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コラム

http://mainichi.jp/opinion/news/20130929ddm003070182000c.htmlより、
時代の風:悪化する米露関係=米ユーラシア・グループ社長、イアン・ブレマー
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊

 ◇国際秩序の空白を象徴
 シリアを巡る複雑な外交駆け引きは徐々に具体化しつつあるが、米露関係が依然として問題を抱えていることはもはや明白である。両国ともしばしば関係改善を口にするが、利害が相反して不調和が続き、国際的なリーダーシップが欠如してしまっている。
 オバマ米大統領は当選した2008年、米露関係の「リセット」を提案した。ロシアが懸念する米国のミサイル防衛計画などの数年来の懸案事項を乗り越える試みだった。だが、ロシアのプーチン氏は12年に大統領に返り咲いた際、反米を主張することを選んだ。
 オバマ氏は12年12月、重大な人権侵害に関与したロシア政府当局者に対する制裁を定めた通称「マグニツキー法」に署名。これにプーチン氏は、米国人がロシア人の子供を養子とすることを禁ずる法律で応えた。
 また今年8月、スパイ行為で米国を脱出したスノーデン容疑者の一時亡命を認め、米国を驚かせた。一方、米国はシリア内戦でロシアと関係の深いアサド政権を追及。プーチン氏は米国が示したアサド政権による化学兵器使用の証拠を虚偽と非難し、軍事攻撃を避けるため仲介を申し出た。
 今のところ影響は限定的だ。プーチン氏はアサド政権に化学兵器を廃棄させるという外交的決着をつけ、オバマ氏のメンツを保つ手助けをした。オバマ氏は議会との対立を避けられ、ロシアはシリアへの軍事攻撃を回避できた。国益が一致する場合は協力するのだ。
 米露関係悪化の潜在的要因は二つある。1点目は、プーチン氏が長期政権により、大都市部において支持を失っていることだ。ロシアのエネルギー輸出依存型の経済は、金融危機以降の世界的な景気後退の直撃を受けた。プーチン氏は大統領再選に向け、市民の関心を国内問題からそらす必要があった。反米的な言動はこの目的に合致した。
 2点目は、米国のエネルギー革命だ。米国はシェールガスの掘削により20年までに世界最大の産油国となり、35年までにエネルギーの自給自足を達成する。この大鉱脈は外交政策上の利点ももたらす。新エネルギーの輸出を通じ、日本など同盟国との関係改善や、エネルギーを輸出するライバル国の市場競争力を弱体化させることが可能となるからだ。例えば、欧州のロシアに対するエネルギー依存度を軽減させられる。また、間接的な影響として、米国の供給増加が原油価格を押し下げ、ロシアなど産油国を悩ませるだろう。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130929ddm003070182000c2.htmlより、
 プーチン氏にとってこれは深刻な脅威だ。ロシアは歳入の半分以上をエネルギー輸出に依存する。金融危機後ロシアは財政支出が急拡大し、これを賄うため原油価格は高い方が良い。今後、米欧でエネルギー需要が低下すればロシアの財政をむしばみ、プーチン政権の能力を試すだろう。
 米露関係の「リセット」は現実のものではなかった。オバマ氏は外交政策を重視していない。圧倒的多数の米国民は、他の問題に関わるよりも国内経済の再建を望んでいることを知っているのだ。私は米当局者から何度も聞かされた。オバマ氏がリセットを提案したのは、ブッシュ政権から受け継いだ軍備管理といった米露間の問題が、本当に実施したい政策の妨げとならないようにするためだ、と。プーチン氏もこれを歓迎した。反米はロシア国外で何の利益もないからだ。
 一方、日本にとり米露関係の悪化は新たな機会につながる。ロシアは友好国を、日本はエネルギーを必要としていたためだ。日本も米国の新エネルギー輸出の恩恵を受けられるが、時期や量は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉にかかっている。ロシアは欧州の顧客が選択肢を増やしたことで、日本とエネルギー貿易を促進する理由ができた。日露貿易の促進は、政治的関係の前進につながる。北方領土問題も進展が望めるだろう。
 米露関係の悪化は国際秩序の空白、つまりコストやリスクを引き受ける意思や能力を持つ国が存在しない世界「Gゼロ」の象徴だ。シリア問題でロシアは中国と、外交的圧力や国連安保理の拒否権を通じて米国の計画を妨げる能力があることを示した。同時に、それ以上は何もできないことも証明したのだ。だからシリアのような問題は悪化こそすれ、良くなることはないのだ。【訳・金子淳】=毎週日曜日に掲載

http://mainichi.jp/opinion/news/20130826ddm003070155000c.htmlより、
風知草:小泉純一郎の「原発ゼロ」=山田孝男
毎日新聞 2013年08月26日 東京朝刊

 脱原発、行って納得、見て確信−−。今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察した小泉純一郎元首相(71)の感想はそれに尽きる。
 三菱重工業、東芝、日立製作所の原発担当幹部とゼネコン幹部、計5人が同行した。道中、ある社の幹部が小泉にささやいた。「あなたは影響力がある。考えを変えて我々の味方になってくれませんか」
 小泉が答えた。
 「オレの今までの人生経験から言うとね、重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、2人は反対で、後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ」
 「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線でまとめる自信はない。今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。ますますその自信が深まったよ」
 3・11以来、折に触れて脱原発を発信してきた自民党の元首相と、原発護持を求める産業界主流の、さりげなく見えて真剣な探り合いの一幕だった。
 呉越同舟の旅の伏線は4月、経団連企業トップと小泉が参加したシンポジウムにあった。経営者が口々に原発維持を求めた後、小泉が「ダメだ」と一喝、一座がシュンとなった。
 その直後、小泉はフィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」見学を思い立つ。自然エネルギーの地産地消が進むドイツも見る旅程。原発関連企業に声をかけると反応がよく、原発に対する賛否を超えた視察団が編成された。
 原発は「トイレなきマンション」である。どの国も核廃棄物最終処分場(=トイレ)を造りたいが、危険施設だから引き受け手がない。「オンカロ」は世界で唯一、着工された最終処分場だ。2020年から一部で利用が始まる。
 原発の使用済み核燃料を10万年、「オンカロ」の地中深く保管して毒性を抜くという。人類史上、それほどの歳月に耐えた構造物は存在しない。10万年どころか、100年後の地球と人類のありようさえ想像を超えるのに、現在の知識と技術で超危険物を埋めることが許されるのか。
 帰国した小泉に感想を聞く機会があった。

−−どう見ました?
 「10万年だよ。300年後に考える(見直す)っていうんだけど、みんな死んでるよ。日本の場合、そもそも捨て場所がない。原発ゼロしかないよ」

−−今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが。
 「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。あとは知恵者が知恵を出す」
 「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」

http://mainichi.jp/opinion/news/20130826ddm003070155000c2.htmlより、
 「昭和の戦争だって、満州(中国東北部)から撤退すればいいのに、できなかった。『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」
 「必要は発明の母って言うだろ? 敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。自然を資源にする循環型社会を、日本がつくりゃいい」
 もとより脱原発の私は小気味よく聞いた。原発護持派は、小泉節といえども受け入れまい。5割の態度未定者にこそ知っていただきたいと思う。(敬称略)(毎週月曜日に掲載)

http://mainichi.jp/opinion/news/20130811ddm003070171000c.htmlより、
時代の風:安定政権の課題=京都大教授・中西寛
毎日新聞 2013年08月11日 東京朝刊

 ◇長期的外交実現の好機−−中西寛(ひろし)
 先月の参院選で与党が圧勝し、衆参両院のねじれが解消された。首相が衆院を解散しなければ2016年まで国政選挙はないので、安倍政権は久々の長期政権になり得る資格を得たと言えよう。現実に政治が安定するか否かの最大の要因は経済にかかっていることは間違いなく、政権は経済政策を最優先の課題として注力すべきである。しかし同時に今後数年は、政権の安定を生かして、日本外交の本丸と言える東アジアにおいて長期的な外交政策を実現する好機でもある。日本だけでなく、中国、韓国も新政権発足後程なく、アメリカの大統領も3年以上の任期が残っている。各国ともじっくりと外交に取り組む時間的余裕がある。

 日米関係については安倍政権は重視しているし、基本的な問題はないだろう。ただし、日中、日韓関係が不安定な状況では、オバマ政権も日本との関係で深く踏み込むことにはちゅうちょがあるようだ。これまで日米関係が日中、日韓関係の支えである事が多かったが、現在は日中、日韓関係が日米関係に及ぼす影響も無視できなくなっている。

 その日中、日韓関係では、民間シンクタンク「言論NPO」による最近の世論調査が示すように、日本と中韓各国民の相互に対する印象が悪化している。日中間では双方への悪印象が9割を超える。日韓間でも、日本人の4割弱、韓国人の8割弱が相手に「良くない」印象をもっている。

 もちろん直接的には領土問題や歴史問題をめぐる摩擦が影響していることは明らかだが、問題は、こうした状況が日中、日韓間の経済、文化交流が深まってきたにもかかわらず生じていることである。日中の経済関係は、最近停滞しているものの、過去20年以上にわたって緊密化してきたし、旅行で相手国を訪れる人も徐々に増えている。日韓関係については、1998年に韓国が日本文化の開放を決めて以降、日本でも韓流ブームがあった。こうした傾向にもかかわらず、近年では相互のイメージの悪化傾向が顕著となっている。このことは、単に相互交流を深めるだけでは相互理解につながらず、現状の決定的な打開策にはならないのではないかと思わせる。

 今、求められるのは、国家間関係を安定させ、各国世論を改善に向けて指導する政治的リーダーシップであろう。上述のような極端な世論は逆に考えれば、案外に根は浅いものであって、安定した政府間関係が見えるようになれば、顕著に改善することもありえよう。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130811ddm003070171000c2.htmlより、
 ただしこのことは、焦って関係改善に乗り出すべきことを意味しない。領土問題で安易に譲歩することはできないし、歴史問題についても各国の内政が絡んでいるので抜本的な解決は望みがたい。成果を望めない時に首脳会談を急いで行っても世論に及ぼす効果は小さい。むしろ最近徐々に進められているように、事務レベルでの協議を積み重ねて個別の案件について事態悪化を回避する枠組みを強化することが先決だろう。

 その間、各国指導者は自らの立ち位置と長期目標をじっくりと再認識すべきである。中国の指導者は内治を優先し、軍事的展開能力に資源を注ぎ込むことの愚を悟るべきである。中国国民が先進国並みの生活水準を享受するまでには多くの国内課題があり、海外で一方的に自国権益の伸長を図ることは長期的に見て逆効果であり、体制の弱体化を早めかねない。

 韓国の指導者は、日韓間の安定した関係が韓国にとって利益であることを認識し、歴史問題については相違をある程度容認する度量をもつべきである。今の韓国には米中との関係を優先する気持ちが強いかもしれないが、米韓関係が円滑に機能するには日本の役割が無視できないし、中国との関係でも良好な日韓関係は交渉力になる。

 日本の指導者は、中国、韓国との関係のあり方について歴史に学んでほしい。この場合の「歴史」は、古代からの長い歴史の積み重ねである。戦争に明け暮れてきたと言ってよい欧州に比べ東アジアは戦争の数ははるかに少ないが、それでも数百年ごとに戦争があり、戦後時間をかけて完全に親密とは言えないまでも安定した関係を構築し、その後何百年かの平和を実現してきた。こうした経験には現代に生かせる知恵があるはずである。=毎週日曜日に掲載

http://mainichi.jp/opinion/news/20130805ddm003070098000c.htmlより、
風知草:ドイツ史に学ぶこと=山田孝男
毎日新聞 2013年08月05日 東京朝刊

 生兵法(なまびょうほう)は大けがのもとという。麻生太郎副総理兼財務相(72)の歴史講釈はお粗末過ぎた。「改憲はナチスに学べ」という放言(7月29日)で深手を負ったのは副総理だけではない。日本の国際的な信用が血まみれになっている。

 放言報道についてマスコミの歪曲(わいきょく)、誇張を疑う向きがあるが、録音に基づく詳報が併載されており、ねじまげた跡はない。

 なるほど、麻生自ら釈明した通り、話の趣旨は「狂騒の中ではなく、静かな環境で改憲を」と聴衆に訴えるところにあった。が、たとえが悪過ぎた。脱線の核心部分はここだ。

 「ワイマール憲法という当時のヨーロッパで最も進んだ憲法下にヒトラーが出てきた……ある日気づいたらワイマール憲法が、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうかね」

 中国メディアが「日本の政権幹部がキツネのしっぽをさらけ出した」と論評したのも無理はないが、この断定は放言の本質を正確にとらえていない。

 麻生はヒトラーの信奉者ではない。毒舌で満座を沸かせたいというウケ狙いの欲にとらわれ、一知半解の知識を振り回して墓穴を掘った。事の本質はそれに尽きると私は思う。

 麻生の最大の誤解は、ヒトラーによる事実上のワイマール憲法改正が、現代日本と同質の議会手続きで行われたという思い込みにある。史実は違う。

 ヒトラーは首相就任直後の1933年3月、立法権を国会から政府に移す全権委任法(授権法)を制定した(ナチス憲法をつくったわけではない)。

 ワイマール憲法76条は改憲のハードルを「国会議員3分の2以上が出席し、出席議員の3分の2以上が賛成する」ところに置いていた。全権委任法採決もこの規定が適用された。

 採決当時は、国会議員647人中81人を占める共産党議員は、全員が、地下に潜るか、強制収容所に送られているかという状況だった。社会民主党議員も120人中26人が逮捕されていた。多くの国民は、反国家的勢力の規制はやむをえないと考えていた。

 本会議場の建物はナチスの軍事・警察組織であるSA(突撃隊)、SS(親衛隊)と熱狂的なナチス支持者に包囲された。反対票を投じた社民党議員が「生きて議場を出られないのではないかと危惧した」(「ヒトラー/権力掌握の二〇カ月」=クノップ著、2010年中央公論新社刊)という状況の中で全権委任法は可決・成立した。

 熱狂と強権の政治を許したものは世界経済恐慌(1929年)波及に伴う失業者の急増だった。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130805ddm003070098000c2.htmlより、
 ドイツ現代史に造詣の深い三宅正樹・明治大名誉教授(79)=外交史=に教えていただいたことだが、恐慌当時は社民党首班の連立政権だった。失業保険を維持するために給付金を削るか、保険料率引き上げかという議論になるが、結局何も決められない。

 1930年夏、この連立政権の総辞職で民主主義は終わった。ドイツ国民は既成政党をバカにし、力強い恐慌脱出策を掲げたナチスの宣伝に酔った。

 「ヒトラー/権力掌握の二〇カ月」の著者クノップは、ヒトラーに加勢した人々を動かしたものは、経済の逼迫(ひっぱく)でも闇の勢力でもなく、「彼ら自身の弱さであり、野心であり、幻想であった」と書いている。

 ドイツ史に学ぶべきはヒトラーの手口ではなく、強権的救済への熱狂を疑うことである。(敬称略)(毎週月曜日に掲載)

http://mainichi.jp/opinion/news/20130721ddm003070183000c.htmlより、
時代の風:中国の国家資本主義=米ユーラシア・グループ社長、イアン・ブレマー
毎日新聞 2013年07月21日 東京朝刊

 ◇世界に波及、リスクも
 中米ニカラグアに太平洋と大西洋をつなぐ運河を建設する計画を、無名の香港系中国企業が発表した。航路は未定で技術的にも環境的にも相当な困難を伴うが、中国と国交のないニカラグア政府は6月、この企業に今後50年間の事業認可を与えた。総事業費は400億ドル(約4兆円)で同国の国内総生産の4年分に当たる。この事業にオルテガ大統領が積極的なのも、運河建設によって同国の失業率が下がり、通航料収入によって政府が国民の貧困解消に取り組めるからだ。
 それにしてもなぜ素性もよく分からない通信業界の実業家が率いる一企業が、疑問符だらけの事業に莫大(ばくだい)な費用を投じられるのか。
 この企業の広報担当の言葉を借りれば、今後数十年にわたり国際物流は拡大の一途をたどる。特に米国の資源革命によりメキシコ湾岸からアジア向けの輸出が急増。タンカーの通航量も伸び、パナマ運河だけでは扱いきれなくなる。
 世界最大の海運会社「マースク」は既に、アジアから米東海岸行きの大型船航路をマラッカ海峡とスエズ運河経由に振り分けている。パナマ運河では大規模拡張工事が進むが、今後増加する新型タンカーが通航するには、それでも狭い。
 アフリカや発展途上国で見られる中国資本による公共事業がそうであるように、運河建設も中国人労働者の雇用を創出する。また原油、ガス、金属、鉱石といった輸入資源に対する中国の需要が高まる中、より多くの船の航行を可能にする運河は、物流の安全保障につながる。
 この事業の成否を結論づけるにはまだ早いが、中国企業と競合する者にとって重要な教訓を含んでいることは確かだ。一つは、中国企業は他国の企業なら避けるような危険を冒せるという点だ。国有企業は政府から政治的、経済的支援を受けている。たとえ企業が政府直轄ではないとしても、政府が国益にかなうと判断すれば、有利な条件で支援を受けられる。時には巨額の損失さえいとわない。
 また、中国企業は危険性が高い商売相手とでも手を組む。ニカラグアは西側諸国と敵対し、投資先としても不適格とみなされてきた。そのような政府に成否を委ねる事業など、普通の企業なら投資対象にしない。完成した運河を将来、ニカラグア政府が国有化する事態も想定される。
 この運河事業は国家資本主義の実例だ。政府が政治的な目的を達するために、国営企業や国家に忠実な民間企業、銀行、政府系ファンドを利用する。中国ほど国家資本主義を実践し、かつ成果を上げている国は他にない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130721ddm003070183000c2.htmlより、
 中国は中南米において、ニカラグアのような左派国家に限らず、ブラジルやチリといった勃興する地域大国にとっても最大の貿易相手になっている。中南米から中国への輸出は2000年から12年にかけて、50億ドルから1040億ドルに拡大した。習近平国家主席は6月のメキシコ訪問で、両国の戦略的連携と貿易関係拡大を発表するにとどまらず、チベットと台湾を「中国固有の領土である」とメキシコに公式に認めさせた。
 中国の西半球への進出によって、米国との地政学上の対立が過熱すると懸念する声を聞く。最近、中国で会った人の中には、米国が中国包囲網を敷き中国の成長を阻害しようとしていると主張する人もいた。しかし中国の動きは、旧ソ連がワシントンの裏庭に戦略的足場を作ろうとしたのとは異なる。中国は中南米にとどまらずアフリカ、中東、東南アジア、欧州へと投資先を広げ、中国製品を購入する消費者層を拡大し、同時に中国の持続的な成長に必要な資源の供給源を確保し、雇用も生み、本国の安定強化を図っている。
 ただし、中国は発展途上国と新たなつながりを構築することで、これまでに対処した経験のない政治的リスクを負う。なぜなら、米国は国内の資源生産量が増えるにつれ、中東やアフリカに対する原油依存度が低下するため、両地域の安定に今ほど尽力しなくなるからだ。資源に飢えた中国だけが、中東やアフリカの激動に直接的に巻き込まれる脆弱(ぜいじゃく)性を持つことになる。
 いまだ不安定要素の高い国家が、脆弱性をはらみながら世界最大の経済力を持つ−−。中国経済との関わりを切れない我々にとって、無視できない問題になるだろう。【訳・朴鐘珠】=毎週日曜日に掲載

http://mainichi.jp/opinion/news/20130715ddm003070048000c.htmlより、
風知草:あまちゃん国家=山田孝男
毎日新聞 2013年07月15日 東京朝刊

 人気絶頂のNHKの朝ドラは毎回、「まだまだあまちゃんですが」という字幕と写真で終わる。
 官庁の機密などが、グーグルのメール共有サービスを通じて丸見えになっていたというニュースは、国際情報戦争の実態を知らない日本人の、「まだまだあまちゃん」の頼りなさをよく映し出している。
 失態は読売新聞(10日朝刊)の特報で露見した。医療機関や官庁などが「グーグルグループ」というサービスを使い、仕事の仲間内で患者の個人情報や内部資料を共有していた。
 ところが、設定ミスで閲覧制限のタガが外れ、世界中の誰もが読める状態になってしまった。分けても環境省の場合、資料に外国政府との非公開の交渉記録が含まれていたため、菅義偉(すがよしひで)官房長官(64)は記者会見で「論外」と憤激、省庁横断の対策会議でユルフンを締め直すと誓った。
 それで締まるか。インターネットに対する甘い認識が改まるか。情報セキュリティー(安全管理)の専門家に聞くと、「期待できない」とニベもない。
 専門家は、この騒ぎのどこに注目するのか。
 「愚かだと思うのは外交に関わる情報をインターネットに書き込んだことですね。ヤバイという自覚もない。公務員がGメール(グーグル社が提供するフリーメールサービス)などを使うのは論外ですよ」
 コンピューターの検索エンジン「グーグル」を運営するグーグル社はアメリカの企業である。アメリカには愛国者法がある。愛国者法は捜査機関に通信傍受を広く認めており、政府当局はグーグルに書き込まれた情報を引き出せる。
 いま、モスクワの空港にいるエドワード・スノーデン(30)の暴露を見よ。アメリカ政府はIT企業各社の協力を得て通信傍受している。各社とも積極的な情報提供はしていないと言っているが、「泣く子と愛国者法には勝てぬ」以上、強制傍受も見て見ぬふりというのが実態だろう。
 ご教示いただいた専門家は、政治とも社会運動とも無縁の技術者だが、問題の背景を語るうちに憂国の情がほとばしり出た。
 「アメリカのコンピューターシステムの中に入って書き込んだり、情報を取ったりするということの意味合いを、ほとんどの日本人が理解していない」
 「ヨーロッパの人々はアメリカに情報を置こうとはしません。プライバシーや情報の価値に対する自覚がない日本は国家のタガが外れている。国の体をなしていないと思います」
 そういえば、ツイッターもフェイスブックも、アメリカの企業が提供するサービスである。携帯端末を活用した安倍晋三首相(58)のこまめな書き込みがしばしば話題になるが、セキュリティーは大丈夫か。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130715ddm003070048000c2.htmlより、
 報道によれば、オバマ米大統領の携帯端末には、発信地を隠し、外部からのアクセスを制限するなど特別仕様の暗号化が施されているという。安倍首相の携帯はどうなのだろう。
 タダで便利で働き者のインターネットには別の顔がある。利用のしかたを記録し、その情報を広告主に伝える通報者の顔だ。情報は次のマーケティングの原動力であり、時として捜査機関の資料にもなる。
 こちらが世界を自在に眺めているつもりで、じつは監視されている。じぇじぇじぇ! 現代サイバー(=コンピューター)戦争の過酷な現実に目を開き、甘過ぎるネット依存を改めねばならない。(敬称略)=原則、毎週月曜日に掲載。参院選報道のため、次回は29日に掲載します。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130714ddm003070093000c.htmlより、
時代の風:ヒューマノイドの時代=京都大教授・山極寿一
毎日新聞 2013年07月14日 東京朝刊

 ◇人間のロボット化危惧−−山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
 数年前から、日本では15歳以下の子供の数より飼われている犬猫の数が上回ったと言われている。犬猫以外にもモルモットや小鳥、亀、金魚など多種にわたるペットがいる。日本は世界でも有数なペット大国となった。一方で、日本はロボット大国としても知られている。人間の代わりに重い荷物を運ぶ産業用ロボット、深海や地雷原など危険な場所で働く探索用ロボット、診療や手術を補助する医療用ロボットなど、さまざまな用途で開発され、すでに実用化されているものもある。最近ひときわ注目を浴びているのがヒューマノイド(人間型)ロボットだ。

 パナソニックのエボルタ電池を搭載した手のひらサイズのミニロボットは、米国のグランドキャニオンの登頂に成功した。乾電池の性能を証明する試みだったが、見ている私たちはロボットがロープを登るたびに、頑張れと声援を送りたくなった。このロボットを製作した高橋智隆氏によると、これからはロボットに仕事をしてもらうのではなく、ペットのように付き合えるヒューマノイドの時代だという。

 ロボットは20世紀初めに化学的合成人間として登場し、その後主体性を人間に委ねる機械として定義されるようになった。アイザック・アシモフのロボット三原則(人間への安全性、命令への服従、自己防衛)は有名である。それが時代を経て、人間に愛護される対象として生まれ変わろうとしているのだ。

 私はペット動物とロボットは対極的な存在だと思う。動物は人間とは姿形が違うし、コミュニケーションの方法や、求めていること、理解の仕方も異なる。それでも私たちは動物に話しかければ、彼らなりの方法でそれに応えてくれるはずだと思い込んでいる。単に私たちが彼らの反応を勝手に解釈しているだけかもしれないが、それを証明するのは難しい。それに、そんなことを確かめなくたって支障はない。ペットと人間が共存できていれば、私たちは満足感を覚える。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130714ddm003070093000c2.htmlより、
 ロボットは正反対だ。人間が作ったから、人間の計算通りに動いてくれなければ困る。仕事を効率良く、安全に進めるために、不満を言うことなく、同じことを何度でも繰り返してくれる。融通が利かないが、人間の望む通りに改善し動かすことができる。だから、その前で人間は不安を抱かない。何トンもあるトラックが目の前に迫ってきても不安を感じないのに、ゾウが目の前に迫れば恐怖にかられる。それはゾウの心が読めず、人になれていても何をするか完全には予測できないからだ。ヒューマノイドはいくら外見が人間に似ていても、機械である限りそのような不安を覚えずにすむ。ロボットは動物のような命や魂をもっていないからである。

 その常識がどうやら変わり始めた。今、動物の姿をしたロボットたちが人間の世界で活躍し始めている。イヌのAIBOやアザラシのパロは安全で手間のかからないペットとして人々の心を癒やしている。ヒューマノイドがそういった特徴をもって人間の世界に入ってくるかもしれない。現代の技術では、人間の語りにロボットが反応するだけでなく、人間に語りかけてくれることも可能だそうだ。人間のしたいことを先回りして提案してくれるものもできつつある。ネット上のマーケットのように、その人の過去の注文に基づいて次に求めるものを提案してくれるのである。

 ペット動物とロボットとの溝は急速に埋まりつつある。ひょっとしたら、子供の代わりにロボットをもつ人が増えるかもしれない。ロボットはいつまでも子供でいてくれるし、不満を言わずに介護までしてくれるからだ。しかし、私はロボットと動物の違いは重要だと思う。生物は自分が生きるために自己主張をし、成長し、やがて死んでいく。私たちに制御できない自然の営みだ。それに寄り添い、共感することで自分も生物であることを実感する。動物を完全には操作できないから、その主張を認め、相手を信頼しようとする。その心の動きは相手が人間であっても同じことだ。ヒューマノイドの登場は人間が今、自己主張せずに気遣ってくれるパートナーを求めていることを示唆している。ただそれは、ロボットを人間にするのではなく、人間のロボット化、機械化を意味していないだろうか。=毎週日曜日に掲載