スーチー氏来日 「民主化を促す支援こそ」

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130422/asi13042203100000-n1.htmより、
産経新聞【主張】スー・チー氏 現実路線の深化求めたい
2013.4.22 03:09 (1/2ページ)

 ミャンマーの最大野党党首アウン・サン・スー・チー氏が安倍晋三首相との会談をはじめ1週間の訪日日程を終えた。
 スー・チー氏は、次期大統領に意欲を示している。ノーベル平和賞も受けた「民主化運動のヒロイン」から、責任ある政治指導者へと成長するため、現実路線をさらに深化させていくよう求めたい。
 2011年3月に民政移管を果たしたミャンマーで、氏は昨年4月、国会議員に当選した。以来、政権批判を封印したとして非難にさらされることも少なくない。
 少数民族武装勢力と政府側との戦闘では、少数民族側の期待に反して中立姿勢を取り、地元住民が反対する中国企業の銅山開発では「継続」の判断を下した。
 スー・チー氏は日本記者クラブでの会見で「すべてが満足するカラフルな発言はできない。国民に正直でありたい」と語った。現実路線の表明と受け止めたい。
 軍政下のミャンマーは、人権弾圧を理由とする欧米の経済制裁によって孤立し、手を差し伸べた中国が次第に影響力を強めた。民主化への転換は、過度の対中依存からの脱却も目指すと考えたい。
 ミャンマーでは民族、宗教間の対立が顕在化し、旧政権側と民主化勢力の反目もある。「和解」が国づくりのキーワードだ。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130422/asi13042203100000-n2.htmより、
2013.4.22 03:09 (2/2ページ)
 スー・チー氏は会見で、和解実現に向け、「互いを信頼するため法の支配の確立が最も重要だ」とも述べた。これを忘れないでほしい。力の支配に戻ってはならず、力の支配を志向する国と手を組んでは法の支配の否定となる。
 安倍政権は、法の支配や民主主義を共有する国々との間の「価値観外交」を推進している。ミャンマーには、そのパートナーのひとつとなってもらいたい。同国との連携強化は、陸続きの中国を牽制(けんせい)する意味でも、日本企業の中国に代わる投資先確保という観点からも極めて重要だ。
 スー・チー氏は初め、軍政寄りとみられてきた日本からの招請には消極的だったという。しかし、京都、東京の大学で若者らに熱心に語りかけた。27年前の滞日時と比べ、日本の若者がミャンマーについてよく知っていることに感銘を受けたとも話した。
 日本とミャンマーの結びつきは新たな段階に入ろうとしている。スー・チー氏の来日を、両国の協力関係構築の契機としたい。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO54140040Z10C13A4EA1000/より、
日経新聞 社説 スー・チー氏が担う重い役割
2013/4/19付

 「政党の党首で国のトップになりたくない人がいるでしょうか」。ミャンマーの最大野党、国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー議長は日本記者クラブでの記者会見でこう語った。15年の総選挙に勝って自らは大統領に就くとの目標を、力強く表明したといえる。
 議長は外務省の招きで来日した。軍事政権の下にあった時代は考えられなかったことで、2年前の民政移管にともなって発足したテイン・セイン政権が民主的な改革を進めている証しともいえる。
 ただ軍の政治力はなお大きい。社会の安定に重要な少数民族勢力との国民和解の歩みも、順調とは言い難い。議長は「建国の父」アウン・サン将軍の娘で、1988年からは民主化運動の先頭に立ってきた。国民和解のためにも、民主化をさらに進めるうえでも、担うべき役割は重い。
 昨年、議長は国会議員になり、いわば体制の内側から改革をめざす路線にかじを切った。最近は現実的な利害に目配りした柔軟な言動が目立つ。こうした現実路線には批判もあるが、政治家として成熟しつつあると評価したい。
 そもそも家族に外国人がいる議長が大統領に就くには憲法の改正が必要で、国会で4分の1の議席を割り当てられている軍の協力が欠かせない。長らく敵対してきた軍を取り込むほどの政治力を、議長は発揮しなければならない。
 ミャンマーで商機を探る日本企業は増えているが、交通やエネルギーなど、インフラの不備は深刻だ。日本政府が経済援助に力を入れ始めたのは、成長戦略の一環としても意味がある。
 かつて議長は日本の援助に批判的だった。その影響もあって日本の援助は縮小したが、すきを突くように浸透したのが中国だ。
 ミャンマーは地政学的にも重要で、日本は広い視野から援助を含む同国に対する政策を前に進める必要がある。内外の世論を左右する力を持つ議長に理解を促していく努力がさらに求められる。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013041802000137.htmlより、
東京新聞【社説】スー・チーさん 不屈の闘志を支えたい
2013年4月18日

 来日したミャンマー民主化運動のシンボル、アウン・サン・スー・チーさんは「民主化はまだ道半ばだ」と述べた。現実路線へ転換したとの批判もあるが、民主化を進める不屈の闘志を支援したい。
 スー・チーさんは、かつて研究員生活を送った京都大で講演し、自宅軟禁されても信念を貫いた理由について「自分が何をしたいか、何をやるべきかということの信念があった」と述べた。
 彼女が言う「したいこと」「やるべきこと」とは、祖国の民主化をおいてほかにあるまい。
 確かに、テイン・セイン大統領の主導で、経済開放など民主化の動きが進んでいる。だが、その民主化を本物にできるのは、十五年余も軟禁や拘束に耐えて闘ってきたスー・チーさんしかいない。これが率直な国民感情であろう。
 国内政治で手をつけるべきは、国会議員の四分の一を軍人に割り当てる現憲法の改正である。スー・チーさんは「現憲法で公正な総選挙はできない」と改正に意欲を示した。もしも民意を正しく反映できる選挙を憲法で保障できれば民主化はぐっと本物に近づく。
 国内の課題に目を向ければ、民族や宗教対立から距離を置いたようなスー・チーさんの発言が、人権団体から批判されている。
 政府軍と少数民族の衝突だけでなく、仏教徒と国籍を持たないイスラム教徒の紛争もある。
 スー・チーさんは在日ミャンマー人との集会で「多くの民族がわが国の多様性を形作っている。団結が不可欠だ」と述べた。
 かつて高く掲げた少数民族保護の理想が色あせたとは思いたくない。海外からの支援や経済発展なしでは豊かさと平等の実現は難しい。ゆっくりだが着実な歩みを進めている途上と、見守りたい。
 一九八〇年代まで最大の援助国だった日本は円借款の再開を決めた。ミャンマーは中国依存をやめ国際社会と協調する姿勢に転じた。道半ばだからこそ、その民主化を積極的に支援していきたい。
 歴史を振り返れば、スー・チーさんの父親で建国の英雄、アウン・サン将軍は旧日本軍の協力で独立運動を進めた。当時の大佐は恩人としてミャンマーの歴史教科書に紹介されている。
 少し前まで言論の自由がなく、二千人ともいわれる政治犯が閉じ込められていた国である。二十七年ぶりのスー・チーさん来日を機に、国民レベルでもミャンマーへの関心と支援の機運を高めたい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130414k0000m070098000c.htmlより、
社説:スーチー氏来日 未来につながる交流を
毎日新聞 2013年04月14日 02時30分

 ミャンマーの最大野党「国民民主連盟」(NLD)議長でノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー氏が来日した。軍事政権下で長年にわたって軟禁されたスーチー氏にとって27年ぶりの訪日だ。民主化路線に転じたミャンマーと日本とが未来に向けた新しい関係を築いていくための機会としたい。
 スーチー氏は岸田文雄外相ら政府関係者と会談するほか、85〜86年に研究員として在籍した京都大などを訪問する。
 ミャンマーでは11年3月の民政移管以来、テインセイン大統領の下で経済開放や検閲廃止など民主化を図る改革が進められている。10年11月に自宅軟禁を解かれたスーチー氏は昨年4月に国会議員になって以降、精力的に外国を訪問して国際社会に民主化への協力を求めている。
 日本政府はスーチー氏との対話を通じて、ミャンマーの民主化を積極的に支援していく姿勢を明確に示すべきだ。ミャンマーが民主国家へと歩み出した今、共通の価値観を持つ国として関係を強化すれば、日本外交の幅が広がり、アジアの安定にもつながるだろう。
 政権の変化を受けて、日本は26年ぶりに円借款の再開を決めた。スーチー氏は、外国からの援助が本当に国民のために使われるよう透明性を高めることが必要だと訴えている。政府はスーチー氏と率直に意見交換し、日本の援助が経済成長と民主化を支えるよう見守っていかなければならない。
 ミャンマー国内ではまだ、政府と少数民族の対立が続く地域があるほか、国民の大半を占める仏教徒と少数派のイスラム教徒の間で住民衝突が起きるなど不安定な状況も生まれている。軍の権限を広く定めた憲法の改正など、真の民主国家に生まれ変わるための課題も多く残る。
 軍事政権の圧政下では「民主主義のヒロイン」として世界に知られたスーチー氏だが、国会議員になり、政治家として国づくりにどう関わるか新たな役割が期待される。
 スーチー氏は大学での講演などを通じ、日本の学生や市民らとも交流する。計15年以上に及んだ軟禁・拘束に耐え、民主化を願う国民の精神的な支えであり続けたスーチー氏の生き方から改めて学ぶことは多いだろう。
 毎日新聞は、スーチー氏が最初の自宅軟禁から解放された直後の95年から「ビルマからの手紙」と題し、スーチー氏の手記を連載してきた。英語の原文は世界中の多くのメディアに転載され、長年にわたってスーチー氏の訴えを国際社会に知らせる役割を果たしてきた。今後もミャンマーの民主化の行方を丹念に伝えていきたい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 4月 13 日(土)付
スーチー氏来日―民主化を促す支援こそ

 ミャンマーの野党・国民民主連盟(NLD)の党首アウンサンスーチー氏がきょう、外務省の招待で27年ぶりに来日する。
 在日ミャンマー人や、民主化を支援してきた人たちと会うほか、皇太子さまや安倍首相との面談も予定されている。
 軍事政権に計15年間も自宅軟禁されながら、獄中の同志とともに民主化を訴え続けた。その不屈の闘いに敬意を表したい。
 軟禁解除から2年5カ月。外出や発言は自由になり、すでに欧米や韓国などを訪れた。民主化の象徴として、どこでも大きな注目を集めてきた。
 一方で、1年前に下院補選で当選して以降、政治家として困難な現実に直面し、批判も聞かれるようになった。
 野党議員としての限界はあるにせよ、少数民族問題への消極的な対応が当事者や人権団体の失望を招いている。
 政府と地元住民が対立する銅山開発では、議会の調査委員長として「事業継続」の報告書を出し、現地で怒号を浴びた。
 国軍幹部と並んで式典に出席したり、「軍が好きだ」と発言したりして、政府や軍に取り込まれたとの非難もある。
 最近は、改革をさらに進めるため、大統領就任への意欲をみせている。そのためには、大統領には軍の知識が必要などと規定する憲法の改正が不可欠だ。
 軍出身者が中枢を占める政府、議会に働きかけて改正するしか道はないのだから、ある程度の妥協はやむをえないと理解を示す人々はいる。
 とはいえ、ノーベル平和賞を受賞したスーチー氏には人権の守護神であってほしいとの内外の期待は強い。
 そのはざまで難しい立場にあることは確かだ。
 「民政移管」はしたが、イスラム教徒と多数派の仏教徒の騒乱が各地で勃発するなど、国造りの基盤は脆弱(ぜいじゃく)だ。
 国民融和にはスーチー氏のカリスマ性が欠かせない。幹部の高齢化が著しいNLDの組織を立て直し、国民への発信力も強めなければならない。
 2年前に現政権が発足して以来、日本はミャンマーを「アジア最後のフロンティア」として、工業団地の整備を進め、企業進出を競っている。
 忘れてならないのは、軍政時代、日本の政財官界は、欧米と比べて民主化勢力への支援に消極的だったことだ。
 自由と民主主義の「価値観外交」を掲げる安倍政権である。
 国民の生活レベルを高め、民主化を後押しする支援に知恵をしぼるべきだろう。

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