ナガサキ平和リレー:胎内被爆者、歌で思い伝える

http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20130809ddlk42070468000c.htmlより、
ナガサキ平和リレー:/211 胎内被爆者、歌で思い伝える/長崎
毎日新聞 2013年08月09日 地方版

 長崎原爆の日の9日、平和祈念式典で合唱を披露する「被爆者歌う会『ひまわり』」メンバー、長崎市小ケ倉町の主婦、大平八千代さん(67)は「胎内被爆者」だ。鮮明な記憶がなく、直接の被爆体験を語ることができないが、歌で希望や平和を伝えることができる、と実感している。「悲しい時代はもう 終わったはずなのに また違った形で 悲しみが胸を襲う」。式典の前に歌う、「LOVE SONG〜悲しみの上に〜」の歌詞に思いを込めて歌う。
 爆心から約7キロの胎内被爆者の大平さんには当然、被爆の記憶はない。被爆体験といえば、兄姉から「爆風で屋根瓦が落ちて、家はぼろぼろに。その後、防空壕(ごう)をさまよって逃げた」と聞いたことがある程度だ。被爆者の夫も含め、家族皆が健康だったこともあり、原爆について深く考えたことはなかった。
 転機は2005年10月9日、長男(享年31)の突然死だった。いつも通りに帰宅し、寝床に入ったきり、二度と目を開くことがなかった長男の死因は今でもよく分からないが、「背筋がぞくっとしました。もしかしてあの子の死は原爆の影響だったんじゃないかって」。深い悲しみと共に「原爆」に対する不安が広がった。
 しばらく悲しみに暮れたが、08年5月「ひまわり」が会員を募集していることを知った。「元々、歌は好きで被爆者が歌っていることも知っていました。歌を通して『胎内被爆者』という立場に向き合おうと思ったんです。息子も背中を押してくれている気もして……」と応募を決めた思いを振り返る。
 作曲家で講師の寺井一通さん(64)の指導の下、「長崎の鐘」などの楽曲の歌詞に込められた思いや、被爆者会員の悲惨な体験、悩みを知るようになった。練習するうちに反核平和への思いが沸々とわき上がってきた。
 また、入会1年後には、自身の左胸にがんが見つかった。すぐに手術したため助かったが、「被爆者」として自身の命と向き合うきっかけになった。「息子が代わりに命を託してくれたのかと思った。『歌で何か伝えんね』と言われたような気がした」。思い出すとすぐに涙で目が潤む。
 平和祈念式典を前に「同じ胎内被爆で悩んでいる方、生きがいがなくて悩んでいる方に歌を聴いてほしい」。そして「今、歌うことができて、笑っていられる私は幸せ者です」と笑顔を輝かせた。

http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20130809ddlk42070468000c2.htmlより、
 12年からは、原爆の惨状を伝えようと「被爆体験記朗読ボランティア」の講習も受けている。「新しいことを始めようと思っても先は分からない。不安はあるけど生きがいはたくさん持たなきゃ」と前向きに、懸命に生きている。【梅田啓祐】

「ナガサキ平和リレー」は毎月9日に掲載します
〔長崎版〕

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