火論:「戦後」からの脱却 玉木研二氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130514ddm003070131000c.htmlより、
火論:「戦後」からの脱却=玉木研二
毎日新聞 2013年05月14日 東京朝刊

 <ka−ron>

 「もはや『戦後』ではない」。こう題した中野好夫(1903〜85年)の論文は「文芸春秋」56年2月号に掲載された。敗戦から11年後の正月のことだ。

 同じ言葉が同年7月発表の経済白書にあり、復興から高度成長への転換期の象徴として流行した。戦後経済史の節目の言葉として有名だ。

 だが、英文学者で評論家である中野は経済を論じたわけではない。思考の転換だ。

 「考えてみると、ある意味で『戦後』という言葉は、便利重宝なものであった」

 どんな急激な混乱現象も「戦後」という「万能鍵」をもってさえいけば、一応便利な説明にはなったと中野はいう。例えば、さまざまな犯罪、退廃現象など「すべて二言目にはアプレ、アプレであった」ことなどだ。

 アプレとは仏語のアプレゲール(戦後)の略。無軌道な若者の犯罪などを戦後特有の現象とし、疑わしいものまでひとくくりにした。

 こうした甘えかかったような「戦後」意識から抜け出そうと中野は説く。敗戦の教訓をめぐって感情的に反応するのは不十分で、無意味でさえあり、「もうそろそろ私たちの敗戦の傷は、もっと沈潜(注・思慮深いこと)した形で将来に生かされなければならない」と説く。

 一方、戦争への道徳的責任をそっちのけにした「旧世代人」の復活ぶりには、あきれたものがあった。

 「かつての帝国の夢を捨てるべきときではあるまいか。というとひどく自尊心にさわる向きがあるかもしれぬが、いい意味で小国になった厳しい事実の上に腰を据えるべきときなのではあるまいか」

 日本の国連加盟は同年12月。敗戦国は低くみなされていた。だが中野は軍事力が「一等国」の基準の時代ではないと北欧などの例を挙げる。

 「『戦後』を卒業する私たちは、本当に小国の新しい意味を認め、それを人間の幸福の方向に向って生かす新しい理想をつかむべきであろう。旧(ふる)い夢よ、さらばである」

 57年を経た今、国際政治の風景は激変し、東西冷戦終幕を見ることがなかった中野には想像がつかぬものだったかもしれない。しかし、「戦後」からの脱却は、今また新しく切実な意義を持っている。

 現在論じられる東日本大震災後の「災後」とは、日本が抜け出せずにきた「戦後」の経済大国神話、拡大成長の物差しから脱却することに違いない。「小国」論も改めて訴えかけてくるものがある。

 「旧い夢よ、さらば」の道は遠いが。(専門編集委員)

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