今、平和を語る:原寿雄さん

http://mainichi.jp/area/news/20130930ddf012070020000c.htmlより、
今、平和を語る:ジャーナリスト・元共同通信編集主幹、原寿雄さん
毎日新聞 2013年09月30日 大阪夕刊

 マスコミ界のご意見番で知られるジャーナリストで元共同通信編集主幹の原寿雄さん(88)は、ジャーナリズムは戦争を防ぐことができるのか−−と問い続けてきた。「日本のジャーナリズムは戦後最大の危機にある」と語る原さんに聞いた。

 ◇「特定秘密保護法」許してはならぬ 「知る権利」戦後最大の危機
−−政府・自民党は改憲、国防軍の創設、集団的自衛権の行使などを掲げています。こうした政策とジャーナリズムの影響について。
 原 個人を大事にしてきた戦後民主主義から、国家中心の国家主義へと変えていこうとしているのではないでしょうか。尖閣や竹島の問題、北朝鮮の核武装化もあって、東アジアの情勢が日本を中心に緊張する状況になってきています。だから平和憲法を変えてでも国防を充実させなければいけない、という主張は国民に通りやすいグッドタイミングだと安倍政権はみているのではないですか。
 日本が昔型の国家主義に戻ろうとすれば、国家の意思つまり政府の意思を国民に徹底的に注入する、そして国民の意識を変えていこうとします。そうなるとジャーナリズムに対しては、安倍政策の発表を主体にした報道を求めてくるはずです。
 戦前に「下から読む新聞」という言葉があったそうです。大きい記事は、政府や軍部による戦争推進のための告知であり、期待であり、要請でした。真実のこまぎれは、一番下のベタ記事で載っていたのです。
 だから真実を知ろうとする人たちは、上から読まずに下から読んだ。そうしないためにも、これからの日本のジャーナリズムは、ますます主体性が求められます。

−−政府は厳罰(最長で懲役10年)を規定した「特定秘密保護法」の法制化を目指しています。
 原 国の安全と外交上の秘密保護に限らず、公共の安全や秩序維持まであげています。1985年に自民党が「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(スパイ防止法案)を提出したが、新聞、放送をはじめ各界の批判を浴びて廃案になっています。治安関係の条項はなかった。
 それだけに今回の特定秘密保護法案は「スパイ防止法」に戦前の「治安維持法」を加えた総合情報規制法になっていると思います。たとえ「報道の自由に配慮する」と条文に明記したとしても無意味です。正当な取材活動かそうでないか、捜査当局は拡大解釈によって、ジャーナリストも取り締まれる。

http://mainichi.jp/area/news/20130930ddf012070020000c2.htmlより、
 また米軍基地を監視している平和団体なども処罰の対象になるのではないですか。日本の「知る権利」は戦後最大の危機にあるとの認識に立って、この法案と本格的に対決しないと、ジャーナリズムの自由は吹っ飛んでしまいます。そうなると「準戦時体制」にされてしまう。

−−準戦時体制とは。
 原 戦争になったら国策に協力するうえで報道規制は当然だという考えがあり、準戦時体制もこれに匹敵します。むしろ逆で、国民の生命や財産を左右する戦時や準戦時こそ、報道の自由が最大限に発揮されるべきでしょう。そうした原則を確立しておかなければいけません。

−−著書「ジャーナリズムの可能性」(岩波新書)に、こう書かれています。<自ら戦争を開始する場合も同盟国の戦争に参加するときも、常に「国益のため」が国民を説得・動員する鍵となる。時の権力者の考える国益と真の国民益を峻別(しゅんべつ)するのは、ジャーナリズムにとって重要な責務だが、歴史はほとんどの場合、政府の主張に収斂(しゅうれん)されて戦争に進んでいる>
 原 国と結ばれているジャーナリズムが、国の主導する戦争に反対の姿勢を貫徹するのは確かに難しい。それでもジャーナリストは、どうすれば「国籍」を超えられるか意識して努力すべきです。「敵」とか「味方」と言っていると、自分が一方の側について相手を見ています。これでは客観報道はできません。
 私は海軍を志願した愛国青年でした。戦後、記者になって記事を書くとき「わが国」という言葉を使うのを一切やめました。仲間に強要はしませんが、昔の愛国心に火がつく危険性を、私が感じたのは事実です。

−−著書「ジャーナリズムに生きて ジグザグの自分史85年」(岩波現代文庫)で、21項目からなる「私のジャーナリズム哲学」を列挙しています。ジャーナリストが自戒すべきは次の一文でしょうか。<第二次大戦では上官の命令に従った日本兵士が責任を問われ、処刑されたBC級戦犯は一〇〇〇人に近い。上司の指示で戦争翼賛の報道に従ったジャーナリストは何の罪も問われなかったが、自分はいまBC級戦犯の実績を積み重ねていないか>

http://mainichi.jp/area/news/20130930ddf012070020000c3.htmlより、
 原 いったん戦争が始まったら、もう遅いのです。戦争もファシズムも前と同じ顔では現れません。教訓にしたいのは、戦後に全国紙の首脳が、メディアの団結で戦争を防げた可能性があると反省していることです。ジャーナリストという職業の究極の課題は戦争をなくすことですから、戦争につながる危険をいち早く察知して、大同団結を図る必要があるのではないでしょうか。

−−現役のジャーナリストへメッセージを。
 原 権力、資本、世論ではなく、真実にだけ忠誠を尽くす。個人の自由を強調すべき時代だから、少数意見を報道して、かつてのような「非国民」と呼ばれる人を生み出さない、人権無視の時代にならないように努める。
 アジアの国に目を向ければ、相手国のナショナリズムの高揚に辛抱強く耐える度量を持つのが、民主主義の先輩を自任する日本のメディアの態度ではないでしょうか。日本のジャーナリズムは東アジアの平和確立に責任を持つ立場にあると思います。<聞き手・専門編集委員 広岩近広>=次回は10月28日掲載予定

 ■人物略歴
 ◇はら・としお
 1925年神奈川県生まれ。50年に東大法学部卒業後、共同通信社に入社、外信部長、編集局長をへて85年に専務理事・編集主幹。退職後は「放送と青少年に関する委員会」の委員長を務めるなど、講演や執筆活動を続けている。著書多数。近刊に「原寿雄自撰 デスク日記 小和田次郎」(弓立社)がある。

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