風知草:勝利後の課題 山田孝男氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130708ddm003070101000c.htmlより、
風知草:勝利後の課題=山田孝男
毎日新聞 2013年07月08日 東京朝刊

 参院選の大局は見えている。自民党大勝だ。改憲勢力が一気に参院の3分の2を占めるというまでではないが、それに迫る。

 世論調査は、昔は時に外れたが、最近は当たる。小泉自民党が躍進した2001年参院選以来、予測報道の大筋が結果とまったく食い違った例はない。

 国民は経済重視で自民党支持に向かっているが、同時に、経済ほどには関心が払われていない改憲の歯車が回り始めた。それ自体が危険な流れだとは思わない。国際秩序が激しく流動する中、国全体で自衛を考えなければならない局面だと思うからである。

 ちなみに、改憲勢力が3分の2という議席分布は世論と懸け離れているわけではない。毎日新聞の調査によれば「憲法を改正すべきだと思う」60%に対し「思わない」は32%である(5月3日朝刊)−−。

 日本国憲法前文には「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう……」というくだりがある。私は、国の防衛の基本を諸国民=他国民の善意に委ねるという過度の理想主義に疑問を感じてきた一人だ。こちらが平和的に臨めば相手も配慮するはずだと決めてかかる甘さ、自衛のための交戦権さえ認めない平和主義に不信を抱いてきた。

 さりとて改憲の進め方によっては国論が割れる。国際的な誤解が広がる。憲法改正は元来、内政問題だが、防衛、歴史認識問題に触れるだけに、国際関係をまったく無視して進めるというわけにもいかない。

 問題は今後の議論の進め方である。新たに台頭しつつある改憲勢力と、従来の国会の憲法論議の間には断絶がある。なぜか。07年以来の相次ぐ政争と選挙で、それまで継続的に憲法に関わってきた議員たちが去り、論議が停滞してしまったからだ。

 衆参両院に憲法調査会ができたのが00年である。冷戦終結後、湾岸戦争から始まった1990年代の憲法論議を踏まえ、憲法施行50年の97年、国会に憲法調査機関設置を求める超党派議連ができた。

 議連の中心にいた自民党の中山太郎元外相(88)が衆院調査会の会長に就任した。中山調査会は、護憲の共産、社民両党も交え、2005年まで逐条的に調査、意見交換を重ね、報告書で国民投票法制定を提言した。あえて改憲の意見集約を避け、かねて不備が指摘されてきた改憲手続き法の整備に道筋をつけた。

 国民投票法は第1次安倍政権の07年5月、成立。民主党は与党案に九分九厘歩み寄っていながら、土壇場で反対に回った。この時点では自公与党が両院の多数を押さえていた。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130708ddm003070101000c2.htmlより、
 折しも参院選直前。改憲を前面に出した安倍晋三首相に民主党の小沢一郎代表(当時)が反発した。与野党協調から一転、全面対決へカジを切った。参院選は民主党の快勝だった。

 11年秋、かねて国民投票法で設置が決まっていた新機関・憲法審査会がようやく両院で動き出したものの、これも昨年の政争と選挙で中断。今年初めから新しい委員たちが一から過去の経緯を調べ直しているという現状である。

 中山調査会が曲がりなりにも実績を残せたのは「与野党のコアメンバーが代わらず、相互に人間的信頼関係を築けたから」だと関係者が言っている。

 国民合意の基礎は、やはり国会論戦である。首相は選挙後、中山調査会の遺産を踏まえ、政党間協議重視で進んでほしい。超党派の質の高い議論が対外説得の力にもなる。(敬称略)(毎週月曜日に掲載)

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