日本の科学力 「研究の場を育てる意味」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 4月 1 日(月)付
日本の科学力―研究の場を育てる意味

 科学に国境はない。どこかの国の研究者が貢献しなくても、人類の集合知としての科学はいっこうに困らない。
 ただ、そんな国でくらす人々は少々困るかもしれない。高度な知識や技術による製品は輸入するしかなくなり、お代として国の富が流れ出す。
 産業との距離が縮み、競争が激しい科学の世界で、日本の地盤沈下を思わせる調査がまとまった。文部科学省の研究所が科学技術論文のデータベースを分析したところ、2000年代に入って日本の大学や研究機関、企業の研究者が名を連ねる論文の数が伸び悩んでいた。
 10年間で全世界が48%も増えたのに日本はわずか3%増だ。
 中国の360%増や韓国の192%増はおいても、欧米先進国も20~30%増。日本は国別順位で中国、ドイツ、英国に抜かれ2位から5位に、シェアも9・5%から6・6%に下げた。
 他の論文での引用が多い注目論文の数やシェアでも同様だ。
 原因の一つは国際共同研究の流れに乗り遅れていることだ。欧州各国は意識的に「多国籍研究」を進めている。米国の共著相手トップに躍り出た中国は、米国留学組が帰国後も共同研究するケースが多い。
 もう一つは、学際・分野融合的な部分で次々に生まれているホットな研究領域へのかかわりが弱いことだ。たとえば、数学や工学、生化学、感染症学などの境界ですすむ「ネットワーク科学」への関与は薄い。
 大学の学部や学科の壁が強固すぎるのではないか。内向きの姿勢をあらため、世界の潮流を見失わないことが重要だ。
 くわえて、経済協力開発機構(OECD)の統計などによると、各国の大学部門の研究開発費は00年代、日本が実質5%増だったのに対し、欧米諸国は30~60%増、中国は335%増、韓国は134%増。論文数の伸びとうり二つなのだ。
 絶対額の水準も、国内総生産(GDP)比でみると、日本は米英独などを下回っている。
 日本の場合、ほかの先進国と違い、研究開発費の約半分を家計が負担している。私立大学では、ほとんどが授業料などでまかなわれているためだ。
 国や自治体から大学への投資は少ない。奨学金などを含めてもGDPの0・8%で、OECD平均の1・4%を下回り最低水準だ。中国や韓国はむろん、欧米先進国も大学への投資を充実させている。
 限られた財政のなかに科学力をどう位置づけるか。長い視野で見るべき課題である。

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