時代の風:安倍政権の外交 中西寛氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130602ddm003070175000c.htmlより、
時代の風:安倍政権の外交=京都大教授・中西寛
毎日新聞 2013年06月02日 東京朝刊

 ◇「共通の歌」がない国は−−中西寛(ひろし)
 安倍晋三政権の外交は活発である。最近、英誌「エコノミスト」でもスーパーマンに見立てた安倍首相の姿が表紙を飾ったが、アベノミクスの実験と共に、世界が日本に注目する一つの理由となっているだろう。ただ、影を落としているのは、中国、韓国との関係であり、そこには領土問題と歴史問題が絡んでいる。橋下徹・日本維新の会共同代表の慰安婦に関する発言や政府首脳の靖国参拝、あるいは侵略をめぐる首相の答弁が論議を招いているし、政治家の発言の責任は大きいが、歴史認識問題は特定の政治家だけの問題ではない。近代日本とアジアの関係を整理し切れていない日本の弱点が根底にある。

 安倍首相のミャンマー訪問のニュースに接した時に、ちょうど竹山道雄に関する平川祐弘氏の評伝(「竹山道雄と昭和の時代」藤原書店)を読んでいたために、そうした感を深くした。竹山は今日、終戦直後に児童文学として書かれた「ビルマの竪琴(たてごと)」で知られる。もちろんビルマはミャンマーの旧国名であり、「ビルマの竪琴」には、ビルマ戦線で戦っていた部隊が戦前日本の学校で教えられていた唱歌の「埴生(はにゅう)の宿」や「庭の千草」を歌ったところ、近くにいた敵のイギリス軍も同じ曲を歌い出し、敵味方なく歌となるという話(実はすでに停戦になっていたことになっている)と、竪琴が上手な水島上等兵が、戦死した日本兵の慰霊のために部隊と分かれて現地に残るという話が情感を込めて描かれている。

 この小説の下敷きには竹山の戦争観がある。明治の日本人が歌まで学んだ欧米諸国と戦争となったのは不幸であり、日本にも責任はある。異国で果てた戦死者はその犠牲者であり、生き残った者は彼らへの鎮魂を胸に抱きつつ、旧敵国と和解し、平和な日本を築いていきたい、こうした意識が竹山に作品を描かせたのであろう。平川氏によれば、東京裁判の判決を正義として大東亜戦争の日本の不義を認める立場、東京裁判の判決を不義と見なし、大東亜戦争における日本の正義を認める立場のいずれでもなく、東京裁判の公正性は否定するが軍部主導の日本側にも不当性はある、という立場に立った戦争観である。戦後日本のある時期まで、竹山のような立場は日本社会でかなり広く共有されていたのではないか。「ビルマの竪琴」への高い評価もそれを示している。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130602ddm003070175000c2.htmlより、
 ドイツ文学を専攻し、旧制一高の教授や文筆家として活躍した竹山は、昭和の自由主義的な教養人の代表的な一人であり、歴史観も良心的かつ良識的であったと言えるだろう。しかし竹山が世を去った(彼は1984年に亡くなっている)ころから、戦争観をめぐる言説は変化し始める。そこには歴史認識問題の焦点が、欧米諸国との関係から、アジア諸国との関係に移行したことが関係しているのだろう。日本の教科書の戦争記述が初めて中国、韓国との外交問題になったのは82年であった。

 竹山自身が認めるように、竹山は小説の舞台としたミャンマーについてほとんど知らなかった。日本の誰もが知る唱歌が実は外国の歌であり、戦場で敵味方を越えて歌を共有するという構想がまずあって、日英両軍が戦ったミャンマーを舞台に選んだに過ぎない。実際、「竪琴」に描かれているミャンマー社会が現実と大いに異なることは周知の事実である。

 興味深いのは、後日談で竹山が当初、中国を舞台にすることを考えていたと述べている点である。しかし舞台が中国からミャンマーに移ったのは、日本人と中国人の間に「共通の歌がない」ことに気づいたからだった。明治から昭和戦争期にかけての日本社会は、欧米との間では文化を共有していたが、アジアはあくまで活動の舞台であって、文化を共有する対象ではなかったのである。

 戦争期までのミャンマーと日本との関係は、良くも悪くも浅かったし、イギリス支配への抵抗や仏教といった共通性もあった。それゆえ「竪琴」の舞台となり得たし、今日の日本との関係も良好である。とはいえ今日ですら、日本人のミャンマー理解は深いとは言えない。さらには、史上かつてないほど深く関わったはずの植民地時代の韓国、中国と「共通の歌」を持ち得なかった日本にとって、両国との歴史認識の相違の根深さを軽視してはならない。=毎週日曜日に掲載

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