発信箱:宙に浮いた空襲被害 栗原俊雄氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130529k0000m070107000c.htmlより、
発信箱:宙に浮いた空襲被害=栗原俊雄(学芸部)
毎日新聞 2013年05月29日 01時14分

 今月8日、東京大空襲の被害者や遺族ら77人が国に賠償などを求めた訴訟で、最高裁は原告の上告を棄却し、原告敗訴が確定した。具体的理由を示さない、門前払いだった。

 1945年3月10日、米軍の空襲で10万人が殺された大空襲だ。原告にとって、当コラムで4月17日に書いた「一億総ざんげの法理」つまり、戦争で国民みんなが被害にあったから、みんなが耐え忍ぶべきだという「戦争被害受忍論」が障害となった。だが国は戦後、旧軍人や遺族らに対し恩給など50兆円以上を支給してきた。そうした援護を受けなかった原告らが、「法の下の平等に反する」と感じるのは自然だろう。

 注目すべきは、2審までの東京地裁、高裁が原告の被害を認定したことだ。たとえば地裁は2009年の判決で「国家の主導の下に行われた戦争による被害という点においては、軍人、軍属との間に本質的な違いはない。原告らの苦痛は計り知れない」などと述べた。それでも受忍論を乗り越えられないところに司法の限界がある。

 今、その司法が認定した戦争被害が、何の救済もなく宙に浮いている。門前払いの後会見した原告副団長の城森満さん(80)は、空襲で両親と末弟を奪われた。「最高裁は人道的な考えで我々に手を差しのべてくれるという淡い期待があった。裏切られた」と悔しがった。77人の平均年齢はおよそ81歳。今後は、「空襲被害者等援護法」の制定を求めて、国会への働きかけを加速させる。

 大空襲やシベリア抑留経験者で、国に補償を求めて裁判を闘ってきた何人かが言った。「国は私たちが死ぬのを待っている」。そんなはずがないと、日本国民の一人として思いたい。

http://mainichi.jp/select/news/20130417ddm005070038000c.htmlより、
発信箱:「一億総ざんげ」との闘い=栗原俊雄
毎日新聞 2013年04月17日 東京朝刊

 衆議院選挙の「1票の格差」について各地で違憲判決が下され、「選挙無効」と断じたものもある。画期的判決で、本紙3月26日付東京本社朝刊では「司法の勇気」という見出しがついた。

 裁判といえば「戦争被害受忍論」をご存じだろうか。私が取材を続けている、シベリア抑留や空襲などの戦争被害者が政府に補償を求める訴訟の判決で、訴えを退ける時によく登場する。要するに「戦争でみんなひどい目にあった。だからみんなでがまんすべきだ」という理屈だ。いわば「一億総ざんげの法理」である。

 現代ならば、国策を決める首相選びに、私たちは間接的ながらかかわることができる。だが戦前はそうではなかった。宮廷政治家や軍人など、有権者が選ぶことのできない人たちが選定にかかわった。そもそも女性に参政権はなかった。戦争に反対する言論の自由も著しく制限されていた。そういう国民たちに、戦争の惨禍を耐え忍ぶ責任だけを求めるのは、酷に過ぎるのではないか。

 たとえば東京大空襲、あるいはシベリア抑留の被害者たちは80歳を過ぎて今もなお、国に救済をもとめて裁判を闘っている。いずれも2審まで敗訴で、受忍論が壁になった。今、最高裁の審判を待っている。金のためだけではない。抑留経験者の一人は法廷で、「ひと言で言えば謝ってほしい」と話した。国が始めた戦争でたくさんの仲間が死んだ。間違っていたことを認めてほしい、という気持ちで、彼は法廷に立った。

 「戦争で被害にあった国民みんなに、国はできる範囲で補償をしなさい」。そうした「勇気」ある判決が、いつか書かれるだろうか。(学芸部)

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