参院選 ネット選挙「語り合う力を高めよう」

http://mainichi.jp/opinion/news/20130718k0000m070119000c.htmlより、
社説:ネット選挙運動 普通の光景になった
毎日新聞 2013年07月18日 02時31分

 早くも普通の光景になった感すらある。今参院選からインターネットによる選挙運動が解禁され、4日の公示以降、政党や候補を中心に運動が展開されている。
 最終評価は選挙終了まで待つべきだが総じて大きな混乱もなく、冷静な運用と言えるのではないか。一方で、有権者との双方向型の発信が活発化しているとは言い難い。各党は最終盤の選挙戦はもちろん、選挙終了後もネットを通じた政策論争機能の強化に努めてほしい。
 ネットを通じて各党の党首や候補の日程や予定がわかり、言動が動画などで把握できる。党首や候補のツイッターやフェイスブックから日々メッセージが発信される。
 こんな当たり前のことが許されない環境で私たちは「選挙」と接してきた。夜間も豊富な情報に接することが可能になったのは働く世代にとって大きい。公示と同時にネットの情報更新がピタリと途絶えた以前の光景があまりに異常だった。
 懸念されたネットによるひぼう中傷の激化や党幹部、候補への「なりすまし」もそれほど大きな混乱もなく推移しているようだ。
 悪質行為への罰則規定、なりすまし防止の認証の浸透などが一定の効果をあげたと言える。ただ、ネットの検索エンジンで候補名と不適切な表現が関連づけられるような問題も起きているようだ。浮上した課題は選挙後、適切に点検すべきだ。
 物足りなさもある。今回はメールを除き有権者による運動も解禁された。ツイッターで有権者の投稿に反応する候補もいるが、双方向の発信は総じて不足気味だ。
 ネットによる候補同士の直接論戦はさらに乏しく、ネット中継による候補者の討論会が中止になるケースもあった。毎日新聞の最新の世論調査ではネットによる運動について「(投票の)参考にしない」と答えた人が6割を占めた。期待したほどには論戦が展開されていないとの印象の反映だろう。
 本来は低コストが売り物のはずのネット選挙がむしろ新たな資金負担を生んでいる実態が指摘されている。あるべきコストをどう考えるか、政党に投げかけられた課題である。
 一方、解禁に対応して民間や有権者側に新たな動きも起きている。各政党や候補のネットによる運動が一覧できるサイトが設けられ、棄権防止を呼びかける運動がソーシャルメディアで展開されている。こうした胎動に注目したい。
 公職選挙法は「べからず集」と呼ばれるほど規制が多いことで知られる。いたずらに政策論争を妨げぬよう、今回の解禁を契機にさらなる見直しを各党に強く求めたい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 7月 6 日(土)付
ネット選挙―語り合う力を高めよう

 誰に投票しようか。選挙のたびに頭を悩ませたり、つい棄権したりしている人にとって、今度の参院選はちょっと違ったものになるかもしれない。
 インターネットでの選挙活動が解禁された。各政党・候補者は自分たちの主張や行動をホームページや、ツイッターなどのソーシャルメディア、動画サイトなどに流している。
 といっても、初体験だ。中傷や「なりすまし」などの被害が出る恐れはあるし、「大して効果がない」と思う陣営も少なくないだろう。
 ネットを「選挙のための道具」と考えるなら、たぶんそこで終わりだ。
 選挙データベースなどを手がけ、早くから政治家のネット活動を支援してきたボイスジャパン社長の高橋茂さんは「政治を変えるための道具」と言う。日々の政治活動で使いこなしてこそのメディアなのだ。
 有権者にしても、「政策」で投票先を決めるのは理想だが、案外むずかしい。「白か黒か」で割り切れる問題は少ないからだ。景気対策でも原発政策でも憲法改正でも、「この部分は賛成だが、こちらは疑問」という場合はよくある。
 ネットは、そんなときに使える。気になる政策があれば、政党や候補者のサイトを見てみよう。知りたい情報がなければ問い合わせもできるのが、双方向メディアの強みだ。返事がくるとは限らないが、返事がないことも判断材料になる。
 「政治の言葉」を磨くことにもつなげたい。
 選挙公報や街頭演説、政見放送は紙幅や時間が制限され、ていねいな説明には不向きだ。印象に残りやすいスローガンに傾きがちになる。
 後援会など、身内の結束ならそれで済む。でも、多様化した社会で必要なのは、負担のわかちあいのための論理や、意見や立場の異なる人たちを包摂していく説得の言葉だ。
 ネットでのやり取りは、ともすれば攻撃的になる。先日、動画サイトでの党首討論会で野党の党首が発言した際、自民党のネット責任者が「黙れ、ばばあ!」と書き込んでいたと話題になった。
 東京新聞の取材に当人は「申し訳なかったが、(国会の)やじみたいなもの」と弁明したという。そもそも国会がその程度のレベルでしかないなら、こんな情けない話はない。
 政治家も有権者も、語り合う力を身につける。ネット活用はそのためにある。参院選はスタートにすぎない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130705k0000m070123000c.htmlより、
社説:視点・参院選 ネット選挙運動=論説委員・与良正男
毎日新聞 2013年(最終更新 07月05日 10時28分)

 ◇「熟議」につなげてこそ
 今回の参院選の特徴はインターネットを利用した選挙運動が解禁されたことだ。政党や候補者だけではない。制限付きとはいえ有権者もネットを通じて特定の政党や候補者への投票を呼びかけることができるようになった意味は大きい。これは日本の政治風土そのものを変える可能性を秘めていると思う。
 既に有権者サイドからのさまざまな取り組みが始まっている。ただし当然ながら、まだ試行錯誤の段階だ。
 例えば、ある県では若手市議らのグループが地元選挙区の候補にインタビューした動画を独自のサイトに載せている。候補者と有権者をつなぐ新しい試みである。だが、動画を見た有権者の感想や質問の掲載は検討した結果、取りやめたそうだ。誹謗(ひぼう)中傷が氾濫した場合、誰が責任を取るのかという問題に突き当たったからだ。
 候補者を集めて討論会を開いて動画配信する「ネット版公開討論会」を計画しているNPOもある。しかし、選挙戦が始まって何人の候補者が都合をつけてくれるかは未知数という。
 「○○党の公約をどう評価するか」「女性の社会進出をどう進めるか」など一つ一つテーマを掲げ、ネット上で討論する場も多数あるが、「なかなか候補者が参加してくれない」との声も聞く。ネットの特性は離れた場所でも意見交換ができる双方向性にあるが、まだまだそこには至っていないのが現実だ。
 そもそもネット上の言葉は新聞や書籍と比べて短くなりがちで、賛成か反対か、敵か味方かといった単純な図式に陥ってしまうきらいがある。ネットの利用率が高い若者たちにおもねっているのか、肝心の政治家がわざわざ乱雑で攻撃的な言葉を使いたがる傾向さえある。
 言うまでもなく世の中はもっと複雑だ。名前の連呼中心の選挙から脱皮し、ネットを通じ政治家と国民が多岐にわたる政策課題についてやり取りして議論を深める。そんな「熟議の民主主義」につなげることにこそネット解禁の意義があるはずだ。
 振り返ってみれば、私たち日本人はこれまで「政治」を口にする機会があまりにも少なかったのではないか。「私は何党を支持する」「あの人に投票したい」と人前で話すのをはばかってきたのではないか。
 ネットの次は実際に顔と顔を突き合わせて、政治について語り合う−−。そんな変化にぜひ結びつけよう。
   ◇  ◇  ◇
 参院選が公示された。論説委員それぞれの視点から今度の選挙をシリーズで考えていく。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中