参院不要論 「こんな体たらくならいらない」!?

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 7月 17 日(水)付
参院の意義―「ねじれ」は問題か

 参議院とは、いったい何のためにあるのだろう?
 参院選の街頭演説を聞きながら、こんなことを考えた。
 というのも、最近の参院はマイナスイメージで語られることが多いからだ。
 安倍首相や自民党の候補者らは、衆参で多数派が異なる「ねじれ」が生じたことで日本の国力が失われたとして「ねじれに終止符を打たねばならない」と力を込めている。
 先の国会の最終日、民主党など野党が参院で首相問責決議を可決し、あおりで重要法案が廃案になった。これに限らず、07年以降、断続的に起きたねじれが、時の政権運営を不安定にしてきたのは事実だ。
 だが、衆院とは違う角度から政権の行き過ぎに歯止めをかけたり、再考を促したりするのが、そもそも参院の大きな役割のはずだ。その意味では、ねじれ自体が悪いわけではない。
 問題は、参院で多数を占める野党がもっぱら政権を揺さぶるためにねじれの力を乱用してきた点にこそある。野党時代の自民党もその愚を犯したことを、首相はよもや忘れてはいまい。
 では、参院を「政局の府」にしないためには、どうすればいいのか。参院自身がこんな案を出している。
 衆院と異なる機能を確保するため、脱政党化した選挙制度を確立する。政権から距離を置くため、参院から閣僚を出すのは自粛してはどうか。両院の議決が一致しない時の両院協議会の使い方を工夫する――。
 いずれも、もっともな内容である。早く実現させればよいと思うのだが、与野党が動く気配はない。
 これらの案は、8年も前に参院憲法調査会がまとめた報告にある。先の国会の参院憲法審査会でも、多くの党の議員が同じような意見を繰り返した。
 要は、処方箋(せん)は分かっているのに、だれも実行に移そうとしない。それが問題なのだ。
 選挙制度もそうだ。昨秋の最高裁の違憲状態の判断は改革の好機だったのに、「4増4減」でお茶を濁した。一事が万事と思わざるを得ない。
 解散のない参院議員には、6年の任期が保証されている。それが逆に改革への切迫感を欠く原因になっては本末転倒だ。
 仮に21日の参院選でねじれが解消されれば、首相の政権運営は楽になるだろう。一方で、衆院と同じことをするだけの存在なら「参院不要論」が再び頭をもたげてくるに違いない。
 ここでサボれば、参院議員は自らの首を絞めるだけである。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013071102000140.htmlより、
東京新聞【社説】国会のねじれ 解消だけが争点なのか
2013年7月11日

 国会の「ねじれ」を解消できるのか否か、参院選では与野党攻防が激しくなっている。でも落ち着いて考えたい。ねじれだけが「決められない政治」の元凶なのか。
 国会のねじれ状況とは、衆院で多数の議席を持つ政権与党が、参院では半数の議席を持たないことを指す。予算や条約などを除く法案は衆院を通過しても、参院で野党が否決すれば成立しない。
 ねじれ国会では野党が法案を「人質」に政権を揺さぶり、内閣が総辞職に追い込まれるなどの弊害もあった。法的拘束力はないが参院での首相問責決議可決はこの六年間で四回に上る。
 現在のねじれは、第一次安倍内閣当時の二〇〇七年参院選での自民党惨敗が発端だ。民主党への政権交代で一時解消したものの、〇七年以降、首相が約一年で交代する不安定な政治が続いている。
 その責任を、自民党の安倍晋三総裁(首相)は感じているのだろう。参院選で勝利し、ねじれを解消しないことには「死んでも死にきれない」とまで述べる。
 首相はねじれ解消の目的に「経済成長、復興の加速」「政治の安定」を挙げる。与党として衆参両院で多数を確保し、政権や国会の運営をより円滑にしたいとの気持ちは、分からなくもない。
 ただ、ねじれ状況は、与党が強引に法案を成立させようとした場合の歯止めにもなる。与党が野党の言い分にも耳を傾けることで、より多くの国民に役立つ法律へと磨きをかけることもできる。
 ねじれが解消したからといって政治がよくなる保障はない。
 そもそもねじれも民意だ。状況を嘆くより、国会審議に生かすことが与野党議員の務めではなかったか。その努力を怠った点で与野党は同罪だ。猛省すべきである。
 政権交代が可能な時代、ねじれはいつでも起こりうる。問われているのは、ねじれ解消の是非ではない。たとえねじれが起きても、国民のための政策実現に知恵と工夫を尽くす覚悟があるか否かだ。
 ねじれが起きないよう、衆参を統合して「一院制」にすべきだと主張する政党もある。
 しかし、政権の歯止めとなり得る仕組みをなくしていいのか。憲法改正が必要な一院制への移行よりも、参院本来の意義を考えて改善する方が現実的ではないのか。
 政党色を薄め、より議員個人の意思を尊重する、採決で党の決定に従う「党議拘束」をやめる。改善の知恵はいくらでもある。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 6月 28 日(金)付
国会の改革―選挙制度にとどめるな

 衆院議長のもとに有識者らによる諮問機関を設け、定数削減と選挙制度改革の検討を進める。安倍首相が、自民党の石破幹事長にこう指示した。
 昨年11月、自公民3党が選挙制度の抜本的な見直しで合意したのに、先の国会ではわずかに0増5減の新区割り法が成立しただけだ。
 首相が会期末に動いたのは、国会のふがいなさに批判が高まり、参院選にも影響しかねないと考えてのことだろう。
 もっとも、これだけで首相の姿勢を評価するわけにはいかない。何よりも自民党総裁として腰を上げるのが遅すぎたし、参院をどうするのかがはっきりしない。
 司法から抜本的な改革を求められているのは、参院も同じだ。また、衆院と同様、選挙区と比例区を組み合わせた選挙制度が参院の独自性を失わせ、一方で「衆参ねじれ」となれば政争の主戦場になることの弊害が指摘されてきた。
 衆院と参院の役割分担は何か、その特性を生かすためにそれぞれどういう選挙制度にしたらいいのか。制度改革にあたっては、こうした視点からの衆参一体の検討が不可欠だ。
 有識者の知恵を借りるなら、選挙に限らず国会のあり方全体の改革にも踏み込むべきだ。
 自公民3党は昨年、15年度まで赤字国債の自動発行を認めることで合意した。国債発行法案がねじれ国会での政争の具にされてきたことの弊害が、あまりに大きかったからだ。
 このような仕組みを予算関連法案や国会同意人事などにも応用できないかは検討に値する。議決が異なった際の両院協議会の運用の見直しも必要だ。
 先の国会では一度しか実施されなかった党首討論は定例化する。その代わり、予算委員会などの審議に首相らをいたずらに縛り付けるのをやめるのだ。
 首相の国会出席が与野党駆け引きの材料となるのを避け、政府との質疑から議員同士の討論中心の国会へと脱皮させることにもつながる。
 「政治とカネ」の問題も忘れてはならない。議員歳費や手当、年320億円の政党交付金は適正なのか再点検すべきだ。
 肝心なのは、諮問機関が出した結論には各党が従うという決まりを事前につくっておくことだ。案がまとまったものから、順次実行に移すスピード感も求められる。
 会期末の醜態で評判が地に落ちた国会である。せめてこのぐらいは有識者に委ねるのが、与野党の責任の取り方だろう。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013062802000147.htmlより、
東京新聞【社説】電力改革廃案 国民無視にも程がある
2013年6月28日

 参院本会議での安倍晋三首相に対する問責決議の可決で電気事業法改正案などが廃案に追い込まれた。電力業界に競争を促し、電気料金引き下げなどを目指す重要法案だ。国民無視もはなはだしい。
 来月の参院選をいかにして有利に運ぶか。与野党の駆け引きが、成立が見込まれていた電気事業法改正案や生活保護法改正案をはじめ、国民生活に直結する法案や条約などを廃案に追い込んだ。
 そもそも電事法改正案とは何か。家庭も電力会社を自由に選べるようにする「小売りの全面自由化」を二〇一六年に、電力会社の発電部門と送配電部門を分ける「発送電分離」を一八~二〇年をめどに実現する電力システムの改革が目的だ。
 先行して小売りが自由化されている大企業向けの多くは、東京電力など既存の事業者と独立系の特定規模電気事業者(PPS)との競争によって一キロワット時当たり十一円前後に下がったが、家庭向けなどの小口は二倍の約二十三円。利益の九割を小口が占めており、公正さを著しく欠いている。
 小口も自由化されれば原価に利潤を上乗せする総括原価方式が消滅し、PPSなどとの競争で値下げが期待できるようになる。
 その道筋は、衆参ねじれでも与野党間の隔たりは大きくない。暮らしに身近な法案でありながら、なぜ参院は廃案にしたのか。国民をないがしろにした政治の駆け引きに翻弄(ほんろう)されたと言うほかない。
 さらに見据えるべきは、今なお終わりが見えない東電福島第一原発の事故だ。この事故こそが電力事業に隠された不条理を表に引き出して電力改革を促した。そこから目をそらしてはならない。
 小売り自由化に加え、発送電分離も改革の目玉だ。電力業界による現在の発電と送配電の一体経営は地域独占の土台であり、風力や太陽光などの自然エネルギー参入を阻害していることは否めない。
 分離が実現すれば電力業界の既得権益に風穴があき、自然エネルギーなどの送配電網への公平な接続を通じて多様な電源の効率的活用が期待できる。
 それは国民の多くが求める脱原発への第一歩でもある。
 しかし、首相は民主党政権が表明した三〇年代の原発稼働ゼロを「非現実的」と一蹴し、再稼働や原発輸出に前のめりだ。参院選後の秋の臨時国会に改正案を再提出する方針だが、原発評価の決定的な違いを背景に電力改革を後退させることがないよう強く求める。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130627/stt13062703240003-n1.htmより、
産経新聞【主張】首相問責可決 国民生活より党利党略か
2013.6.27 03:24

 国会最終日の参院本会議で、安倍晋三首相に対する問責決議が野党の賛成多数で可決された。「なぜ問責なのか」よくわからないままの幕切れだった。
 安倍首相は26日夕の会見で「これこそが『ねじれ国会』の象徴」と指摘し、政治の停滞を打破するため参院選で多数を奪還する決意を改めて強調した。
 今回の決議は参院選に向けた野党の得点稼ぎの色彩が濃い。そのあおりで多くの重要法案が廃案になったことは極めて重大だ。
 野党第一党の民主党が当初、採決に消極的だったのも、決議が妥当性を欠いていることに自ら気付いていたからではないのか。だが結局は、都議選惨敗の後、問責可決で一矢報いることにした。
 終盤国会では、首相と海江田万里民主党代表との党首討論を求めるか、多くの野党が参加できる予算委集中審議の開催かで民主党や野党内の足並みがそろわず、いずれも実現できなかった。国会攻防での失点を首相問責決議で取り返そうとしたのなら筋違いだ。
 賛成した日本維新の会の松井一郎幹事長は「そんなことをやっている場合ではない。国民に理解されない」と語ったが、それならなぜ賛成に回ったのか。
 生活、社民、みどりの風の3党が問責決議を提出した理由は、安倍首相が24、25両日の参院予算委員会を欠席したことを「憲法違反だ」などとしたものだ。
 憲法に規定のある衆院の内閣不信任決議とは異なり、参院の問責決議に法的拘束力はない。しかし、その後の審議が拒否されるなど、いったん可決されると重大な結果をもたらす。
 事実、問責決議可決による審議ストップのため、電力システムを改革する電気事業法改正案や不正受給対策を進める生活保護法改正案、海賊多発海域における日本船舶に武装警備員を乗船させる特別措置法案などの重要法案は、前日まで成立が見込まれていたのに廃案となった。電気事業法改正案のように、与野党で修正を加えたものも含まれる。
 民主党の輿石東参院議員会長は「できるだけ法案を通そうという方針に変わりはなかった」と廃案の責任は与党にあると強調した。だが、選挙を意識して党利党略を先行させ、国民の生活を犠牲にすることは、厳しく指弾されなければならない。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO56679660X20C13A6EA1000/より、
日経新聞 社説 こんな体たらくの参院ならいらない
2013/6/27付

 重要法案の多くを成立させられないまま通常国会が閉幕した。与野党の駆け引きに終始し、法案審議をほとんどせずじまいだった参院の責任はとりわけ重大だ。こんなことを続けていれば参院不要論に拍車がかかるばかりだ。
 政府が提出し、与党が後押しし、野党第1党も賛同する法案が廃案になる。どうしてそういうことが起こるのか。一般人には理解不能なできごとだ。
 会期最終日の参院本会議は、発送電分離に向けた電気システム改革を進める電気事業法改正案、不正受給を防ぐ生活保護法改正案、海賊対策法案などが上程される見込みになっていた。
 ところが生活の党など中小野党が提出した安倍晋三首相の問責決議案が先行して採決されることになり、野党の賛成多数で可決された。問責後は政府提出法案の審議はしないとの慣例に従い、法案採決はせずに会期切れとなった。
 問責に反対すれば政権を信任したことになる民主党は法案成立を断念した。海江田万里代表は法案優先を望んだが、7月の参院選に向けて対決色を強めたい輿石東参院議員会長を説得できなかった。党首としてあまりに力不足だ。
 昨年夏、似たような状況に置かれた野党時代の公明党は消費増税法の成立を妨げたくないとして首相問責決議案の採決に欠席するという苦渋の決断をした。
 今回の民主党も棄権という選択肢はあり得たし、生活などに決議案撤回を働きかける手もあった。選挙協力への悪影響を懸念したようだが、抵抗野党のレッテルを貼られる方が痛手ではないか。
 与党の対応も褒められたものではない。自分が提出したわけでもない問責決議案の先行採決を容認すれば法案廃案の可能性があることは想像できたはずだ。
 民主党を苦境に追い込んだという意味では巧みな国会戦術だったが、本当に法案を成立させたいならば与党が泥をかぶる度量があってもよかった。
 第2次安倍内閣で最初の通常国会で成立した法律は63本にとどまった。参院選を控えて会期延長が難しいことから政府が法案提出を抑制したとはいえ、やや寂しい結果だった。
 首相は国会閉会に際しての記者会見で「スピード感を取り戻すには(衆参両院の)ねじれを解消しなくてはならない」と力説した。その是非を問う参院選が始まる。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130627k0000m070114000c.htmlより、
社説:国会閉幕・参院選へ 「論戦不在」まず猛省を
毎日新聞 2013年06月27日 02時30分

 与野党の駆け引きばかりが横行してまともな論戦が行われず、揚げ句の果てに重要法案も投げ出して選挙戦に突入する。こんな異常な国会は過去、ほとんど例がないだろう。
 通常国会が26日閉幕し、7月4日公示、21日投開票予定の参院選に向けて事実上の選挙戦がスタートすることになった。結果によっては今後数年の政治の方向を決定づけることになる大事な選挙である。無論、問われるべき課題は多い。
 だが、何より与野党は「責任放棄国会」というべき今回の結末を深く反省することだ。それが先だ。

 ◇重要法案も放り出した
 あきれ果てるような国会最終日だった。野党は先の参院予算委に安倍晋三首相が欠席したのは「憲法違反だ」と主張し、首相に対する問責決議を参院本会議で可決。そのあおりで、電力システム改革を目指す電気事業法改正案や生活保護の不正受給に対する罰則を強化する生活保護法改正案など、衆院を通過していた法案は参院で採決されず、廃案になってしまった。
 政府・与党が首相や閣僚の予算委出席を拒否したのは「与党が提出した参院議長に対する不信任決議案が処理されていない」という理由だった。これも政局の駆け引き優先の対応であり、批判されても仕方がない。ただし、電事法改正案などは民主党も「問責と関係なく成立させたい」と言っていたはずだ。政策がないがしろにされ、「論戦不在」となった国会を象徴する会期末だった。
 通常国会を振り返ってみれば、1月の開会当初は確かに衆院予算委の集中審議などが頻繁に開かれた。しかし、質疑の実情は安倍政権発足以降の株高と内閣支持率の高さに野党各党がひるんだ印象が強かった。
 後に株価が不安定になると野党はアベノミクス批判を強めた。ところが今度は国会論戦の場が設定されなくなった。大きな要因は経済政策とは無縁な、衆院小選挙区の「1票の格差」を是正する「0増5減」策をめぐる駆け引きだ。
 この改正公職選挙法は最終盤、やっと成立したものの、なぜ私たちがかねて主張していたように、最低限の策である「0増5減」を早急に成立させたうえで次の抜本改革に議論を進めようとしなかったのか。
 「0増5減」が早期に実現すると司法から違憲と判断された昨年暮れの衆院選をこの際、やり直せとの声が強まる可能性があった。その場合、安倍首相は衆院解散=衆参同日選を決断するのではないか。野党側はそれを恐れたとしか思えない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130627k0000m070114000c2.htmlより、
 とりわけ改正公選法が衆院を通過し、野党が多数を占める参院に審議が移って以降、駆け引きが激しくなった。「1票の格差」は衆院以上に参院は深刻で抜本改革を迫られているにもかかわらず、それを棚上げして「政局の府」と化す。一体、参院の存在意義とは何か。ますます疑問を感じた人も多いだろう。
 安倍首相も与党も国会後半は審議に消極的だったのは否定できない。だが、民主党も海江田万里代表と首相との党首討論を積極的に呼びかけたように見えない。結局、党首討論は4月に1度開かれただけだった。
 議論すべきテーマはいくつもあったのに論戦不在となった罪は深い。

 ◇「1強多弱」は続くのか
 例えばアベノミクスの誤算といえる長期金利の上昇という問題。あるいは安倍政権は成長戦略で数々の目標を掲げたが、実現性はあるのか。突っ込んだ議論がほしかった。財政再建をどう進めていくのかという課題も残った。年金や医療など社会保障政策は最近、おざなりになっている。原発輸出を含め、安倍政権はなし崩しで原発再稼働に突き進んでいるように思える。立ち止まって考えなくてはならないテーマだ。
 安倍首相は憲法改正に強い意欲を持っている。では改正するとすれば何を優先するのか。改憲要件の緩和を先行させるのか。それとも国防軍の設置なのか。やはり明確にすべきだろう。そして、そもそも衆院と参院の役割とはそれぞれ何か。これも忘れてはならない課題だ。
 日中、日韓関係も悪化したままだ。一方で米国の一部には安倍政権に対して「右傾化懸念」がある。本当に日米関係は強固になっているのか、冷静に検証する時だ。先の大戦をめぐる歴史認識の議論も重要だ。
 言うまでもなく、これらはいずれも参院選の大きな争点となる。
 最近の世論調査や東京都議選の結果をみると、自民党のみが大きな支持を集める「1強多弱」状態が続いている。仮にこの流れが続き、参院選でも自民・公明両党が勝利すれば、安倍内閣は長期政権となる可能性が出てくる。今回の参院選が安倍政権の半年間をどう中間評価するかという位置づけにとどまらず、重要な選挙になるのはそのためだ。
 だからこそ、論戦不在を引きずったままで参院選を終わらすわけにはいかない。当然、野党は政権を批判するだけでなく、より具体的なビジョンを提示していく必要がある。野党の責任は大きい。
 国会の体たらくを嘆いてばかりもいられない。私たちも今後、参院選で問われるものを掘り下げ、読者とともに考えていきたいと思う。

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