原発新規制基準 「木だけでなく森も見よ」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 7月 9 日(火)付
原発の規制―木だけでなく森も見よ

 原発に対する新しい規制基準が施行された。従来の「安全基準」に比べれば、設備面ではかなり厳しくなった。
 だが、狭い地域に複数の原発が集まる「集中立地」のリスクなど、積み残しになっている重要課題がある。
 原子力規制委員会は、個々の原子炉という「木」の審査にとどまらず、福島事故の反省が生かされるよう、大局的な観点から厳しくチェックしなければならない。基準や審査を常に見直し、進化させることが必要だ。
 新基準での審査は、まず4電力会社が5原発の10基について申請した。
 実務を担う原子力規制庁は、経済産業省の下を離れ、規制当局として独立したことの真価が問われる。
 電力会社との緊張関係を維持し、対策の速やかな実施を求めてほしい。電力会社に取り込まれないためには、現在80人の審査態勢を質、量ともに充実させることが急務だろう。
 新基準では、放射性物質が大量に飛散する過酷事故を想定することになった。適合しても、「安全宣言」ではない。
 2年前の3月。福島第一原発に並ぶ6基、さらに10キロあまりしか離れていない福島第二原発の4基を含め、連鎖的に制御不能になりはしないかと、多くの国民が青ざめた。
 複数の炉で事故が起きる場合だけでなく、1基が大量の放射性物質をまき散らすだけでも周囲の原発に運転員や作業者が近づけなくなる。
 こうした集中立地、複数稼働が抱えるリスクは、規制委でまともに議論されてこなかった。
 きのうは北海道電力が泊の3基、九州電力が川内(せんだい)の2基、関西電力は高浜と大飯の各2基を同時申請した。高浜と大飯は15キロほどしか離れていない。
 狭い地域で複数の原発を稼働させるリスクをどう考えるか。規制委は検討を急ぎ、見解を示す義務がある。
 問題は避難計画に直結する。自治体は事故に備えた現実的な計画をつくる必要があり、規制委の指導が肝心だ。
 事故後、複数の事故調査委員会が様々な教訓を引き出した。だが、緊急時に設定する作業者の被曝(ひばく)限度や、国としての支援態勢・情報公開のあり方など具体的な検討が進んでいないものも少なくない。
 安倍政権は規制委任せにしてはならない。自民党の原発推進策の末に起きた事故である。その反省を早く具体的な政策として示すべきだ。それなしの再稼働は無責任というほかない。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130709/elc13070903280037-n1.htmより、
産経新聞【主張】参院選と原発 再稼働に向け進む好機に エネルギーは国家の基盤だ
2013.7.9 03:28

 国内の全原発に対して大幅な安全強化を義務づけた新規制基準が8日、施行された。
 原発の早期再稼働を目指す北海道電力など4電力会社は、5原子力発電所10基について、安全審査を求める申請を原子力規制委員会に対して行った。
 安価で安定した電気の供給は、喫緊の課題である。東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて関西電力の2基を除く全原発が止まっている現状では、電気料金のさらなる値上げや、電力不足による大停電の発生が危惧される。
 エネルギーの確保は国家の基盤に関わる重大事だ。参院選を通じて原発利用のあるべき姿を各政党間で論じ合ってもらいたい。

 ≪代替手段どうするのか≫
 だが、原発をはじめとするエネルギーの議論は盛り上がりを欠いている。原子力技術の輸出を含めて、明確に原発肯定の姿勢を示しているのは自民党だけだ。
 民主党は「2030年代の原発稼働ゼロへあらゆる政策資源を投入」と、相変わらず脱原発を標榜(ひょうぼう)している。他の政党も大同小異だ。即時廃炉や再稼働の完全否定を唱えている党もある。
 では、電力不足の解消はどうするのか。電力会社は計画停電などを回避するために、火力発電をフル稼働させている。燃料代が膨張し、相次ぎ大幅赤字に転落している。液化天然ガスなどの輸入急増で、国の貿易赤字もかつてない規模になっている。二酸化炭素の排出削減にも逆行している。
 太陽光や風力などの再生可能エネルギーを一つ覚えのように語るのは、現実逃避に等しい。
 福島事故の直後なら、再生可能エネルギーへの過大な期待も許容されたかもしれないが、すでに3年目に入っている。
 感情論を克服し、原子力利用のプラス面を、エネルギー安全保障の観点から正当に評価すべき時機に来ている。
 日本はエネルギー自給率が4%と極めて低く、先進国では例外的な存在だ。その上、島国なので、欧州のように他国からの電力輸入には頼れない。日本の特異性を自覚することが必要だ。
 それでも、福島事故後は原子力発電の必要性を口にしにくい空気がある。心ない悪口や嫌がらせを受けかねないからだ。
 「原子力ムラ」や「安全神話」などという言葉でレッテルを貼っての排除や攻撃は、どの国のどの時代においても、もっともおぞましい行為である。
 少なからぬ人々が、現実的には原発を動かして電力不足を打開せざるを得ないと考えているはずなのに、それを口にしにくくなっている。この現状が怖い。

 ≪グローバルな視点持て≫
 政治家も同様だ。脱原発が日本の将来にとって危うい道であることは分かっているはずだが、選挙でそれを口にすると票が逃げるのではないかと躊躇(ちゅうちょ)している。
 再稼働を急がなければ、国富の流出が拡大し、立地地域では原発を保守整備で下支えしてきた協力会社の技術が衰退していく。
 規制委による安全審査の開始で見えてきた原発の再稼働に関しては、自民党の主導が不可欠だが、規制委の判断と地元自治体の理解に、げたを預けるような公約集の姿勢ではいささか頼りない。
 規制委の現在の体制では、安全審査を受けられる原発は、同時に3基が上限とみられ、しかも1基の審査に半年以上を要する見通しだ。申請してから審査に着手するまで、1年以上、待たされる原発も出てこよう。
 これではあまりに遅い。国は審査業務の迅速化を促すべきだ。独立性を盾に、それを規制委が渋るようなことはあってはならない。独善性は許されない。
 日本の原子力の利用は、取りも直さず世界の問題でもある。その現実を、国民も政治家もしっかり胸に刻むことが必要だ。
 日本の脱原発は、新興国への安全確実な原発の供給を危うくし、米国との間で築いてきた原子力分野での協力関係を一方的に捨て去ることを意味している。
 民主党政権時代に、当時の菅直人首相らが対応を誤った結果、袋小路に迷い込んでいるのが、日本の原子力政策の現状だ。
 そこから抜け出し、日本に必要なエネルギーの活力を回復させる好機が、この参院選の中にあるはずだ。世界の目と地域の目の複眼思考で原発再稼働を考えたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013070902000144.htmlより、
東京新聞【社説】原発の新規制基準 廃炉時代の始まりに
2013年7月9日

 原発の新規制基準は、こう言い換えもできる。正しく運用すれば、物理的にも経済的にも、原発維持は難しくなる、と。日本に廃炉の時代が訪れる。
 新しい規制基準は、福島第一原発の重い教訓の上に立つ。
 柱は二本。電力会社に過酷事故への対策を義務付けたこと、地震や津波に対する多重の備えを求めたことである。
 3・11以前、原発の過酷事故対策は、法律上の義務ではなく、電力会社の自主的な努力に任されてきた。

◆免震棟がなかったら…
 なぜか。この国では過酷事故など起きず、従って、義務など必要ない-。全国五十基の原発は、まさに“原子力ムラ”という神話の世界で増え続けていた。
 新基準は、フィルター付きベントの設置を義務付けた。放射能を取り除くフィルターが付いた排気設備だ。福島の事故では、排気装置はあってもフィルターがなかったために実行がためらわれ、結局は大量の放射能を大気中に拡散させてしまった。
 有事の司令塔になる緊急時対策所の設置も初めて盛り込んだ。
 二〇〇七年の新潟県中越沖地震の際、東京電力柏崎刈羽原発では、原発建屋内にあった緊急時対策所の扉が地震の衝撃で開かなくなり、肝心なときに使えなかった。
 その経験から福島にも免震重要棟を整備した。東日本大震災のわずか八カ月前のことだった。
 このほか、停電に備える電源車や移動式ポンプ車の配備、燃えにくい電気ケーブルを採用することなどが必要になった。
 運用面では、活断層の影響を重視する。重要施設の真下に活断層がある場合、運転を認めないという方針を明確にした。
 安倍晋三首相は「日本の原発は世界一安全です」と胸を張り、原発を世界に売り歩く。

◆安全最優先という魂を
 ところが、例えばフィンランドの場合、一九九〇年代の初めにはもう、フィルター付きベントが整備されていた。チェルノブイリ事故から三年ほど後のことだった。
 規制機関の放射線・原子力安全センター(STUK)は半世紀以上の歴史があり、国民から警察以上に信頼されているという。
 世界一安全というよりは、これでようやく世界水準に並ぶことができたと考えるべきだろう。
 だが、厳正な規制ほど不合格は出るものだ。正しく適用すれば、増設の坂を上り詰めた原発が、減少へ向かうということもできる。
 しかも、原子力規制委員会の田中俊一委員長が言うように、まだメニューがそろっただけだ。
 基準が直ちに安全を保証するわけではない。大切なのは、その基準にどのような魂を入れるかだ。
 電力会社が審査の効率化、迅速化を強く要求するのは、ある意味当然だ。しかし、そこで安全文化、安全最優先を貫く意思があってこそ、新基準の魂となるはずだ。
 新基準がもたらすものを挙げれば、以下のようになる。
 ・過酷事故対策にしろ、津波や地震への備えにしろ、膨大な費用がかかる。
 ・費用は電気料金にはね返る。
 ・事故の補償は事業者だけで負いきれるものではない。
 ・安全最優先に徹すれば、政府の支援がない限り、経済的にも自然に淘汰(とうた)されていく。
 ・不経済な原発から持続可能な再生可能エネルギーへと、日本は切り替えるべき岐路に立つ。
 安倍内閣は「規制基準に適合すると認められた原発の再稼働」を成長戦略に明記した。しかし、共同通信が五月半ばに実施した世論調査では、安全が確認された原発を再稼働することに「反対」と答えた人が54%を占めている。
 規制委の判断は、もちろん科学に基づくべきだ。だが、再稼働の是非は、国民や地元の意見に十分耳を傾けながら進めるべきである。各地域にはそれぞれの事情がある。原発に代わる経済対策がないままに再稼働へ進むとすれば、住民の不安は募るばかりだろう。
 放射能の被害は広く拡散するが、自治体には十分な退避計画もできていない。できるかどうかも分からない。
 日本のエネルギー政策に最も必要なのは、未来の安全と安心だ。

◆次は再生可能エネルギー
 安全と安心の砦(とりで)としての信頼を勝ち取るには、関西電力大飯原発3、4号機のように、電力需要に配慮して、新基準に適合しない恐れがある原発の再稼働を認めるような例外を重ねるべきではない。
 新しい基準の施行を、神話時代から廃炉時代への転換点にすべきである。
 その先には再生可能エネルギーの普及、そして進化という新しいゴールが待っている。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO57142490Z00C13A7EA1000/より、
日経新聞 社説 原発の安全審査は厳格かつ効率的に
2013/7/9付

 原子力発電所の新規制基準が施行され、関西、北海道など4電力会社が5原発10基について新基準に基づく安全審査を申請した。
 2年前、当時の菅直人政権が「ストレステスト」と呼ぶ安全検査を提案し、政治的な判断から国内のほとんどの原発の運転を止めた。新基準の施行で、原発の安全審査は福島事故直後の緊急措置的な状態から正常化する。
 同時に、福島の教訓を踏まえて審査は厳格化する。炉心溶融など深刻な事故が現実に起きうるとの前提に立ち、重大事故への対策を法的に義務付けた。活断層などのリスクも安全重視の立場から厳しく見積もる。
 新基準の下で安全対策を強めても採算が合わない原発は廃炉に追い込まれる可能性がある。原発を安全と経済性の両面から選別する時代を迎えたといえる。
 原子力規制委員会には厳格かつ効率的な審査を求めたい。見落としがない慎重な審査が必要だ。ミスで信頼を損ねては元も子もない。ただ人員配置の工夫などで作業の効率化との両立は可能なはずだ。運転の可否についてできるだけ早く判断を示すのが望ましい。再稼働の遅れは電力会社にとどまらず日本経済にとっても重荷だ。
 電力会社の側からは「やるべきことはやった」との声が漏れる。しかし規制基準は最低ラインであることを肝に銘じるべきだ。
 関西電力の大飯原発3、4号機の運転継続に関連して、規制委は「対策を小出しに提案して最低線を探ろうとするかのような姿勢」だと関電を批判した。基準を満たせば事足れりとする考えがいまだに電力会社に垣間見えるのは極めて残念だ。そうした言動を続けていては信頼回復はありえない。
 柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を目指す東京電力は安全審査を申請したいと新潟県に理解を求めた。泉田裕彦知事は拒絶した。
 東電は国や金融機関の支援を受けている。「2014年3月期に黒字化」の目標を果たすために原発を再稼働したいという背に腹はかえられない事情がある。だが、もっとていねいな話し合いの進め方があるのではないか。
 他電力にとっても地元の理解は重い課題だ。周辺住民の避難方法などを定めた実効性ある防災計画の作成が、地元の理解を得て運転を再開するには不可欠である。電力会社だけに任せず、政府が前に出て調整にあたるべき仕事だ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130708k0000m070096000c.htmlより、
社説:原発新基準施行 安全神話決別の節目に
毎日新聞 2013年07月08日 02時34分

 福島第1原発の過酷事故から2年4カ月。きょう、原発の新規制基準が施行され、再稼働をめざす電力各社がこぞって審査を申請する。
 新基準の施行は「事故前」と「事故後」を分ける、大きな節目である。事故前の安全神話を覆す最初の一歩としなくてはならない。
 にもかかわらず、徹底した切り替えとできるかどうか、心もとない点がある。第一に、早期の再稼働に向けた「見切り発車」の姿勢が、電力会社に見えることだ。
 たとえば、多くの原発が事故時の活動拠点となる「緊急時対策所」の整備を「仮設」で乗り切ろうとしている。放射性物質を含む排気に備えた「フィルター付きベント」も設置されていない。
 もし、形さえ整えばいいと考えているとしたら、事故前と何も変わらない。安全確保を国任せにする電力会社の姿勢は、海外の規制当局関係者からも批判されてきた。国の規制は「最低限」の基準である。それを超えて、電力会社自らが安全性を高めようとしなければ、原発のリスクは減らせない。
 そうした「安全文化」は規制基準では判定できないが、原発の安全確保と密接にかかわる。先週、大飯原発の運転継続が認められた関西電力は、対策を小出しにし、「基準を満たす最低線を探ろうとした」と原子力規制委員会から批判された。これでは、国民の信頼は得られない。
 過酷事故が起きた場合の対応にも懸念が残る。国際的には防災対策まで含めた「5層の防護」が常識だが、事故前の日本はそこまで考えていなかった。これを改めるのは当然だが、まだ徹底していない。
 規制委は新たな災害対策指針を定め、防災の重点地域を30キロ圏へ広げたが、大飯原発のある福井県もまだ防災計画を改定中だ。計画が策定済みの場合も、放射性物質の放出が起きた時にどう避難するか。甲状腺を守る安定ヨウ素剤を飲むタイミングをどのように住民に知らせるか。現実的な道筋はよく見えない。
 政府は再稼働に前のめりになっているが、新規制基準にはリスクの高い原発をふるいにかける重要な役割があることも忘れてはならない。運転40年で廃炉とする原則や、新しい知見を既設炉に反映させるバックフィットをきちんと守り、型が古く、老朽化した原発は積極的に廃炉にしていく必要がある。敷地内に活断層の存在が疑われるなど地震や津波のリスクが大きい原発も同様だ。
 事故から2年余を経て、「地震国」日本の原発のリスクはどれだけ下げられたのか。それを、規制委も電力会社も、目に見える形で示してもらいたい。

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