「主権回復式典」  沖縄では抗議集会

http://mainichi.jp/select/news/20130429k0000m010074000c.htmlより、
主権回復式典:沖縄「がってぃんならん」
毎日新聞 2013年(最終更新 04月28日 22時17分)

 政府が東京で主権回復を記念する式典を開催した28日、沖縄では、式典への抗議集会に1万人(主催者発表)が駆けつけた。本土独立後も20年、米国統治が続き、復帰から41年たった今なお、全国の米軍専用施設の74%があり、米兵の事件事故が絶えない。「政府の式典は私たちへの侮辱」「沖縄には主権はない」「がってぃんならん(合点がいかない)」。会場に、政府や本土への不信と悲しみが渦巻いた。【平川哲也、井本義親】
 沖縄県宜野湾(ぎのわん)市の海浜公園屋外劇場であった「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」は、席につけない立ち見の参加者の輪が二重三重にできた。
 「政府式典は、沖縄戦と、米軍による統治を強いられた私たちへの侮辱ですよ」。集会に参加した名護(なご)市の自営業、具志堅勝子さん(74)は言った。
 1945年の沖縄戦終結時は小学生。校舎を米軍に接収され、地面をノート代わりに学んだ。本土に復帰した時は喜びもあったが、その後も基地問題は変わらず「だまされた」。名護市は日米両政府が米軍普天間(ふてんま)飛行場(宜野湾市)の移設先にしている。「基地を押しつけるばかりで私たちには主権もない」。具志堅さんは語気を強めた。
 「政治家は歴史を学ぶべきだ」。舞台に立った名護市の稲嶺進市長の演説に、那覇市の大田朝成(ちょうせい)さん(85)はうなずいた。
 16歳で旧海軍予科練に志願して沖縄を離れた。戦後間もなく帰郷する船から見た夜の古里は、米軍施設だけが光っていた。「もう少しの我慢で米軍は出て行く」と考えていたが、サンフランシスコ講和条約発効で沖縄は切り離された。そして今年、政府は沖縄分離の日に式典を開いた。「歴史の受け止め方の違いも気付かない。政府は沖縄の怒りをあおり独立させたいのではないでしょうか」といぶかった。
 会場には若い世代の姿も。宜野湾市の高校1年、田原初(うい)さん(15)が3月まで通った中学は、米軍垂直離着陸輸送機オスプレイが配備された普天間飛行場の近くだった。「屈辱の日」はテレビで初めて知ったといい「中学では米軍機が飛ぶと爆音で授業が中断することもあった。そんな沖縄に主権はないと思う」と話した。

http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20130429k0000m010058000c.htmlより、
主権回復式典:天皇陛下のお言葉なく
毎日新聞 2013年(最終更新 04月28日 21時08分)

 政府は28日、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎え、「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京都千代田区の憲政記念館で開いた。安倍晋三首相は式辞で「本日を一つの大切な節目とし、私たちがたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と表明。天皇、皇后両陛下も出席したが、お言葉はなかった。
 式典には、衆参両院議長や最高裁判所長官、都道府県知事(代理を含む)ら約390人が出席。沖縄県の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事は式典開催に反発する県民感情に配慮し出席を見送り、高良倉吉(たから・くらよし)副知事が代理出席した。生活、共産、社民、みどりの風の4党は政府による式典開催について「天皇の政治利用」などと批判し、欠席した。
 首相は式典で「61年前の本日は、日本が自分たちの力によって再び歩みを始めた日だ」と主権回復の意義を強調。その上で「日本を強くたくましくし、世界の人々に頼ってもらえる国にしなくてはならない。私たちの世代は、日本をもっと良い、美しい国にしていく責任を負っている」と述べた。

http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20130429k0000m010058000c2.htmlより、
 一方で、首相は条約発効後も奄美群島、小笠原諸島、沖縄が一時、米国の施政下に置かれたことにも言及。特に沖縄の本土復帰が遅れたことに触れ、「戦中、戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は意味をなさない。沖縄が経てきた辛苦に深く思いを寄せる努力をなすべきだ」と訴えた。
 式典終了後、高良氏は記者団に対し「(首相の)式辞を聞く範囲では非常に納得したというか、理解できた」と表明。一方で、沖縄県宜野湾市で開かれた抗議集会についても「共感できる。県民にはさまざまな思いがある」とも語った。【鈴木美穂】

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013042800024より、
「主権回復」抗議に1万人=県民には「屈辱の日」-政府式典同時刻に・沖縄

 沖縄県の市民団体などは28日、政府主催の「主権回復の日」式典に抗議する「4.28『屈辱の日』沖縄大会」を、政府式典と同時刻の午前11時に宜野湾海浜公園(同県宜野湾市)で開いた。主催者発表で、参加者は1万人を超えた。
 実行委員会は喜納昌春県議会議長や大学教授、市民団体関係者らが共同代表を務め、会場は平和で豊かな沖縄を表現する大会シンボルカラーの緑色を身に着けた人の姿も目立った。
 喜納議長は「頭越しの国策が米国の言いなりにまかり通っている。沖縄県の基地問題の解決なくして、日本が主権国家と言えるはずがない」と訴えた。参加した稲嶺進名護市長は「条約発効から61年たった今日でも、沖縄を切り離す式典が行われ、許されることではない。歴史に学ばずして、これからの沖縄、日本のビジョンを立てられるはずがない」と非難した。
 集会では「沖縄県民の心を踏みにじり、再び沖縄切り捨てを行うものであり、到底許されるものではない。沖縄県民にとっては『屈辱の日』」との決議を採択した。
 伊江村から駆け付けた謝花悦子さん(74)は「沖縄の基地問題は『4.28』にさかのぼる。このような屈辱の日に対する怒りから参加した。首相は良心を持っているのかと問いたい」と憤りをあらわにした。(2013/04/28-17:23)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013042800129より、
沖縄への「配慮」演出=政府後手、反発に危機感-主権回復の日

 安倍政権は28日に東京都内で初めて開いた「主権回復の日」式典に当たり、沖縄への配慮を演出した。この日を、米軍の統治下に置き去りにされた「屈辱の日」と呼んできた沖縄では、式典への反発が拡大。「安倍カラー」の強い式典だけに、安倍晋三首相は政権そのものへの批判に転化しかねないと危機感を募らせたが、対応が後手に回った印象は否めない。
 「とりわけ銘記すべきは、残酷な地上戦を経験した沖縄が最も長く日本から離れたままだった事実だ」。首相は式辞で、沖縄の「辛苦」に思いをはせるよう呼び掛けた。自民党出身の伊吹文明衆院議長も「沖縄が安全保障の負担の多くを担っている現実を決して忘れてはならない」と訴えた。
 式典は、自民党が昨年の衆院選政策集に明記した「公約」だ。首相は政権発足直後から準備に着手。首相周辺は「敏感な問題であることは初めから念頭にあった」と話すが、沖縄への配慮が十分だったとは言い難い。
 ちょうど1年前、自民党は主権回復の日の集会を党本部で開いた。「来年は政府主催で開こう」と気勢を上げる党幹部らに、来賓として出席した嘉数昇明元沖縄県副知事は「沖縄では政府が同胞を切り捨てた悲しみの日と記憶されている」とクギを刺した。
 しかし、自民党は式典について、衆院選政策集に「主権回復の日を祝う」と明記し、「祝賀」との位置付けを明確にした。首相は3月7日に国会で式典開催を表明したが、沖縄への言及は一切なし。菅義偉官房長官が翌8日の記者会見で初めて「沖縄に寄り添う中で行う」と説明した。
 政府は結局、「祝賀」の意味合いを封印。天皇、皇后両陛下のご臨席に野党から「政治利用」との批判が上がったことを踏まえ、式典での陛下の「お言葉」も見送った。しかし、式典と並行して、沖縄県宜野湾市では野党や市民団体が1万人規模(主催者発表)の抗議集会を開催。「式典は県民の心を踏みにじり、再び沖縄切り捨てを行うもので、到底許されない」との決議を採択した。
 仲井真弘多知事は式典出席を見送り、代理出席した高良倉吉副知事は記者団に「首相は沖縄に向き合って発言していた」と一定の評価を示しながらも、「宜野湾の集会も共感できる」と複雑な県民感情をにじませた。「理解が得られていない現実を直視し、今後も努力しなければいけない」。自民党の石破茂幹事長は記者団にこう語った。(2013/04/28-16:53)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014249891000.htmlより、
昭和天皇ご署名の部屋を公開 奈良
4月28日 16時36分

サンフランシスコ平和条約が発効し、日本の主権回復を記念する政府主催の式典に合わせて、奈良市では、昭和天皇がこの条約の批准書に署名した部屋が公開されました。
公開されたのは、昭和天皇が昭和26年11月にサンフランシスコ平和条約の批准書に署名した、奈良市の県知事公舎にある「御認証の間」と呼ばれる部屋です。
奈良県は、昭和27年4月28日に、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が主権を回復したことを記念する政府主催の式典が開かれたのにあわせて、28日、公開しました。
発効前年の昭和26年11月、昭和天皇は、奈良県を訪れていて、広さ20平方メートルほどのこの部屋で、東京から届けられた平和条約の批准書に署名しました。
28日は、事前に申し込んだおよそ50人が訪れ、天井を見上げたりしながら部屋を見学していました。奈良県によりますと、この部屋に置かれている机やいすなどが当時のままかどうかは、記録が残っておらず、はっきりしないということです。
この部屋は、29日も事前に申し込んだ人を対象に公開されるということです。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013042800096より、
基地負担の苦しみ今も=「主権回復してない」-政府式典に怒りと失望・沖縄

 サンフランシスコ講和条約発効により、沖縄は日本から切り離され、本土復帰まで20年間にわたり米国の施政下に置かれ、過重な基地負担につながった。政府が「主権回復の日」と位置付ける条約発効日は、沖縄では「屈辱の日」とも呼ばれる。県内では政府に対する怒りや失望の声が広まっている。
 民間人を巻き込む地上戦が展開された太平洋戦争末期の沖縄戦の被害者らが損害賠償と謝罪を国に求めた訴訟で、原告団長を務める野里千恵子さん(76)は、主権回復記念式典について、「沖縄が犠牲になった日であり、とんでもない話だ。基地が沖縄にあるのではなく、基地の中に県民が住んでいるのが現状。お祝いするムードではまったくありません」と憤る。
 米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)から約400メートルの場所に住み、米軍機の夜間訓練などで騒音被害を訴える飲食店従業員の赤嶺和伸さん(59)は、「沖縄と政府の間には大きな隔たりがある。沖縄が置かれた歴史や現状を分かってもらわないと、47番目の都道府県にはなれない」と話した。
 戦後、米施政下の沖縄で本土復帰運動に尽くし、那覇市長や衆院議員を務めた故・瀬長亀次郎氏の資料を展示する「不屈館」(那覇市)では、「屈辱の日」を資料や写真で振り返る企画展を開催している。瀬長氏の次女で同館長の内村千尋さん(68)は「式典開催決定を知り、すぐに企画展を決めた。怒りの表現のしようがない。今も沖縄では戦争は終わっていない」と話す。
 琉球大学法科大学院の高良鉄美教授(憲法学)は、日本国内での米軍人・軍属による事件、事故で、容疑者の身柄拘束などで日本側が不利な状況に、「現在も日本は主権を回復していない。これを屈辱とは思わないのか」と指摘する。その上で、「講和条約の発効で、日本が目指す方向へ進んだとは言いがたい。4月28日を、国民主権や基本的人権について考える日にすべきでは」と語った。(2013/04/28-15:31)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013042800020より、
政府が「主権回復」式典=沖縄知事、4野党欠席

 政府は28日午前、1952年のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎えたのに合わせ、「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京・永田町の憲政記念館で初めて開催した。安倍晋三首相は式辞で、「私たちがたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と表明した。
 式典には天皇、皇后両陛下のほか、衆参両院議長、最高裁長官ら各界代表約390人が出席した。
 首相は式辞で、太平洋戦争敗戦後の7年間を「わが国の長い歴史に訪れた初めての、そして最も深い断絶であり試練」と位置付けた。その上で、戦後日本が「普遍的自由と民主主義と人権を重んじる国柄」を育んだとの認識を示し、「私たちの世代は日本をもっと良い、美しい国にしていく責任を負っている」と強調した。
 また、首相は、条約発効により沖縄、奄美諸島、小笠原諸島が「日本から切り離された」とし、特に沖縄の本土復帰が最も遅れたことに言及。「沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をなすべきだ」と訴えた。
 沖縄では、4月28日は「屈辱の日」と呼ばれる。政府は全都道府県知事に招待状を送ったが、仲井真弘多沖縄県知事は県民感情を考慮して出席を見送り、高良倉吉副知事が代理出席。同県では28日、野党系県議らが式典に抗議する集会を開いた。
 式典開催は、自民党が昨年の衆院選の際に発表した政策集に明記した。生活、共産、社民3党とみどりの風は、世論が割れている中での式典開催を「天皇の政治利用」などと批判、欠席した。
 式典開催には、国家主権に関して曖昧な態度を取らないとの安倍政権の姿勢をアピールする狙いがあるとみられる。自民党は2011年8月、「苦難の占領期を経て主権を回復したことを記念し、国の真の独立の意味に思いをいたす」として、4月28日を祝日とする祝日法改正案を衆院に提出したが、昨年11月の衆院解散で廃案となった。(2013/04/28-14:52)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013042801001356.htmlより、
主権回復式典、首相「決意新た」 沖縄は知事欠席
2013年4月28日 13時13分

 政府は28日午前、1952年のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎え「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京都内の憲政記念館で開いた。安倍首相は戦後復興の歴史を振り返ると同時に、国際社会の平和と繁栄に貢献していく決意を表明。「本日を一つの大切な節目とし、これまでたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べた。天皇、皇后両陛下も出席した。
 本土復帰の72年まで米施政権下に置かれた沖縄県の仲井真知事は欠席し、高良副知事が代理出席した。沖縄では4月28日が「屈辱の日」と呼ばれ、記念式典に反発する声がある。(共同)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014246581000.htmlより、
沖縄 主権回復式典に抗議の大会
4月28日 12時17分

政府が日本の主権回復を記念する式典を開いたのに合わせて、主権回復後もアメリカの統治下に置かれた沖縄では、式典に抗議する大会が開かれ、このあと「式典の開催は、再び沖縄を切り捨てるもので到底許されない」という大会決議を採択しました。
この大会は、昭和27年4月28日に日本が主権を回復したあとも、沖縄は20年にわたりアメリカの統治下に置かれ続けたことから、沖縄県議会の野党・中立会派や平和団体などが式典に抗議して、宜野湾市で開いたものです。
大会は、政府主催の主権回復の記念式典と同じ時刻の午前11時から始まり、県内各地から大勢の人が参加しています。
はじめに、県議会の喜納昌春議長が「主権の回復後も普天間基地の移設問題やオスプレイの配備など、沖縄を頭越しにした政策が進められ、納得できる状況ではない」と訴えました。
大会ではこのあと、「沖縄が切り捨てられた『屈辱の日』に政府が式典を開くことは、沖縄県民の心を踏みにじり再び沖縄を切り捨てるもので到底許されない」という大会決議が読み上げられ、採択しました。
主権回復の記念式典を巡り、沖縄県内では、これまでに県議会や18の市町村の議会が、抗議決議や撤回を求める意見書などを採択しています。

主権が回復しているとは言えない
昭和47年まで本土復帰の運動を続けたという沖縄県恩納村の66歳の男性は「政府が今、なぜ主権回復を記念して式典を開くのか理解できません。アメリカ軍基地に伴う負担を考えると、主権が回復しているとはとても言えないのではないか」と話していました。
また、中城村からひ孫を連れて大会に参加した66歳の女性は「政府主催の式典には反対で、ことばも出ないくらいです。4月28日が、沖縄にとっていかに屈辱的な日だったかということを、孫やひ孫にも伝えていきたい」と話していました。
沖縄が本土に復帰した昭和47年に生まれたという豊見城市の40歳の男性は「基地があることが当たり前という状況のなかで育ってきたが、やはり、沖縄は本土よりも基地の負担が重く、平等ではないと思う。基地問題を解決することなく、政府が式典を開くことはとても残念です」と話していました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014246501000.htmlより、
主権回復式典 首相「希望と決意の日に」
4月28日 12時11分

サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が主権を回復したことを記念する政府主催の式典が、東京で開かれました。安倍総理大臣は「きょうを、未来に向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べるとともに、日本の施政権から切り離された沖縄などへ配慮を示しながら、世界に貢献する国づくりを進める考えを強調しました。
政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は、昭和27年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効して、日本が主権を回復してから61年目に当たる28日午前、東京・千代田区の憲政記念館で開かれ、天皇皇后両陛下をはじめ、衆参両院の議長、最高裁判所長官、国会議員や知事などおよそ400人が出席しました。
この中で、安倍総理大臣は「きょうを1つの大切な節目とし、これまで私たちがたどった足跡に思いを致しながら、未来に向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は、東日本大震災の際に世界中から日本に多くの支援が寄せられたことに言及したうえで、「私たちは、日本を強くたくましくし、世界の人々に頼ってもらえる国にしなくてはならない。私たちの世代は、どれほど難題が待ち構えていようとも、目をそむけることなく、日本を、もっとよい美しい国にしていく責任を負っている」と述べ、世界に貢献する国づくりを進める考えを強調しました。
一方、昭和47年まで日本の施政権から切り離された沖縄県では、式典の開催に反発する意見が出ており、仲井真知事は出席せず、副知事が出席しています。
安倍総理大臣は「日本に主権が戻ってきた日に、奄美、小笠原、沖縄の施政権は日本から切り離れた。沖縄の人々が耐え忍ばざるをえなかった戦中、戦後の苦労に対し、通り一遍のことばは意味をなさない。若い世代の人々に特に呼びかけつつ、沖縄が経てきた辛苦に、深く思いを寄せる努力をすべきだと訴えようと思う」と述べました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014244251000.htmlより、
主権回復記念式典 沖縄では抗議集会も
4月28日 6時34分

61年前の4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本の主権が回復したことを記念する政府主催の式典が28日、天皇皇后両陛下も出席されて開かれます。一方、当時、日本の施政権から外れた沖縄県では、式典に抗議する集会が開かれることになっています。
日本とアメリカなど48か国が結んだサンフランシスコ平和条約は、昭和27年4月28日に発効し、それまで連合国軍の占領下にあった日本は、主権を回復して国際社会に復帰しました。
28日はこれを記念する政府主催の式典が、天皇皇后両陛下も出席されて、東京・千代田区の憲政記念館で開かれます。
一方、条約の発効によって、当時、日本の施政権の外に置かれた沖縄や奄美などからは反発の声が上がっています。
このうち沖縄では、仲井真知事が式典への出席を見送るほか、普天間基地のある宜野湾市で、式典にあわせて抗議集会を開くことにしています。
また、28日は都内の各地でも市民グループや政治団体が、式典に賛成、反対するそれぞれの立場から集会を開くなどするということです。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013042701001857.htmlより、
政府、28日都内で主権回復式典 沖縄からは反発の声
2013年4月27日 17時48分

 政府は28日午前、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効した「主権回復の日」に当たるとして「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京都内の憲政記念館で開催する。安倍晋三首相が式辞を述べるほか、衆参両院議長らがあいさつする。天皇、皇后両陛下も出席するが、お言葉は述べない。
 自民党が昨年の衆院選で実施を公約、安倍内閣は12日に開催を閣議決定。本土復帰の72年まで米施政権下に置かれた沖縄では4月28日が「屈辱の日」と呼ばれ、記念式典に反発の声も上がっている。仲井真弘多沖縄県知事は欠席し、高良倉吉副知事が出席する予定。政府は毎年の開催はしない方針だ。(共同)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130422/k10014096261000.htmlより、
志位委員長「天皇の政治的利用」
4月22日 16時41分

共産党の志位委員長は記者会見で、日本の主権回復を記念して今月28日に開かれる政府主催の式典に天皇皇后両陛下が出席されることについて、「憲法の規定に反する天皇の政治的利用だ」と述べ、式典を中止すべきだという考えを示しました。
この中で、志位委員長は昭和27年4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本が主権を回復したことを記念して政府が今月28日に開く式典に天皇皇后両陛下が出席されることについて、「安倍政権が出席を求める方針を決めていることは極めて重大な問題であり、憲法の規定に反する天皇の政治的利用だ」と述べました。
そのうえで、志位氏は「憲法で国民主権に基づく『国民統合の象徴』とされている天皇に、国民世論が割れている行為を行わせることも憲法の精神に背くものだ。政府に対し式典の中止を重ねて要請したい」と述べました。

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