィスト宣言」で、こう説明しています。<パシフィストはフランス語で、「紛争を軍事力ではなく、平和交渉によって解決することを主張する人」を意味します>。97年にフランスで、平和市長会議のネットワークを組織しましたが、パシフィストらしい活動ですね。
 シボ 近年のフランスでは平和活動家が高齢化し、生活難の若者たちは平和関係のボランティア活動に参加しづらくなっています。そこで市町村が原爆展や被爆証言さらに市民団体との平和集会などを企画すれば、若い世代にもアピールできると思いました。それで夫と呼びかけて、まず7都市で「フランス平和市長会議」を始めたのです。現在は100を超える都市と2県が参加しており、継続的な活動を続けています。

−−ミッテラン大統領時代(81年5月〜95年5月)に大臣を5回務めたポール・キレ氏が、核抑止論に反対して平和市長会議に賛同を表明したそうですね。
http://mainichi.jp/area/news/20130325ddf012070013000c4.htmlより、
 シボ 核抑止論が浸透しているフランスで、しかも元国防相ですから、最初は半信半疑でした。でも、彼は著書「核、フランスの虚偽」で明言し、上院会議の会見でこう述べています。「核兵器は死を保障する死亡保険です。本当の生命保険なら、なぜ他の国に核保有を禁じるのですか。核兵器を持つことで敵から国を守れるなら、なぜ高額なミサイル防衛が必要ですか。核抑止が成り立たないことを、まさに証明しています」。また、シラク首相時代に軍事長官を、後に国防戦略研究所所長も務めたベルナール・ノルマン空軍大将も、核兵器が人類の存続を脅かすと言っています。

−−日本の若い世代にメッセージを。
 シボ 日本を見ていて心配になるのは、集団で暴走する傾向があることです。おかしいぞ、と声をあげて止めようとする人を集団で抑えるのではなく、耳を傾けることが必要だと思います。そのうえで選挙権を自らの力として政治に反映させる。世論の力で政治を動かすセンスが求められています。「3・11」以来、世界中が日本の動向に注目しています。(専門編集委員)=次回は4月22日掲載予定

 ■人物略歴
 ◇みほ・しぼ
 1949年、静岡県生まれ。早稲田大学西洋史学科卒業後に渡仏し、結婚を機に75年からフランスに在住。82年に原爆資料を普及させる会を結成して活動を始める。95年に「はだしのゲン」の著者、中沢啓治さんの半生記を仏語で出版し、97年にフランス平和市長会議を結成して顧問に就任。相模女子大の客員教授、焼津平和賞の選考委員、長崎平和特派員などを務める。歌人として、2000年度朝日歌壇賞を受賞。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中