骨抜きの原発被災者「支援法」 日野行介氏
http://mainichi.jp/opinion/news/20130905k0000m070160000c.htmlより、
記者の目:骨抜きの原発被災者「支援法」=日野行介
毎日新聞 2013年09月05日 00時46分
東京電力福島第1原発事故による被災者支援を掲げる「子ども・被災者生活支援法」の基本方針取りまとめを担当していた復興庁参事官(当時)による暴言ツイッター問題をきっかけに、支援法の骨抜きを進める政府の「真意」を報じてきた。取材の過程で、政府の無責任ぶりと不透明な政策決定過程が明らかになり、不信感は増すばかりだ。
支援法は原発事故による被災者支援のあり方を定めた理念法だ。昨年6月、超党派の議員立法で提案され全会一致で可決、成立した。放射性物質は自治体の境界を超えて拡散する。健康への影響の評価が定まらない現状では、被災者一人一人の意思を尊重した支援が求められる。このため、支援法は国の避難指示基準(年間累積線量20ミリシーベルト超)には達していないものの、放射線量が一定基準以上の地域を「支援対象地域」とし、国が住宅や医療面で被災者を支援すると規定した。支援対象地域での▽居住▽避難▽避難からの帰還−−のいずれについても、個人の選択を尊重するとした点に大きな特徴がある。
◇法の理念離れた対象地域決定
だが、成立1年2カ月後の先月30日に復興庁が公表した基本方針案は、本末転倒と言うほかないものだった。放射線量の一定基準を定めないまま、福島県内33市町村を支援対象地域としたからだ。根本匠復興相は線量による画一的な線引きは「地域を分断する」としたが、「地域」ではなく「被災者」を支援するという法の理念とかけ離れている。
もともと、支援法に基づく施策の推進を求める国会議員や市民団体は、法令などが定める一般人の線量限度(年間累積線量1ミリシーベルト)を支援対象地域の基準とするよう求めてきた。だが、復興庁は当初から1ミリシーベルトを基準にするつもりはなかったようだ。福島県外への対象拡大や財政支出増大などを懸念したと見られる。一方で1ミリシーベルトと20ミリシーベルト以外に基準となり得る数値がないため、基本方針案策定の先送りを続けたのが実態だ。
基本方針案と同時に、約120の施策も発表されたが、ここからも骨抜きの意図が透けて見える。8割程度は各省庁が実施する既存施策で、県外避難者向けと見られる新施策は2、3だけ。昨年12月に新規受け付けが打ち切られ、復活を求める声が強かった県外避難者のための家賃補助も、「避難者の帰還が進んでいる」との理由で盛り込まれなかった。支援法にうたわれた「個人の選択の尊重」を無視して、福島への帰還促進を打ち出しただけと言わざるを得ない。
◇福島帰還ありき、検討の順序が逆
http://mainichi.jp/opinion/news/20130905k0000m070160000c2.htmlより、
不透明なプロセスも問題だ。基準線量を定めなかった点について、復興相は「関係省庁との議論を踏まえた」と説明するが、議論はすべて密室で行われた。例えば復興庁元参事官は3月8日に「懸案が一つ解決。白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」とツイートした。関係省庁の幹部が秘密裏に集まり、線量基準を含めた放射線対策の検討過程を、7月の参院選後まで表に出さないよう話し合っていたという。元参事官による書き込みがなければ、この「密議」自体が明らかにならなかったはずだ。
原子力規制委員会は先月28日、避難者の帰還を促すための検討チームを設置した。空間線量の推計値に比べ、数値が低く出やすい個人線量計のデータを集めて避難者を安心させると共に、線量に基づかない支援対象地域指定の「科学的根拠」を後付けで示す狙いがある。だが、意図的に低くなるよう集められたデータは信用されるだろうか。そもそも、初めに帰還ありきでは検討の順序が明らかに逆だ。
支援法は、施策に被災者の意見を反映し、プロセスを透明化するよう規定している。復興相は「職員が市民団体の集会で意見を聞いた」というが、元参事官は集会の参加者を「左翼のクソども」とツイッターで中傷していた。今さら「集会で意見を聞いた」と言われても説得力がない。実際、団体側からは「望んだものとかけ離れている」と憤る声が相次いでいる。1年2カ月も待たせた揚げ句、密室での協議を経て基本方針案を公表したところで、広い理解が得られるはずもない。
支援法の付則は線量調査の結果に沿って毎年対象区域を見直すよう規定している。線量ごとの人口、財政支出の見込みなど、幅広いデータを示し、プロセスを透明化したうえで基本方針を決めるべきだ。国民が被災者支援の内容について議論を尽くせるよう、国は情報開示に努めなければならない。(東京社会部)