安倍政権の原発政策 「逆戻りは許されない」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickupより、
朝日新聞 社説 2013年 6月 23 日(日)付
節電の夏から未来へ―省エネこそ日本の資源だ

 せっかく根づいた節電を、ここで止めてはいけない。
 この夏、「節電が定着し電力不足に陥らない」として、東日本大震災のあと初めて、全国で数値目標つきの節電要請が見送られる。だがあくまで、関西電力大飯原発3、4号機が動いていることを前提とした話だ。
 この2基は昨夏、「原発ゼロでは大幅な電力不足が生じる」として、暫定的な安全審査で動かしたことを忘れてはならない。福島の事故をふまえた厳しい規制基準には「おおむね適合している」として9月まで稼働が認められる予定だが、専門家の調査では、直下に活断層がある可能性も指摘されている。
 「安全な原発だけを動かす」という最低限の体制さえ、まだまだ徹底されていないのが現状である。
 去年の夏、皆が協力し、大飯の再稼働がなくても大丈夫だった節電を成し遂げたことを思い出そう。厳しい夏を「原発ゼロ」で乗り切れる実績を積み上げれば、多くの人が望む脱原発の道筋が見えてくる。

■数時間だけでOK
 それでも、暑い夏に冷房をがまんするのはつらい。高齢者や病人を抱えた家庭ではなおさらだ。いつまで耐えればいいのかと思う人も多いだろう。
 節電とは何か、改めて考えてみよう。
 電力不足が怖いのは、需要が供給を上回ると大規模な停電を引き起こすからだ。心配なのは、最も需要が高まる真夏の数日間の昼間。電力各社は、この数時間のピーク需要を満たそうと発電所を建て続けてきた。
 つまり、このピーク需要さえ下げれば余裕が生まれる。ずっと冷房をがまんしなくてもいいのだ。年に数日間、数時間だけなら、電気製品を消したり、外出先で涼を取ったり、協力できる人は少なくないだろう。
 この協力を促すのに有効なのが、ピーク時を避けて使えば電気代が下がる仕組みだ。
 だが、家庭向けに昨年こうした料金プランをつくった関西電力の場合、契約に至ったのは全体の0・07%。全く有効な対策になっていない。節電にみあうメリットが感じられる料金設定の工夫はまだまだ足りない。
 電力会社は、電力の安定供給のため「原発の再稼働に全力で取り組む」と繰り返すが、他にも全力で取り組むことはいくらでもあるではないか。
 そして「節電=がまん」と決めつけるのはやめよう。

■がまんしない方法も
 日本の製造業で大規模な省エネ設備投資が行われたのは、1970年代の2度の石油危機の時だ。だが90年代に入って石油価格が下落すると、バブル崩壊で体力が弱った企業の多くが足踏みに転じてしまった。
 オフィスや住宅も、旧型の断熱器具や照明、空調設備が多い。最新型の省エネ設備に投資するだけで「がまんしない」節電ができる余地は大きい。
 脱原発への道筋を探った大阪府市エネルギー戦略会議は、日本中の工場や会社、家庭などで更新時期を迎えた設備を最新省エネ設備に置き換えるだけで、2030年までに消費電力の3割削減が可能と試算した。
 一度投資するだけで節電効果が続く。日々の電気代が下がるので資金も確実に回収できる。電気代が上がっても、使う量が少なければ影響は小さい。
 専門知識や当座の資金がない中小企業には、自治体などの公的機関が無料で経費削減につながる省エネ診断をしたり、省エネ投資向けの低利融資を行ったりしている。もっと活用しよう。

■底力発揮は今が好機
 投資が広がれば省エネ機器の開発が活発になり、より優れた安価な省エネ製品が生まれ、節電効果はさらに高まる。生産拡大で雇用も生まれる。
 経済界には、節電は企業活動に負担だと否定的な人が多いが、思考停止ではないか。発想を転換すればこれほど大きなビジネスチャンスはない。
 エネルギー問題に直面しているのは日本だけではない。ウランも石油も限りある資源だ。いま世界中で、ITを駆使し、街全体で再生可能エネの有効活用をはかるスマートシティーの社会実験が始まっている。
 悲惨な原発事故を経験した日本だからこそ、得意の先端技術を生かして省エネ製品やシステム開発に力を結集し、世界が求める技術を育てられるはずだ。
 石油危機のとき、日本人はピンチを逆手にとり、世界有数の省エネ社会をつくりあげた。節電は、資源のない日本の最大のエネルギー源は「人」であることを思い出す好機だ。
 朝日新聞の世論調査では、原発を経済成長に利用しようとする政権の方針に、59%が「反対」と答えた。原発に頼る安倍政権の路線は、省エネ社会へのチャンスをつぶしかねない。
 一人一人が賢い節電を前へすすめ、チャンスをつかまえる。そんな熱い夏にしたい。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO56531010T20C13A6PE8000/より、
日経新聞 社説 国は東電支援の抜本的な見直しを
2013/6/23付

 福島第1原子力発電所の事故処理に関して、東京電力への公的支援の枠組みを維持することが極めて難しくなってきた。被害者への損害賠償の費用などが想定より膨らむ一方、東電の収支改善が大幅に遅れているからだ。
 現在は東電が事故処理に全責任を持ち、国が後ろから支えるというのが支援の基本的な考え方だ。東電と国の責任分担を見直し、分野によっては国が前面に出ることを検討すべきである。

収支改善の前提揺らぐ
 東電は昨年4月に収支改善策を盛った「総合特別事業計画」を作り、国に支援を仰いだ。支援の主な中身は、国が資本を注入したうえで、賠償資金を5兆円の範囲内で交付するというものだ。
 しかし、こうした枠組みはいくつかの点で破綻しつつある。
 まず、東電の収支改善の前提が大きく揺らいでいる。
 4月の再稼働を予定していた柏崎刈羽原発は活断層の問題を抱えており、再稼働の審査がいつになるのか不透明だ。想定外の円安が進んだこともあって火力発電に必要な輸入燃料費が大幅に上昇した。この結果「2014年3月期の黒字化」という目標が達成できるかどうか微妙になってきた。今期も赤字ならば、銀行が融資に慎重になることが予想される。
 東電が経費の一層の削減など自助努力によって、今期の黒字化を目指すのは当然である。燃料調達の費用がさらに下げられないかなどの点検が必要だ。
 そのうえで来期からの収支改善の努力も具体的に示し、融資継続の理解を求めるのが筋だ。原発再稼働に向け安全対策を講じるのは東電の責任だが、再稼働に必要な地元の賛同を得るうえで政府も自治体の説得に協力すべきだ。
 事故処理の費用総額が膨らみ続けていることも、支援の先行きを不透明なものにしている。
 事故処理は被害者への「損害賠償」、土地や建物から放射性物質を取り除く「除染」、事故を起こした原子炉を解体する「廃炉」の3つに大別できる。このうちの賠償だけで、支援上限の5兆円に達する勢いで支払いが続く。さらに除染に5兆~10兆円、廃炉にも数兆円を要する可能性が強いことも分かってきた。
 膨らみ続ける負担によって再生の道筋が見えない東電は、組織としても衰えつつある。
 12年度の依願退職者は若手や中堅を中心に700人超と、大震災前の10年度の5倍に増えた。かつて千人を超えていた新卒採用数も、昨年度と今年度はゼロだ。人材不足が賠償支払いの遅延だけでなく、電気事業の様々な場面での不測の事故につながるようなことがあってはならない。
 除染や廃炉に関して、国の果たす役割や費用負担を明確にすることが必要だ。
 汚染者負担の原則に立てば、除染費用は東電が負担するのが筋ではある。しかし福島第1原発に近い11市町村では避難した住民の帰還をにらみ、国が生活インフラの再建と除染を一体的に進めている。国主導で進める事業は政府と東電で費用を分担するといった案も考えられる。
 政府が除染の最終目標として示した「被曝(ひばく)線量年1ミリシーベルト以下」も、目標が高すぎて逆に実施が遅れている地域がある。現実的で達成可能な計画に作り直せば作業を始めやすくなり、費用も抑えられる。

責任の分担を明確に
 廃炉も国が積極的にかかわる余地は大きい。事故で溶け落ちた核燃料を取り出す遠隔操作ロボットなどは、政府が技術開発を主導する方針を示した。開発の成果は他の原発の廃炉にも応用できるのだから、国が資金の面倒をみても不自然ではない。
 廃炉を安全かつ着実に進めるためには、豊富な経験を持つ海外企業を中心に国内外の力を借りる必要もある。民間企業を結集させるための旗振りや資金負担は、国が前面に出ていい分野だ。
 日本の原発事業は国が政策をつくり民間企業が実施してきた。東電支援が迷走している問題の根っこには、そうした「国策民営」のもとで官民の責任分担が曖昧なまま、原発の利用を広げてきたという実態がある。
 自民党政権は成長戦略の一つとして、安全性の確認を前提とした原発の再稼働を挙げた。そうならば、国がエネルギー政策の中で原発をどのように位置づけ、原発の事業リスクをどこまで負うかという問題も避けて通れない。
 東電を巡る厳しい現実は、まさにそれを問うている。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 6月 16 日(日)付
エネルギー白書―しっかり色付きですね

 政府が閣議決定した12年度のエネルギー白書から、民主党政権が「原発ゼロ」目標を打ち出していた事実が省かれた。
 土台となった昨夏の「国民的議論」で、脱原発への支持が多かったことにも触れていない。環境白書でも、前年度版にはあった原発利用のリスクに関する記述が姿を消した。
 どれも原発回帰を狙う安倍政権には不都合なデータだ。客観性を旨とする行政報告が、露骨な政治色で彩られている。
 野田政権は昨年9月にまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」の中で、30年代に原発ゼロを目指すことを盛り込んだ。
 エネルギー白書でそこに言及しなかったことについて、経済産業省資源エネルギー庁は「『30年代ゼロ』は戦略の中の細かい事項。紙幅に限りがあり、政策の柱に絞って記述しているだけ」という。
 ところが、政権交代後に安倍首相がゼロ政策の見直しを指示したことは詳述している。編集の意図は明らかだろう。
 国民的議論についての記述も経過をなぞるだけだ。
 福島の事故は、国民の間に政治や行政への深刻な不信を招いた。どうしたら政策への理解をえられるか。模索の中から生まれたのが、審議会の全面公開や第三者委員会による検証、そして討論型世論調査などを含む国民的議論だった。
 簡単に答えが見つからない政策課題は少なくない。だからこそ国民が自ら確かめたり意見を言いあったりする場を、政策決定の過程に組み込んでいく。十分とは言えないまでも、国民的議論は政治や行政のあり方を問い直す一歩だったはずだ。
 「原発ゼロ」はこうして導かれた結果であり、エネルギー行政の軌跡を記録するうえで不可欠だ。ここに目を向けない白書には、失望するほかない。
 そもそも白書とは何か。
 英国で内閣が議会に出す文書の表紙が白だったことから、日本でも行政府が国民に政策を説明する年次報告を白書と呼ぶようになったようだ。
 法律に基づくものもあれば、省庁独自の白書もある。基礎的資料として活用されているが、近年は時の政権の意向を反映する傾向が強まっている。
 わが国初の白書は47年に発行された「経済実相報告書」である。当時、政府がまとめた文書には「国民に腹蔵なく事態を説明することは民主主義的政府の義務」とある。
 政治の顔色をうかがって中身の色も変えるなら、もはや「白書」ではあるまい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130616k0000m070093000c.htmlより、
社説:安倍政権の原発政策 逆戻りは許されない
毎日新聞 2013年06月16日 02時30分

 原発政策が、「3・11」前に逆戻りし始めたのではないか。安倍政権の姿勢に、そんな懸念を持たざるを得ない。
 経済政策「アベノミクス」の第三の矢として閣議決定した成長戦略に、原発再稼働への決意と原発輸出への強い意欲が盛り込まれた。それを先取りするように、安倍晋三首相は原発輸出の「トップセールス」にまい進している。
 東京電力福島第1原発の過酷事故を踏まえて自民党は、昨年末の総選挙で「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立」を公約に掲げたはずだ。なし崩しの方向転換は、とうてい認められない。

 ◇首相主導の輸出を懸念
 成長戦略には、原子力規制委員会の規制基準で安全性が確認された原発の再稼働を進めると明記された。原発を含めたインフラの輸出については、2020年に今の3倍の約30兆円にするという目標を掲げた。そのために、首相・閣僚レベルが毎年10件以上をトップセールスし、官民一体で売り込んでいくという。
 安倍首相は4〜5月の外遊で、トルコやアラブ首長国連邦、サウジアラビアに原発や関連技術を売り込んだ。インドのシン首相とは、原発輸出の前提になる原子力協定の締結交渉を促進することで合意した。
 そして今度は、ポーランドを訪問してチェコ、スロバキア、ハンガリーを加えた東欧4カ国の首脳に日本からの原発輸出を働きかける。
 「アベノミクス」を看板にする首相にとって、成長戦略は政権浮揚のカギを握る大事な一手だ。ところが、盛り込まれた政策の多くは即効性に乏しく、市場の評価も厳しい。
 その中にあって、原発輸出は1基数千億円の巨大ビジネスだ。国内での原発の新増設は極めて難しいだけに、原発需要が高まっている新興国は、垂涎(すいぜん)の市場に映るのだろう。原発関連の技術を維持・承継するためにも輸出は必要という議論もある。
 しかし、そうした理由を重ねても、首相が先頭を切って輸出にまい進することは、正当化できない。
 安倍首相は「日本は世界一安全な原発の技術を提供できる」と言い切る。しかし、2年前の3月11日に起きた原発事故の原因究明は、終わっていない。「世界一安全」という根拠はどこにあるのか。
 事故の現場では、放射能の脅威にさらされながら、出口の見えない収束作業が続いている。毎日400トンずつ増える汚染水の処理もままならない。そして、今なお多くの被災者が故郷を離れた生活を余儀なくされている。原発事故がもたらす犠牲の大きさは、計り知れない。このままでは、ビジネス上の利益を優先させて過酷事故のリスクを輸出することになりかねない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130616k0000m070093000c2.htmlより、
 原発の立地や安全性にお墨付きを与えてきたのは自民党の長期政権だった。安倍首相は「安全だ」と胸を張るのではなく、その責任を自覚し、反省を今後のエネルギー政策に生かす姿勢を示すべきだ。
 一方、国内のエネルギー政策の中で原発をどう位置づけるかの議論は全く進んでいない。民主党政権は、国民的な議論を経て「30年代に原発稼働ゼロを目指す」という方針を打ち出した。首相はそれを「白紙見直しする」というが、具体化は先送りしたままだ。

 ◇廃炉技術で国際協力を
 海外で「原発推進」の実績を積み重ね、国内での方針転換の地ならしにする思惑があると見られてもしかたがない。むしろ、今、成長戦略として力を入れるべきは、再生可能エネルギーや省エネであり、そのための具体的な議論こそ早急に進めてもらいたい。
 安倍政権が、フランスと核燃料サイクルでの協力を打ち出したことの違和感も大きい。日本は使用済み核燃料の全量を再処理し、取り出したプルトニウムを再び燃やす核燃料サイクルを国策としてきたが、実用化の見通しはまったくたっていない。
 核燃料サイクルの一翼を担う高速増殖原型炉「もんじゅ」は、度重なるトラブルで止まったままだ。運営主体である日本原子力研究開発機構の安全文化が劣化しているとして、原子力規制委から運転再開準備の停止命令も出されている。もんじゅの直下を活断層が通っている疑いもある。安全面、技術面のいずれからみても、廃炉にするのが妥当だ。
 青森県六ケ所村に建設中の再処理工場も、すでに19回の完工延期を重ねている。たとえ稼働したとしても、燃やすあてのないプルトニウムが増え続け、核不拡散上の問題は大きい。
 再処理工場は、原発推進が国策だった時代に、仏企業から技術移転を受けたものだ。原発政策を見直す中で、協力関係のあり方も見直すのが当然ではないか。
 原発に依存しない社会をめざす以上、核燃料サイクルに意味はなく、あるのはリスクだけだ。国際協力は廃炉や除染、安全技術や核不拡散で行うのが筋だろう。
 使用済み核燃料の最終処分について何の見通しもないまま、原発を動かすこと自体にも問題がある。安倍政権は、すでにたまってしまった使用済み核燃料の保管や処分にこそ、真剣に取り組んでほしい。

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