世界文化遺産 「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013050402000128.htmlより、
東京新聞【社説】世界遺産へ 富士を再び仰ぎ見る
2013年5月4日

 日本一の富士山が世界文化遺産に登録される。誇らしい。だが、ようやくという感もある。この国のシンボル、あの美しい富士の山。次世代により美しく伝え残す責任を、あらためてかみしめたい。
 フジヤマ、ゲイシャ、サクラ、ニンジャ…。海外で日本といえば、いの一番に連想されるのが富士山に違いない。日本一、象徴、誇り、宝物…。賛美の言葉も枚挙にいとまがない。
 本来なら、日本が誇る世界自然遺産として真っ先に名乗りを上げるべき存在ではなかったか。
 ところが、登録が決まれば国内で十七番目。一九七二年の世界遺産条約採択以来四十二年目の実現になる。しかも青森・秋田県の白神山地(九三年登録)のように世界自然遺産ではなく、富士五湖などと一緒に世界文化遺産としてリストにのぼる。山岳信仰の中心地としての位置付けだ。
 条約参加当初から自然遺産への登録も試みた。しかし、山麓の開発や、大量に不法投棄された産業廃棄物、登山者が捨てるごみなどが問題視され、国内選考で落とされた。改善に向かってはいるものの、自然遺産と胸を張れるまでにはなっていないということだ。
 以前、スイス・チューリヒ市の環境担当部長から「写真で見る富士山は完璧に美しい。だが近くに立つと良好なランドシャフトとは言い難い」という厳しい指摘を受けた。
 ドイツ語のランドシャフトとは、単に景観のことではない。歴史や生活様式なども含んだ地域固有の風土、文化を創造する基盤となる空間のことを言う。
 その人は、東海道新幹線の車窓に映える富士の雄姿が、前景の工場群から立ち上る煙にかすむのを、とても残念がっていた。
 私たちは、富士山の登録をただ喜ぶだけでなく、世界で最も美しいとされる独立峰を単独で世界自然遺産にできなかったという過去を、ここで反省すべきだろう。
 保全より経済効果を追い求め、約千件と増えすぎた世界遺産は今や曲がり角。その意義を考え直そうと昨秋京都で開かれた世界遺産四十周年会合では、遺産保護には地域の役割が大切だとする「京都ビジョン」が採択された。
 富士山が日本の心の象徴ならば、日本人の暮らしのありようも、そこに色濃く表れる。富士山をもっと美しく-。特別な遺産を未来へ受け継いでいくことになる、私たちみんなの責任だ。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 5月 2 日(木)付
鎌倉の「落選」―世界遺産への候補絞れ

 富士山は登録。
 鎌倉は不登録。
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産への登録について、国際記念物遺跡会議は、対照的な結論を示した。
 富士山は三保松原を除いての登録を勧告された。おもな理由は「影響は日本をはるかに越えて及んで」いることだ。
 鎌倉には「顕著な普遍的価値を有していることを証明できていない」ときつい評価だった。
 日本は1992年に世界遺産条約に加盟した。以来、16件の世界遺産が登録されてきたが、日本単独の推薦で不登録を勧告されたのは初めてだ。
 不登録でも、来月の世界遺産委員会にかけることはできる。
 ただ、逆転の可能性は極めて低い。ここで不登録と決議されると再推薦できないので、過去には取り下げた国も多い。
 ことしの鎌倉は事実上の「落選」となったといえる。
 世界遺産は、すでに962件に達した。有名な資産はほぼ登録され、審査が厳格になったと言われている。
 これを機に、文化庁は国内候補を整理すべきだ。
 これまで文化遺産は1国で2件を推薦できたが、これからは1年に1件ずつになる。
 待機リストである暫定一覧表には、富士山と鎌倉を除いて11件ある。さらに、文化庁は2006~07年に全国の自治体に公募をかけたさいに、計30件の予備群を指定し、二つのグループに分けた。
 合計41件が、毎年1件ずつ登録されても41年かかる。
 なかでも、予備群の2番手グループに分類された17件はもともと「顕著な普遍的価値を証明することが難しいと考えられるもの」(文化庁記念物課)だ。鎌倉でも落選なら、もはや登録の可能性はきわめて小さい。
 暫定一覧表のなかにも、鎌倉と同じ92年に入り、推薦されずに21年たった彦根城(滋賀県)がある。候補の整理は41件全体で考えることになるだろう。
 候補を抱える自治体も、登録への長く重い負担を再検討したらどうか。
 すでに、予備群の「最上川の文化的景観」(山形県)は「どれほどお金と時間をかけたら登録されるのか、全く見えない」と知事が撤退を宣言した。
 世界遺産の目的は観光振興ではなく、保護にある。
 記念物遺跡会議は、富士山についても「開発に対する来訪者管理戦略、危機対策計画が緊急に必要」と注文した。
 霊峰富士の美しさを、しっかりと守ることから始めたい。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130502/trd13050203120006-n1.htmより、
産経新聞【主張】世界遺産 美しき富士の姿守りたい
2013.5.2 03:12

 頂上部を白い雪で覆われた富士山の姿が、5月の連休にはひときわ青空に映えそうだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が、「富士山」を世界文化遺産に登録するよう勧告した。
 日本政府は今回、「富士山」と「武家の古都・鎌倉」を世界文化遺産登録の候補に同時推薦しているが、イコモス勧告は富士山について、三保松原(静岡市)の除外を条件として登録が適当との結論を出した。
 鎌倉は残念ながら、「記載」「情報照会」「記載延期」「不記載」の4段階の勧告のうち、最低レベルである不記載(登録不相当)が適当との勧告だった。
 正式にはカンボジアで開かれる6月の世界遺産委員会で決定するが、専門家機関が登録にふさわしいと判断した以上、各国外交官による委員会でその勧告が覆されることはまずない。日本を代表する富士山が「文化遺産」として世界に認められたことを、晴れやかな気持ちで受け止めたい。
 世界遺産は、人類全体のために残すべき「顕著で普遍的な価値」を持つ文化、自然遺産が登録される。日本では文化遺産12件、自然遺産4件が登録されており、富士山は17番目となる。
 日本政府は昨年12月、イコモスから富士山の遺跡の性格を明確にするよう名称の変更を求められ、「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」とすると回答している。日本人にとってはまさしく、心のよりどころとなる遺産だろう。
 ただし、課題もある。富士山は当初、自然遺産としての登録をめざしたが、ゴミの多さが災いして国内選考段階で候補として認められなかった。文化遺産への発想の切り替えは見事ではあるが、ゴミ問題が解決したわけではない。
 遠く仰ぎ見れば美しいが、近くで見れば幻滅してしまうようでは「文化」の名が泣く。観光化という課題にいかに対応し、美しい姿を後世に継承していくのか。世界遺産登録は地元にとって重い宿題を背負うものであることもまた、忘れてはならない。
 鎌倉については、世界遺産委員会で「不記載」の結論が出ると将来の再推薦の道も閉ざされてしまう。それを回避するにはとりあえず委員会への推薦取り下げという方法もあるという。政府と地元で柔軟に対応を考えてほしい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130502k0000m070137000c.htmlより、
社説:富士山世界遺産 美しい姿を千年後にも
毎日新聞 2013年05月02日 02時31分

 日本人の心のよりどころともいえる富士山が6月に世界文化遺産に登録される見通しになった。環境の改善に奮闘し、この霊峰を大切にし続けてきた地元の人々や自治体、ボランティアの地道な努力が実ったものであり、共に喜びたい。
 富士山は古来、信仰の対象であり、芸術の源泉になり続けてきた。それは日本人の自然に対する態度を代表的に示している。山や岩、巨樹そのものを神としてあがめる思想で、自然は征服するものではなく、畏怖(いふ)し、敬う存在だという考え方だ。
 世界遺産登録は海外にこの自然との共生の思想を知ってもらうきっかけになるだけでなく、それを忘れがちな現代の日本人にも、示唆するものが大きい。それは東日本大震災後を生きる知恵にもなるだろう。
 しかし、残された課題はいくつもある。今回、富士山を登録するように国連教育科学文化機関(ユネスコ)に勧告をした国際記念物遺跡会議(イコモス)も、国指定名勝「三保松原(みほのまつばら)」(静岡市)を除いたのをはじめ、いくつかの条件を付けている。
 それも踏まえて課題を列挙すれば、まず、年間30万人を数える登山客をどう抑制するのかという問題がある。登録でさらに増えることが予想される。静岡、山梨両県では入山料制度の導入を検討しているが、この動きを見守りたい。
 膨大な量のごみをどう減らすのか、今後の観光開発をどう管理するのかも重要な課題だ。もちろん、登山道の整備や流土の防止など、公共工事のあり方も検討が必要だ。
 また、神社や登山道、池や湖など、各構成資産をどのように結び付けて、巡礼(芸術)の道として示せるのかも今後取り組まないといけない問題だ。個々の構成資産は合わさって一つの大きな絵のような存在になるべきであり、それは訪れた人々に簡単に理解されないといけない。
 このような課題に対して、2016年までに保全状況報告書を提出することが求められている。
 こういったことを考えると、富士山全体を一律的に管理する行政の仕組みが必要なのではないか。地元自治体や政府、各種団体が一体になって、統括的に富士山を管理するのが望ましい。
 毎日新聞は00年から富士山再生キャンペーン事務局を設置し、清掃や音楽祭に取り組んできた。また、NPO法人富士山クラブと全面協力している。同クラブは昨年度だけで74回の清掃活動をし、75トンのごみを撤去した。外来植物の駆除や子供たちへの環境教育、植樹や間伐作業も盛んに実施している。私たちはさらにこの活動を深め、世界遺産にふさわしい、美しい富士山を百年後、千年後の未来に伝えたい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130502ddm003040126000c.htmlより、
クローズアップ2013:富士山、世界遺産へ 「保全」最後のハードル
毎日新聞 2013年05月02日 東京朝刊

 ◇開発優先、転換探る
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)の勧告によって、世界文化遺産への登録がほぼ確実になった富士山。イコモスは、山と周辺の遺跡など長い歴史の中で育まれてきた文化的価値を評価した半面、課題も突きつけた。今後、政府や地元自治体は、入山者の規制や周囲の開発問題など指摘された課題の解決が急務になる。【福田隆、水戸健一、樋口淳也、山口香織】

 文化庁によると、イコモスは日本政府に「富士山」の登録勧告と同時に2点の課題を与えている。1点目は、資産の名称を、山岳信仰と芸術を加味したものに変えることだ。ユネスコに提出した推薦書では「富士山」という資産の名称を使っているが「精神性、芸術的関連性を反映して拡大(変更)すること」を求められた。文化庁は「富士山と信仰・芸術の関連遺産群」という名称を検討している。
 2点目は、2016年2月1日までにユネスコ世界遺産センターに「保全状況報告書」を提出すること。これが「富士山」が本当の意味で世界遺産となるための最後のハードルになる。
 イコモスは、「文化的景観のアプローチを反映した資産の全体ビジョン」「来訪者戦略」「登山道の保全手法」「情報提供戦略」「危機管理計画」などを含む報告書の提出を求めている。
 イコモスは勧告に先立つ昨年12月、政府と地元自治体が作成した「包括的保存管理計画」の抜本的な改定も求めた。今回与えられた課題は、この計画の練り直しと運用実績の報告を求めているとみられる。細かい具体策を組み合わせることで、利益優先の無秩序な開発行為を防ぐことや入山者から富士山を守るよう、強く要求しているのだ。
 具体的には、富士山信仰の巡礼道として統一感のある登山道整備▽登山者への入山料の導入など入山制限の検討と実施▽登山者増が引き起こしている流土への適切な対策事業や開発の制御▽自治体間の枠組みを超えた一体感のあるPR活動−−などが考えられる。
 今後、地元自治体などは対応を迫られることになる。だが、方向性や具体策はまだ見えない。例えば、流土対策は、山麓(さんろく)の砂防事業や道路整備事業を指しているとみられるが、山梨県世界遺産推進課は「具体的なことが分からないので文化庁の解釈を待って判断したい」。静岡県世界遺産推進課も「勧告の内容を精査したい」と話す。特定NPO法人「富士山エコネット」の三木廣代表理事は「観光を優先した開発をするのでなく、自然があるから人が来るという原点を忘れるなということだ」と強調する。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130502ddm003040126000c2.htmlより、
 富士山の5合目や富士五湖の湖畔で見られる看板や電飾、電線が景観を損ねているという指摘は以前からある。イコモスで副会長を務めた経験がある西村幸夫・東京大先端科学技術研究センター所長は「スポーツとしての登山と違い、富士山に登る人の多くはご来光が目的。文化や信仰の象徴として調和を乱さないようにする対策が必要になる」と指摘している。

 ◇信仰の歴史、構成資産に
 世界文化遺産に登録される見通しになった「富士山」は、イコモスが除外を勧告した三保松原(静岡市)を除き富士山域などの資産で構成されている。昨年8〜9月のイコモスによる静岡県内調査で説明を担当した静岡県世界遺産推進課の佐藤哲洋主査は「資産をたどると噴火で近づけなかった時代や修行で登山した時代など、富士山と日本人が歩んできた歴史が理解できる」と、文化的意義を説明する。
 鮮やかな朱色の社殿と2階建て本殿が特徴的なのは富士山本宮浅間大社(ほんぐうせんげんたいしゃ)(左図(10)、静岡県富士宮市)。全国に約1300ある浅間神社の総本宮で「重要な構成資産」だという。富士山の噴火を鎮めようとしたのが起源で、現在、富士山8合目以上は大社が所有している。
 冨士浅間神社((14)、須走(すばしり)浅間神社、同県小山町)は、夏山シーズンに多くの登山者が利用する須走口登山道の起点。富士講信者が多く立ち寄り、登拝の記念碑が残されている。1707年の「宝永噴火」で被害を受けたが再建された。佐藤主査は「造営は9世紀で再建には相当古い木材が再利用されており貴重」と話す。今も地域住民らが手入れをしておりイコモス調査員も感嘆したという。
 人穴富士講(ひとあなふじこう)遺跡((24)、富士宮市)は、富士講の開祖とされる長谷川角行(かくぎょう)が修行した場所として知られる。約230基の登拝記念碑なども残され、信者の聖地となっている。富士山噴火で流れ出た溶岩の隙間(すきま)からの湧水(ゆうすい)が美しい滝を作り出す白糸ノ滝(しらいとのたき)((25)、富士宮市)。ここも富士講信者の巡礼地で、水行をしたと伝えられる場所だ。現在は同市が環境整備している。
 富士五湖(西湖=(7)、精進湖=(8)、本栖湖=(9)、山中湖=(19)、河口湖=(20))も、富士講信者が水行などをした巡礼地だ。また、北口本宮冨士浅間神社((6)、山梨県富士吉田市)は吉田口登山道の入り口にある信仰拠点。富士講信者は御師(おし)宿坊を出発した後、まず同神社に参詣して富士山に登った。1615年建立の本殿などが国重要文化財に指定されている。

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