時代の風:大学秋入学の勧め 中西寛氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130707ddm003070160000c.htmlより、
時代の風:大学秋入学の勧め=京都大教授・中西寛
毎日新聞 2013年07月07日 東京朝刊

 ◇新しい日本、断捨離から−−中西寛(ひろし)
 このところ、来日した海外の研究者と面会する機会が増えている。しばらく気づかなかったが、そういう時期なのだ。つまり海外の多くの大学で学期が終わり、夏休みに入って海外から研究者が日本に来る時期になっているのである。
 このことで改めて思い出したのが、2年前に東京大学が打ち出していた秋入学への移行方針を先送りしたという報道である。私も大学に勤めているので、秋入学をめぐっては賛成反対いずれも強い意見があることは知っている。個人的には私は秋入学賛成だが、私の周囲でも反対の方が多いようだ。
 それでも私が秋入学の方が望ましいと考えるのは、海外との交流もさることながら、今の大学運営の暦(アカデミック・カレンダーと呼ばれる)からいっても4月入学が合理的ではないように思うからだ。現在の日本のアカデミック・カレンダーでは4月から始めて7月いっぱい、どうかすると8月のお盆前まで講義や試験をやることになってしまう。夏の最も暑い盛りまで講義をすることは教員や学生にとっても非効率だし、省エネにもよろしくないと思う。それに、夏休みは最も長い休みなので、その期間を前後して学年を通した講義をするのも、間が空きすぎると思う点もある。
 もう一つは予算との関係である。私の所属する国立大学はもちろん、私立大学でも政府からの補助金が大学運営に大きな影響を持っている。
 そもそも日本の学校は明治の初期は9月入学だったのが、政府の財政年度が4月始まりということで徐々に4月開始に移行したという。これは当時としては合理性があったのかもしれない。明治憲法体制下では議会の権限は制約されていたから、予算の成立、執行に障害が少なかったからである。
 しかし現在は、4月1日から新年度の予算が使えることはまずなく、また、3月31日まで使えない。国会との関係で、間が空いてしまうらしい。こうした実態からすれば、会計年度とアカデミック・カレンダーをずらした方が合理的ではないかと思う。
 いささか大学事情について書きすぎたかもしれない。改めて秋入学の話を持ち出したのは、単に大学の事に限らず、この件が今の日本の問題全体につながる気がするからである。
 いわゆるアベノミクスは、まず金融を拡張して景気の先行きへの期待を上げ、成長戦略につなげる政策である。マネーという実体経済に最も遠い地点から経済を動かしていこうという発想である。その対極にあるのが経済の最も実体的な部分である「人」であろう。「人」という生身の存在が、マネーによって喚起される期待とつり合いがとれるかどうかが持続的な成長の鍵となる。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130707ddm003070160000c2.htmlより、
 例えば、東日本大震災からの復興や公共事業によってもたらされる需要に対して、働き手が確保できないという人的側面の制約が指摘されている。もちろん一方では若年層の就職難があるので、労働力が総量で不足しているわけではないだろうが、少なくともミスマッチ(不適合)が問題なのである。
 従って参院選後に予想される、更なる成長戦略についても、最後は人とマネーのミスマッチをどう解消するかという点にかかってくると思われる。とはいえ、人は経済の手段ではなく、目的そのものである。いくら経済成長が大事とはいっても、それで人が不幸になっては仕方がない。社会的に最も望ましいように制度を設計し、その範囲で成長や分配の仕組みを考えるのが為政の根本であろう。
 そのような点から考えた時に、秋入学をめぐる議論は象徴的だと思う。春入学、秋入学、それぞれに利害得失はあるけれども、秋入学移行への根本的な反対は、なぜ慣れ親しんだ制度を変えなければいけないのか、というものであると思う。実際、最も社会的に影響が大きい東大が秋入学に変えるといっても高校までの学校も、企業も、自らのカレンダーを変更することは考えなかったようである。
 一般論としては、慣れ親しんだ制度は大事にすべきだという見解には共感するが、慣れ親しんだ制度は見方を変えれば既得権益そのものでもある。古き良き制度の断捨離(だんしゃり)なくして、新しい日本は見えてこないのではないだろうか。=毎週日曜日に掲載

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