米銃乱射事件 「幼い犠牲者を思うなら」

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130514/crm13051403200001-n1.htmより、
産経新聞【主張】母の日の銃乱射 惨事の繰り返しは異常だ
2013.5.14 03:19 (1/2ページ)

 米南部ルイジアナ州ニューオーリンズで「母の日」を祝うパレードの最中に銃の乱射事件があり、子供を含む約20人が負傷した。
 音楽隊のあとを練り歩く群衆に向けた発砲とみられ、直後に犯人らしき3人が逃げ去ったという。白昼、住民が集う平和な行事を銃声がかき乱し、子供らの血が流れる社会は、やはり異常だ。
 米国では、銃犯罪に有効な手立てを打てず、同様の惨事が繰り返されている。野放しと批判されても仕方があるまい。
 米国の銃犯罪が世界の関心を集めるのは、いまに始まったことではない。1992年には、他人の住居に迷い込んだ日本人高校生が射殺される事件が起きた。
 事件の度、銃規制の必要性が叫ばれるが、ロビー団体、全米ライフル協会(NRA)の圧力もあってかなわず、惨事が再び起きる。「またか」の印象だ。
 昨年12月、東部コネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件では、児童ら26人が犠牲になった。オバマ政権はこれを受け、銃規制を2期目の最優先課題の一つとして掲げた。だが、銃購入者に犯罪歴調査を義務づけた法案が上院で否決され、オバマ大統領は「ワシントンにとって恥ずべき日だ」と悔しがるしかなかった。
 この間も、惨事はやまず、5歳男児が子供向けの小型ライフルで、2歳の妹の胸を撃ち、死なせるなどの事件が起きている。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130514/crm13051403200001-n2.htmより、
2013.5.14 03:19 (2/2ページ)
 米国憲法修正第2条は、「人民が武器を保有し、また携帯する権利を侵してはならない」とうたっている。植民地時代、住民が銃を手にして英国軍と戦い、独立を勝ち取った。米国建国の精神と深く関わる理念である。
 そのこと自体には敬意を払うべきだろう。銃犯罪に苦悶(くもん)しながらも、建国の理念である「自衛の権利」を捨てないことを、米国の強靱(きょうじん)さとみることもできる。
 それにしても、「またか」が多すぎるではないか。銃の所持、携帯を権利とするのなら、乱用を防ぐための管理をより周到にし、強化すべきなのは当然だろう。
 乱射事件があったコネティカット州で銃規制強化の州法が成立するなど、地方レベルでの対策は進んでいる。規制を求める住民の運動も活発化している。
 米国ならではの銃管理の知恵を振り絞るときだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013051302000127.htmlより、
東京新聞【社説】米銃規制 届かぬ幼い犠牲者の声
2013年5月13日

 銃規制法案が米議会で廃案になって以降も、子供が銃の犠牲になる悲劇が相次いでいる。ボストン爆破事件以後、規制には逆風が吹いているが、幼い犠牲者の声にこそ思いを致すべきではないのか。
 オバマ政権二期目の主要政策になる筈(はず)だった銃規制法案は結局先月上院で否決、廃案になった。
 採択が期待されていた法案の内容自体、殺傷力の強い銃器禁止や大型弾倉の規制などは盛り込まれず、精神疾患や犯罪の経歴確認など、購入者に対するチェックをネット販売や展示会での販売にも拡大する程度。服部剛丈君射殺事件などをきっかけに一九九四年から十年間施行されたブレイディ法に比べても緩いものだった。
 共和党側ではマケイン氏ら法案支持に回った議員もいた半面、民主党側から反対者が四人も出た。来年の中間選挙で改選期を迎える議員が三人含まれていた。全米ライフル協会(NRA)を中心とした執拗(しつよう)なロビー活動が背景にあったとされる。オバマ大統領も採決後、「法案の中身を意図的に歪曲(わいきょく)して議員に圧力をかけた」と感情を露(あら)わに批判した。
 小学一年生二十人が犠牲となった昨年暮れの小学校乱射事件後、さしもの米社会にも変化の兆しが見られ、購入者の経歴チェック強化には九割近い支持が集まっていた。しかし、上院の否決や、これと相前後したボストン爆破テロもあって、流れが再び変わり、テロ後の世論調査で、規制支持は過半数を割るまでになっている。
 一方で、NRAが今月開いた全国大会には、過去最大八万人を超える参加者が集まり、「銃所持を保障した憲法の権利を奪うな」などと気勢をあげた。会場展示ではボストン爆破テロで犯人身柄確保の決め手ともなった熱感知照準器に格別の関心が集まったという。
 もとより一国の治安のルールを決めるのはその国自身だ。しかし、ケンタッキー州で五歳の男児が子ども用ライフルを誤射して二歳の妹を死亡させ、フロリダ州では三歳の男児が自宅で小銃を誤射して死亡するなど先月末以来類似の悲劇が全国で繰り返される事態をどう説明するのか。
 「一部議員は圧力団体の脅しに屈し卑劣な票を投じた。政治家なら幼い犠牲者、生存者の被った恐怖こそ思うべきではないのか」。自ら銃の犠牲者でもあるギフォーズ前下院議員の悲痛な叫びが、地道な活動の継続につながることを願うばかりだ。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO50808450R20C13A1PE8000/より、
日経新聞 社説 少しでも銃のない米国を望む
2013/1/21付

 児童ら26人が殺害された米コネティカット州の小学校での銃乱射事件を受け、オバマ大統領が銃規制の強化策を打ち出した。
 銃規制には議会内や圧力団体の強い反対がある。しかし、学校や商業施設でたびたび乱射事件が起き、多数の犠牲者が出る社会は、私たちが考える「安全な社会」ではない。米国には、市民が銃を持つことと無縁の国から来た多くの人々も住んでいる。実効ある規制が実現することを強く望む。
 大統領が発表した銃規制強化案には、半自動小銃など殺傷力の高い銃器の製造販売の中止、すべての銃取引の際の購入者の犯罪歴調査の義務づけ、などを盛り込んだ。そのうえで、必要な法改正を迅速に進めるよう議会に求めた。
 米国では民間人が約3億丁の銃を所持している。人口にほぼ匹敵する数だ。国民が銃を持つ権利は、憲法修正第2条が保障しているとされている。
 1791年に憲法に追加された条文には「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」とある。オバマ大統領も、200年以上変わらぬこの条項を尊重する姿勢は崩さない。
 ただ、現実には社会に拡散した銃が犯罪に使われ、犯罪を防ぐためにという理由でまた使われている。「銃をもって銃を制する社会」だ。こうした、先進国のなかで例外的な銃社会の論理は、他の国の価値観とは相いれない。
 米国では一昨年、1万1000人が銃で殺された。日本は8人である。安全に差があるのは明らかだ。米国には邦人約40万人が住み多くの旅行者が訪れる。もちろん誰ということではない。米国にいるすべての人々が少しでも安全になるため、銃規制は欠かせない。
 議会の規制反対派議員や彼らを支援する全米ライフル協会(NRA)の力は強く、規制実現への道は険しい。2期目に入った大統領の指導力と決意、それを後押しする世論の盛り上がりに期待する。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2より、
朝日新聞 社説 2012年12月23日(日)付
米乱射事件―銃の危険を直視せよ

 米国でようやく、銃規制をめぐる議論が動き出した。米コネティカット州の小学校で起きた乱射事件がきっかけだ。
 6~7歳の子ども20人をふくむ26人が命を失った。銃社会の米国に大きな衝撃を広げた。
 7月にもコロラド州で、70人が死傷する乱射事件があった。米国はいつまでこんな悲劇を繰り返すのか。
 オバマ大統領は、バイデン副大統領に銃規制を含めた再発防止策の取りまとめを指示した。国民を守る指導者として当然だ。むしろ手をつけるのが遅すぎた。
 3億丁の銃が出回っているという米国では、銃規制は権利や思想にからむ複雑な問題だ。
 規制に反対する全米ライフル協会(NRA)は約400万人の会員を抱え、強い政治力を持つ。多くの議員は選挙への影響を恐れ、銃規制に触れることに消極的だ。
 開拓時代からの伝統で、米国では個人が銃を持つ権利を憲法で認めている。銃に反対する人を弱腰とみる雰囲気すらある。いきなり全廃は難しい。
 一方、今回の事件のような乱射事件では、殺傷力の高い半自動小銃が使われることが多い。軍隊で使われるような銃だ。一般の市民が必要とする理由は見いだせない。手始めにこうした銃を規制すべきだ。
 かつては半自動小銃の一部や大型の弾倉の所有、売買を禁じる法律があった。クリントン政権時代の94年に成立したが、反対も強く、04年に失効した。
 今回の事件を受けて、民主党の上院議員が同様の法案を提出する考えを示している。議会は真剣に検討する必要がある。
 ライフル協会を支持してきた議員からも規制強化を求める声が出始めた。子や隣人の命を重視する方向に転ずるときだ。
 「意味のある貢献」を予告したライフル協会は21日に記者会見した。だがその主張は、すべての学校に武装警官の配備を求めるもので、規制強化に真っ向から反対するものだった。「銃を持った悪者を止められるのは、銃を持った善人しかいない」との理屈だ。
 自衛のために銃が必要という意見が米国では根強い。
 本当に、それでいいのか。
 だれも銃を持っていなければ身を守るのに銃は必要ない。
 日本がいい手本だ。米国では銃で殺された人は人口10万人当たり3.2人だが、日本では0.006人だ。
 銃なしで安心できる社会を米国はつくるべきだ。問題の本質はそこにある。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121223k0000m070108000c.htmlより、
社説:米国の銃規制 より踏み込んだ対策を
毎日新聞 2012年12月23日 02時30分

 「銃社会」の米国が大きく変わるのではないか−−。そんな期待を抱かせる動きである。オバマ大統領が来年1月に始まる政権2期目の中心的課題として、銃規制を強化する方針を表明したのだ。
 児童ら26人が殺害されたコネティカット州の小学校乱射事件への対応であるのは言うまでもない。2人の娘を持つ大統領は、この痛ましい事件に涙ぐみ、「胸が張り裂けるような思いだ」と語っていた。私たちもこんな悲劇をもう見たくない。
 今年は、92年に米国留学中の服部剛丈さん(当時16歳)が射殺されてから20年になる。銃をめぐる悲劇は日本にとって人ごとではない。オバマ政権が「タブー」ともいえる銃規制に乗り出したことを評価したい。
 米国での銃規制が難しいのは、武器の保有が憲法によって侵すべからざる権利とされているからだ。加えて、政界や選挙に強い影響力を持つ団体、全米ライフル協会(NRA)などが銃規制に反対し、オバマ大統領が再選された11月の大統領選でもほとんど争点にはならなかった。
 銃規制反対派は「銃犯罪が起きた時、誰かが銃で反撃すれば多くの犠牲は防げる。銃自体は悪くない」などと主張してきた。この理屈を一概に否定しようとは思わない。広大な土地を開拓して文明を築いてきた米国には、それなりの思想や生活感覚があろう。しかし、だからといって乱射事件を助長する「銃の拡散」などを放置していいはずがない。
 学校での事件だけ見ても、99年にコロラド州の高校で男子生徒2人が銃を乱射して生徒ら13人が死亡、05年にはミネソタ州の高校で同様の事件があり9人が犠牲になった。07年にはバージニア州の大学で32人が死亡する惨劇が起きた。今年は7月にコロラド州の映画館、8月にウィスコンシン州のシーク教寺院で、それぞれ乱射事件が起きている。
 オバマ大統領によると、バイデン副大統領が率いる対策チームが1カ月かけて勧告を取りまとめ、新たな銃規制法を含む包括案を大統領が議会に提案する。殺傷力の強い銃や高性能弾倉の販売禁止、銃の購入希望者の犯罪歴や病歴の確認など身元調査の強化を盛り込む方針だ。04年に失効した自動小銃禁止法などに代わるものだが、米国では毎年1万人以上が銃暴力で死亡しており、この際、より踏み込んだ措置が必要だろう。
 自殺した20歳の男性容疑者が犯行に及んだ動機は明らかでない。オバマ政権は教育や精神医療面でも対策を講じ、「銃や暴力を過度に美化する文化」も見直す構えだ。米国のイメージチェンジの時期かもしれない。より安全な社会をめざすオバマ政権の取り組みを見守りたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012121902000126.htmlより、
東京新聞【社説】米銃乱射事件 幼い犠牲者を思うなら
2012年12月19日

  二十六人が死亡した米小学校乱射事件では、二十人の幼い一年生が犠牲になった。大統領選挙中、一向に争点とならなかった銃規制。オバマ大統領は二期目の主要政策として取り組むべきだ。
 米東部コネティカット州の閑静な住宅地ニュータウン。クリスマスを迎える待降節のさなかに起きた悲劇は、全米を震撼(しんかん)させた。
 二十歳の容疑者が自宅で母親を射殺後、近くの小学校に銃三丁を持って侵入、数分の間に二十六人を殺害し自殺した惨劇には、動機をはじめ未解明の点が多い。家に閉じこもりがちだったとされるランザ容疑者、銃の収集家だったとされる母親とも死亡し、事件の全容解明にはなお時間を要しよう。
 オバマ大統領は、弔問に訪れた現地で、「子供たちの安全をあずかるものとして、私たちは十分に責任を果たしているだろうか。率直にいってノーだ。私たちは変わらなければならない」と述べ、今後数週間のうちにできる限りの対応をする決意を表明した。
 銃規制に対する機運が、今度こそ具体的な政策に結び付くことを期待したい。
 大統領選挙期間中、民主党、共和党を問わず銃規制に向き合う姿勢は見られなかった。七月にコロラド州で六歳少女を含む十二人の死者を出す乱射事件があったにもかかわらず、である。むしろ自衛のための銃購入は増加した。
 一九九〇年代のクリントン政権下で成立した「ブレイディ法」は、殺傷力の高い銃器規制、購入者の犯歴確認義務化などを通して一定の成果をおさめたが、時限立法だったためブッシュ前政権時代に失効した。二〇〇八年には、一般市民の銃所持を合憲とする最高裁判決も出され、銃規制運動の大きな軛(くびき)となっている。
 銃文化は建国理念と不可分、とする銃のロビー団体「全米ライフル協会(NRA)」の政治的影響力は繰り返し指摘される。
 それでも、今回の悲劇をきっかけに、ファインスタイン民主党上院議員のように、ブレイディ法に相当する規制法を新議会に提案する動きも出てきた。NRAが支持する連邦議員の間からも頑(かたく)なな姿勢を見直す発言が聞こえる。米留学中の服部剛丈君が射殺された事件から二十年を迎えた日本にとっても人ごとではない。
 芽生えた銃文化自省の念を、悲劇再発防止へ繋(つな)げること。それが、奪われた幼い命の語らざる声に応える政治の責任ではないか。

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