時代の風:世銀と漁業協同組合 西水美恵子氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130526ddm003070068000c.htmlより、
時代の風:世銀と漁業協同組合=元世界銀行副総裁・西水美恵子
毎日新聞 2013年05月26日 東京朝刊

 ◇組合の顔、どちらを向く
 Fifty years is enough!(50年でもう結構!)。1990年代中ごろ「世界銀行を潰せ!」と立ち上がった、グローバルな市民運動の名だ。世銀年次総会での過激デモなど、当初の暴走行為はもう見受けないが、活動は今も続く。宮城県沿岸を歩くつど、その名が脳裏をよぎる。

 震災後初めて入ったのが宮城県だった。土地柄、漁業に携わる被災者に話を聞く機会が多かった。海と共に生きる人々が、かけがえのない多くを奪ったその海に、寛容な心を持つと知った。その優しい心に宿る凜(りん)とした厳しさ。鋭利な危機管理の姿勢。水平線のかなたを見きわめる先見の明。口数少なくとも本音を載せる言霊。漁民の文化に胸を打たれ、宮城の海の衆を同胞に持つことに誇りを覚えた。以来、帰国のつど足を運び、貴重な学習の時間をいただいている。

 なかでも目からうろこの思いで知ったのが、漁業協同組合を憂う漁民の傷心だった。「漁協が漁民の方を向いてくれない」。浜から浜へと言葉は違っても「誰のための組合か」と怒りを隠さぬ漁民の声は、「潰せ」と言われて当然だった昔の世銀をほうふつとさせた。

 世銀も漁協と同じ組合だと言うと、驚く読者もおられよう。名は銀行でも、組織は加盟国を会員とする信用組合。融資を受ける発展途上国も、その必要がない先進国も、共に株主・組合員である。それぞれ出資金のごく一部を払い込み、配当はないが、経済力を反映する額の株を持つ。漁民が無配当の株を購入して組合員になるのと違わない。

 世銀の使命は「貧困のない世界をつくる」こと。市場から好条件で借りる力のない途上国に、経済開発や戦火や災害からの復興に必要な長期資金を、低金利で用立てねばならない。

 資金源は、日本では「世銀債」と親しまれている債券。市場最高の信用格付け(AAA)のおかげで、低金利で発行できる。が、健全な経営を怠れば信用は落ち、金利が上がる。途上国はもとより、多額の資本金を持つ先進国も、国家財政に悪影響を受けかねない。途上国は返済努力を惜しまず、先進国とそろって最高格付けに値する世銀の経営品質を促進する。

 言うまでもないが、組合員の国々は、貧困解消業務の成果から得る国益が協賛に値するからこそ加盟したのだ。良い成果がある限り、信用組合の金融秩序を一同力合わせて保ってくれる。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130526ddm003070068000c2.htmlより、
 その成果は、ローカルとグローバルの両知識が融合して生じる。現場の知識が主導する事業を世界先端の知識が支援して、草の根の目線に価値を加える。つまり現地事務所の主導のもと世銀本部が支えるべきなのに、現実は逆の中央集権型。現地事務所は本部の意思を組合員に伝える配達係で、権限は皆無同然。いちいち遠い本部に「お伺い」をたて、仕事が遅れ、現場音痴の判断が増えた。組合員の過半数でもある貧民の苦難を知ろうともしなかった。

 当然、業務評価は下落を続けた。融資総額に減少の兆しが表れて慌て出し、「50年でもう結構!」の叫びに目が覚めた。組織をひっくり返して現地分権制度を確立。やっと組合員に顔を向け、生き返った。この組織改革が世銀で最後の仕事だったせいか、宮城の漁民の傷心を人ごととは思えなかった。

 例えば、養殖貝類の全県同一出荷開始日。出来が良い浜は出荷停止を受ける。育ち続ける貝の重量がいかだを沈め、沈没を防ぐ経費はばかにできない。そのうえ品質の差を反映しない競売制度が、「漁民を生かさず殺さず」の仲買相場を許す。品質を収益につなげる販路の開拓をと望む漁民の声は届かない。震災後は、「支援規則と現場の矛盾があっても、漁民と一緒に声を上げてくれない……」。

 相談する地元の出張所は「ここでは何とも言えない」の連発。案の定、漁協組織は中央集権型だった。県の地区ごとにあった漁協が、6年前合併されたと知ってあぜんとした。理由は魚価低迷による財政難と聞くが漁民は「もうがんね仕組みはほったらがす。ただの帳尻合わせだべ」と苦笑する。

 県知事の免許を受け漁業権を管理するとはいえ、漁協は株主である組合員から漁業権使用料と水あげ販売手数料をいただく身だ。そっぽを向かれたら、組織の終幕が始まる。同じ組合同士、「潰せ!」と言われた世銀から学ぶ事は多い。=毎週日曜日に掲載

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