記者の目:学徒出陣70年 木村葉子氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130821k0000m070151000c.htmlより、
記者の目:学徒出陣70年=木村葉子(学生新聞編集部)
毎日新聞 2013年(最終更新 08月21日 09時23分)
(写真)文部省(当時)主催の出陣学徒壮行会が東京・明治神宮外苑競技場で関東地方77校、7万人を集めて繰り広げられた=1943年10月21日

 ◇伝承の役割 大学にこそ
 太平洋戦争で約10万人ともいわれる学生が戦場へと向かった「学徒出陣」から、今秋でちょうど70年を迎える。毎日小学生新聞で今月上旬に4回、体験者らの話を連載した。取材を通じて「お国のために死ぬ」ことを当然と思いつつ学業半ばで出陣した無念さや再会できなかった学友への強い思いを感じた。その一方、学生が在籍した大学の一部しか学徒出陣の記録・伝承を積極的にしていないことも知った。若者と大学に起きた「悲劇」を次世代に語り継ぐ役割を大学に求めたい。

 ◇全体像も思いも 研究、記録が不足
 連載のきっかけは、早稲田大学大学史資料センターの春季企画展示「ペンから剣へ−学徒出陣70年」を見たことだった。戦死した早大生5人の遺書やアルバムなど200点が展示されていた。そのうちの一人、市島保男さんの2枚の写真は印象的だった。学内で撮った写真では、くったくのない笑顔。だが特攻隊員として出撃する前の1枚の表情には悲壮感が漂っていた。市島さんは出撃前にレンゲの花を摘んで家族に送り、妹はそれを大切に保管し続けたという。
 学徒出陣を経験した当事者はどんな思いだったのか。体験者を訪ねて話を聞いた。「いぬのおまわりさん」など数多くの童謡を作曲した大中恩さん(89)は、東京音楽学校(現・東京芸大)在学中に海軍に入隊した。そこでは毎日殴られたが「おかしいくらい平気になってしまった。目が悪く特攻隊員に選ばれなかった時は悔しさでいっぱいだった。生きて帰れるとは思っていなかった」と振り返った。私が話を聞いた生存者の共通の思いだった。
 取材を続ける中で気づいたのが、学徒出陣に関する研究の不足だった。学徒出陣を含む太平洋戦争を研究する慶応大名誉教授の白井厚さん(83)は「出陣学徒や戦没者の全体像が、今も明らかになっていない」と指摘する。白井さんが学徒出陣の研究を始めたのは60歳の時に英・オックスフォード大に1年間赴任した際、英国の大学で行われていた過去の戦争研究を見たのがきっかけだった。帰国後、母校慶大の実態を調べると、百年史に若干の記述がある以外は見当たらなかった。1992年からゼミ学生らと、戦没者名簿作りを開始。7年かけて2000人以上の氏名、戦没地などを明らかにし、さらに約60人分の資料を追加して、2005年に「アジア太平洋戦争における慶応義塾関係戦没者名簿」を出版した。遺族は名簿を仏壇に供え、「在学の証しになる」と喜んだという。

 ◇戦争責任回避が一因の可能性も
http://mainichi.jp/opinion/news/20130821k0000m070151000c2.htmlより、
 だが、白井さんの努力に感心するとともに、大学関係者の戦没者名簿が1人の教授とゼミ生の手で作られたことに違和感も持った。なぜ大学が主体となり、十分な名簿が作られなかったのだろうかと。
 戦時中は約50の大学と、約200校の旧制専門学校、旧制高校、師範学校から学生たちが出陣した。
 早稲田大は1990年、大隈講堂の傍らに「平和祈念碑」を建立。碑の礎には、空襲や原爆死亡者を含む同大関係4736人の戦争犠牲者名簿が納められている。毎年秋、大学関係者と有志が献花をしている。だが白井さんによると、大学が主体となって戦没者名簿を作っているのは早稲田を含め、東京、京都、明治、立教など十数大学しかない。白井さんは、大学主体での名簿作りや慰霊が広まっていない一因を、戦争直後の混乱による資料の散在や、大学が復興と教育再建に傾注したことにあるとみる。また「戦争責任を問われかねないという危惧もあったのではないか」と話す。文部科学省の担当者に取材しても「学徒出陣で出征した人数は把握していない。省内の担当部局にも資料がなく確認できない」との答えが返ってきただけだった。
 早大から学徒出陣した江名武彦さん(90)は、特攻隊員として出撃した後に飛行機の故障で海に不時着、生還した。学び直すため早大キャンパスに戻った時、親しかった友の顔はなかった。「彼らを語るとき、いまだにこみ上げる涙を抑えられない」と言う。
 当時の国策としてやむを得ないことだったのだろうが、大学は、学生を鼓舞し戦場へと送り出した。その悲劇から70年がたった今こそ、過去から目を背けず、自校の戦争史発掘に努めてほしい。そして、平和なキャンパスに集う学生に、「ペンを銃に」持ち替えた先輩のことを学ぶ機会を設けてほしい。過去を学んでこそ、正しい未来が開かれると思うからだ。

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