ヒバクシャ広島/長崎:’13夏 平和憲法へ思い熱く

http://mainichi.jp/select/news/20130801ddm010040025000c.htmlより、
ヒバクシャ広島/長崎:’13夏 平和憲法へ思い熱く
毎日新聞 2013年08月01日 東京朝刊
(写真)「戦場に出た子どもたちを描くことで戦争の実相を知らせたい」と語る那須さん=山口県防府市の自宅で2013年7月12日午後4時3分、佐野格撮影

 被爆68年の夏を前に行われた参院選で、憲法9条の改正を被爆地・長崎の民放テレビで明言した安倍晋三首相の率いる自民党が圧勝した。戦争と原爆を体験した被爆者からは、この国の行く末を案じる声も上がる。ことのほか胸を痛める「’13夏 ヒバクシャ」たちの声に耳を傾けてほしい。

 ◇戦前に戻っていいのか−−那須正幹(まさもと)さん
 「安倍政権の行く末だけは、しっかりと見定めたい」。7月21日の参院選で憲法改正を掲げる安倍自民が圧勝し、改憲が現実味を帯びつつあることに危機感を募らせている。
 自民党の憲法改正草案は、不戦を誓う9条を変えて国防軍の創設を明記した。さらに国民の権利より「公益及び公の秩序」を優先しているように映る。
 「過去68年の歴史を忘れ、一足飛びに戦前に戻っていいのか。公の秩序に反するからと『反原発』も言えない時代になりかねない」と懸念する。
 先日、ある大学生から「東京大空襲の話を聞いてもピンとこない。戦争といえばテレビやゲームでしかない」と聞かされた。戦争の恐ろしさを想像すらできない若者が増えている。「300万人の日本人が死んだ。過去の戦争に学べないのは悲しい」と嘆く。
 児童文学作家として、戊辰(ぼしん)戦争や太平洋戦争などで少年兵として戦場に出た子供たちを描くことを決めた。いま、そのための資料を集めている。「実際に人を殺した体験のある子供がいる。命令を遂行し、自分が生きるために相手を殺す。相手の痛みを想像する思考さえ停止させてしまう戦争の実相を知らせたい」【佐野格】

http://mainichi.jp/select/news/20130801ddm010040025000c2.htmlより、
 ◇核拒絶が日本歩む道−−張本勲さん
 「政府は『唯一の被爆国』を名乗りながら、なぜ核軍縮を求める国と連帯できない」。その憤りは、昨年10月の国連総会第1委員会で「核兵器の非合法化」の署名を拒んだ日本政府に向かう。米国の核抑止力に依存する配慮が透けて見え、いら立ちを隠せない。
 被爆体験を次代に伝える「最後のメッセンジャー」を自任する。だが、そんな覚悟とは裏腹に、政府は核兵器との決別さえ宣言できなかった。「アメリカだけが世の中じゃない。人類のために核を拒絶する。それが日本の歩む道だ」。68年目の夏、先の見えぬ道程に焦りを覚えている。

 ◇国民望まぬ秩序強化−−土山秀夫さん
 今年の長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で、長崎市長が読み上げる平和宣言の起草委員の一人として、憲法前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」を引用することを提案した。7月の起草委で、平和宣言に引用されることが決まった。
 治安維持法が公布された1925年生まれ。警察、特高警察、憲兵が市民を監視した暗い時代を知る。「安倍政権が進めているような公の秩序を強化するなんてことを国民は一切望んでいない。そのことは被爆地として、しっかり示さないといけない」と力を込めた。

 ◇参院選結果に危機感−−下平作江(しもひら・さくえ)さん
 今年も7月までに約220回の被爆体験講話を続けてきた。参院選での自民党の圧勝など、改憲勢力の台頭に「憲法9条が揺らいでいる」と危機感を抱く。「安倍さんは日本を取り戻すというが、戦争する国に戻すのか」
 肝硬変の治療で週3回の注射が欠かせない。緑内障も進み遠くが見えなくなった。昨春、夫隆敏さんを亡くし、気持ちも晴れない。「体もきついし、生きる張り合いを感じない。講話もやめたい」
 ここまで弱気な発言は初めてだが、「あんな残酷な戦争は私たちで終わりにする」と、自らを奮い立たせる。

 ◇入市者の最期浮かぶ−−肥田舜太郎さん
 身体の衰えを感じない日はない。原発事故後殺到する講演依頼を、断ることが増えた。
 最近、被爆直後の夢をよく見る。原子野に入市し、原爆症となった患者たちの姿だ。「瀕死(ひんし)の彼らは『爆弾に遭っていない自分が、なぜ死にかけているのか』と、問いかける表情で息を引き取った。その姿が浮かぶのです」

http://mainichi.jp/select/news/20130801ddm010040025000c3.htmlより、
 5年、10年をへて人体に影響を及ぼす放射線の脅威は捉えにくい。参院選でも原発は争点にならずに終わった。「人間は核を制御できないという事実が、いつになったら分かるのか」。憤りを胸に、今年も広島で原爆の日を迎える予定。

 ◇戦争は準備もだめだ−−丸屋博さん
 新著「川岸の道」を出版した。国の原発推進政策や憲法改正の動きなどに、もどかしい思いが募る。「何とも腹が立ちますが、今は体が動きません。せめて詩集ででも、と」
 詩集には次兄を詠んだ一編も収める。フィリピン沖で22歳のとき戦死した。結核が治りかけのころ召集令状が届いた。療養中だから診断書は出たはずだ。強引に引き留めればよかったとの思いが去来する。「『戦争は戦争の準備から始まる』と言いますが、準備をしないと戦争はできない。だから、準備はすべきではないんですよ」。次兄の軍服姿の写真は今も手元にある。

 ◇脱原発できぬ嫌な世−−中野陽子さん
 政府が原発再稼働に向けた手続きや原発輸出を進めていることを嘆く。「負の遺産をさらに残すつもりなのだろうか。人間は忘れやすい生き物ね」。放射能への不安は続いているのに、核兵器廃絶と脱原発の願いとは逆行する世の中を見るのが嫌で、ニュースを避けたりもする。
 ここ数年、体調を考えて8月9日の長崎訪問を控えている。今年も時期をずらし、1人で折った千羽鶴を手に母校の長崎市立城山小に赴くつもりだ。「私は忘れていないよ」。そう語りかけて、身元不明のまま葬られた犠牲者に静かに祈りをささげるために。

 ◇実相求めるため訪米−−深堀好敏(ふかほり・よしとし)さん
 毎年8月に国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で写真展を開いている。今年は「写真で見る同心円」をテーマに長崎原爆の被害に焦点を当てた。憲法9条改正論に危機感を覚え、「核兵器の恐ろしさ、悲惨さを改めて知ってほしい」との思いからだ。
 秋には原爆写真の収集のため2度目の渡米も控える。昨年、米国立公文書館から1300枚を持ち帰ったが、なお多くの写真が眠っていることを確認した。膝がしびれるなど体調に不安はあるが「少々のことがあっても渡米したい。被爆の実相を伝えるために」と言葉に力を込めた。

 ◇通じ合えた平和の心−−岡田恵美子さん
http://mainichi.jp/select/news/20130801ddm010040025000c4.htmlより、
 原爆資料館でピースボランティアをしながら証言活動をしてきたが、一昨年に胃がんを患い、定期的な活動はできなくなった。それでも「体力が続く限り後世に伝えたい」と、要請があれば学生らに自らの体験を語っている。核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委で核廃絶に消極的だった政府の姿勢に「被爆国と言いながら、腹立たしい」と憤る。
 6月には原爆投下を命じたトルーマン米大統領(当時)の孫クリフトン・トルーマン・ダニエルさんと面会した。「被害者か加害者かは関係なく、平和のために何ができるか、アクションを起こそうという思いで一致した」と語る。

 ◇黒い雨の被害認めよ−−高東(たかとう)征二さん
 昨夏出版された証言集「黒い雨 内部被曝(ひばく)の告発」を手にこの1年、各地に出かけては「黒い雨」の被害実態を訴えた。5000部あった証言集は800部ほどになった。
 爆心地の西約9キロの広島県観音村(現広島市佐伯区)で黒い雨に遭った。広島市などは、被爆者援護法に基づく黒い雨の援護対象区域を現行の6倍とするよう求めたが、昨夏、国に拒否された。その後、政権は交代したが「政府は弱い者のことを全く考えていない」と憤る。「このままでは、黒い雨も無視されかねない」との危機感から、被害実態を広く知らせていくつもりだ。

 ◇反核の志を次世代に−−山川剛さん
 7月9日、380回目となる反核の座り込みに参加した。その3日前に亡くなった被爆者の山口仙二さん(享年82)をしのび、炎天下、じっと暑さに耐えた。「被爆者にもう時間は残されとらん」。高齢化が刻一刻と進む中、活発化する憲法改正の動きを憂慮する。
 だが、決して希望は捨てていない。平和教育を通して護憲や反核の意志を継ぐために、今年も8月9日の直前まで県内外の教職員や子供に講話をする。「行動せず無関心なままでは平和は実現しない」。若者に平和のバトンタッチをしようと、汗を流して彼らと向かい合う。

 ■人物略歴
 ◇那須正幹さん
 「ズッコケ三人組シリーズ」で知られる児童文学作家。3歳の時、広島市西区の自宅で被爆した。71歳。

 ■人物略歴
 ◇張本勲さん
 通算3085安打を放った元プロ野球選手。5歳の時、爆心地から約2キロの広島市の自宅で被爆した。73歳。

 ■人物略歴
 ◇土山秀夫さん
http://mainichi.jp/select/news/20130801ddm010040025000c5.htmlより、
 元長崎大学長。8月9日朝に母が疎開していた佐賀に向かい、翌朝、長崎に戻り入市被爆した。88歳。

 ■人物略歴
 ◇下平作江さん
 爆心地から約800メートルで被爆。長崎市の平和宣言文起草委員も務める。長崎原爆遺族会顧問。78歳。

 ■人物略歴
 ◇肥田舜太郎さん
 軍医として広島在勤中に被爆。被爆者の臨床経験から内部被ばくの危険性を訴える。さいたま市在住、96歳。

 ■人物略歴
 ◇丸屋博さん
 山口県岩国市出身。知人を捜すために広島市で入市被爆した。詩人「御庄博実」としても非戦を訴え続ける。88歳。

 ■人物略歴
 ◇中野陽子さん
 胎内で被爆。爆心地近くの城山小「原爆学級」に在籍、米国の調査対象となった。福岡県福津市在住。67歳。

 ■人物略歴
 ◇深堀好敏さん
 爆心地から3・5キロで被爆。長崎平和推進協会の写真資料調査部会長として原爆写真の収集を続ける。84歳。

 ■人物略歴
 ◇岡田恵美子さん
 広島市生まれ。広島駅北側の自宅で被爆。2007年の全米原爆展の被爆証言者の1人目に選ばれ渡米。76歳。

 ■人物略歴
 ◇高東征二さん
 元高校教諭。佐伯区黒い雨の会事務局長、広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会事務局次長。72歳。

 ■人物略歴
 ◇山川剛さん
 爆心地から約4・3キロで被爆。元小学校教諭。今も長崎市内の高校で「平和学」を教える。76歳。

http://mainichi.jp/area/news/20130801ddn041040008000c.htmlより、
ヒバクシャ広島/長崎:’13夏 優しさが平和生む 9条改憲の動きに不安−−朴南珠さん
毎日新聞 2013年08月01日 大阪朝刊
(写真)韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前に立つ朴南珠さん=広島市中区の平和記念公園で2013年7月26日、山田尚弘撮影

 <被爆実態伝えたい documentary report/155>
 「原爆でやられた命は虫けらと同じだった」。広島で被爆した在日韓国人、朴南珠(パクナムジュ)さん(80)=広島市西区=は、日本と韓国の大学生らが企画した講演会で、日本語と韓国語で交互に語りかけた。
 路面電車に乗っていて、爆心地から1・8キロ地点で被爆した。13歳だった。家に帰ろうと、妹と弟の手を引いて土手を駆け上がると「広島がなくなっていた」。多くの人が鳥が羽ばたくように両手を広げて土手に倒れ込んで亡くなった。数日するとあたりにウジがわいた。死んでゆく子どもたちのウジをひたすら手で振り払った。
 戦後、17歳で結婚。夫と2人で鉄くずを拾って売ったり、どぶろくを作って売ったりして必死に生きてきた。
 「外国人として日本に生きて差別もあった。しかし、それ以上に優しさをもらった。人をいたわる気持ちをなくしてはいけない。それが戦争をなくすことにつながる」。講演を終えた朴さんは、学生らの顔を見渡し、優しくほほ笑んだ。
 朴さんの父は1929年、日本の植民地だった現在の韓国・晋州(チンジュ)から広島へ出稼ぎに来た。朴さんは広島で生まれ、被爆時、家族7人は全員無事だったが、当時のおぞましい記憶は封印した。ただ、どんなに生活に追われても、刻まれた記憶は忘れられなかった。
 体験を話すようになったきっかけは11年前、広島市の平和記念公園で、大阪から修学旅行で来た小学生に「被爆者ですか。体験したことを教えてください」と尋ねられた。子どもの真剣なまなざしに、長年の封印を解いた。数カ月後、担任教諭から手紙が届き、子どもたちが朴さんの被爆体験を授業参観で発表し、母親たちが涙を流したと書かれていた。
 「私の話にこんな力があるのかと驚いた。大やけどをした被爆者たちに、水の一滴もあげられなかった私だけど、何かできるかもしれない」。今では年に40回以上、被爆体験を語る。韓国の若者に話すことも多い。
 最近、ショックを受けた出来事がある。中学校で体験を語った後、1人の生徒が「竹島についてどう思うか」と厳しい口調で質問してきたのだ。10年以上語り部をしてきて初めてのことだった。恐怖すら感じ、少し沈黙した後、「私は在日だから本国とは立場が違う。何も答えることができません」と言うのが精いっぱいだった。

http://mainichi.jp/area/news/20130801ddn041040008000c2.htmlより、
 憲法改正の動きについても、同じような怖さを感じる。「憲法9条は過去の過ちを繰り返さないための岸壁。これが壊されると、一気に戦争へと突き進んでしまうのでは」と不安でならない。
 川岸にどす黒い死体が積み上がる「地獄絵図」も、「ピカドン」という言葉さえ、今は多くの人が知らない。だからこそ、生きている間に一人でも多くの若者に被爆の実態を伝えたいと思う。台所の壁のカレンダーは、予定で真っ黒に埋まっている。【黄在龍】

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ファクス06・6346・8187、メールo.shakaibu@mainichi.co.jp

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