子どもの貧困 「将来への芽を摘むな」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 5月 18 日(土)付
子どもの貧困―あってはならないこと

 もし成立すれば、「貧困」という言葉を冠する初めての法律になる。その意義は大きい。「あってはならない状態にある子どもたち」の存在を日本社会が認め、国が政策課題として位置づけるからだ。
 「子どもの貧困対策法」(仮称)の制定に向け、政治の動きが大詰めを迎えている。自民、公明両党と、民主党がそれぞれ法案をまとめた。
 違いは「相対的貧困率」の扱いだ。これは、世帯所得をもとに、国民一人ひとりの所得を計算し、それを順番に並べ、真ん中の人の半分に満たない所得の人の割合をいう。
 民主党が法律に、その削減目標を書き込むよう主張しているのに対し、自公両党は政府がつくる「大綱」に盛り込む程度にとどめる構えだ。
 目標は、なるべく明確に示して欲しい。もっとも、この指標が十分な市民権を獲得できていないのも事実だ。そこをまず変えていきたい。
 相対的貧困率は民主党政権時代の09年に初めて公表された。子どもの場合、最新の数値は15・7%。7人に1人が貧困となり、先進国の中では高い部類に入る。1人親に限ると5割強で、先進国で最悪水準だ。
 腑(ふ)に落ちない人もいるだろう。この日本で、そんなに貧しい人たちが多いのか、と。
 確かに、敗戦直後のように衣食住にも事欠く「絶対的貧困」はかなり解消された。
 ただ、生活はできていても、社会の平均的な暮らしぶりにはとても届かない世帯が多いのは問題だろう。あまり違うと、教育や仕事、付き合いなどの社会参加が阻まれてしまう。
 相対的貧困率は、所得について、とりあえず「真ん中の半分」というラインを決め、それ以下の人の割合を政策の指標にしようというものだ。
 かつて日本は「一億総中流」といわれたが、過去にさかのぼった分析によると、相対的貧困率は全年齢、子どもとも上昇基調にある。
 経済的な理由で進学できない子どもたちも少なくない。家庭環境という「自己責任」ではない要因で、才能を開花させる機会が奪われる。それが「あってはならない」ということに異論はないはずだ。
 親の所得が低いと、子どもの学歴も低くなり、大人になっても低所得になる確率が高い。そんな貧困の連鎖、固定化は、社会の安定を失わせる。
 この危機感を、連帯感へと昇華し、奨学金や様々な生活支援の充実につなげたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013051302000126.htmlより、
東京新聞【社説】子どもの貧困 対策法「元年」にしよう
2013年5月13日

 「子どもの貧困対策法」を議員立法で成立させる動きが本格化している。子どもを貧困から救い、希望の未来を与えるために取り組む法律だ。貧困率を下げる目標値を掲げ、実効性ある内容にしたい。
 日本の子どもの貧困は想像以上に深刻だ。世帯所得の中央値の半分未満の家庭で暮らす「相対的貧困率」は、経済協力開発機構(OECD)加盟など三十五カ国の中で九番目の高水準だ。二〇〇六年は14・2%、〇九年は15・7%。三年間で新たに二十三万人が貧困に陥った。日本全体では三百万人以上、六~七人に一人の子どもが、親の低所得によって経済的な不利にさらされている。
 貧困率が急速に高まったのは非正規雇用が増え、子育て世代の所得が減ったからだ。日本の平均世帯の所得はこの十年で約百二十万円も下がった。特にひとり親世帯の半数は貧困で、貧困率はOECDの中で最も高い。母子世帯の母親の収入が激減していることが大きい。女性の方が非正規の仕事に就く割合が高いからだ。
 大学など高等教育への進学をあきらめ、同年代が体験することをできない子がいる。激しくなる一方の格差社会でこの問題を放置すれば、貧困は固定化されるばかりだ。親から子への貧困の連鎖を断ち切らなくてはならない。
 当事者である貧困家庭の親や弁護士、学者らでつくる「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワークは、早期の法制定を求め、(1)子どもの貧困率削減に数値目標を設定(2)大学・専門学校生らにまで支援対象を拡大(3)当事者や支援者・支援団体を対策計画の策定に参加させる-などを訴えている。
 英国では一九九九年、当時のブレア首相が「二〇二〇年までに子どもの貧困を撲滅する」と宣言、児童税額控除などの政策を打ち出し、段階的に貧困率を下げてきた。日本でも子どもの貧困と真正面から取り組むなら、給付型奨学金の新設をはじめとする教育支援や親への所得保障、就労支援などさまざまなことが可能なはずだ。
 生活保護法改正案の提出が今国会で予定され、生活保護費は制度始まって以来の引き下げにさらされようとしている。連動して子どもの貧困率や経済的困窮度が、現状以上に高まる懸念がある。この点でも、子どもの貧困からの解放を基本理念にした新しい制度をつくる意義は大きいはずだ。超党派の知恵を集めて折り合う点を探り、「子どもの貧困対策元年」をスタートさせたい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130512k0000m070109000c.htmlより、
社説:子どもの貧困対策 将来への芽を摘むな
毎日新聞 2013年05月12日 02時31分

 戦後の貧しい時代に子育てを経験した世代から見ると、今の若い世代は恵まれており、甘えているように映るのかもしれない。「子どもの貧困」に対する取り組みの遅れはそうした価値観を反映しているように思える。だが、貧困家庭の子どもほど高校や大学の進学率が低く、収入の良い仕事を得られないことを各種調査は示している。子どものころの貧困は将来の人生にも大きく影響する。世代間ではなく世代内の格差が子どもにとっていかに切実であるかを理解しなければならない。
 貧困率とはその国の標準的所得の半分以下の世帯の割合を指す。もともと日本の子どもの貧困率は先進国の中でも高いが、最近はさらに格差が開いている。あしなが育英会の調査では、病気や事故などで父親を亡くした母子家庭の母親が働いて得る平均収入は1998年に201万円だったが、2010年には113万円へと減り、給食費や学用品などの就学援助を受ける子どもは83万人から155万人へと増えている。非正規雇用が増え、賃金水準が低下する雇用環境の変化がより弱い立場の人々を直撃しているのだ。
 現在、与野党が子どもの貧困防止の法案を議員立法で提出する準備をしている。民主党案は遺族年金などの金銭給付や親の就労支援を拡充し、数値目標を示して貧困率の低下に取り組むことを定めている。数値目標を法律に盛り込み成果を上げているイギリスにならったものだ。自民党案には数値目標はないが、国の責務を明記し、学資援助などの教育支援、生活相談、保護者への職業訓練などに省庁横断で取り組むという。これまで母子家庭に対する生活相談や就労支援がなかったわけではない。実効性を高める方策について与野党で議論を深めるべきだ。
 大学などの入学金や授業料の値上げに伴い、奨学金を借りる学生は増えている。卒業しても良い就職先が見つからずに返済が滞り、高利の延滞金が課された末に自己破産する若者もいる。政府は改善策を検討しているが、現在高校卒業まで支給されている遺族年金や児童扶養手当を大学卒業まで延長することは検討すべきである。
 ようやく子どもの貧困に政治の目が向けられるようになったのは歓迎したいが、安倍政権による生活保護費の引き下げによって子どものいる貧困家庭が特に収入減になることも指摘しなければならない。子どもや弱者に手厚かった民主党政権の施策を否定しようとするあまり矛盾に陥ってはいないか。もっと大局観に立った次世代支援を期待したい。どんな家庭の子も努力次第でチャンスをつかめる社会でなければならない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013041202000140.htmlより、
東京新聞【社説】学生の奨学金 返済の重荷負わせるな
2013年4月12日

 新学期を迎えた。希望に燃え、奨学金で大学生活を送る学生も多い。ところが、社会に出てから返済に窮する若者が増えている。高等教育が貧困を押し広げている形だ。奨学金制度を見直さねば。
 入試から大学卒業までの四年間にいくらかかるのか。全国大学生活協同組合連合会の試算が実態に近そうだ。昨年度の新入生の保護者に聞き取って見積もった。
 例えば、東京の国公立大に通うと、自宅生は五百四十五万円、下宿生は九百四十五万円。私立大となると、自宅生は七百二十四万円、下宿生は千百四十三万円に上る。
 デフレ不況が長引き、家計の収入は伸び悩んでいる。これほど多額の費用を賄うとなれば、奨学金に頼る学生が増えて当然だ。
 今や大学生の二人に一人は奨学生。有能であれば、ゆとりのない家計を助けて高等教育の機会を与え、可能性を伸ばす。それが奨学金制度の大きな狙いだ。
 奨学金の九割は貸与型だ。将来は返済を迫られる借金である。返済不要の給付型は個々の大学が成績優秀者に支給する程度だ。
 広く知られる貸与型は、国が資金を貸す日本学生支援機構の公的制度だ。大学奨学生の三人に一人が利用している。本年度予算案では百四十四万三千人の利用を想定している。
 無利子と年利3%を上限とする有利子がある。貸与条件が緩やかな有利子枠が七割を占める。
 仮に毎月十万円を四年間借りて年利3%で二十年間の月賦で返すとすると、返済額は約六百四十六万円。毎月約二万七千円を支払わねばならない。遅れると年利10%の割合で延滞金が加算される。
 収入の不安定な非正規の仕事に就いたり、就職に失敗したりすれば行き詰まる。返済遅れの人はすでに三十三万人を上回る。三カ月以上の滞納者の八割以上は年収三百万円に満たない。
 無論、借金は返さねばならないが、連帯保証人の親が年金を削ったり、消費者金融に手を出して多重債務に陥ったりする人がいる現実は厳しすぎる。
 欧米諸国では給付型の公的制度が目立つ。若者は社会の発展を担う貴重な人材であり、大学が無償の国もある。機構の制度は税金の投入が少なく、民間資金に頼るから給付型でなく貸与型になる。
 高等教育の受益者は学生ではなく、社会そのものだ。有利子から無利子へ、貸与型から給付型へとかじを切る機会だろう。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121010k0000m070131000c.htmlより、
社説:子どもの貧困 政治は冷たすぎないか
毎日新聞 2012年10月10日 02時30分

 親の失業や経済困窮から授業料が払えず、やむなく中退する高校生や大学生が後を絶たない。義務教育でも給食費や学用品費が払えない児童生徒が増えており、市町村が実施する就学援助を受ける小中学生は全国で157万人に上る。調査開始時(95年度)の約2倍で、小中学生全体の16%を占めるに至った。
 深刻なのは、自治体によって差が大きく、援助が必要なのに受けられていない子が相当数に上ることだ。生活保護受給世帯の子への援助は国から補助金が出るが、それに準ずる世帯の子については国が税源移譲して補助金が廃止されたため市町村の裁量に委ねられている。
 ユニセフが今年発表した子どもの貧困についての国際比較によると、先進20カ国の中で日本は貧困率が4番目に高かった。日本より上はアメリカ、スペイン、イタリアだけ。北欧諸国に比べると日本の貧困率は約3倍という高さだ。
 意外に思う人もいるだろう。不況とはいえ日本で子どもの餓死や凍死なんて聞かないじゃないか、と。ユニセフの調査は「相対的貧困率」と呼ばれるもので、その国の標準的所得の半分以下の世帯の割合と定義されている。人々がある社会の中で生活するためには、その社会における「ふつう」の生活からかけ離れていないことが必要との考えによる。
 修学旅行に一人だけ行けない、まともな食事が学校の給食だけ、ふろに何日も入れない……という状況は現在の日本の社会的水準からかけ離れ、いじめや排除の対象になりやすいというのだ。学校に通えないとよい仕事に就くチャンスが少なくなり、お金がなければ健康にも悪影響が出る。そんなアリ地獄が貧困の連鎖を生んでいる。
 社会保障はそのためにある。税や保険料を国民から集めて必要な人に年金や生活保護として給付する再分配機能によって、困窮者の生活は支えられているのだ。ところが、日本の子どもの貧困率は再分配をした後でさらに悪化する状態が続いていた。子育て世帯は納めている税や保険料の額ほどには給付が得られなかったのである。最近になってようやく改善されたが、子ども手当をめぐる混乱の中で再び悪化が懸念されている。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121010k0000m070131000c2.htmlより、
 民主党政権は子ども手当の導入に伴い所得税と住民税の扶養控除を廃止した。しかし、野党の反対で子ども手当は挫折し、大幅減額した所得制限付きの児童手当になった。扶養控除は廃止されたままで、結果的に負担増の世帯が出てくる。これでは子どもの貧困は増えるばかりだ。政治は少し冷たすぎやしないか。
 子どもたちの現実を見つめよう。この国の未来がそこに映っている。

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