津波バス事故 「園児守る細心の注意を」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 9月 19 日(木)付
子どもの避難―大人の行動が命綱だ

 災害の現場で、子どもたちの命を守ることができるのは、すぐ身近にいる大人しかいない。その教訓を忘れずにいたい。
 東日本大震災で、宮城県石巻市の幼稚園児5人が死亡した。地震直後は高台にある幼稚園にいて無事だったが、その後乗せられた園のバスは海側へと下り、津波に巻き込まれた。
 仙台地裁は、津波の情報に注意を払わず、バスを出発させた園側の過失を認めた。
 幼い子どもは危険を避ける力が発達しておらず、園長らを信頼して従うしか自分の身を守れない。判決はそう強調した。大人の行動が命綱なのだ。
 学校や幼稚園などの施設は、非常時に子どもを守る第1当事者として、どう行動すべきか。再確認してもらいたい。
 あれだけの津波は予想できなかった、と園側は反論した。
 だが裁判所は、3分間も続いた大地震を体感したのだから、防災無線やラジオなどで津波情報を集めていれば、バスを出すことはなかったと判断した。
 園側の抗弁で気づかされることもある。不安がる子どもたちの対応に追われ、警報に注意が向かなかった。停電でテレビやラジオは使えず、電池でラジオを聴こうともしなかった。
 パニック時に起きてしまうことかもしれない。だが、防災無線や電池のラジオで、次に迫ってくる危険情報を集めるのは、基本動作である。多くの子どもを預かる立場で、情報から取り残されることは許されない、との線が引かれた。
 なぜ、子どもたちをバスに乗せたのか。園側は「一刻も早く園児を保護者の元へ帰してあげたかった」と説明したが、標高23メートルにある園はよほど安全だ。
 皮肉にも園が宮城県から促されて作った地震対応のマニュアルでは、「園児は保護者の迎えを待って引き渡す」ことをルールにしていた。
 だが、ほとんどの職員がその存在さえ知らなかった。マニュアル作り自体が目的化していたとしたら本末転倒だ。
 すべての学校や施設に通じる問題でもある。宮城、岩手、福島の各県の幼稚園から高校までで、津波からの避難方法をマニュアルで決めていたのは半分にとどまるという。
 災害時の子どもの安全を確保するためには、平時の冷静な判断にもとづく行動計画が欠かせない。
 施設の立地と環境など、さまざまな条件を考慮してマニュアルを作ることを出発点に、不断に更新し、広く共有し続けていく責務がある。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130919/trl13091903300000-n1.htmより、
産経新聞【主張】津波犠牲の責任 命守る備え求めた判決だ
2013.9.19 03:29 (1/2ページ)

 東日本大震災の津波で宮城県石巻市の幼稚園児5人が死亡した事故で、仙台地裁は幼稚園側に約1億7700万円の損害賠償を命じた。
 判決は、幼稚園側が園児を保護すべき注意義務や、津波に関する情報収集義務を怠ったために園児を乗せた送迎バスの被災を招いたと断じた。
 司法が、人の命を預かる施設に科した重い判断である。判決はまた、園側の地震や津波に対する備えや、マニュアルの不徹底を指摘した。全国のすべての施設や、各家庭でも、非常時への備えは万全にしなくてはならない。
 幼稚園は標高約23メートルの高台にあった。園のマニュアルでは、大地震の発生時には園で園児を保護者に引き渡すと定めていた。
 大震災の揺れが収まると園長は園児を乗せたバスを海沿いの低地に向けて出発するよう指示した。「みぞれのなか園庭で寒そうにしていた園児を早く保護者に送り届けたかった」ためだという。
 そこに悪意や犯意があろうはずもない。だが判断は誤っていた。すでに防災無線は「大津波警報。至急高台に避難を」と繰り返し、ラジオは津波到達予想時刻と予想される高さは6メートルだとアナウンスし続けていた。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130919/trl13091903300000-n2.htmより、
2013.9.19 03:29 (2/2ページ)
 園側は、予見可能性はないと主張したが、判決は「千年に1度」の巨大地震の発生を予想できなかったとしても、実際に体感した以上、津波の危険性があることを考慮すべきだったと指摘した。
 判決を読めば読むほど、わが子の「命を守れたはずだ」と悔やむ親の気持ちが痛いほど分かる。園側は「判決はどうあれ、園児らを亡くした悲しみは今も心に刻まれている」とコメントした。この気持ちにも、嘘はあるまい。
 なぜこれほどの悲劇が起きたのか。被災に対する、事前の備えを欠いたためだ。
 宮城県教育委員会の震災マニュアルは「職員はラジオなどで情報収集に努める。津波警報などの発令時は高台に2次避難する」と規定している。大地震発生時には園で子供を引き渡すことを定めた園のマニュアルと合わせ、これらが周知徹底されていれば、失わなくてもいい命があった。
 マニュアルは実践されなくては意味をなさない。大地震だけではなく、豪雨や強風への対処も同様だ。判決を警鐘と受け止め、一人一人が心に刻んでおきたい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130919k0000m070110000c.htmlより、
社説:園児津波判決 管理者の重責を教訓に
毎日新聞 2013年09月19日 02時31分

 津波に対する幼稚園の安全配慮不足を強く指弾する判決になった。
 宮城県石巻市の私立日和(ひより)幼稚園で起きた園児死亡事故だ。東日本大震災の発生直後、高台にある幼稚園から海側に出発したバスに乗せられて津波被害に遭い亡くなった園児4人の遺族が園側を訴えていた。
 仙台地裁は「園長は津波に関する情報収集を怠った」などとして、約1億7700万円の賠償を命じた。
 「1000年に1度の地震や津波の予測は困難だった」と園側は主張したが、判決は「報道などによって6メートル前後の津波が押し寄せることは容易に想像できた」と退けた。防災の第一歩である情報の入手に全力を尽くせということだ。
 また、自ら避難行動を選択できない子供に対し、施設管理者は最大限の配慮義務を負うと判決は述べた。もっともな指摘だ。
 南海トラフ巨大地震をはじめ、大規模災害は、待ったなしでやってくる。今回の事故を特別なケースと片付けることはできない。人の命を預かる管理者は万全の備えを進めよ、との教訓だと受け取るべきだ。
 判決が認定した内容からは、園側の怠慢と防災意識の欠如が、明瞭に浮き彫りになる。
 2006年、県の会計監査で安全計画が作られていないと指摘され、園は地震マニュアルを策定した。そこには「園児は保護者のお迎えを待って引き渡す」と定めていたが、職員に徹底されておらず、訓練や打ち合わせもされなかった。
 結局、マニュアルは生かされず、園長の指示で当日バスを出発させた。しかも、被害に遭った園児らは内陸部に住んでいて本来違う便だったのに、園の判断で海側のルートのバスに同乗させた。園長は、バスの出発後間もなく大津波警報発令を認識したが、すぐにバス運転手に高台に戻るよう連絡しなかった。バスは最終的に津波に巻き込まれて横転、火災に遭い、園児5人と女性職員1人の尊い命が失われたのである。
 園に津波はこなかった。マニュアル通りに組織的な対応が取られていれば、避けられた事故とみられる。
 津波が予想されれば高台に迅速に避難するのが防災の鉄則だ。また、既に安全な場所にいればむやみに移動することは、かえって危険を招く。幼稚園や保育園、学校、高齢者施設など災害弱者を抱える施設は、そうした基本を改めて確認してほしい。また、避難マニュアルが作成されているか、それに基づく訓練はしっかり実施されているかについても早急にチェックしてもらいたい。
 もちろん、予測不可能な災害の現場では、ときに臨機応変な対応が求められるのは言うまでもない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013091802000142.htmlより、
東京新聞【社説】津波バス事故 園児守る細心の注意を
2013年9月18日

 津波でバスが流され、園児が死亡した事故で、仙台地裁は幼稚園側に賠償を命じた。津波は予見でき、安全配慮を怠ったとの初判断だ。日本を襲う大地震に備え、子どもを守る細心の注意が必要だ。
 幼稚園は海抜二三メートルの高台にあった。東日本大震災の直後、送迎バスは沿岸部の低地へと向かった。バスは大津波にのみ込まれ、五人の園児が亡くなった。
 残念なのは、もともと海側を走るルートと山側を走るルートがあったのに、震災前に幼稚園はルートを一本化していた。それを保護者に伝えていなかった。しかも、亡くなったのは、全員が山側に住んでいた子どもたちだ。
 それに、幼稚園は地震時には園庭に園児を避難させ、保護者が迎えにきたら、引き渡すというマニュアルを作ってもいた。
 「もし」は、いくつもある。「もし、山側ルートを走っていたなら…」「もし、マニュアルどおり、園庭に避難させていたなら…」-。遺族が園側を訴えたのは、そんな事情が重なっていたからだ。
 判決は「震度6弱の揺れを三分も体感したのだから、巨大津波は容易に予想できた」と遺族の言い分を認め、園側に約一億七千七百万円の賠償を命じた。
 「園児は危険を予見し、回避する能力が未発達だ。園長と教諭らを信頼して従うほかに自らの生命、身体を守る手だてがない」とも指摘した。裁判所は、子どもを預かる施設に細心の注意義務があることを再確認したわけだ。
 問題は事故の教訓をどう今後に生かしていくかだ。首都直下地震や南海トラフ巨大地震は、いつ来るかわからない。だから、幼稚園や学校の長らはできる限り、安全に関する情報を集めなければならない。危険があったら、防ぐ方法を考え、回避する最善の措置を取る必要もある。防災無線やラジオの指示などに神経を研ぎ澄まさねばならないのは当然である。
 大都市圏では、災害時に児童生徒を下校させずに、学校に留め置く動きがある。交通機関がマヒしたら、子どもの所在も安否も不明になるからだ。親が迎えに来ても、そのまま親子とも学校にとどめた方が安全な場合がある。一方で、低地に学校があれば、高台に避難を促す必要があろう。
 想定を超える災害に対応できるよう、先生も子どもも臨機応変に状況判断できる防災教育も必要だ。まず、用意周到な危機マニュアルを早く備えたい。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO59841550Y3A910C1EA1000/より、
日経新聞 社説 津波避難に警鐘鳴らす判決
2013/9/18付

 大地震が起き、津波の発生が予想されるような時に、幼い子どもや高齢者をどのように避難誘導すればいいのか。この課題に警鐘を鳴らす司法判断が示された。
 2011年、東日本大震災の大津波で、宮城県石巻市の私立日和幼稚園の園児5人が死亡した。高台にあった幼稚園は被害を免れたが、園側が地震の直後に園児を自宅に帰すことを決め、送迎バスに乗せて低地の沿岸部へと向かったため津波に巻き込まれた。
 この事故について、4人の園児の遺族が「幼稚園側が安全配慮を怠った」として仙台地裁に損害賠償を求めていた裁判の判決があった。地裁は「千年に一度の巨大地震であることは分からなくても、巨大な津波の危険性は容易に予想される」と指摘して、園側に賠償を命じた。
 判決は被害にあった幼稚園児について「危険を予見、回避する能力が未発達」「自らの生命、身体を守る手立てがない」という点を重視している。それだけに施設側の責任はとりわけ重く、管理する側はできるかぎりの情報を集め、被害を避けるための最善の努力をすべきだという指摘である。
 これは幼稚園に限らず、まだ幼い子どもがいる小学校、高齢者や障害のある人のための施設、病院なども同じことだ。今回の判決は、こうした災害弱者のいる施設全体に対して、重い責任を自覚するよう求めたものととらえるべきであろう。
 判決が発した警告は、東日本大震災にとどまる話ではない。南海トラフで最大級の地震が起きると、太平洋側の6都県23市町村を20メートル以上の津波が襲うと推定される。いつ、どこで同じような状況になってもおかしくないとの危機意識を改めて持つ必要がある。
 裁判を通して、震災マニュアルが徹底されていなかったことや、それに沿った訓練が十分実施されていなかったことも明らかになった。各地の幼稚園や高齢者施設などを中心に、震災への平時からの備えに一段と力を入れたい。

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