加害責任 「アジア諸国への配慮を欠くな」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013081702000131.htmlより、
東京新聞【社説】日中の平和条約 不戦の精神忘れまい
2013年8月17日

 終戦の日に安倍晋三首相は靖国神社を参拝しなかった。日中が不戦の精神をうたった平和友好条約の調印から三十五年である。日中が知恵を出し合って歩み寄り、最悪の関係から抜け出してほしい。
 安倍首相は靖国参拝を見送り、自民党総裁として玉串(たまぐし)料を奉納した。首相は、第一次政権の時に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語っていた。
 ただ、首相が戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国への加害責任に触れなかったのは残念だ。
 中国の国営新華社通信は条約の調印記念日にあたる十二日、日中関係について「国交正常化以来、最低の谷に陥り、これは完全に日本の責任だ」と、非難する論評を公表した。
 安倍首相が靖国参拝をしないよう圧力をかける狙いがあったのかもしれない。だが、尖閣周辺での中国の挑発的な動きを見ても、関係悪化の責任が日本だけにあるという指摘は誤りである。
 中国指導者が領土問題などで反日ナショナリズムを極端にあおるのであれば、逆に日本人の国民感情を傷つけ、関係修復の機会は遠のくことを胸に刻んでほしい。
 平和友好条約に調印した三十五年前を振り返ってみたい。
 訪中した園田直外相は〓小平副首相との会談で「繁栄し強国となっても覇権を求めないことを実証してほしい」と求めた。
 〓副首相は「中日両国はともに覇権を求めないことを確認しよう」と応じ、園田外相は「条約締結はアジアの平和、繁栄につながる新しい秩序をつくるためのものである」と引き取った。
 条約には、主権や領土保全の相互尊重や、紛争の平和的手段による解決などが盛り込まれた。日中の先人が条約に込めた思いは、不戦の精神であったといえる。
 その原点に立ち返れば、わが国は、「植民地支配と侵略」に対する痛切な反省と心からのおわびを表明した「村山談話」の重みを忘れてはならない。いかに政権が代わろうとも、その精神を引き継いでいく責任がある。
 中国は大国となり「中華民族復興の夢」を掲げる。だが、その目指すべき道は、平和的台頭のほかにはありえないことも、あらためてクギを刺しておきたい。
 安倍首相は関係改善に向け、靖国神社を参拝しないという抑制的な態度をとった。中国も「最低の谷」から、共にはい上がる努力を見せてほしい。
 ※〓は登におおざと

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 8月 16 日(金)付
加害責任―歴史から目をそらすな

 68回目の終戦の日だったきのう、安倍首相は靖国神社への参拝を見送った。
 尖閣、竹島や歴史認識の問題で、中国や韓国との関係が冷え切っている折である。ここで参拝すれば、両国との関係改善はさらに遠のく。
 見送りは現実的な判断と言えるだろう。
 首相が、過去とどう向きあおうとしているか。中韓のみならず、欧米諸国も目を凝らしている。靖国問題だけではない。先に首相が「侵略の定義は定まっていない」と、日本の戦争責任を否定するかのような発言をしたことなどが背景にある。
 対応を誤れば、国際社会で日本の孤立を招く。そのことを首相は肝に銘じるべきだ。
 その意味で、気がかりなことがある。
 きのうの政府主催の全国戦没者追悼式で、首相の式辞からアジア諸国への加害責任への反省や哀悼の意を示す言葉が、すっぽりと抜け落ちたのだ。
 加害責任への言及は、93年の細川護熙首相(当時)から歴代首相が踏襲してきた。
 第1次安倍内閣の07年には首相自身も「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」「深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表す」と述べていた。
 今回は、これまで表明されてきた「不戦の誓い」という表現も使わなかった。
 首相周辺は「式典は戦没者のため、という首相の意向を反映した」「アジアへの配慮は国会答弁でしている」という。
 だが、そんな方便は通用しないのではないか。式典は、先の戦争への日本の姿勢を世界に発信する場でもある。加害責任への言及が消えたことで、アジアの人々への配慮を欠いていると受け取られかねない。
 せっかく靖国参拝を見送りながら、逆のメッセージを発することにならないか。
 気になるのは、式辞からなくなった言葉が、植民地支配と侵略によって「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」という95年の村山首相談話の表現と重なることだ。
 首相はかねて村山談話の見直しに意欲を示している。そうした意図が今回の式辞に表れたとするなら、とうてい容認できるものではない。
 首相は見送ったが、きのうは一部の閣僚や国会議員が大挙して靖国神社に参拝した。
 歴史から目をそらさず、他国の痛みに想像力を働かせる。こんな態度が、いまの日本政治には求められる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130816/plc13081603060001-n1.htmより、
産経新聞【主張】靖国神社 静かな慰霊の場保ちたい
2013.8.16 03:05 (1/2ページ)

 68回目の終戦の日を迎え、今年も猛暑の中、多くの国民が東京・九段の靖国神社に足を運んだ。安倍晋三首相は参拝を見送り、自民党総裁として玉串料を奉納した。
 名代の萩生田光一総裁特別補佐は、首相が「先の大戦で亡くなった先人の御霊(みたま)に尊崇の念を持って哀悼の誠をささげてほしい。本日は参拝できないことをおわびしてほしい」と伝えたと話した。
 首相が参拝しなかったのは残念だが、春の例大祭への真榊(まさかき)奉納に続いて哀悼の意を表したことは評価したい。首相は第1次政権時に靖国参拝しなかったことを「痛恨の極み」と繰り返し語っている。秋の例大祭には、国の指導者として堂々と参拝してほしい。
 靖国神社には、幕末以降の戦死者ら246万余柱の霊がまつられている。首相が国民を代表して参拝することは、国を守る観点からも重要な責務である。
 閣僚では、新藤義孝総務相、古屋圭司拉致問題担当相、稲田朋美行革担当相の3人が参拝した。民主党前政権は全閣僚に参拝自粛を求めたが、安倍首相は「私人としての参拝は心の問題であり、自由だ」と各閣僚の判断に委ねた。当然である。
 靖国神社近くで来日した韓国の野党議員らが「安倍政権の軍国主義化は日韓関係を阻害している」などと訴える一幕があった。当初は神社前で非難声明を読み上げる予定だったが、警察に説得され、声明発表を断念した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130816/plc13081603060001-n2.htmより、
2013.8.16 03:05 (2/2ページ)
 靖国神社は国民が戦死者の霊を静かに追悼する場である。その雰囲気を乱す行為は許されない。
 韓国の国会議員が竹島に不法上陸した行為も残念なことだ。外務省が駐日韓国公使を呼び、抗議したのは当たり前だ。1年前、李明博前大統領が竹島上陸を強行したことで、日韓関係が急速に冷え込んだことは記憶に新しい。
 朴槿恵大統領は「光復節」のこの日、「(過去の日本によって)傷ついた人々が生きている現在、その傷をいやす責任と誠意ある措置を期待する」と慰安婦問題などでの態度の変化を安倍政権に求めた。韓国こそ、解決済みの問題を蒸し返すことをやめるべきだ。
 この日の靖国神社は、夏休みとあって、制服姿の中高生や親子連れの姿も目立った。国民が政治的な喧噪(けんそう)を離れ、静かに参拝できる厳粛な雰囲気を保ちたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013081602000146.htmlより、
東京新聞【社説】閣僚が靖国参拝 追悼施設に知恵集めて
2013年8月16日

 終戦記念日のきのう、安倍内閣の三閣僚が靖国神社を参拝し、中韓両国の反発をまたも招いた。戦没者を喧騒(けんそう)の中でなく、静かに追悼できる施設の在り方について、知恵を集めるべきではないか。
 きのう参拝したのは、稲田朋美行政改革担当相、新藤義孝総務相、古屋圭司拉致問題担当相の三閣僚。安倍晋三首相は第一次内閣時に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語っていたが、きのうは参拝を見送った。慎重な判断をまずは多としたい。
 一方、閣僚の参拝について、首相は「私人としての参拝は心の問題であり、自由だ」と、個人の判断に委ねる考えを示した。三閣僚はこれを首相の「お墨付き」と考え、参拝に踏み切ったのだろう。
 憲法は信教の自由を認めているが、閣僚の参拝となれば公的立場を伴う。賛否渦巻く中での参拝は見送るべきではなかったか。
 戦争の犠牲者、特に、誤った政策判断で戦場に散ることを余儀なくされた戦没者を、命を下した国家、その指導的立場にある者が追悼し、慰霊するのは当然だ。
 しかし、靖国神社がその場として、今も適切かどうかは議論が残る。首相の靖国参拝や合祀(ごうし)をめぐる訴訟が起きたり、首相や閣僚の参拝に対する中国、韓国などの反発が、それを表している。
 そもそも参拝が批判されているのはアジア諸国に多大な被害を与え、日本を壊滅状態に導いた戦争指導者が、いわゆるA級戦犯として合祀されているからである。
 首相や閣僚の靖国参拝を中韓両国などが批判し、これに日本の世論が内政干渉だと反発する。
 こんな悪循環はそろそろ断ち切る時機ではないか。国家の指導的立場にある者は、対立の火に油を注ぐのではなく、解決のための知恵を集めるのが役目のはずだ。
 その知恵にはいろいろあろう。これまでもA級戦犯分祀論や新たな国立の追悼施設が検討の俎上(そじょう)に上がった。いずれも実現に至ってはいないが、再検討に値する。
 その際、沖縄県・摩文仁の平和祈念公園内にある「平和の礎(いしじ)」も参考にしたらどうか。国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなったすべての人の氏名を刻んだ県の施設だ。
 一九九五年、太平洋戦争・沖縄戦終結五十周年を記念して建立され、犠牲者の追悼施設として定着している。苛烈な地上戦の舞台となり、当時の県民の四分の一が命を失ったとされる沖縄だからこそ、その知恵に学ぶ意義はある。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO58552130W3A810C1EA1000/より、
日経新聞 社説 政治指導者は過去より未来に目を
2013/8/16付

 今年もまた68年前と同じようにセミしぐれの中、8月15日が過ぎていった。
 終戦記念日に国会議員が集団で靖国神社を参拝するのは、今や恒例行事になった。過去の歴史に絡む政治家の発言が物議をかもし、中韓両国の反発をまねくのも相変わらずだ。
 いつまでもつづく歴史認識をめぐる不毛な対立。のどにささったトゲを抜きさる方法はないものだろうか。

一知半解で歴史語るな
 まず敗戦から独立回復までのいきさつを振りかえってみよう。1945年8月14日、昭和天皇の「聖断」によってポツダム宣言の受諾を決定、連合国側に通告した。9月2日、戦艦ミズーリ号上で降伏文書に調印して、GHQ(連合国軍総司令部)による占領統治がはじまる。
 大日本帝国憲法の修正のかたちをとっているものの、日本国憲法がGHQ作成の草案に沿っているのは周知の事実だ。「押しつけ憲法」批判は、ある意味でその通りだ。だが新憲法を歓迎した向きが多かったのもまた確かである。それが今日まで改正されていない理由のひとつだ。
 戦争責任をめぐっては、ポツダム宣言にもとづきGHQによる条例で極東国際軍事裁判所が設けられ、「平和に対する罪」「人道に対する罪」などで裁かれた。事後法による裁判など、あり方への疑問は当事者だった判事からも提起された。
 ただ51年9月に調印したサンフランシスコ講和条約では「連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し……」としている。極東裁判の結果を受けいれることが国際社会に復帰する条件となっていたわけだ。
 戦争に敗れて占領下におかれ、52年4月にようやく独立を回復した戦後日本の経緯をいま一度思いおこす必要がある。それは、以前の価値観の否定でもあった。
 95年8月の戦後50年の村山富市首相の談話で「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」というくだりに絡んで、一連の戦争は自衛のための戦争であり決して侵略戦争ではなかったとして、見直しを求める声がある。
 歴史的な事実関係などについては専門家の判断にゆだねるしかない。政治指導者には、一面的な見方で歴史を断じるのをひかえる配慮がいるだろう。
 しばしばみられる一知半解の歴史知識による政治家の発言は、ただ混乱をもたらすだけだ。政治家としての資質が問われるだけでなく、国益をそこなうケースがあることも肝に銘じておかなければならない。
 93年8月の従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話をめぐっても見直し論が出ている。
 慰安所の設置などについて「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」とするとともに、慰安婦の募集に関しても「官憲等が直接これに加担したこともあった」と軍や官憲の関与に言及したことへの異論である。
 第1次安倍内閣の答弁書で「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述も見当たらなかった」と明記した。
 公式の資料がないのに、韓国人の元慰安婦からの聞き取り調査をもとに官房長官談話を発表したことから、それが今日、慰安婦問題をより大きな政治問題にしている、との批判につながっている。

参拝できる環境つくる
 しかし談話を見直せば、政府が一度決めたものを覆すとして、国際的な不信感を募らせることにならないだろうか。
 政府は95年に設立した「アジア女性基金」が実施した元慰安婦への償いの事業などを説明し、欧米諸国を含めて取り組みへの理解を得るべきだ。
 靖国神社について、安倍晋三首相は15日の参拝を見送ったが、複数の閣僚が参拝、中韓両国が批判している。
 なによりも天皇陛下や首相が静かに参拝できる環境をつくることが大事だ。A級戦犯の合祀(ごうし)に問題があるとすれば、あらためて分祀の可能性を探ってみるのも決して無駄ではあるまい。
 歴史認識が問題になるのは、否定された過去の価値観を現在に持ち込むことによって混乱が生じるときだ。政治指導者たるもの、視線は過去ではなく未来に向けられていなければならない。
 68年前のあの夏の決断は、未来をつくるためのものではなかったのだろうか。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130816k0000m070092000c.htmlより、
社説:靖国参拝 首相は見送り継続を
毎日新聞 2013年08月16日 02時31分

 安倍晋三首相は終戦記念日の15日、靖国神社参拝を見送り、自民党総裁名で同神社に玉串料を納めた。
 靖国が近隣外交を進める上での大きなネックになっている今、大局的な判断と評価したい。玉串料は私費で、自民党総裁特別補佐の国会議員が代理で納め、「自民党総裁 安倍晋三」と記帳したという。私費であれば政教分離上の問題は生じない。第1次内閣当時に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と繰り返し明言していただけに、参拝期待の支持者向けの配慮として理解する。「戦没者への感謝と尊崇の念」は私たちも共有するからだ。
 靖国が外交問題になって久しい。中国、韓国からの反発だけではない。安倍政権になってからは、同盟国の米国からも、中韓との行き過ぎた関係悪化を懸念する声が届いている。日本の戦後は、A級戦犯を処刑した東京裁判を受諾した1952年のサンフランシスコ講和条約の発効でスタートした。そのA級戦犯を合祀(ごうし)した靖国に首相が参拝することは、中国から見ればあの戦争の肯定につながり、米国からは、米主導で作られたサンフランシスコ体制に対する挑戦と受け取られる可能性がある。
 靖国問題は、歴代日本政府が手をこまねいているうちにかくも複雑で難しい外交問題になってしまった。軽々に扱うべきではない。まして、日中関係は尖閣問題で暗礁に乗り上げ、首脳会談の糸口もつかめていない。同じ価値観を共有しているはずの日韓関係も歴史認識問題でかつてない関係悪化を来している。その意味で参拝見送りは当然とも言える。
 問題は、今後どうするか、にある。秋には同神社の例大祭への出席問題、来春には春の例大祭、そして、毎年8・15への対応を求められる。長期政権を望むのであれば抜本策を講じるべきではないのか。
 過去にもいくつかの策が提起され検討された。わかりやすいのが、いわゆるA級戦犯の分祀論である。中曽根康弘政権時から議論されてきた。昭和天皇が参拝を控えた背景にこのA級合祀があったとの証言もあり、保守陣営にも一定の支持者がいる。小泉純一郎政権時には無宗教の国立追悼施設の建設案もあった。
 そもそも靖国問題とは何なのか。A級合祀争点化の経緯はどうか。解決の出口は他にないのか。こういった問題について調査、検証、提言する有識者会議を作るのも一案だ。最低限その結論が出るまで首相は参拝を見送ることだ。悪循環を断つ政治的知恵の出しどころである。
 中韓両国にも注文がある。安倍政権の対応を長い目で見てもらいたい。浅薄なナショナリズムの応酬だけは避けようではないか。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130816ddm003010094000c.htmlより、
クローズアップ2013:靖国参拝、首相見送り 秋に照準、なお火種 外交配慮、夏は自重
毎日新聞 2013年08月16日 東京朝刊

 終戦記念日の15日、安倍晋三首相は靖国神社への参拝を見送った。今後、中国、韓国との首脳会談を実現するために自重した。関係悪化を懸念する米国への配慮もある。しかし、首相が保守層の期待に応えて同神社の秋の例大祭に合わせて参拝する可能性も消えておらず、関係改善につながるかは見通せない。
 「国のために戦い、尊い命を犠牲にされたご英霊に対する感謝の気持ちと尊崇の念を込めて、萩生田(光一・自民党)総裁特別補佐に玉串を奉てんしてもらった」
 安倍首相は15日午前、全国戦没者追悼式への出席前に、首相官邸で記者団に同日の参拝を見送ることを初めて認めた。
 与党が7月の参院選に勝利した後、首相周辺からは首相の参拝見送りを期待する声が漏れ始めた。政権基盤を強化したことで、外交課題、とりわけ中国、韓国との関係改善に取り組む環境が整ったというわけだ。
 「8月15日に無理に参拝する必要はありません。大事なのは春秋の例大祭です」。説得を繰り返す周辺に、首相は最近、「そうだな」と答えたという。
 9月にはロシアで主要20カ国・地域(G20)首脳会議、10月にはインドネシアでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれる。首相はこの機会に中韓との首脳会談実現を探っており、複数の政府関係者は参拝見送りを「中韓への配慮」と解説する。
 さらには、安倍政権が最も重視する米国への配慮がある。米政府は、日本と中韓が対立しアジア太平洋情勢が不安定化することを懸念。首相や閣僚の歴史認識に対する批判は米国内でも強まっている。来日中のメネンデス米上院外交委員長(民主党)は15日、首相と官邸で会談した後、参拝見送りについて「未来志向の、明晰(めいせき)で思慮深い決断だ」と記者団に評価してみせた。
 ただ、首相は在任中の参拝をあきらめたわけではなく、次は秋の例大祭(10月17〜20日)が焦点になる。今回、私費で玉串料を奉納したのは、支持基盤の保守層を意識したものだ。15日に参拝した古屋圭司国家公安委員長が「戦没者をどういう形で慰霊するかは純粋に国内問題だ」と指摘したように、首相が譲歩を重ねれば支持層から批判されかねない。安倍政権が閣僚の参拝を個人の判断に委ねているのも、こうした事情の反映といえる。
 しかし、首相があいまいな姿勢をとり続ける限り、中韓との火種は残る。新藤義孝総務相は15日の参拝後、「このことが外国に影響を及ぼすことはない」と断言したが、中国政府は即座に日本に抗議した。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130816ddm003010094000c2.htmlより、
 自民党幹部は15日、「首相が参拝していたら、中韓との関係は決定的に悪化した」と述べ、秋季例大祭での参拝可能性についてこう付け加えた。「米国が止めるだろう」【鈴木美穂】

 ◇中韓、閣僚参拝に反発 大使に抗議、論評で批判
 日本の閣僚らの靖国神社参拝について、中国外務省の劉振民(りゅうしんみん)次官は15日、木寺昌人・駐中国大使を呼んで抗議した。北京の日中関係筋は「閣僚の参拝だけで大使を呼び出したのはこれまでになかった」と指摘し、中国が歴史認識問題で「ハードルを高めた」と見る。
 「これほど多くの国会議員が行っているのに無視するわけにはいかない。日本の軍国主義化の表れだ」。中国の日本研究者は、劉次官が異例の対応をした背景をこう説明した。
 洪磊(こうらい)外務省副報道局長は「どんな身分や形式であれ指導者の参拝は、軍国主義による侵略史を否定、美化し、第二次大戦の結果と戦後秩序に挑戦するものだ」との談話を発表。
 15日付共産党機関紙「人民日報」は靖国参拝と尖閣諸島を巡る日中の対立を絡め「日本の右傾化」を批判している。この日は目立った抗議行動こそ起きなかったが、習近平指導部が日本へのけん制を緩めたとは言えないのが実情だ。
 一方、韓国外務省も15日、報道官論評を発表、閣僚らの靖国参拝を「歴史に目をつぶっていることを示すもので大変なげかわしい」と非難した。朴槿恵(パククネ)大統領は、日本の植民地支配からの解放を記念する光復節の演説で直接的な対日批判は避けたが、安倍政権への厳しい姿勢に変わりはない。
 演説で朴大統領は、一般国民レベルでは相互理解が進んでいることを強調したが、日本の政治家や政府には「過去を直視する勇気と相手の痛みに配慮する姿勢」を求めた。9月のロシア・サンクトペテルブルクでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせた首脳会談も「立ち話がいいところだろう」(日韓外交筋)という見方が強い。韓国メディアでは最近、日韓関係の改善が必要だとする主張も出ているが、10月には秋の例大祭もあり、韓国側の警戒感は当面緩むことはないだろう。【北京・石原聖、工藤哲、ソウル大貫智子】

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