いじめ防止法 「社会全体で見守りたい」

 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013071302000156.htmlより、
東京新聞【社説】中学生自殺 “大津の教訓”はどこに
2013年7月13日

 またも中学二年生が自ら命を絶った。同級生に自殺をほのめかしいじめに悩む内容のメモもあった。SOSは見逃されたのか。“大津の教訓”を学校などは真剣に受け止めていたのか。疑問が残る。
 「十一階から飛び降りたら死ねるかな」。名古屋市南区の市立中学二年の男子生徒は、死の一週間前、同級生にそう漏らしていたという。
 亡くなった当日は、教室での帰りの会で、級友に
「死んでみろ」
「死ね」と言われ、
「死ねと言うから死ぬ」と言い返していた。
 名古屋市教委は、生徒が残したメモの存在も含め「いじめがあったと疑わざるをえない」として、徹底調査するという。
 いじめは、一般的には見えにくいものだ。だが、今回のケースは教師や市教委がもっとしっかり男子生徒や級友の言動に目を配っていれば、防げたのではないかと悔やまれてならない。
 帰りの会のやりとりを聞いていた女性担任は「死ぬ気もないのに、そんなことを言うもんじゃない」と話したと、複数の生徒が証言している。
 担任は市教委の調査に「そんな発言はしていない」と否定しているという。
 もしも担任が「死ぬ気もないのに…」などと言っていたなら、悲しむべきことだ。
 それ以上に、「死ね」「死ぬ」という子ども同士のやりとりに対し、教育者として指導はできなかったものか。
 大津市では一昨年十月、いじめを原因に中二の男子生徒が飛び降り自殺した。
 大津市は、子どもをいじめから守る条例をつくり、相談・通報・情報の提供などの徹底をルール化した。
 この自殺を受け、名古屋市教委は各校に全校アンケートを求め、亡くなった生徒が通う学校は「いじめの情報はなかった」と報告したという。もし、形ばかりの調査であったのなら残念というしかない。
 いじめを根絶するのは難しい。だからこそ、学校と親が連携して子どもたちの微妙な変化にきちんと目配りしていくべきなのだ。
 自殺した生徒は、メモの中に「悪いのは自分と一部の人」と自分を責めるような記述も残した。
 学校で一体何が起こっていたのか。市教委や学校は責任回避に走らず、きちんと事実と向き合って調べてほしい。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130708/edc13070803350000-n1.htmより、
産経新聞【主張】いじめ防止法 根絶めざす契機としたい
2013.7.8 03:34 (1/2ページ)

 通常国会で成立した「いじめ防止対策推進法」が今秋にも施行される。平成23年に大津市で中2男子がいじめを苦に自殺した痛ましい事件が、与野党による議員立法につながった。
 法制化は、いじめを許さないという国の意思表示だ。新法制定をいじめ根絶を目指す契機とし、学校でも家庭でも、いじめを絶対許さぬ覚悟を強めてほしい。
 新法は、同じ学校に在籍するなど一定の人間関係にある児童や生徒の行為で、対象者が心身の苦痛を感じている状態を「いじめ」と定義した。
 心身に重い被害を受けたケースなどを「重大事態」として、学校に文部科学省や自治体への報告を義務付けた。重大な被害を及ぼす恐れがある場合は、直ちに警察に通報することを明記し、必要に応じて加害側の子供に出席停止を命じることも求めた。
 いじめ対策では、教職員による早期発見が何よりも重要となる。現実から目をそらし、隠蔽(いんぺい)を図ることは許されない。
 インターネット上の中傷もいじめと定義した。道徳教育の充実を求め、学校に相談窓口の整備や必要に応じて被害者側へ適切な情報提供を行うことも義務づけた。
 すべては、過去の悲痛な事件の教訓を踏まえたものだ。学校や教育委員会の対応が、被害者をさらに傷つけるケースも多かった。対策が法制化されても、運用する側の意識改革が伴わなくては効果は上がらない。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130708/edc13070803350000-n2.htmより、
2013.7.8 03:34 (2/2ページ)
 新法はまた、保護者に対しても「子供の教育について一義的な責任を有する」として、いじめについての理解を深めると同時に、いじめ対策に参加、協力する努力義務を課した。いじめの陰湿さや卑劣さは、家庭でも徹底して教え込まなくてはならない。
 大津市でいじめを受けて自殺した中2男子の父親は、新法成立について「いま生きている子供たちを助けるために、息子が命がけで作った法律だと思っている」と涙ながらに話した。
 「日本の学校はあの時から変わったと実感できるまで、この法律の行方を見守り続けていきたい」という父親の思いに応えるのは、新法に血を通わせ、一人でも多くの子供を救うことだ。
 それは、学校や教育現場だけではなく、社会全体に課せられた責務といえよう。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013062202000139.htmlより、
東京新聞【社説】いじめ防止法 社会全体で見守りたい
2013年6月22日

  与野党六党が提出したいじめ防止対策推進法が成立した。いじめは子どもの心身をえぐり、自殺にさえ追い込んでしまう。悲劇が繰り返されないよう社会が一丸となって立ち向かう契機としたい。
 いじめは単なる人間関係のトラブルではなく、決して許されない反社会的行為である。この法律の最大の意義は明確にそう位置づけた点にあるだろう。
 つまりいじめを防ぎ、解決する責任は、教育現場のみにとどまらず、行政や地域、家庭の大人全体で共有すべきだという強いメッセージなのだ。
 自殺や大けが、不登校に追いやったような重大ないじめについては、市町村長らへの報告を学校に義務づけたのが大きな特徴だ。
 大津市の男子中学生の自殺事件で見られたように、問題が表面化する度に学校や教育委員会の隠蔽(いんぺい)体質や事なかれ主義が批判される。風通しの良い環境作りに向けて早急な意識改革が迫られる。
 気がかりなのは、いじめに対処する組織の在り方だ。
 学校には教職員に加え、心理や福祉の専門家らの組織の常設が定められた。いじめの相談に乗ったり、事実を確かめたりする。うまく組織を生かせるか学校の力量が試される。
 逆に、重大な事案の真相解明に当たる組織は常設ではない。問題が発覚してから自治体や学校に置かれるのだ。これでは素早く対応できるのか懸念がある。
 いじめ防止条例をすでに制定した岐阜県可児市や大津市では、学校や教委と切り離された第三者組織が市長の下に常設されている。通報や相談の受け皿の役割も果たす。中立性や迅速性を担保する仕組みとして参考にしたい。
 インターネットを使ったいじめへの対策が盛り込まれたのは時宜にかなう。拡散した書き込みや映像の削除は容易ではない。ネットいじめの実態把握は急務だ。
 子どもは、いじめは悪いと知っている。規範意識を養うのも大事かもしれないが、肝心なのは、いかに早くいじめの芽を摘み取り、深刻化を食い止めるかだ。
 相談体制を整備したり、教員研修を充実したりしても、大人が愛情を注ぎ、子どもとの信頼関係を結べなければ機能しない。背後に潜んでいるかもしれない貧困や虐待、障害への目配りも大切だ。
 子どもを監視して被害者を保護し、加害者を隔離しても落着とはなるまい。どちらも同じようにいじめから守り抜くべき存在だ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130622k0000m070119000c.htmlより、
社説:いじめ防止法 学校は真に変われるか
毎日新聞 2013年06月22日 02時32分

 いじめ防止対策推進法が成立した。いじめは個別の特異な現象ではない。誰にでも、どこにでも起きることと改めて肝に銘じ、取り組みを学校教育の活性化にも生かしたい。
 大津市の男子中学生の自殺など、学校現場で深刻ないじめと、その救済機能が十分働かない実態が相次いで明らかになり、対策が法制化されることになった。
 重大ないじめは学校から自治体首長らへの報告を義務づける。学校は調査組織や相談体制を整え、法務局や警察とも連携する。調査には第三者の目を入れる。いじめた子には必要に応じて出席停止処分もする。
 こうしたことなどを挙げ、被害者の救済と教育を受ける権利の保障の視点から、学校、教育委員会、自治体、国などの責任の明確化と速やかな対処を強調する。
 ただ、いうまでもないが、この法がなかったから過去いじめ問題が相次いだというわけではない。
 これまでのいじめ、あるいは体罰問題では、見て見ぬふりや、悪ふざけ程度にしかとらえない安易なきめつけ、あるいはマイナス評価を恐れての隠蔽(いんぺい)など、制度以前に問われる過ちが各地で表面化した。
 一方、懸命に取り組む教員が要員不足や多忙事務にもはさまれて、孤立無援の状況に陥ることもある。
 隠蔽の場合、よく指摘されるのは「物言えぬ風土」という背景だ。
 法は学校に遅滞ない報告を義務づけるほか、いじめが起きても後の対処を「適正に評価」するとして報告を促す。
 だが、隠蔽的な体質はいじめに限定されて出るものではない。
 それは、学校運営のさまざまな面で、コミュニケーションや連携がうまくとれていないことの表れではないか。そうした視点も持ちたい。
 いじめ問題に取り組み、改善していくことは、学校教育全体のありようを考えさせることにもなる。
 たとえば信頼関係だ。被害に苦しんでいたり、傍観者である自分に悩んでいたりする児童・生徒。その様子を見抜き、相談を受けてきちんと実情を聞き取るには、制度の前にふだんの信頼関係が必要だ。被害、加害双方の側の保護者との関係でも同様だろう。
 こうした法や制度の本来の主眼は、総がかりで問題に当たる姿勢や仕組みでいじめを未然に防ぎ、初期に芽をつむことにある。
 文部科学省は今後、法に基づき「いじめ防止基本方針」を定め、地方自治体はこれを参考に「地方いじめ防止基本方針」を定める。
 細々とした規定より、取り組みやすい現場の態勢づくり、協力や情報共有の仕組みづくりにまず力点を置くべきではないか。

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