東京大空襲訴訟 「政治が人道的決着を」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013051002000150.htmlより、
東京新聞【社説】東京大空襲訴訟 政治が人道的決着を
2013年5月10日

  東京大空襲による被害救済の求めは、最高裁にも届かなかった。六十八年前に受けた戦争の傷は、今なお疼(うず)く。多大な苦痛に対し、政治こそ人道的な見地で救済策をつくり、早く決着させるべきだ。
 旧日本軍の軍人・軍属や遺族は、恩給や補償の対象となっているのに、どうして民間人の戦争被害者に何の救済措置もないのか。「法の下の平等」に反して、不当でないか-。東京大空襲で被害を受けた原告は、そんな思いで訴訟を起こしていた。
 一審も二審も敗訴し、最高裁では上告を門前払いする決定が出た。名古屋空襲訴訟で、一九八七年に最高裁は「戦争被害は、国民の等しく耐え忍ぶべきもの」という「受忍論」を展開した。今回は一口の言及もなかった。まるで司法が思考停止したかのようだ。
 受忍とは、我慢せよという意味だ。司法は最後まで、この論法を手放さなかったのと同然で、空襲被害者の補償にはずっと背を向け続けたことになる。原告の落胆は、さぞや大きかろう。
 本当にそれでいいのか。実は戦争の被害者への救済措置は、時代とともに“進化”している。広島や長崎の原爆被害者に対しては医療特別手当などが支給されているし、中国残留孤児らも援護の対象になった。二〇一〇年にはシベリア抑留の特別措置法も成立した。時代や社会の変化を読み取る施策こそ求められる。
 東京の下町一帯に米軍の爆撃機が襲い、火の海になった。無差別爆撃で、死者は十万人を超え、被災者は百万人にものぼった。
 原爆と焼夷(しょうい)弾の違いはあれ、人間の命や体が犠牲になった点は同じであるはずだ。なぜ焼夷弾の被災者は、放置されねばならないのか。東京だけではない。米軍による空襲は、名古屋、大阪など全国六十七都市に及んだ。
 被害が大きすぎるから、救済には及び腰なのか。だが、名古屋市では、空襲などでの民間戦傷者に見舞金制度を設けたし、浜松市などにも同様の仕組みがある。
 英国でもフランスでも、敗戦国のドイツやイタリアでも民間の被害者を補償している。国民平等主義と人権、人道主義の見地からである。
 原告の平均年齢は八十歳を超えた。このままでは死ぬに死にきれない思いだろう。昨年には超党派の議員連盟で補償案がつくられたが、今は“凍結状態”にある。立法機関が早く目覚めないと、救済の時間は残り少ない。

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