ボストンテロ 米国に潜む二つの闇 布施広氏
http://mainichi.jp/opinion/news/20130429k0000m070102000c.htmlより、
社説:視点・ボストンテロ 米国に潜む二つの闇=布施広
毎日新聞 2013年04月29日 02時30分
ボストン連続爆破テロ事件には二つの「闇」がある。一つは米国が「ホームグロウン(国産)」のテロリストを生みだす検証困難な過程。もう一つは国際情勢から伸びる深い影だ。チェチェン系で米国に住むイスラム教徒の兄弟が起こしたテロの解明は、難しくも大切な作業だ。
注目すべきは容疑者兄弟が米国に移住した時期である。2001年9月、米国は同時多発テロに襲われ、翌月にアフガニスタン攻撃を始めた。兄弟を含む一家が米国に移住したのはその翌年。米国が「テロとの戦争(War on terror)」に躍起になっていたころだ。
この「戦争」はしばしば「テロとの戦い」と訳されるが、穏やかな訳ではブッシュ政権の真意が伝わるまい。当時、シラク仏大統領は対米協力を約束しつつ「戦争」という表現に首をかしげた。これが一般的な反応だろうが、米国にすれば超大国の軍事、政治、経済などの力を結集した、良くも悪くも命がけの総力戦だった。
だから、その反動も大きかった。同時テロが起きるまで米国はロシアのチェチェン政策に批判的で、米輸出入銀行は99年に総額5億ドルの対露融資を凍結した。00年には当時のクリントン大統領がチェチェンの人権を憂慮する書簡をプーチン露大統領代行に送り、集団処刑や強姦(ごうかん)などの有無を調べる「透明性を有する調査」を求めている。
だが、同時テロ後、ブッシュ政権はチェチェンのイスラム勢力にテロ組織との関係を断つよう要求するなどロシア側に軸足を移した。米国の同盟国イスラエルも「テロとの戦争」を宣言して軍事行動を続け、03年のイラク戦争でイスラム教徒と米国の対立は決定的になった。
容疑者の兄弟は米国の変容をじっと見つめていただろう。イスラム圏を見渡せば、ロシアがチェチェンで、米欧がアフガン、イラク、リビアなどで、イスラエルがレバノン、パレスチナなどで軍事行動を起こし、今はイランやシリアへの攻撃も検討されている。いつも戦場にされやすいイスラム圏の反米感情は、「イスラムとの対話」を打ち出したオバマ政権下でも改善されたとは言い難い。
そんな世界にあってイスラム教徒は何を思うか、という視点も必要だろう。テロは憎むべき犯罪である。テロ防止の機器・システムを整備し、テロリストを追いつめることは大事だ。だが、世界の矛盾や不条理と向き合わないと、木を見て森を見ない結果になろう。ブッシュ政権の「戦争」に欠けていたのはそんな謙虚さではなかったか。(論説委員)