水俣病判決 「根本解決にはまだ遠い」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013050802000145.htmlより、
東京新聞【社説】水俣病認定基準 国に救う意思あらば…
2013年5月8日

 「日本は毒の列島になってしまった」。作家の石牟礼道子さんは言う。毒の犠牲者はまだ大勢身を潜めている。国はふるい落とすための認定基準を救いのための物差しに、持ち替えるべき時である。
 水俣病とはいったい何なのか。すべてはこの問いに尽きるのではないか。
 水俣病の患者は、国が決めた基準に基づいて、熊本、鹿児島両県と新潟県市が国からの委託を受けて審査する。審査会は医師を中心に構成される。
 一九七一年、当時の環境庁は、手足や口の周りのしびれ、言語障害、歩行障害、視野が狭くなる、難聴、精神障害-といった症状のうちいずれか一つがあれば、水俣病だと認めていた。
 ところがそれが覆される。七七年の環境保健部長通知で、複数の症状が必要と改めた。
 最高裁は二〇〇四年、症状が一つでも認められるという国より緩やかな認定基準を示し、先月にはその基準で、熊本県の審査から漏れた女性を患者と認定した。
 それでも国は「基準を変える必要はない」との姿勢を崩さない。
 その代わり、九五年と〇九年の二回にわたり、患者とは認めずに「被害者」として一時金などを支払う“政治決着”を図っている。
 患者と被害者の違いは何か。
 それは補償の大小、また有無だ。患者には、最大千八百万円の一時金が支給される。被害者だと二百六十万円(九五年)、あるいは二百十万円(〇九年)の違いがある。それさえ、地域と申請期間を限定し“最終解決”を急ぐ。水俣周辺、不知火海一帯での大規模な健康調査は、なぜか拒み続けている。
 認定患者は三千人足らず、自分が水俣病とは知らない患者、名乗りを上げられない患者、潜在患者は三十万人とも言われているのにである。
 これでは、患者より原因企業のチッソに配慮して、補償を低く抑えようとしていると非難されても仕方がない。
 あらためて国に問いたい。水俣病とは何なのか。そもそも有機水銀の垂れ流し、それが放置されたことによる中毒症状を「病気」と呼んでいいのだろうか。経済成長という国策の犠牲者として等しく救済すべきではないか。
 環境省は認定基準を七一年の当初に戻し、健康調査を実施して患者を掘り起こすべきである。国は何を守るのか。福島の被災者もじっと見守っているはずだ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130419/trl13041903170001-n1.htmより、
産経新聞【主張】水俣病判決 なぜ57年もかかったのか
2013.4.19 03:17 (1/2ページ)

 水俣病の患者認定をめぐって、最高裁が国の認定基準(判断条件)で患者と認められないケースでも、司法により独自認定できる道を開いた。
 行政の審査ではねられた被害者を、訴訟を通じて救済する新たな仕組みである。長い間、認定を求め続けてきた人々にとって朗報だ。
 ただ、来月で水俣病の公式確認から57年になる。なぜこれほどの年月がたってしまったのか。かたくなな対応を続けた環境省、甘い判断しかできなかった政治家ら関係者は、厳しく反省すべきだ。司法も判断が遅すぎたという批判を免れない。
 最高裁は、熊本県水俣市の女性の遺族の行政訴訟では水俣病と認定するよう命じた2審福岡高裁判決を支持した。遺族側の勝訴が確定し、最高裁で患者と認定された初のケースとなった。大阪府豊中市の女性の訴訟では、水俣病と認めなかった2審大阪高裁判決を破棄して審理を差し戻した。
 患者としての認定を求める人々に立ちはだかってきたのが、昭和52年の旧環境庁による現行の認定基準だ。感覚障害や運動失調、視野狭窄(きょうさく)など複数の症状が重なっていることが大原則で、行政審査は今回の原告のような感覚障害のみの場合は認めようとせず、「患者切り捨て基準」と批判された。
 事実、潜在患者が20万人ともいわれる中で認定患者は2975人(今年3月末時点)と少ない。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130419/trl13041903170001-n2.htmより、
2013.4.19 03:17 (2/2ページ)
 最高裁は「個々の事情と証拠を総合的に検討して個別具体的に判断すべきだ」との判断を下し、感覚障害だけの原告を患者と認定した。行政よりも柔軟な姿勢を示したといえる。
 今回の判決を受け、環境省は「国の判断条件は否定されていない」と認定基準を見直さない考えを示したが、基準の運用に幅を持たせることは必要である。
 水俣病は、工場から海に垂れ流されたメチル水銀が魚介類に蓄積され、それらを食べた人々が病気になった健康被害である。日本が急激な経済発展を続ける中で生み出された成長の負の部分で、「公害の原点」といわれている。
 公害を克服する努力は重ねられたが、近年もダイオキシンやアスベストなど新たな健康被害が起きている。そうした事態を未然に防ぎ、起きてしまった場合の補償制度を確立するため、政治や行政は一層、知恵を絞ってほしい。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO54104220Y3A410C1EA1000/より、
日経新聞 社説 救済のあり方問う水俣病判決
2013/4/18付

 行政が水俣病の患者として認めていなかった人について、最高裁が独自の判断で患者と認定する初めての判決を出した。国の認定基準にあたらない場合でも、健康被害に苦しむ未認定患者が司法の場で救済される道が開かれた。
 だがこの判決で、水俣病患者の救済策が再び振り出しに戻ってしまった面もある。国が基準を見直して認定をやり直すにしても、訴訟が相次ぐのに任せるにしても、問題の長期化と混乱が予想される。最終的な解決に向け、政治と行政が知恵を絞るしかない。
 現行の水俣病の行政認定は、1977年の国の基準にもとづいている。感覚障害と視野が狭くなるなどの複数の症状の組み合わせが原則であるため、認定されなかった人による提訴が相次いだ。
 95年には一時金を支給する形で政治決着が図られた。しかし、これに応じなかった未認定の患者が2004年に最高裁で勝訴し、再び認定申請が相次ぐ。09年には2度目の政治決着が図られ、約6万5千人が申請した。
 訴訟を取り下げるなどしてこうした救済措置に応じると、一律に「被害者」と位置付けられる。だがこれは、水俣病の患者として認めてほしいという未認定の人たちの思いにこたえていなかった。個々人の事情に応じ、幅広く丁寧な救済の枠組みを用意できなかったことも、問題が解決しなかった1つの要因であろう。
 今回の最高裁判決は国の基準を否定していないが、「感覚障害だけの患者が存在する可能性がある」として、基準の緩和を迫っている。さらに裁判所自身が水俣病と認められるかどうかの判断ができることも示したため、今後、訴訟が広がることが考えられる。
 厳格な認定基準にこだわり、硬直的な対応で問題を長期化させた行政の責任は重い。一方で、司法はここに至るまで解決に導く役割を果たせなかったのかとの指摘もある。政治と行政が半世紀余にわたる苦い経験で得た教訓を生かし、新たな道を探ってほしい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 4月 17 日(水)付
患者の認定 水俣病の原点に戻ろう

 救済の原点に、立ち返れ。そう叱っているように読める。
 水俣病とは、魚介類にたまったメチル水銀を口にして起きる神経の病気で、客観的な事実で認定できる。水俣病の患者と認定するよう求めた訴訟で、最高裁が広く定義づけた。
 考えてみれば、当たり前の判断である。だが、行政の強い裁量権を求めてきた政府にとっては完敗の内容となった。
 手足の先を針でつついても痛くない。血がしたたり落ちるけがでも気づかない。熱いグラタン鍋でも平気でつかめる。
 そもそも、こうした深刻な感覚障害が水俣病の基本的な特徴だということに、医学上の合意があったはずだ。
 ところが、政府は1977年に出された認定基準をもとに、感覚障害と運動失調、視野が狭くなるなど複数の症状の組みあわせにこだわった。その結果、感覚障害のみが出る患者を水俣病と認めなかった。
 切り捨てられた軽度や中度の患者は、あいついで司法に訴えた。政府は急ごしらえで対策を立てた。95年、09年と2度にわたる政治決着もそれにあたる。
 彼らを水俣病患者ではなく、「被害者」と名づけ、低額の一時金を払ってしのいできた。
 こうした一種の分断政策が、患者同士や地域内での差別、対立を生み、さらに問題をこじらせた。長い歴史の中で、行政から水俣病患者だと認められない人々を「ニセ患者」だとみなす風潮さえ生まれた。
 水俣病の公式確認からまもなく57年になる。だが今も、潜在患者が続々と見つかる。
 自らの症状を隠し、あるいはそれがメチル水銀によるものであることを知らない人も多いからだ。
 政府は最高裁の考えを行政に生かす責務がある。
 水俣病とは何かを今度こそ見すえ、感覚障害がある人たちを「患者」と認定することから始めるべきだ。
 初期にみられた劇症型から、比較的軽度の感覚障害に限られる患者まで、症状の軽重はあっても、水俣に面する不知火海や新潟県阿賀野川の魚を食べたすべてのメチル水銀中毒患者を、同じく水俣病患者だと認める原則に戻る必要がある。
 最高裁の判決を知り、これから認定を求める人も急増しそうだ。重症患者だけを考えた現行の認定と補償金を支払う仕組みや医療制度を、より広い範囲の患者にあわせて組み立て直す必要も出てくる。
 混乱があっても、行政がためらっている場合ではない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013041702000123.htmlより、
東京新聞【社説】水俣病訴訟 根本解決にはまだ遠い
2013年4月17日

 水俣病の認定は、裁判所が個人個人を独自に判断できると、最高裁が示した。司法解決の道はできたが、本当に大勢の未認定患者が救済されるかは未知数だ。今なお根本解決に遠い現状を憂う。
 二つの高裁で、水俣病訴訟の論じ方が異なっていた。福岡高裁は行政判断とは別に裁判所が患者認定できるとし、原告勝訴にした。大阪高裁は、行政判断が不合理かどうかを審査した。一九七七年の国の認定基準を認めたうえで、「行政の手続きに誤りはない」として、原告は敗れた。
 最高裁は福岡高裁の考え方を支持し、未認定患者を水俣病と初判断したことは朗報だ。ただし、福岡高裁は「国の基準は不十分」「軽症者を除外し、適切でない」と未認定患者側に立った判断だったのに、最高裁は国の基準を排しなかった。基準見直しにはつながらなかった点は極めて残念だ。
 手足のしびれなどの感覚障害のほかに、歩行障害や視野が狭くなるなどの症状を組み合わせる基準だ。これまで認定患者は約三千人いるが、ここ十年間に限定すると、わずか二十人しか認められていない。ハードルが極めて高いうえに、運用も硬直的なのだ。
 二〇〇四年の「関西水俣病訴訟」で最高裁は、この基準より広く救済する画期的な判決を出した。それでも行政側はハードルを下げなかった。裁判は損害賠償を求めたもので、基準自体を否定していないという理屈だ。
 〇九年には特別措置法ができ、感覚障害が認められれば一時金が支払われることになった。申請者は六万五千人にものぼる。だが、申請期限を昨年七月としたため、切り捨てにもつながった。差別や偏見などにより、申請をためらう人も大勢、いたからだ。
 潜在患者は二十万人ともいわれる。これだけの人々がなお苦しみと闘っていることを考えねばならない。
 今回の判決で、司法決着の道は開けた。だが、未認定患者自身が裁判を起こさねばならない。時間はかかるし、因果関係も証明せねばならない。この方法はあまりに酷ではないか。むしろ、感覚障害だけでも認定する方向に行政が舵(かじ)を切るべきなのだ。
 水俣病の公式確認から五十七年もたつ。高齢化する未認定患者に残された時間は少ない。大阪の原告は死亡し、遺族が裁判を引き継いだ。国策が生んだ公害病の解決は、人の命の時間に間に合わせねばならない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130417k0000m070131000c.htmlより、
社説:水俣最高裁判決 国は認定基準を見直せ
毎日新聞 2013年04月17日 02時30分

 水俣病未認定患者の司法救済に広く道を開くことになった。
 熊本県から水俣病と認められなかった女性2人の遺族が認定を求めた訴訟で、最高裁が水俣病と認める判断を示したのだ。1人については、水俣病と認定した福岡高裁判決を支持し県の上告を棄却、もう1人については認定しなかった大阪高裁判決を破棄し、審理を差し戻した。
 判決は、水俣病の認定をめぐる行政の手法を事実上、否定した。
 水俣病の主な症状は、手足のしびれや運動失調などだ。国は77年、感覚障害や視野狭さくなど複数の症状があった場合のみ水俣病患者と認める基準を策定した。県はその基準に従って症状が感覚障害だけだった原告2人の申請をはねつけた。
 だが、最高裁は、認定に当たっては医学的判断や個々の患者の原因物質の暴露歴、生活歴など「多角的、総合的な見地」からの検討が必要だとした。その上で、「感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」と言い切った。
 また、国の認定基準を全面的に否定はしなかったが、「複数の症状」にこだわるしゃくし定規な運用に強い警鐘を鳴らした。妥当な判断だ。
 国は認定基準、あるいはその運用を抜本的に見直すべきだ。その上で、症状の重さなど被害の実態に応じて賠償の枠組みを整理し直すなど、従来の政策を転換すべきである。
 水俣病患者の認定はこれまで2975人だ。未認定患者は司法に救済を求め、行政基準にとらわれない判決も相次いだ。最高裁は04年、排水規制を怠った国などの行政責任を認めた。その際、一つの症状で水俣病と認定した高裁の判断を支持し、事実上国の認定基準を否定した。
 だが、国は基準を変えなかった。95年に未認定患者1万人以上に一時金260万円を支払う内容で政治決着を図ったのに続き、09年に特別措置法を制定し、一時金210万円の支払いで最終決着を目指した。
 水俣病とは認定しないが、少額の賠償で一定の救済はしますよ、との姿勢に他ならない。
 特措法の申請者は6万人以上に上った。申請すれば認定はあきらめねばならない。高齢を理由に苦渋の決断をした人も少なくないだろう。
 だが、最高裁は今回、行政判断とは別に司法が水俣病かどうか個別判断していく姿勢を明確にした。今後、新たな訴訟も想定される。
 水俣病は公式確認から56年が経過した。多くの患者が亡くなった。もはや行政対応の失敗は明らかだ。従来の姿勢の固持は人権上も許されない。弾力的な認定に切り替え、被害の実態調査もする。それが国への不信をぬぐう唯一の道だ。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 3月 27 日(水)付
水俣病の救済―解決に近づくためには

 水俣病の歴史において、政府が「最終解決」の枠組みを打ち出すたびに、新たな紛争が持ち上がってきた。同じことがまた繰り返されようとしている。
 有機水銀のために、けいれんに苦しんだり、手足がしびれたりする公害病が水俣病だ。
 救済を求める訴えが今なお続いている現実から、政府は目をそむけてはならない。
 最大の被害者団体である水俣病不知火(しらぬい)患者会は、水俣病被害者救済法に基づく救済策で対象外にされた会員らによる裁判を、5月にもおこす方針を決めた。今回の救済策をめぐる訴訟の動きは初めてだ。
 救済法による受け付けは3年前の5月に始まった。被害者と認められると、210万円の一時金や療養手当などが支給される。申請は昨年7月に締め切られ、熊本、鹿児島、新潟の3県で6万5千人を超えた。
 申請した人について各県による検診や判定が続いている。そして、救済の対象外とされる人たちが相次いだ。
 大きな要因は居住歴などで対象者を限る「線引き」だ。
 対象地域外の人たちは、汚染された魚介類の多食を立証して救済を受けようとした。それが認められず、県指定の医療機関での検診もないまま「非該当」とされた人が多いという。民間医師の検診では典型症状があると診断された人たちだ。
 患者会から200人以上が熊本、鹿児島両県に異議を申し立てた。だが「判定は行政不服審査法上の行政処分に当たらず、異議申し立てはできない」とするわかりにくい環境省見解を根拠に、両県は却下した。
 これに対し、新潟県は「行政処分にあたる」と判断し、申し立てを審理する方針を示した。県によって対応が違う。
 判定に納得できない申請者が現にいて、その疑問をぶつけるすべがないとすれば、それは制度の不備ではないか。
 そもそも救済法は「あたう限りすべて」の被害者を救済すると明記している。立法の精神に立ち返れば、見落としがないかきちんと検診したうえで判断する慎重さが必要だ。
 水俣病の基準を、行政は狭く限定してきた。半世紀で認定患者は約3千人にとどまる。95年の「政治決着」で救済対象となった未認定患者は約1万1千人。そして、今回の「第2の政治決着」である。
 これほど複雑な経緯をたどった根っこには、政府が被害の全容をつかむのを棚上げにしてきたことがある。誠実な判定のほかに解決に近づく道はない。

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